16.お裾分けと飛来物
「……なるほど。そのような事情もあって、燻製を作られたのですね」
ほんわかした笑顔を浮かべるのは、トップストリーマーグループである『ワルキューレ』の元メンバー、ヨミである。
すっかりご近所付き合いが馴染んできたこともあって、オレは、ついこの間仕上がった鹿肉の燻製をお裾分けに来たのだけど……。
ヨミの足下には、これまたすっかりとなついてしまった、我が愛猫のサスケがすり寄っていて、お前、飼い主はこっちだぞと少しだけ悲しい気持ちになるのだった。
あ、ちなみにですけど、ヨミさんの移住効果というべきか、ジャージは卒業しました! ええ!
長袖のシャツにジーンズというラフな装いだけど、いくらかマシだろうと! まあ、ミアには「マシっちゃマシだけど……」みたいな感じで、渋い顔をされましたけどね、ええ!
こほん。話を元に戻そう。
で、この鹿肉の燻製。相棒の妖精の言葉通り、ある程度、馴染ませたら結構美味しくなりまして。
おお、もしかしてオレってば、料理の才能あってのかなと勘違いしちゃうぐらいにはよくできたんだよね。
これは是非とも味を共有したいぞと、解体でお世話になったヨミにも食べてもらいたいなあって思ったわけなのだ。
そんなこんなで、いそいそとお裾分けの準備をしていると、ツインテールの妖精さんってば、腕組みしながら思案顔を浮かべるのさ。
なんだろうなあって気になるじゃん? そうしたら、よりにもよってこんなことを言い出すんだよ。
「ちょっと言いにくいんだけど……」
「……?」
「成人男性の手作り料理のお裾分けってどうなの? 気持ち悪くない?」
……あのさあ、前から思っていたんだけど、お前ってば本当に人の心をえぐるのが上手いよなあ。
「そんなに褒めないでよ」
「褒めてねえよ! 傷ついてんだって!」
いや、オレだってね、オレだって一瞬考えたよ? こんな陰キャのオッサンが作った料理、気味悪がられたりしないかなあって。
でもさ、ご近所付き合いって大事じゃない? しかも、日頃、農作業やらサスケの面倒でお世話になっている相手だよ? ほんのわずかでもお返しはしたくなるのが心情ってものじゃないか。
それをよりにもよって気持ち悪いとは……。はあああああああああああああ……、今度の配信もやる気がなくなっちゃうなあ……。
「悪かった、悪かったわよ! 味自体は文句ないし、衛生的にも大丈夫だから、きっと受け取ってくれるわよ」
味よりも衛生面を強調してくるのは気のせいだろうか……?
とにもかくにも。
口の悪い相棒の言葉に傷つきつつ、八割の不安を抱えながら、オレはヨミを訪ねに足を運んだというわけだ。
しかしまあ、そんな不安を杞憂だったね。ヨミさんってば、美貌にふさわしいとびっきりの笑顔をたたえて、
「いただいていいんですか!? とっても美味しそう!」
なんて言ってくれるのさ。いやあ、女神ですな。取れ高しか興味が無いどっかの妖精とは大違いだわ。
で、オレはオレで、そんな笑顔のまばゆさにすっかりやられましてね。
「いえいえいえいえ、その……、お口に合えばいいんですが……、不味かったら捨てだってください……」
とかね、必要以上に卑下した言葉を返しちゃうわけだ。これだから陰キャはダメなんだ!
