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第十話 北楼祭開幕

 もう一人の男子?


 恭介の発言に俺の頭の中はハテナでいっぱいになる。この教室に暇な男子なんていないぞ?


 皆が困惑の表情を浮かべる中、恭介が先ほどの発言の真意を明らかにした。


「ねぇ、森田先生?」


 あー、なるほど。


 彼の言う男子は森田先生だったというわけか。しかし残念だが恭介、森田先生は学校でもトップレベルの硬派で、こんなお願い聞いてくれるわk……


「しょうがないなぁ」


 あれ? いいんですか、先生。俺のあなたへのイメージが今崩れ落ちましたよ?


 先生の予想もしなかった快諾にクラスの皆がさらに困惑の色を強める。


「本当にいいんですか、先生。やってもらえるのはありがたいですけど、メイド服着るんですよ。おかえりなさいませ、ご主人様とか言うんですよ」


「ああ、一向に構わん」


 相楽さんの何とかして止めようという最終確認も虚しく、先生の決意は固いようだ。


「そこまで言うなら、今日の午後のシフトお願いできますか。メイド服はお昼に渡しに行きます」


「ああ、頼んだ」


 嫌な顔ひとつしない森田先生に少し呆気に取られながらも、シフト問題は無事(?)に解決したようだ。



 そうこうしているうちに、文化祭が始まる時刻を迎えた。俺と恭介は一発目からシフトが入っている。午後は二人ともフリーだ。



「お帰りなさいませ、ご主人様♡」


 恭介がお客さんを捌き始めた。親友の甘い声が耳を通過する。一言で言えば、うん、不快です。とても。


「圭、お茶2つとコーヒー3つ」


 さっきとは裏腹にいつも通りの低い声でオーダーを伝える恭介。俺は言われた通りに紙コップに飲み物を用意する。


 できた飲み物を手渡す。同時に恭介の顔を眺める。


 化粧映えする顔だと相楽さんが言っていたとおり、いつもよりも綺麗、というか可愛い顔に少しドキッとする。そう言う趣味はないはずなのだが、新しい扉が開かれそうである。


「お前、かわいいな」


「遂に素直になったな、このこの〜」


 肘でつついてくる彼を見てると、普段通りの恭介の面影が感じられて、更にドキドキしてくる。


 俺は相楽さんが好きなのに。


 俺の気持ちなんてつゆ知らず、恭介は仕事に戻る。


 コイツ……ズルい。



 そこら辺の女子が霞んでしまいそうな程の恭介の美貌が多くの人を惹きつける。いつの間にか教室の前には長蛇の列ができていた。


 男女比は男子3、女子7ほど。やはり恭介目当てが多いのだろうか。


 親友の俺でさえドキドキさせるのである。他人から見たらそれ以上の魅力があるのかもしれない。



 盛況は一時間いっぱい続いた。恭介のシフトが2コマ連続なので、まだしばらく人は引かないだろう。


 俺はひと足先にシフトを上がらせてもらう。ついでに飲み物の追加の買い出しも必要だろう。予想以上の集客である。



 俺が教室を出ると、丁度メイド服姿の相楽さんとすれ違う。


「圭君、シフトお疲れ様。すごい人だねー」


「本当に。相楽さんはこれからだよね。頑張って」


「ありがとう」


 俺は買い出しへに行こうと歩き出した。


「ねぇ、圭君」


「うん? どうした?」


 相楽さんが俺を呼び止める。ついでに買ってきて欲しいものでもあるのだろうか。


「どう……かな……? 私のメイド姿……」


 相楽さんが顔を赤くして俺に訊いている。


 どうかな? ですって?


 かわいいに決まってるじゃないですか!


 好きな人のメイド姿なんてそうそうお目にかかれるものじゃない。それを今俺は目の前で眺めている。最高です。はい。もう、今死んでもいい。マジで。


「かわいいと思う」


 これが俺の精一杯の言葉です。


「ホント! なら良かった。他の人には恥ずかしくて聞けなくて……」


 他の人には聞けなくて俺に聞いたんですか?


 それって俺に心を許してるってことですか?


 俺がもうちょっと度胸があれば、どんな点がどんな風に可愛いのか直接二時間ほど熱弁するのだが、そんな勇気は俺にはないし、時間も許してくれない。


 でも、もうちょっと気の利いたことを言えばいいのにと、自分の会話スキルの低さを恨む。


「じゃあ、頑張ってくるね」


 相楽さんが小さく手を振って教室の中に入っていく。うん、かわいい。彼女の今の行動は全部俺一人に向けて行われたものだ。そう考えると、更に胸がドキドキしてくる。



 俺は気持ちを静めようと、足早に学校を出た。7月中旬の暖かい日差しが出迎える。


 相楽さんとの距離は確かに縮まっている。でもさっきの反応は、ただの友達へのものとして処理していいのだろうか。


 俺には、まるで好きな相手の反応を伺うような、そんな質問に見えた。俺の相楽さんへの好意がそう見せているのかもしれない。いや、きっとそうだ。


 相楽さんが俺に好意を向けるなんてことはない。絶対に。でも――


 少しだけ、そうであって欲しいと願っている自分がいる。もちろん、まだまだ相楽さんと釣り合えるとは思っていない。俺が歌い手、相楽さんが応援している歌い手『ケイ』であるという事実を考慮しても。


 確かに俺は変わった。ただの隣の男子からただの友達ぐらいには。


 けど、相楽さんと釣り合うには。相楽さんの恋人になるには。まだ足りない。もっと彼女と長い時間を過ごして、彼女のことを知って、俺のことももっと知ってもらって。



 考えれば考えるほど、すぐにはどうにもならない問題だと感じられた。


「こんなこと考えても仕方がない。まずは、文化祭を乗り切らないと」


 俺は一人で呟いて、足早へとスーパーに向かった。

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