婚約破棄のはずが恋の始まりでした 〜妹の代役だったはずなのに、なぜか本気で求婚されました〜
煌びやかなシャンデリアが光を散らす王宮の舞踏会。
楽団の演奏が一瞬止まり、ざわめきが静寂に変わったその瞬間――。
「セシリア・フォン・ローゼン、君との婚約を破棄する!」
誰もが息をのんだ。
まさか、あの王太子殿下が。
だが、その呼ばれた名に反応したのは、本人ではなく
――その双子の姉、アメリア・フォン・ローゼンだった。
「……婚約破棄、ですの?」
アメリアは、手にしていた扇子をゆっくりと閉じ、涼やかに微笑んだ。
「申し訳ございませんが、殿下。わたくし、セシリアではございません」
「な、なに?」
王太子レオナルドは目を瞬いた。
「双子の妹の代わりに出席しておりますの。妹は体調を崩しておりまして」
「そ、そうか……しかし……」
動揺を隠せぬまま、レオナルドは言葉を絞り出した。
「と、とにかく! 君のような女性とは結婚できん!」
アメリアは一拍置いて、完璧な笑みを浮かべた。
「――そうですか。では、どうぞご自由に」
優雅な一礼。
まるで芝居の幕引きのように、彼女は踵を返して去っていった。
アメリアの流し方があまりに優雅すぎて、翌朝には、王都中が噂していた。
――「王太子殿下を振った公爵令嬢がいる」と。
◇◇◇
「お姉さま、わたし……わたしのせいなの……!」
泣き腫らした目の妹セシリアが駆け込んできたのは、事件の翌日だった。
アメリアは紅茶を置き、妹を抱きとめる。
「落ち着いて、セシリア。どうしたの?」
セシリアは震える手で一通の手紙を差し出した。
「これ……本当は舞踏会の前に殿下に渡すつもりだったの。
わたし、自分で言えなくて……」
アメリアは封を切る。
そこには丁寧な筆致でこう綴られていた。
――“婚約を辞退させていただきたく存じます”
アメリアは小さく息を吐く。
「……つまり、あの“婚約破棄”は、殿下があなたを庇ったのね」
「え……?」
「あなたが重荷に苦しんでいるのを感じ取って、
殿下は自分から悪者になるつもりだったのよ」
セシリアは唇を噛んだ。
「そんな……殿下は優しい方だったのに、
わたし、逃げてしまったのね」
「いいのよ。あなたは優しい子だもの」
アメリアは妹の頭をそっと撫でた。
――妹を守るためなら、笑われたってかまわない。
それが、姉というものだ。
◇◇◇
数日後、公爵家の庭園。
春の風が花々を揺らす中、レオナルドが訪れていた。
「アメリア・フォン・ローゼン殿をお呼びしたい」
応接間で向かい合った二人。
彼はわずかに疲れた様子で頭を下げた。
「……先日は、失礼をした」
「まあ! あの夜のことを“失礼”で済ませるおつもり?」
アメリアは紅茶を注ぎながら微笑む。
「私は……セシリアを追い詰めたくなかった。彼女を自由にしてやりたかったんだ」
「それで“破棄する”と?」
「婚約を破棄するのは男の責任だと思った。彼女から辞退したと広まれば、彼女が非難される」
「……殿下。思いやりは立派ですが、その方法は不器用すぎですわ」
くすりと笑うアメリア。
「もう過ぎたことですし、殿下はお気になさらず」
レオナルドは、彼女の冷静な瞳に何かを感じ取った。
「君は……強いな」
「いいえ。ただ、紅茶が冷める前に話を終えたいだけです」
唖然とするレオナルド。
そのやり取りを見ていた宮廷魔導師ユリウスが、笑いをこらえながら言った。
「王都一の殿下も、アメリア嬢の前では形無しですな」
「黙れ、ユリウス!」
アメリアは紅茶を口にしながら、肩を震わせて笑った。
――この人、案外悪くないかもしれない。
◇◇◇
季節はめぐり、庭には春の花が咲いていた。
「お姉さま」
セシリアが穏やかな笑みで立っていた。
「わたし、もう逃げない。今度は自分の意思で生きたいの」
「セシリア……立派になったわね」
アメリアは誇らしげに微笑んだ。
そこへ、重い足音。
振り返れば――レオナルドが立っていた。
「アメリア・フォン・ローゼン」
「まあ、殿下。ごきげんよう」
「君に“婚約破棄”を告げたあの日から、私は間違いばかりだ。
だが――そのすべてが、君に出会うためだったのだと思う」
アメリアは小さく息をのんだ後、唇の端を上げた。
「殿下、またそんな台詞を。今度こそ、間違いではありませんの?」
「――間違いではない」
彼の瞳には、まっすぐな誠実さが宿っていた。
ユリウスが、紅茶をくるくるとかき混ぜながら軽く笑う。
「間違いだらけの殿下が言っても、まったく説得力がありませんな」
「ユリウス、余計な口を挟むな!」
アメリアはくすくす笑った。
「ふふ。いいのです、殿下。間違いから始まる恋も、案外悪くありませんわ」
◇◇◇
数日後、ティーサロンの窓辺。
姉妹は向かい合い、午後の紅茶を楽しんでいた。
「お姉さま、本当に殿下と?」
「ええ。正式にお付き合いを申し込まれましたわ」
「まさか、“婚約破棄”の相手と結ばれるなんて」
「人生、何が起きるかわかりませんものね」
アメリアはカップを傾け、窓の外を見つめる。
春の風がカーテンを揺らし、花の香りが漂った。
「妹を守ろうとして間違えた殿下と、妹を庇って巻き込まれた姉。
――でも、そういう間違いなら、悪くないわ」
セシリアが笑い、アメリアも微笑む。
二人の笑い声が、柔らかな午後の日差しの中に溶けていった。
リュミエールの街に、穏やかな春の風が吹く。
それは、新しい恋の始まりを祝福するように――
ーーfin.
長編作品を連載中です!
⇒『婚約破棄を申し入れたのは、父です ― 王子様、あなたの企みはお見通しです!【長編版】』
ぽんこつな殿下でございましたが、
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