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やる気ゼロの異世界ストリーマー  作者: タライ和治


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3.妖精のミア

「起きて、起ーきーてってばー」


 愛らしい声に意識が引き戻された。オレは草原に寝転んでいたようで、手先には雑草のチクチクとした感触が伝わってくる。


 ……いや、そんなことよりも。


 むくりと上半身を起こしたオレは、目の前に浮かぶ人形サイズの生き物に視線を向けた。ピンク色の髪はツインテールになっていて、顔立ちは幼い。背中には羽が生えていて、もしかするとこれが妖精という存在なのかと思うよりも先に、眼前の人形は口を開いた。


「あなたがユウイチね! アナスタシアから話は聞いているわ。将来有望な配信者(ストリーマー)だって!」


 ……あの女神がいい加減に伝えたのだろうか。早くも問いただしてやりたい気持ちに陥りながらも、人形はお構いなしに続けるのだった。


「私は妖精のミア。あなたの配信活動をサポートするわ! これから力を合わせて、チャンネル登録者百万人を目指しましょう!」


 えいえいおー! と、腕を突き上げ、ミアと名乗る可愛らしい妖精は意気込んだ。


「スローライフの配信は人気があるけれど、それこそ山のような動画の中から見てもらうには相当の工夫がいるわ。でも大丈夫! 私にはノウハウがあるし、あなたには熱意がある! おのずと結果は現れるわよ」

「あの……」

「まずは出だしの挨拶を考えないとね。なるべくキャッチーなものがいいわ。最初は気恥ずかしいかも知れないけれど、自然と馴染んでいくから……」

「あの!」


 意を決して声を張り上げるオレに、ミアはようやく話すのを止めると、微笑みを浮かべながらこちらに向き直った。


「なにかしら? 早速アイデアを思いついたとか?」

「いや、その、張り切っているところ申し訳ないけれど……。オレ、そういうのが苦手っていうか、そもそもの話、みんなに見てもらえるような配信をやるつもりがないっていうか」

「……へ?」

「アナスタシアからも、スローライフを楽しんでいるところを配信すればいいって言われているし」

「そんなこと、あるわけないじゃない。女神からの申し送り書には、『ヴァルハラ』でも人気コンテンツを生み出せる逸材だって……」


 そう言って、書類を取り出したミアは、確かめるように何度もそれに目を通した。こちらとしては、正直、あの女神、やりやがったなという思いが強い。


 そうだよなあ、ただ単に異世界転生してスローライフを送ればいいとか、そんな上手い話あるわけないよなあ……。


 とはいえ、初手の段階でハッキリさせておかないと、後々、困ることになるのは想像に難くないわけで……。


 なんとかこれまでの経緯を説明するオレに、ミアは熱心に頷き、そして徐々に顔色を悪くさせながら、最終的にはため息まじりに呟いてみせた。


「なるほど、よくわかったわ……。あの女神がやりそうな手段だもの。まさか私がサポート役になるとは思ってもみなかったけれど」


 そう言って、頭を左右に振るう。どういう意味かと尋ねる俺に、ミアは事情を打ち明けるのだった。


「その、ね。『ヴァルハラ』って、ごくごく一部の配信者が常にトップにいるような状況なのね」

「まあ、人気が出ればそうなるだろうな。でもそれって普通のことじゃないか」

「うーん、それはそうなんだけど。なにせ、神様たちが相手でしょう? そんな状況だと、トップ配信者にもプレッシャーがかかっちゃうっていうかね。運営側としてはなるべく新しい配信者にも注目して欲しいのよ」


 そんなわけで、新しいコンテンツを供給するべく、機会があれば、本人の才能、やる気の有無を問わずに、次々と新人を投入しているそうだ。


「で、あなたもそんな新人の一人。まさか、ここまでやる気がないとは思ってもみなかったけれど」


 つまり、アナスタシアは新人投入というノルマを達成させるため、オレを配信者に勧誘したらしい。……やりやがったな、あの女神。


「じゃあ、オレに秘めた才能があるとかいう話は……」

「割とよくある口説き文句よ。そうでもしないと聞く耳を持ってもらえないでしょう?」


 最初からそんな才能がないとわかっていたとはいえ、改めて言われるとなかなかに傷つくものがある。


 やってられないという態度が露骨なまでに顔に出ていたのか、ミアは話題を転じるように表情を改め、慰めるように語りかけた。


「でもでも、配信者になるのは、ユウイチにとっても悪い話じゃないわ」

「とても、そんな風には思えないけどな」

「そんなことないわ。『ヴァルハラ』には生活を豊かにするためのシステムが備わっているんだもの」


 それが、高評価、スーパーチャットによるポイント制度というものだそうだ。


 簡単に言ってしまえば、高評価やスーパーチャットで得たポイントを、日々の暮らしに役立つアイテムと交換することができる、と。そういうことらしい。


「たとえば、作業効率の上がる工具とか、あと日常生活に欠かせない家具家電とか……」

「待った。家電? 家電が使えるの?」


 異世界スローライフとはかけ離れた単語に、思わず聞き返すと、当然とばかりにミアは補足した。


「当たり前よ。現代人が電気もガスも水道もない中で、暮らしていけるわけないじゃない」


 とはいえ、中には『縛りプレイ』と称して、そういった家電類を使わずにスローライフを送っている人もいるみたいだ。それを売りにして動画配信を行っており、それはなかなかに人気があるとミアは教えてくれた。


「まあ、何を交換するかはユウイチの自由。いずれにせよ、見知らぬ土地で生活を始めるなら不自由は出てくるものだし、それなら、それを解消するための手段はあったほうがいいでしょう?」


 一理ある。あるんだけどさあ……。


 いやあ、やっぱり陰キャのオレが動画配信っていうのは、やっぱり抵抗があるだよなあ。


「もう、ウダウダ言わない!」


 腕を組んだ妖精は、やや怒気を含めた声で語をついだ。


「ユウイチが陰キャだろうが、根暗だろうが、腐れオタクだろうが知ったことではないのよ」

「そこまでは言ってないけど……」

「とーにーかーくっ!」


 オレの言葉を遮って、ミアは続けた。


「こちらの世界に来てしまったからには、もうストリーマーをやらない以外に選択肢はないのよ。いい加減、覚悟を決めなさいっ!」


 ……マジかあ。やるしかないのかあ。肺が空っぽになるほど、大きな息を吐くオレを見つめながら、ミアは得意げに胸を叩いてみせる。


「安心して、ユウイチ。こう見えても私は、いままでに何人もの有名なストリーマーをサポートしてきたの。あなたのことだって輝かせてみせるわ!」


 そんな必要はないんだけどな。そんな言葉を飲み込んでいると、それを諒解のサインと受け取ったらしい妖精は、顎に手を当てて、何やら思案を始めるのだった。


「性格が暗くたって、いくらでも売り方はあるわ。いっそのこと、マニア向けの動画を作って……」


 ブツブツと小言を漏らす妖精に、一割の期待と九割の不安を抱きつつ……。


 こうしてオレとミアによる、異世界での生活はスタートしたのだった。

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