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やる気ゼロの異世界ストリーマー  作者: タライ和治


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12.移住希望者

 スローライフの実況配信をやっているけれど、当然ながら、四六時中配信を実施しているわけではない。


 大半の時間をごくごく普通の生活を営んでいる身としては、まともな日常を送るためにも、いろいろとやらなければいけないことがあるわけだ。


 で、何をやっているかと言えば、ほとんどの場合、田畑を耕している時間が多い。これはねえ、もうしょうがない。食料がないと生きていけないからね。


 異世界生活を始めるにあたり、スターターキットの中に入っていた種子や苗はたった一日で作物の収穫ができたけれど、『祝福商店』で取り扱っているものにそんなチート級のものはないのだ。


 まあ、それでも一週間から十日ほどで生育する分、反則級ともいえるんだけどさ。すぐに収穫できるとはいえ、何が起きるかわからない異世界において、食料はなるべく備蓄したほうがいいに決まっている。


 タンパク源は『祝福商店』で購入できる肉や魚でまかなえるけど、ポイントの消費をなるべく抑えたいので、ミアと相談し、罠を使った狩猟ができないかを考えているところだ。


 上手くいけば配信にもつなげられるだろうし、前向きに検討していきたい。そして獲得したポイントは、サスケの生活向上に充ててやれたら、オレはもう、それで満足だね。


「馬鹿なこと言っていないで、自分のためにポイントを使いなさいな」


 宙を漂いながら、ミアは呆れがちに口を開く。結構本気なので、そう言われるのは心外なんだけどな。


「サスケが可愛いのはわかるわよ? でもね、それより先に自分の身なりや生活に気を配ったらどうなのって話よ」

「失礼な。毎日ちゃんとお風呂にも入っているし、身なりには気を遣っているつもりだぞ?」

「嘘おっしゃい。着替えもろくに持っていないから、二、三着を着回しているだけじゃない。同じ格好で配信に映っているから、正直、小汚いって思われてるわよ?」


 そう言われて、オレは着用している紺色のジャージに目をやった。洗濯しているし、匂うわけじゃないから別にいいと思うんだけどなあ。


「あのねえ、ストリーマーは見た目も重要なの。おしゃれをしなさいって言っているわけじゃなくて、清潔感を保ちなさいって話なのよ」


 ツインテールの妖精のお説教じみた口調に渋々と応じつつ、オレは鍬を手に持って畑へと向かうのだった。


 そんなことを言われても、こういう肉体労働をするときはジャージが一番動きやすいんだよなあ。丈夫で破れにくいし。汚れたところであまり気にならないというか。


 それに、服装に気を遣って作業効率が落ちたら、それでこそ本末転倒っていうかね。


 動きやすい格好をしているからこそ、農業初心者のオレでも結構な勢いで畑を拡張できたんだし、そこは認めてほしいところだよなあ。


 家庭菜園レベルから、ちょっとした農業レベルにまで広がりつつあるんだよ? 


