19.回想と告白
テーブルの上にはコーヒーカップが二つ並んでいて、芳香を伴った湯気が部屋の中をたゆっている。
ベッドの上ではサスケが身体を丸めていて、そのまどろんだ顔にヨミは微笑みを向けるのだった。
時計の秒針が音を刻む。それ以外は静寂が支配する中で、オレはただならぬ様子でやってきたヨミが、一体なにを切り出すのか、それだけに集中していた。
ちなみにミアは夜の散歩と称して外出している。
「私がいないほうが話しやすいでしょう?」
なんて具合に気を利かせてくれたのだ。あいつなりに割り込んではいけない領域をわきまえているのかな。普段は耳年増みたいなやつだけど。
……あれ? そういえばミアって年上なのか? それとも年下なのか? 妖精の年齢なんて気にしたことなかったから、特に聞いたこともなかったけど。
でもなあ、いざ年齢のこと尋ねたら、それはそれでうるさいと思うんだよなあ。「レディに年齢を聞くなんて失礼な男ね! これだから陰キャは!」みたいな?
「……イチさん? ユウイチさん?」
どうでもいいことに考えが割かれていたことで、集中が途切れていたらしい。視線の先には困惑の表情を浮かべるヨミがいて、オレは意識を引き戻すと眼前の女性へと視線を定めた。
「すみません、ちょっとぼーっとしちゃって」
「いえ、私のほうこそ、お疲れのところお邪魔しちゃって……」
そう言ってヨミは口をつぐむ。重苦しい空気が再び部屋を支配する、そんな予感を感じ取ったのだが、それを嫌うようにヨミは努めて明るく切り出した。
「そういえば、知っていますか? 私、もともとはソロでストリーマー活動していたんですよ」
「ソロ? お一人でやっていたんですか? 『ワルキューレ』は?」
「『ワルキューレ』はスカウトというか、ソロ活動していた時に誘われて……。それで加入したんです」
初耳だ。オレはてっきり、最初から『ワルキューレ』というストリーマーグループで活動していたと思っていたんだけど。まさか、一人で活動していただなんて。
その頃の配信活動を思い出したのか、クスクスと控えめに笑いつつ、ヨミは続ける。
「あの頃はもう右も左もわからなくて。自炊しようとしては料理を黒焦げにしちゃうし、DIYなんて失敗続きだし、農作物の育て方なんてわからないし……」
万能の女神みたいな人でも、そんな時代があったのか……。意外な思いに囚われながら、オレはコーヒーカップを口元に運んだ。
「それでも、楽しかったなあ……。いろいろなことを試行錯誤して。上手くいったら心の底から喜んで。とても充実した時間を過ごしていたんですよ?」
両手を温めるようにコーヒーカップを包み込むヨミ。遠い日々を懐かしむような声に、オレはカップをテーブルに戻し、それから問い尋ねた。
「えっと、『ワルキューレ』には誘われて加入されたと仰っていましたが……」
「ええ。一人で配信活動していたのをプロデューサーが見ていたようで、一緒にやらないかと誘われたんです」
プロデューサー? ウチでいうところのミアみたいな妖精か。あれも敏腕プロデューサーを自認しているもんな。配信活動をサポートするための存在だし、他の配信者にもそういう妖精がついていたとしてもおかしくはないか。
「最初はあまり気乗りしなかったんですけど、大人数ならもっといろいろな可能性にチャレンジできるからって」
「なるほど」
「いろいろな活動をしたほうが、リスナーの皆さんも喜んでくれるかなって考えたんです。私自身、ストリーマーとしての活動は楽しかったので」
発言とは不釣り合いの憂いを帯びた口調が気にかかり、オレは尋ねるべきか迷いながらも、ヨミに問いかけた。
「……『ワルキューレ』の活動は楽しくなかったんですか?」
「そんなことはありません! ……そんなことは」
顔を上げ、必死の形相で訴えながらも、ヨミは再び視線を落とした。
「『ワルキューレ』としての結成当初は楽しかったんです。五人でやれることは多いし、仲間ができたおかげで励まし合ったりできたので。……でも」
「でも?」
「そのうち、自分が望んでいないことまで配信しなきゃいけなくなって。何かが違うなって」
