15.燻製作り
ヨミが解体した鹿肉を貯蔵庫にしまい込んだ翌日、オレはとある配信企画をミアに持ちかけた。
「食事風景を配信で流したい?」
それはどうなの? という妖精の不審な眼差しを受け止めつつ、オレは応じた。
「オジサンがご飯食べてる姿っていうのは受けがいいからな」
孤独のグルメでいうところの井之頭五郎しかり。オジサンが黙々と美味しそうに食事を進める光景は、不思議と好感が持てるものなのだ。
もっとも、黙ってご飯を食べているオレの姿が動画配信に耐えられるビジュアルかどうかは疑問が残るけれど。
それはもうストリーマーとして活動している以上、言いっこなしにしようやというスタンスである。いまさら恥ずかしがっている場合でもないしな。
というかね。
こんな企画を思いついたのは、そもそも解体した鹿肉の量が異常ってことが発端だったんだよね。
ヨミにお裾分けしたとはいえ、貯蔵庫はすでにパンパン。早急になんとかしないとまずいと考えた結果なのだ。
「うーん……。反対はしないけれど」
こちらの話を聞いた上で、それでもミアはなにやら考え込み、ややあってから続けてみせる。
「そういった動画って、料理のクオリティも大事になるんじゃないの? ユウイチ、料理得意だっけ?」
ぐっ……! なかなか痛いところ突いてくるじゃないか! 鹿肉の塩こしょう炒めでお茶を濁そうとしていたというのに……!
ツインテールの妖精はやれやれとかぶりを振りつつ、呆れたように呟いた。
「無理をしてまで、苦手なことをしなくてもいいじゃない」
「だってさ、ミアも見ただろう? あの鹿肉の量。とてもじゃないけど消費できないぞ?」
おそらく、いや、確実に腐らせて終了というパターンになってしまう。殺生をしておいて、さすがにそれはいただけない。
そんな思いを汲み取ったのか、ミアは肩をすくめ、別の提案を持ちかけるのだった。
「それなら保存食を作るのはどう? 燻製だったら私も作り方はわかるし」
燻製かあ、確かにそれなら長期保存も可能になるな。
「とはいっても、燻製作りは配信に不向きだけどね」
「なんで?」
「なんでもなにも、作るのに時間かかるもの。一週間ぐらい必要になるし」
「は!? 一週間!? ウソだろ!?」
「ウソじゃないわよ、ソミュール液っていう液体に、数日間、浸しておかないといけないんだから」
……やばい、早くも挫折しかかっている。
ていうかさ、燻製作りなんて、優雅にお酒を楽しむような、心にゆとりのある大人や、週末キャンプを楽しむような陽キャの人々がやることでしょう?
そんなものを陰キャのオレが手を出すのはちょっと違うっていうか……。
「はいはーい。ブツブツ文句言ってないで、とっとと準備するわよ。『祝福商店』で必要なもの買いそろえましょうね」
くっそう、少しも聞く耳持たないじゃないか……。わかった、わかったよ。オレとしても鹿肉を残さず食べたいしな。
そんなこんなで、ミアの指示に従い、材料を買いそろえたわけなんだけど。
燻製作りは思いのほか大変だったので、記録を残していきたいと思う。
***
「それじゃあまずはトリミングをしましょう」
大量の鹿肉を前にミアは宙を漂いながら指示を出す。
「トリミング?」
「鹿肉についた汚れとか、筋や余分な脂を取り除いたら、フォークで穴を開けていくのよ」
「筋や脂を取り除くって……。これ全部?」
目の前には山のように積まれた鹿肉があるんだけど、ミアは顔色一つ変えず頷いた。
「そう、全部。慣れてくればなんてこと無いわよ」
お前……。慣れるもなにもこっちは初めての作業なんだぞ? 無茶言うなよな?
