17.ストリーマーのつばめ
オレンジ色のサイドポニーを揺らし、颯爽と登場した少女は、勝ち気な表情と口ぶりでヨミを指さしては宣言し、反応を伺っている。
「……ヨミさんのお知り合いですか?」
思わず尋ねるオレにヨミは頷き、戸惑いの表情で続けるのだった。
「お友達のつばめちゃんです。彼女もストリーマーとして活動しているんですけれど……」
「ふんっ! お友達だなんてぬるいこと言わないでっ! わたしとあなたはライバル同士! わかったらいますぐ配信勝負しなさいっ!」
これはもしかすると、つばめちゃんとやらが一方的にライバル視しているだけで、ヨミは相手にしていないとか、そういう悲しいパターンなんじゃないだろうか?
それにしても。
配信で勝負ってどうやって決着つけるんだ? 言い出した割に考えてないとか、そういうことはないよなとかそんなことを考えながらも、オレはオレで無残な畑のほうが気にかかり、なかば独り言のように呟いた。
「しかしまあ、派手に登場してくれたなあ。おかげで畑がめちゃくちゃだよ」
生育した葉についた土を払っていると、慌てたようにヨミが駆け寄ってくる。
「ユウイチさん、私も手伝います」
「いや、お友達が来ているんだし、こっちはいいですよ」
「そういうわけにはいきません」
そうしてヨミはせっせと作業を始め、自然と無視されたような形となったつばめはわなわなと身体を震わせるのだった。
「ちょ、ちょっとヨミ! わざわざライバルが足を運んできたっていうのに、その態度はなんなの!?」
「つばめちゃん」
穏やかな中に厳しさをにじませて、ヨミが呟く。
「あなたがやってきたせいで、他人様の畑がこうなってしまったのよ? わかっているの?」
「うっ……」
「少しでもその自覚があるのなら、お片付けを手伝いなさい。話ならその後に聞くから」
「うう……」
最初の勢いはどこへやら。つばめはみるみるうちに萎縮していきながらも、しぶしぶ納得したのか、腕組みしながら声を上げた。
「ふんっ! 勝負の前の一仕事なら仕方ないわね! わたしも片付けるわよっ!」
軍手を受け取って、畑仕事に加わるつばめは、時折どうすればいいかをヨミに尋ねながら作業を進めていく。
手つきは丁寧そのもので、一生懸命に手を動かす姿から察するに、根はいい子なのかもしれない。……ロケットで登場するのはどうかと思うけどさ。
とにもかくにも。
黙々と後片付けを進めながら、オレはヨミとつばめの関係性について詳しく話を聞くことにしたのだった。
***
つまりはこういうことらしい。
トップストリーマーアイドルグループ『ワルキューレ』。つばめは中心メンバーであるヨミの大ファンだった。
で、そんなヨミを追いかけるべく、自分も日々、配信活動を行っていたらしい。しかし、ストリーマーとして活動をすればするほど、歴然たる差に気付かされ、自らの実力不足に悩まされてきたそうだ。
「歴然たる差?」
「決まっているでしょう? まあ、アンタみたいな一般人には理解できないだろうけどね」
ふんっと鼻を鳴らし、つばめは得意げに胸を張った。
「いいこと、ヨミのなにがすごいって、まず美人ってこと。これは言わずとしてもわかるわよね。優美さと可憐さ、そして優しさが調和されている感じ。もう、一目見るだけで癒やされるっていうか。癒やされるといえば、声もそうね。聞いているだけで天に召されるみたいな? ASMRなんてされた日にはいくら課金してもありがたさが表現できないぐらいなんだから。あとやっぱり天然なところも外せないわよね。かといって、お姉さん的なポジションもあるし、しっかりしていながらたまにドジっ子みたいなギャップもたまらないわけ。かわいげがありながらも、力仕事とかこなしちゃうたくましさも魅力よね。アンタのような凡人は知らないだろうけど、狩りとかもできちゃうのよ? すごくない? 鹿とかイノシシとか捌いちゃうんだから。でも、そんな野性的な一面は一切見せず、ニコニコと微笑みを絶やさない人間性? ああ、この人にならわたし抱かれてもいいなあって思えちゃうみたいな? 包容力よね、包容力。あといい匂いがするし。本当、お願いだから、使っているシャンプーとか教えてくれないかしら。教えてくれたら『飲シャン』するんだけど」
……うーん、愛が重い。
これは、ライバルというよりも憧れの対象としてヨミを見てやしませんかね? 途中、抱かれてもいいとか、『飲シャン』とか怪しいキーワードがゴロゴロ出てきたし。
しかし、まあ、かわいそうなのはヨミだよな。眼前で強制的に愛の告白じみた語りを聞かされるはめになるんだもん。
頭から湯気が出そうなほど、顔を真っ赤にさせているし、ご近所さんの精神が崩壊しかねないので、そろそろ勘弁してやってくれませんかね?