「捨てるなんてとんでもない! ユウイチさんが作られたのなら、きっと美味しいですよ」
おおう、ヨミ・イズ・ゴッド……。後光が差してるぜ……。こんな風にスマートに返せる大人になりたいなあ。
「それより」
心の中で鼻の下を伸ばしていると、ヨミは一瞬だけ表情を曇らせ、話題を転じてみせた。
「私のほうこそご迷惑ではありませんか?」
「ご迷惑とは?」
「その、ユウイチさんの畑にお邪魔したり、サスケくんとも遊ばせてもらったりしていますし……」
「それこそとんでもない話です。助けてもらって、こちらこそお礼を言いたいぐらいですので」
「それならいいのですが……」
「むしろ、ヨミさんの配信活動の妨げになっていないか心配なぐらいでして」
オレがそう返すと、ヨミは軽く首をかしげ、栗色の長い髪をサラリと揺らしてみせた。
「心配、ですか?」
「ええ、その、こちらにきてから配信をやってらっしゃらないみたいですので」
そうなのだ。ご近所に引っ越してきてからというもの、一度たりともヨミは配信活動を行っていないのである。
活動名を変えたのかと思ったけれど、ミアいわく、一度『ヴァルハラ』に登録した名称は変更できないらしい。
そういった事情もあり、ヨミが配信を実施すればすぐにそれがわかるのだけど……。
そんな疑問を解くように、ヨミは笑顔を見せ、それから言葉を続けるのだった。
「それでしたら問題ありません。しばらく配信活動はお休みしようと考えていまして」
「お休みを?」
「はい。蓄えもそこそこありますし、せっかくですからのんびり過ごしたいなあって」
……なるほど。トップストリーマーもゆったりとした生活に憧れるものなんだなあ。わかる、わかるよ。オレもポイントのしがらみがなければ、そうしたいところだもん。
謎が解けたこともあり、女性の家にあまりお邪魔するのもどうかと思ったオレは、名残惜しそうなサスケを抱え、ヨミの家を後にした。
この会話が、後々起こる出来事に大きくかかわることになるのだが。もちろん、この時は知るよしもなかったのである。
***
「へえ、お休みねえ?」
自宅に戻ったオレが事の次第を伝えると、ミアは興味深げな面持ちで窓の外に見えるヨミの自宅を見つめるのだった。
「人気ストリーマーも長期休暇したい時があるのね。忙しいだろうし、無理もないか」
「別に人気ストリーマーじゃなくても、休みたい時はあるんだけどな」
サスケを猫じゃらしであやしながら応えるオレに、ツインテールの妖精はやれやれとかぶりを振ってみせる。
「甘いわよ、ユウイチ。そもそもあなたと彼女じゃ置かれている立場が違うもの。休んでいられる余裕なんかないんだから」
そう言って、三次元ディスプレイに映し出された、残りわずかのポイント数を指し示す。
そうなのだ。結局、高評価やスパチャがもらえたところで、それは限定的なものだし、生活を送っていく以上は配信活動を続ける以外の選択肢はないのである。
オレは大きくため息を漏らしてから、癒やしを得るために愛猫を抱きかかえた。
「あのぐらいのクラスになると、そんな心配しなくても余裕のある生活が送れるんだろうなあ」
「当たり前じゃない。活動休止中とはいえトップストリーマーよ? 極端な話、活動再開しなくても暮らしていけるぐらいの蓄えはあるでしょうね」
「そんなに?」
「そんな状況でもね、配信したくなるのがストリーマーの本質なの。きっと彼女も、そのうちにたまらなくなって、活動を再開させるでしょうね」
そんなもんかねえ? オレなんか、そのぐらいの蓄えがあったら余裕で配信活動引退しちゃうけどなあ。
ま、人それぞれに考えがあるってことかと納得し、それからはミアと配信のネタだしをしつつ、この日は終了。
とある事件が起こったのは、それから数日経ったある日のことである。
***
いつものように農作業をするべく畑へ足を運ぶと、そこには作業着と麦わら帽子をかぶったヨミが待ち構えていた。
「おはようございます、ユウイチさん。今日も農作業、頑張りましょうね」
いやあ、朝から癒やされるなあ……。ヨミが引っ越してきてくれたおかげで、地味な作業も楽しくなったし、本当にありがたいよ。
そんなことを考えながら、野菜の生育具合を確かめるべく歩を進めた、次の瞬間。
頭上がピカッとまばゆくなったことにオレは気がついたのだった。
思わず空を見上げると、青空を貫くようにして猛烈なスピードで何かしらの物体がこちらに迫ってきている。
……ロケットっぽいような感じだけど……って、え? ちょっと待て、この畑目がけて落下してないか、あれ?
ちょ、ちょ、ちょっと待ってくれ! あんなもの落ちてきたら大惨事だぞ!? ここから入れる保険なんてあるわけないし、ああもう、そんなことを考えている場合じゃない!
一瞬ごとにぐんぐんと迫り来るロケットは空気を切り裂き、そして、こちらの様子などお構いなしに、減速することなく地面へと墜落。衝撃で大地が揺れた。
爆音とともに土煙が巻き起こる。不幸中の幸いで、畑への直撃は免れたけど、それでも墜落した場所は百メートルと離れておらず、飛んできた岩やら土の塊やらが青々とした野菜を傷つけるのだった。
呆然とロケットの落下地点を見つめていたものの、オレははっとなり、慌てて声を上げた。
「ヨミさん、大丈夫ですか!?」
「私は大丈夫です、ユウイチさんこそ大丈夫ですか?」
もちろんですと頷きながら、オレは再び視線を水平移動させた。こんな異世界でも宇宙人の訪問とやらがあるのだろうか?
しかしながら、やがてロケットの中から現れたのは、宇宙人でも未確認生命体でもなく、オレは困惑を覚えることになる。
ロケットから降り立ったのは、可憐な少女で、衝撃によろけながらもこちらへまっすぐと歩いてくると、オレには目もくれず、隣人を見据えながら口を開いた。
「ようやく見つけたわよ、ヨミ!」
「……っ!」
「いますぐ、わたしと勝負しなさい!」