「鹿肉、少しも無駄にしたくないんでしょう?」
う……。そう言われてしまうと反論の余地もない。
「みゃー」
やがてお肉の気配を感じ取ったのか、サスケが近寄ってきたんだけど。さすがに生肉を与えるわけにはいかないので、茹でた鹿肉を細かく切って与えることにする。
「うみゃ、うみゃうみゃ」
「見てみろ、ミア。サスケが旨い旨い言いながら鹿肉食べてるぞ。はあ、見ているだけで癒やされるな」
「……いいからトリミングしなさい」
「ウス」
それから黙々と下処理に取りかかることしばらく。腕が腱鞘炎になりかけたところでようやくトリミングが完了し、その様子を見たミアは満足げに眺めるのだった。
「お疲れ様。それじゃあ今度はソミュール液を作りましょう」
鍋に水、塩、砂糖、それに黒こしょうにローリエ、ニンニク、ローズマリーを加えて煮立たせるのだという。魔女が作る薬みたいだな。
で、これを冷まし、濾したものを、下処理を終えた鹿肉と一緒に袋に入れる。この時、袋の空気を抜いて密封させるのがポイントらしい。
この状態で冷蔵庫に寝かすこと、実に五日間! 長すぎると思いきや、これでようやく味がなじむそうだ。マジですか……。
「……待て、そうすると、五日間は他の食材を貯蔵庫にしまえないってことだよな?」
「仕方ないわよねえ」
燻製のためだものと言いたげな妖精の面持ちに、苦情の一つや二つを言いたくなったものの、すでに調理に取りかかってしまっている以上、何も言えず。
こうなったら仕方ない。しばらくの間、野菜は畑で収穫したものを即座に食べるかと思いつつ、オレは一刻も早く時が過ぎゆくことを心から願った。
***
そしてようやく五日が経過し、本格的な燻製作りに取りかかれるぞと息巻いていたオレだったが、またしてもお預けをくらうことになってしまった。
「当たり前でしょう? これから塩抜きと乾燥しなきゃいけないんだから。燻製機の出番はもうちょっと先よ」
あのなあ……、朝目覚めてから、ウキウキと燻製機の準備していたオレがバカみたいじゃないか。途中で止めろよ。
まあ、文句を言っても始まらないので、完成まではおとなしく従うけどさ……。
で、この塩抜きと乾燥もまた大変だった。
塩抜きは袋に詰め込んでいた鹿肉を水でよく洗い流す作業なんだけど、いかんせん、量が多いからとにかく手間がかかる!
乾燥は乾燥で、しっかりやらないと腐るわよとミアに脅されたこともあり、念には念を入れてやることとなった。
まず、鹿肉の水気を拭き取る。それを網に乗せ、風通しのよい日陰で一昼夜干すのだ。
……ここまでやって思ったね。なるほど、配信向きじゃないなって。動画でテンポよくまとめているならまだしも、一週間も配信し続けるやつはどうかしてる。
いや、まあ、中には完成まで耐久配信やっている人もいるかもしれないから、あまり強くもいえないけどさ。
とにもかくにも、これでようやく燻製機の出番がやってきたわけだ。
ミアいわく、ここからはさほど時間がかからないということで、燻製が完成するまでの間、固定カメラを燻製機の前にセットして、配信を届けることになった。
「どうも、ユウイチです。今日はこの前の鹿肉を使い、燻製を作っていきたいと思います」
挨拶とともに、下準備を終えた鹿肉を燻製機にセットする。そしてウッドチップを入れ、八十度ぐらいの温度で温燻していくのだ。
……で、温燻していくのはいいんだけど。アレな。画が同じだから実に地味な光景になるな。
たまらず目の前でふわふわ浮かぶミアに聞いちゃったもん。どのぐらいの時間がかかるんだって。
「そうねえ……。肉の状態にもよるけど、四時間ぐらいかしらね」
「四時間……? え? 四時間もこの配信続けるの?」
予想外すぎる返答に、思わず呆然とした声を発してしまったらしい。コメント欄が次々と流れていく。
『ユウイチ、燻製のこと知らなすぎ』
『チル配信始めたのかと思った』
『というか、温燻終わったらすぐに食べられるって思ってるんじゃね?』
最後のコメントにオレは再び呆然とした思いを抱き、半ば独り言のように呟いた。
「え? 燻製って温燻が終わったら食べられるんじゃないの?」
「違うわよ? 一晩熟成させないと味が馴染まないもの。食べられるのはそれからね」
言い終えてから、ミアはとあることに気づいた様子で、前言を撤回した。
「ごめんなさい。鹿肉の燻製だから、殺菌対策をしないと」
「は?」
「温燻が終わったら、オーブンでさらに焼き上げるわよ。中までしっかり加熱しないと、安心して食べられないもの」
……え? え? 本当の本当にすぐに食べられないの? というかそもそもオーブンなんて無いんですけど。
「無ければ作ればいいじゃない」
「作るって、どうやって?」
ミアの視線の先には耐熱レンガが積まれていて、個人的にはいつの間に用意していたんだというツッコミをしたいところなんだけれど。
「こういう時が来ると思って、用意しておいたのよ。これも一種のDIY。スローライフには欠かせないもの」
胸を張るミア。そして再びコメント欄が流れ出す。
『今日の配信、燻製作りじゃなかったか』
『ネコチャンはどうした』
『ユウイチのスローライフ始まったな』
くそう、他人ごとだと思って、みんな言いたいことを言いやがって。あ、高評価とスパチャありがとうございます。……ぐっ、弱い! オレは高評価とスパチャに弱い!
てなわけで。
温燻作りの傍ら、オレはレンガを使ってのオーブン作りに励むこととなり、疲労困憊の中、ようやく完成した鹿肉の燻製の味も、いまいちよくわからないままで終わることになってしまったのでした。
なんか、ちょっとしょっぱかったんだけど……。これは涙の味なのかな?




