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やる気ゼロの異世界ストリーマー  作者: タライ和治


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6.祝福商店のティナ

 有名なストリーマー、あるいはVチューバーのライブ配信とかで、ウソみたいな金額のスーパーチャットが飛び交う時ってあるでしょう?


 下世話な話、ああいうのを見る度に、トータルでいくらぐらいになるのかなあとか考えたりするわけ。だって人間だもの、お金には弱い。


 まあ、考えたところで当事者ではないから、きっとすごい額になっているんだろうなあぐらいにしか思わなかったんだけどさ。


 いま現在、オレはそんな有名ストリーマーが体験するような非日常感を味わっている。


「七千ポイント……!?」


 三次元ディスプレイに表示された獲得ポイントの値に、オレは何度も目をこすり、見間違いでないかを確かめる。


「正確には七一二八ポイント。……まったく。みんな、たった一度の配信で、よくまあここまでのポイントを振り込んだものね」


 ふわふわと宙を漂いながら、ミアは投げやりな口調で呟いた。


 やり手の妖精いわく、『ヴァルハラ』のトップストリーマーが一度のライブ配信で得る大体のポイントが二千だそうだ。


 なにそれ、三倍以上じゃん。


「異常事態よ」


 そう言って、頭を振るうミア。予想外のバズりによってもたらされた思いもよらない恩恵も、彼女にとっては面白くもなんともないようだ。


「当たり前でしょう? 言ってしまえば高額な宝くじに当選したようなものなのよ? これから先のことを考えれば頭も痛くなるわよ」


 堅実な配信こそ、トップストリーマーになるための近道だと信じて疑わないミアにしてみれば、水晶鹿も綿雲猫も迷惑な闖入者でしかなかったのだろうか。


 ……でもなあ、その割には、めちゃくちゃテンション上がって、野菜なんか放って置いてリポートしろってうるさかったような……?


「なによ?」

「……なんでもないです」


 くそう、立場が弱い。オレをサポートしてくれるんだったら、対等な立場なんじゃないのか、おい。


 ……はあ、まあ、そういった話はいったん置いておくとしよう。


 何はともあれ、今日のところは、ポイントを入手できた幸運を素直に喜ぶべきなんじゃないかな。


 強調するけど、七千ポイントですよ?


 そのほとんどが水晶鹿と綿雲猫に対する“お賽銭”みたいなものだったけれど、いただけたには違いないんだから、そりゃあもう、ありがたい以外に言葉がないでしょ?


 だってさ、七千ポイントもあれば、異世界ショッピングサイト『祝福商店』で、かなりのお買い物ができるんだよ?


 それこそ欲しかった水回り関係――キッチン・お風呂・トイレ――も、交換できるし。日用品や雑貨類も一通り揃えることが可能なのだ。まったくもって喜ばしい限りじゃないか。


 そんなわけで、早速、ポイント交換といきましょうかね。


 ウキウキした気持ちを隠しきれず、鼻歌交じりに、三次元ディスプレイへ映し出された『祝福商店』のアイテムを眺めていると、背後から声がかけられた。


「あのねえ、ユウイチ……。こんなことは言いたくないけど」


 深いため息を漏らしながら、ミアは続ける。


「今回のは単なる偶然、運が良かっただけに過ぎないの。これから先どうなるかわからないんだから、ポイントを使うのはそこそこにして、大半は残しておいたほうがいいと思うわ」


 そう言って、ミアは他のアイテム購入をオレに勧めるのだった。それらのほとんどが、今後の配信で使えそうな道具類、スローライフを行う上で役に立つものだったんだけど……。


 ……申し訳ない。今回ばかりは、オレの好きなようにポイントを使わせてもらえないだろうかっ! やはりお風呂とトイレだけは譲れないのだっ!


