18.嵐の後に
取り残されたオレはつばめが話していたことを思い返していた。
『近くにストリーマーが住んでいても、羨ましいとか思えないぐらい、やる気のない人がいい』
仮にそれが本当だとすれば、静かな生活を送りたい以前に、狙ってここを訪ねてきた可能性がある。
とはいえ、あの女神みたいな人物がそのような悪意を込めた真似をするとは思えない。
これはもっと詳しく事情を知る必要があるなと考えたオレは、同じく取り残されたつばめへと視線を向けたんだけど、そこにはすでに騒動を巻き起こした姿はなく。
どこにいったのかとあたりを見渡してみれば、離れた場所でテントを立ててはキャンプの準備を始めているのだった。いやいや、帰るんじゃないのか?
様子見がてら近づいて尋ねると、つばめはやれやれとかぶりを振ってみせるのだった。
「ヨミとの勝負がまだなのよ? このままおめおめと引き下がるわけにはいかないでしょう?」
「だからってわざわざキャンプなんかしなくてもいいじゃないか。居場所はわかったんだし、いつでもアレで行き来できるだろう?」
地面に突き刺さったロケットを指し示すと、つばめは一瞥もせずに応じ返した。
「あれはもう使えないの」
「使えないって?」
「使用回数があるのよ。それが今回でゼロになったってワケ。もはやガラクタね」
ガラクタって、お前……。そんな耐久性に難があるようなものでやってくるなって。周りの迷惑も考えろよな。
……あれ? ちょっと待て。
「じゃあどうやって帰るつもりなんだ? 移動手段がないだろう?」
「だーかーらー、そのための費用を捻出するために、こうやってキャンプをするんじゃない」
どういう意味だろうかと小首をかしげていると、つばめは深くため息をついてから、片手で頭を抑えた。
「あんた、本当にストリーマー? マジでやる気無いじゃない」
「まあ、やる気が無いのは認めるけどさ、説明ぐらいはしてくれたっていいだろう?」
「いいこと? わたしみたいな美少女がソロキャンプするのよ? たき火にあたりながら、リスナーにチルタイムをお届けするわけ。トークテーマとか募集したりしてね。するとどうなると思う?」
「どうなるんだ?」
「知らないの?」
「……?」
「スパチャががっぽりと飛んでくるって寸法よっ!」
えへんと得意げな表情を浮かべるものの、言っていることといえば決して褒められたものではないわけで。
半ば呆れがちに見つめるオレに対し、つばめは再びため息を漏らしたのだった。
「あのねえ……。別にスパチャをもらうことは悪いことじゃないのよ。そうやって需要と供給が成り立っているんだから。そうでなければ『ヴァルハラ』なんて存在する意味がないんだから」
「そりゃそうだけどさ、そこまで露骨に言われるとちょっとな」
「なに言ってんの。あんただって結局、リスナーに食わせてもらってる身でしょう。そうでなければ今頃野垂れ死んでいるんだから、いい加減自覚しなさいな」
つばめの追求は的を射ていて、オレはそれまで抱いていたなんともいえないモヤモヤの正体が実体を伴って現れることに、いくばくかの嫌悪感を覚えるのだった。
そんなこちらの様子などお構いなしに、つばめはテキパキとキャンプの準備を調えると、球体型のカメラをセットしてから振り返った。
「そうそう、お風呂貸してくれない?」
「はあ? なんでだよ」
「慣れない畑仕事で土とほこりにまみれているのよ? こんな汚れた状態で配信するわけにはいかないじゃない」
それはまあごもっともなんだけれどさ。オジサンの家の風呂を借りる美少女って構図は、軽く犯罪の匂いがしてしまうというか。
「わたしだって、できればヨミの家のお風呂を借りたいわよ。でも……」
「でも?」
「あの様子だとお家にあがらせてくれそうにないし……」
なるほど。自分の言動でヨミに異変が起きたということを、一応は自覚しているらしい。……はあ、もうしょうがないな。