 もちろん、スターターキットの中に入っていた神様のスキル付き農具のおかげもあるけどさ。


 そういったわけなので、快適な作業を行うためにも、あと何着かジャージを買い足そうと決意。色違いならミアも文句は言わないだろう。


 ……しっかし、それにしても。


「むちゃくちゃ広いよなあ、ここ。開拓し放題だもん」


 そうなのだ。自宅周辺は果てしなく草原が続くため、どれだけ田畑を広げようとも、ちっぽけに思えるほどの錯覚を覚えるのである。


 おかげで森や湖、あるいは川に出かけるのにも、移動だけでかなりの時間を浪費してしまう。


 なんていうのかな、異世界転生ラノベとかマンガにありがちな、開拓していくぞーってタイプの主人公にはうってつけの場所なんだろうけどね。


 いかんせん、こっちはほら、たんあるストリーマーだから。いまのところ、広大な土地に何かを作ろうって感じでもないし、若干持て余している感が否めないというか。


「ていうかさ」


 土いじりの手を止め、オレはミアに問い尋ねた。


「ここってほかに住民はいないのか? 村とか町とか。いまのところ、ティナぐらいしか会ったことないんだけど」


 企画を考えていたのか、ペンを手にメモを取っていた妖精は顔を上げる。


「もちろんいるわよ。そこまでユウイチが足を運んでいないだけ」

「ああ、やっぱりそうなのか」

「むしろ、用があるなら、向こうから積極的に尋ねてくるんじゃないかしらね」

「用があるなら?」

「例えばだけど、ユウイチがこの一帯を開拓して、快適な空間を作ったとするじゃない? そうしたら移住希望者がやってくるかもしれないわよ」


 移住希望者? こんな何にもないところに? しかもいるのは陰キャのオッサンだぞ? 控えめに言っても地獄だと思うけど。


 そんな態度が顔に出ていたのか、ミアは苦笑いを浮かべて続けるのだった。


「言っているじゃない、快適な空間になればって。いまのままじゃあ、だれも来ないから問題ないわよ。陰キャでコミュ障のユウイチも安心していいわ」

「陰キャは認めるけど、コミュ障なわけじゃないぞ? 一応、まともに社会人として生活を営んでいたんだからな」

「そうなの?」

「そうだよ」


 くっそー、疑惑の眼差しを向けやがって……。まるでオレが人には心を開かない、単なる猫好きのオッサンみたいな感じじゃないかっ。


 ……でもまあ、言われてみれば確かに、ミアがいなければ、ほぼほぼ無言で暮らしていた可能性は捨てきれないんだよなあ。


 だってさ、一人暮らしの社会人なんて職場ぐらいしかコミュケーション取るような場所ないでしょ? 買い物もセルフレジとか使っちゃえば、会話する必要性がないし。


 いやはや、あらためて考えると恐ろしくなるね。異世界にきてからも無言とか、そのうち言語機能がなくなっていくんじゃないかと不安を覚えるよ。


 そう思えば、お節介で取れ高と数字にうるさい妖精の存在も、案外悪くないというか……。……いやっ! 助かる! 助かってます、はい!


 ふー……。声には出していないのに、刺すような視線を向けられてしまったぜ……。勘の鋭い妖精さんですこと。


 なにはともあれ。


 人で賑わう未来予想図はとてもじゃないけれど想像できず。結局、異世界に暮らす人たちが尋ねてくる機会もないんだろうなあ。


 そんなことを思いながら、作業を再開しようとした、まさにその時だった。


「……なあ」

「なによ」

「人が尋ねてくる時は、ここが快適な環境になったらって話だったよな?」

「ええ、例え話だけどね。そうならない限りは難しいんじゃないかしら」

「なんか、遠くの方から馬車が来るのが見えるんだけど、オレの気のせいか?」


 ミアはメモを取る手を止めると、オレの視界と合わせるべく視線を上げた。


 そこには確かに、遠くにある森を抜けてこちらへと向かってくる荷馬車が見えて、俺たちはしばらく作業を止めると、その荷馬車がやってくるのを静かに見守るのだった。


 やがて畑のそばで止まった荷馬車の荷台から、若い女性が降り立ち、物珍しげにあちこちを見渡している。


 すると、女性はこちらに気づいたのか、ぺこりと頭を下げ、そして穏やかに微笑みながら近づいてきた。


「……えっ!?」


 女性に見覚えがあるのか、ミアが驚愕の声を上げる。それから遅れること二秒ほど、つられてオレも驚きの声を上げてしまった。


 なぜなら、こちらにやってきた女性は……。


「あの、こちら、ユウイチチャンネルのユウイチさんのご自宅で間違いないでしょうか?」

「……は? ……ええ! はい、そうですけど……」

「ああ、よかった! ようやく到着できました」


 女性は両手を胸の前に合わせ、安堵したように続けてみせる。


「あなたの配信を拝見していて、素敵なところにお住まいだなって思っていたのです。よろしければお近くに引っ越しをさせていただこうと考えていまして……」


 ニッコリと笑みをたたえる女性を見ながら、オレは何か夢を見ているんじゃないかという感覚に陥ってしまった。


 眼前に佇んでいる女性は、誰あろう、大人気ストリーマーグループ『ワルキューレ』の元メンバー、ヨミだったからだ。

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