 キッチンがあれば慣れない自炊もラクになるだろうし……。屋外で用を足したり、水浴びしたり、あるいはたき火を起こして調理をしたりっていうのは、やっぱり現代人として厳しいものがあるんだよな。


 いや、昨日ね。試しに外で用を足してみたんですよ、夜に。もう、めちゃくちゃ怖いの。なんかよくわからない動物の鳴き声とか響き渡っているわけ。


 その時点でわかったんだね、これは無理だな、と。交換できるなら、早めに水回り揃えたいな、と。


 はい、そういった事情もあって、迷わずポチりました。『祝福商店』のラインナップから以下のアイテムを。


・水道付きキッチン(二千ポイント)

・シャワー、湯船(一人用)付き浴室(二千ポイント)

・水洗トイレ(二千ポイント)


 合計六千ポイント。いやあ、清々しいほどにポイント使ったわ。どれも生活に不可欠なものなので、一ミリも後悔なんぞしていないけれど。


 ……で、交換を申し込んでから気がついたんだけど、頼んだはいいけど、モノはどうやって届くんだという疑問が。


 あと、届いたはいいけど、自分で取り付けろってなった場合も困ってしまう。


 どうなるんだと一抹の不安を覚えていた矢先、高額なお買い物にあきれ顔を浮かべていたミアが教えてくれた。


「心配しなくても、ちゃんと届けてくれるわよ。そのまま家に取り付けてもくれるし。安心なさい」

「そうなのか。それならよかった」


 それならあとは届くのを待つばかりだな。いやあ、楽しみで仕方ない。……なんて、そんなことを考えつつ二時間ばかりが過ぎた頃。


 突如として、自宅のドアをノックする音が聞こえてきたので、オレは思わず首をかしげたのだった。


 こんな場所に来客がくるとは思えない。あるいは女神アナスタシアがやってきたのだろうか? 不審にも思いつつも玄関へと向かうオレの耳に飛び込んできたのは、だがしかし、快活で爽やかな、若い女性の声だった。


「ちわーっす! 『祝福商店』でっす! お荷物のお届けにあがりましたー!」


 つられて扉を開けると、そこにはニコニコと笑顔を振りまくボーイッシュな少女が佇んでいて、こちらの顔を見つめながら続けてみせる。


「えーっと……。ユウイチさん、で、お間違いないっすね?」

「はい、そうですけど……って、え? 頼んだモノ、もう届いたの!?」

「うす! ウチ、迅速丁寧がモットーですんで!」


 つばの付いた帽子を取りながら、赤色のショートヘアをした少女は深々と頭を下げる。


 その拍子、少女の背中に生えた翼を視界に捉え、食い入るようにそれを眺めていると、少女は照れくさそうに鼻の下を指でこすった。


「いやー、転生者のみなさんにとって翼は珍しいみたいで。ウチ、天界人っていう種族なんすよ。いやはや、ちゃんと手入れしてなくてお恥ずかしい限りっす」

「いやいや、こっちこそ観察するように見てしまって申し訳ない。綺麗な翼だなと思って、感心したんだ」

「あ、そうすか!? それなら嬉しいっすよ! 天界人たるもの、やっぱ翼を褒められてなんぼみたいなところがあるっすからね!」


 ヘッヘッヘーといたずらっぽく笑う少女は、名前をティナといい、今後、『祝福商店』でアイテムを交換した際には配送を担当してくれるそうだ。


「それじゃあ、早速、今回のお荷物取り付けさせてもらうっす!」


 そう言って、ティナはどうやって運んできたのかわからない、三つの巨大な箱を家の近くに置き始める。


「やっぱり、お風呂やトイレは、キッチンから遠いほうがいいっすよね?」

「え? そりゃあ、まあ……」

「うす! お任せくださいっす!」


 応じるやいなや、ティナは巨大な箱を抱えると、オレの家へピタリとくっつけるように隣接させた。


 ドンッ! という強い衝撃音が響き渡った、その次の瞬間。


 巨大な箱の外観はみるみるうちに変化を遂げ、自宅そっくりのログハウス調へと、その模様を変えていく。


 まるで魔法のような光景に呆然としていたのだが、ティナはお構いなしに残り二つの巨大な箱を持ち上げては、同じようにオレの家に隣接させた。


 最初の箱と同様に、ログハウス調の外観へ変化を遂げる様子を眺めていると、ティナは額に腕をあてつつ、「ふぃー」と声に出しながら大きな息を吐くのだった。


「これで取り付け工事完了っす!」

「……は?」

「キッチン、お風呂、トイレ。ぜーんぶ、ユウイチさんのご自宅に取り付けたっすよ」


 中に入ってもらえばわかるっすというティナの声に従って、自宅に戻ったオレは、ワンルームだった屋内が広くなっていることに驚かされた。


 まずキッチンが拡張されているのである。流し台に水道がついている。蛇口をひねれば水も出るし……。どういう仕組みなんだ、これ???