「とにかくっ!」
ようやく語り終えたつばめは、すくっと立ち上がり、力拳を作ってみせた。
「わたしは気付いたわけ。こんな素晴らしい女性を遠くから眺めているだけのままだったら、いつまでたっても追いつかないって」
そこで思い立ったのが、ヨミを直接訪ね、勝負という名目で少しでも憧れに近づこうという作戦だった……らしい。
「ストーカーじゃん。もしくは厄介なファン」
「違うわよっ! ストリーマーとしての修行の一環だもの!」
つばめは反論を試みるも、やっていることといえば犯罪すれすれの行為としか思えないんだよな……。
サイドポニーの来客へ軽蔑した視線を向けるオレだったが、ヨミは穏やかに友人の名誉を回復すべく弁明を試みた。
「まあまあ。私は嬉しかったですよ? 可愛い妹ができたみたいで」
「ほうら! ヨミもこう言ってるじゃない! だからいいのよ!」
「甘やかしてはよくないですよ、ヨミさん。結果、ロケットでやってくるとか非常識な行動を取ってくるんですからね」
三分の一ほど地中に埋まったロケットに視線を向ける。乾いた笑いで応じるヨミに、つばめは再び口を開いた。
「ふんだ。こうなったのもヨミが悪いんだからね」
「どうしてそうなる」
「だってそうでしょう!? 私になにも言わず、いきなり『ワルキューレ』を脱退するだなんて……!」
心の底から腹を立てるように、つばめは語をついだ。
「メンバーから聞いたわ。ヨミはもうストリーマーをやりたくないって言ってたって! だから、静かなところで暮らしたいって!」
……ストリーマーをやりたくない?
意外すぎる言葉に、ヨミへと視線を向ける。そこには複雑な思いを交わらせた表情があって、オレはなにも言えずにそれを見つめるのだった。
「それに、ほかにも聞いたもの」
こちらのことなど意に介することなく、つばめは続ける。
「どうせ暮らすなら、二度と配信する気が起きないよう場所がいいって。近くにストリーマーが住んでいても、羨ましいとか思えないぐらい、やる気のない人がいい……」
「つばめちゃん」
それまで沈黙を保っていたヨミが割って入った。
「少し喋りすぎよ。それに……」
申し訳なさそうに、ヨミはこちらを一瞥する。
「それ以上はユウイチさんに失礼だわ。お片付けもそろそろ終わるし、今日はもう帰りなさい」
ズボンについた土を払うと、ヨミは悲しそうな微笑みを浮かべ、こちらを向くことなく口を開いた。
「ごめんなさい、ユウイチさん。あとはお任せしてもいいですか? ちょっと疲れてしまって……」
「……え? ええ、もちろんです」
「本当にごめんなさい。それでは失礼しますね」
そう言うとヨミはきびすを返し、一度も振り返ることなく家路についた。その背中を呆然と見送るつばめとともに、オレはなにも言うことができず、ただぼーっと畑に立ち尽くすしかできなかった。