「わかった。風呂を貸すだけだぞ? それと『ここをキャンプ地とする!』ってしてもいいけど、騒ぎすぎないようにな」
「そんなことわかってるわよ。チル配信だって言ってるじゃない」
やれやれ、厄介なことになったなあ。オレは頭をかき回しながらツバメを引き連れると、家路についたのだった。
***
それからあっという間に時が過ぎ、迎えた夕暮れ。
今日起きたことを振り返ったオレは、疲れ果てた心を休めるように自宅の椅子にもたれかかった。
「疲れた、とにかく疲れた……」
「まさか、つばめがやってくるなんてねえ」
部屋の中をふわふわと漂いながら、妖精のミアは呟いた。敏腕プロデューサーを自認しているだけあって、当然、彼女の存在を知っていたらしい。人気急上昇中、中堅どころのストリーマーだと教えてくれた。
で、そのツバメといえば、風呂を借りに来たという当初の目的を忘れ、オレの愛猫を視界に捕らえると、
「ネコチャンがいる!」
と、どこぞの猫神様を彷彿とさせる台詞とともに、サスケを足手に遊び始めるのだった。いや、さっさと風呂入って帰れよ。
「ほら、ネコチャン! じゃらしですよー! 一緒に遊ぼうねー!」
「にゃあにゃあ!」
ああ、もう、サスケもあんなに嬉しそうにしちゃって。まだ子猫だし、遊びたい盛りだからなあ。人なつっこいのも考えものだぞ。不審者にはキチンと「シャー!」と威嚇してくれないと。
……そんなこんなで。
子猫とのふれあいを、思う存分堪能したつばめは、ようやく入浴を済ませてから、名残惜しそうにテントへと戻っていくのだった。サスケを連れていきそうだったからな、マジであいつ危ないわ。
「でもでも、これはチャンスよ、ユウイチ」
ようやく過ぎ去った嵐など気にも留めることなく、ツインテールの妖精はなにやら企んだ面持ちで語を継いだ。
「中堅どころとはいえ、人気急上昇中。いまもっとも勢いのあるストリーマーがすぐそばにいるんだもの。つばめの配信を見るだけでもいい勉強になるわよ」
「そうかなあ?」
「なによ、不服があるっていうの?」
「ないよ、ないけどさあ」
他人様の迷惑を考えず、ロケットで突撃してくるようなやつだぞ? クセが強すぎるというか、性格に難があるというか、果たして見習っていいものか判断ができないんだよね。
「性格と素質は別のものなの。アーティストってそういうものじゃない」
「すべてのアーティストを敵に回すような発言だな、おい」
「とにかくっ!」
人差し指をびしっと突き立てて、ミアは声を上げた。
「ユウイチはトークも魅せ方もいまいちなんだから、つばめの配信をお手本にしなさいな」
「いまいちなのはいまに始まったことじゃないけどな」
「そろそろ慣れてもいい頃だっていう話よ。リスナーを増やすために、もっと向上心を持ちなさい」
そこまで言うと、ミアは何かをひらめいたように思案顔を浮かべた。
「ちょっと待って。これを機に、つばめとコラボレーション配信とかできないかしら? なんだかんだと理由をつけて新進気鋭のストリーマーとして紹介してもらえれば」
「いくらなんでも無理があるだろ、そりゃ。こっちはやる気の無いストリーマーなんだし」
そう、そうなのだ。結局のところ、根っこの部分は変わっていないのである。いくらもがこうとも、ストリーマーとしての本質は見抜かれているというか。
それを知っているからこそ、ヨミもここに引っ越してきたはずなのだ。そうでなければ……。
思考を深めていこうとしていた、まさにその時だった。
玄関をノックする音が室内に響き渡ったのである。
どうせまた、つばめが訪ねてきたのだろう。そう思ったオレは腹立たしく席を立つと、怒気を含めた声とともに扉を開いた。
「なんだ、まだ何か用があるのか」
そう言いつつも、途中で口をつぐむ。視界に捉えたのはサイドポニーの美少女ではなく、栗色の髪をしたご近所さんだったからだ。
「こんばんは、ユウイチさん。突然、訪ねて申し訳ありません」
「……ヨミさん」
「その……、いま、お時間よろしいですか?」