 それに、見慣れない扉が二つ。それぞれ開けてみると、そこにはトイレと浴室があって、もしかしなくても、いまさっき自宅にくっつけていた巨大な箱の中身がコレだったのかと、オレは思い知らされたのだった。


「ブロック同士をくっつけて遊ぶおもちゃあるじゃないっすか。仕組みはアレと一緒っすね。配置が気に食わないのであれば、好きな場所に付け直すこともできるっすよ!」

「いやいや! 気に食わないことなんてないよ! ありがとう!」


 異世界、いや、天界の力恐るべしと思いつつ、オレは喜びを隠しきれずにいた。


 これで水回り問題が解決したのだ。水道光熱費を気にすることなく、水もお湯も使い放題とくれば、快適な生活が送れるというものである。


 明け方、小鳥のさえずりを聞きながら、優雅に朝風呂とか決めちゃったりとかね。これを機に、元いた世界では到底できなかった上質な暮らしを目指してもいいじゃないか。


 そんな希望を胸に抱いていたのだが。残念なことに、ティナの発した一言がそれを打ち砕くことになる。


「……? ユウイチさん、水道光熱費は普通にかかるっすよ?」


 ……はい?


「いや、だから、水使うのは無料じゃないんすよ。ちゃんと、使っただけポイント消費されるっす」

「え゛? いや、だって! 『祝福商店』で見た、水回りのアイテムには、水道光熱費無料って……」


 慌てて三次元ディスプレイにその画面を映し出したオレは、それをティナに指し示す。ボーイッシュな少女は苦笑いを浮かべながら、申し訳なさそうに呟くのだった。


「あー……。これはハイエンドモデルっすね……。水道光熱費が料金に含まれているタイプのヤツっす」


 ……ハイエンドモデル?


「うす。ユウイチさんが頼んだのは、お手頃価格のローエンドモデルっす。ちょっと、コレ見て欲しいんすけど」


 慣れた手つきでティナが画面を操作する。するとそこには、同じ浴室でも一万ポイントのものと、二千ポイントのものが別々で表示されていて、オレが頼んだものは間違いなく後者のものだった。


「参考までに聞くけど……」

「なんすか?」

「一ヶ月あたりの水道光熱費って、どのぐらいポイント消費するの?」


 ポイント数によっては節約を考えなければいけない。なにせ残りは千ポイントしかないのだ。


「そうっすねえ……。お一人だったら、一ヶ月に二百ポイントぐらいじゃないっすかねえ?」


 ……二百ポイント? やばい、現状で五ヶ月しか使えないってこと? お風呂とトイレを揃えて、半年も経たないうちに使えなくなるのは虚しすぎるだろ……。


「だから言ったじゃない。残しておいたほうがいいって」


 肩をすくめながらミアが呟く。……いや、知ってたなら頼む前に教えてくれよっ。


「教えるも何も、ユウイチったら、話す前に頼んじゃったじゃない」

「う……」

「まあいいわ。これでわかったでしょう? ちゃんとストリーマーとして活動していかないと、生活が成り立たないって」


 そうかあ、結局は配信次第で生活が左右されてしまうのか……。ああ、気が重くなる……。


「とにもかくにも、終わったことをとやかく言っている暇はないわ。心機一転、明日からまた頑張りましょう!」


 前向きな妖精の言葉に、オレは少しだけ気を取り直すことができた。


 そうだよな、予想外のバズりでチャンネル登録数も一万近くまで膨れ上がったし、ミアが言うところの堅実な配信を続けていけば、生活に困らない程度のポイントぐらいは稼げるかもしれないもんな。


 そう考えると、気持ちもラクになる。今日みたいに水晶鹿や綿雲猫は出てこないかも知れないけれど、一万近い閲覧者の中には、また異なる楽しみをオレの配信に見いだしてくれる可能性だってあるわけだ。


 ……と、この時はポジティブ思考でいこうと、珍しく奮い立っていたオレだったのだが。


 やはりというか、なんというか。


 待ち受けていたのは残酷なまでの現実だった。

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