なんでも苦手な歌やダンスの配信が中心となり、『ワルキューレ』はアイドルとしての活動がメインとなっていったそうだ。オレが見ていた配信はチャレンジ動画とかだったから、リスナーとしては珍しいタイプだったのだろうか。
「リスナーの皆さんが喜んでくれるなら、それはいいんです。でも、自分が納得できない配信活動をやっていいのか、次第に考えるようになってしまって。……考えているうちに疲れちゃったんです」
コーヒーカップを握りしめる力を強めるヨミ。
「……それで、私。配信活動そのものが嫌になってしまって……」
「『ワルキューレ』を辞めたいと?」
栗色の長い髪を揺らして、ヨミは頷いた。
「ユウイチさんの配信を拝見したのはその頃です。こんなにやる気のない人もストリーマーとして活動していていいんだなって」
「なんか、本当にすみません……」
「いえ! こちらこそ失礼なことを言ってしまってスミマセン!」
あまり考えなしに話してしまったのだろう。本気で慌てながら、ヨミは何度も頭を下げる。まったくもって事実なので、オレとしては気にしてないんだけどな。
それもそれで問題かと思っていた矢先、ようやく落ち着いたのか、ヨミは口を開いた。
「……私、本当に疲れ果てていて。もう配信も何もかも投げ捨てたいって。だから、二度とやる気が起きないような環境に身をおきたいと……」
そう言って、ヨミはコーヒーの水面に自虐的な顔を映す。
「自暴自棄だったんです。メンバーのみんなにも、半ば無理矢理、承諾を取り付けてもらって」
「それでこちらに?」
「利用したんです、ユウイチさんのことを。ここでなら静かな生活が送れるかなって考えたんです」
「利用だなんて、そんな……」
「本当なんです。ストリーマーとして羨ましいと思えない人がそばにいれば、私自身、配信活動を忘れることができるって考えて……」
一拍置くと、ミアは呟いた。
「……酷い女です。私は。結局、どこまでいっても、自分自身のことしか考えていない」
「そんなことは……」
「そんなこと、あるんです。本当に……」
沈黙があたりを包み込む。すると、にゃあという鳴き声がテーブル下から届くのだった。視線を落とした先では、ヨミの足下にじゃれつくサスケがいて、ヨミは哀しさと喜びを半々にした眼差しを子猫に向けるのだった。
「慰めてくれるの? ありがとうね?」
身体をかがめてサスケをなでたヨミは、そのまま立ち上がると、改めて頭を下げた。
「ユウイチさんに謝りたくて。こんな私に優しく接していただいたことを許してもらいたいとずっと考えていたんです」
「そんな」
「本当のことを打ち明けずにいてごめんなさい。ご迷惑でしたら、すぐにここを立ち去りますから」
「迷惑だなんてとんでもない! 引っ越すだなんて言わないでくださいよ、オレも、それにサスケだって寂しくなります」
元気のいい「にゃ!」という声が部屋に響く。ほんのすこし、安堵したようなヨミの表情に、オレは慣れない微笑みを向けた。
「どうか、気にせず、明日からもよろしくお願いします。そのほうがオレとしてもありがたいです」
「……ありがとうございます」
困惑の面持ちできびすを返したヨミは、再度、突然の訪問を詫びてから部屋を後にした。
残されたオレはサスケを抱きかかえると、返答がないことを承知の上で、愛猫に問いかけるのだった。
「……どうしたもんかなあ。なあ、サスケ?」
「にゃあ?」
正直な話、ヨミがここに来た理由などオレにとってはどうでもよかったりする。やる気がないのは分かりきっていた事実だしね。
それよりも気がかりなのは、あんなに才能にあふれる人が二度と配信活動をやりたくないと言い切ってしまったことなのだ。
だってそうだろう? 動画を夢中で見ていたオレにとって、ヨミは憧れの存在で、ストリーマーとして心の師匠みたいな人なんだぞ?
辞めるという考えは尊重されるべきなんだろうけれど……。いちファンとしては思いとどまって欲しいという願望もあるわけで。
「……何かできることはないかなあ?」
お節介なのは承知の上でオレは呟くと、思考の海へと潜り込むことにした。




