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やる気ゼロの異世界ストリーマー  作者: タライ和治


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11.子猫と配信

 猫は可愛い!


 いきなり何を言っているんだとお思いでしょうが、先日、猫神様のトランから預かった茶トラの子猫が、もう、めちゃくちゃ可愛いんですよ。目に入れたって痛くない。


 嘘。子猫だから加減を知らないのか、たまに猛烈な勢いで突進してくる。これが結構痛い。でも、可愛いから許す、みたいな。


「ユウイチ。あなた、そんな笑顔もできるのね」


 こちらの様子をうかがっていたミアが、呆れがちに呟いていたけれど。恐らく、無意識に、陰キャにあるまじき表情をしていたんだろうね。だらしなくデレデレとしていたのかな。


 だからどうしたと言ってやりたい!


 猫の前では誰もが自由。そう! 自由になれるわけですよ。ありのままの自分を受け入れてくれる存在。実に素晴らしいじゃないか!


 そういうわけで、子猫の生活環境を快適なものにするため、『祝福商店』でお買い物をしました。猫用のご飯、猫砂、爪とぎ、キャットタワー、猫用ベッドにおもちゃなどなど。


 本当に何でも揃っているんだなと『祝福商店』のラインナップに感動しつつ、子猫を預ける割には、トランさん、何も置いていってくれなかったなと思ってみたり。


 ……で。ティナが届けてくれた品々を部屋に設置したところ、オレの家なのか、子猫の家なのか、まったくわからない環境になってしまいましたとさ。でもいいんだ、猫可愛いから。


 あ。ちなみに子猫の名前はサスケにしました。忍者みたいにピョンピョン跳ね回るし、やたらと素早いので、それっぽい名前がいいかなと。


「預かった時はどうしようとか言っていたのに……。すっかり夢中になっているわねえ」


 猫じゃらしでサスケと遊んでいる最中、パタパタと宙を漂いながらミアはそんなことを呟いた。


「そりゃあ、オレだってどうしようとは思ったよ? でもほら、サスケはこんなに可愛いんだぞ!? メロメロになったって不思議じゃないだろ」


 サスケを抱きかかえ、ミアへと差し出す。「みゃあ」と愛らしく鳴き声を上げる子猫に対し、ツインテールの妖精は警戒心を隠そうともせず、一メートルほど後方に下がるのだった。


「あなたにとっては可愛いかも知れないけれど……。その子、私をおもちゃか何かだと思っている節があるのよ。あまり近づけないでくれると嬉しいわ」


 ……確かに。小鳥を狩る習性があるとか聞いたことあるもんな。サスケにとっては妖精もあまり変わりないか。


「サスケ。あの妖精は取れ高にうるさいだけで、基本的にはいいやつだから、仲良くしてやってくれよ?」

「取れ高にうるさくて悪かったわね」


 ふん、と、鼻を鳴らしたミアは、諭すような口調で続ける。


「あのね、ユウイチ。サスケを可愛がるのもいいけれど、本業をおろそかにしてもらっても困るのよ?」

「本業?」

「配信よ、配信! ストリーマーでしょ、あなた!」

「冗談だよ、忘れるわけないだろう?」


 サスケを食わせていくにも、オレが生活していくにもポイントが必要になっていくからな。ここはひとつ、猫のため、がんばって活動していきますか。


「……自分のことよりサスケを優先しているのは引っかかるけど……、やる気があるならまあいいわ」


 そう言うと、ミアはやれやれと頭を振ってみせた。


「今回の配信だけど、陶芸にチャレンジってことでいいのね?」


 窓からは先日届いた陶芸用の作業小屋と、小さなかまどが見える。もちろん、最初から上手くいく自信はないけれど、芸術家としての成長過程をみんなに見守っていただこうじゃないかという方針で配信を始めたいのだ。


「オーケー。じゃあ、それで準備を進めるけれど……。その子は、自宅でお留守番させておいてよね?」


 念を押すようにミアが語を強める。


「陶芸に猫なんて、トラブルが起きるに決まってるじゃない。完成したものが壊されても知らないわよ?」

「わかってるよ」


 そうなのだ。陶芸をやりたいと考えていた直後にサスケがやってきたので、オレ自身、これはちょっとマズイかもなと思ったのである。


 ミアに言われるまでもなく、壊される、あるいは……壊される、ぐらいしか思いつかないけれど。遊びたい盛りの子猫と陶芸との相性は最悪なんじゃないかな、と。


「そういったわけで、ゴメンな、サスケ。配信が終わるまで、家で留守番しててくれ」


 抱きかかえていた子猫を床に下ろす。そして、ミアと共に玄関へと向かおうとした、その時だった。


「みゃ、みゃあ……」


 背後から、寂しそうに鳴くサスケの声が耳に届き、俺は思わず足を止めた。


「みゃー……、みゃぁあ……」


 振り向いた先には瞳を潤ませる茶トラの子猫がいて、オレはたまらずきびすを返し、サスケを抱き上げて頬ずりするのだった。


「サスケー! ゴメンよー! 寂しい思いをさせたなー! 留守番なんかさせない! 一緒に行こう!」

「はあ!? ちょっと、ユウイチ! 話が違うじゃない!」

「壊したっていい! 壊したっていいんだ!! サスケに寂しい思いをさせないのが一番大事なんだ!!」

「きちんとした配信をお届けするのが一番大事なんでしょうが! 目を覚ましなさい!」


 妖精の忠告など、右から左に通り抜ける。オレはサスケを抱え、羽のような足取りで陶芸用の作業小屋へと向かうのだった。


 大丈夫大丈夫、作ったものを壊すぐらい、どうってことないって。また作り直せばそれでいい話じゃないか!


 ……と、この時はそんなことを思っていたけれど。


 これがどうしようもならない結果になってしまうのだった。


***


 小一時間ほど後。


 自宅に戻ってきたミアは、全身に疲労の色をにじませながら、氷点下の眼差しでこちらを見据えた。


「……ユウイチくーん」

「……はい」

「これにこりたら、今後一切、陶芸小屋にサスケを連れてこないでくれるかしらあ……」

「……はい、申し訳ございません……」


 そんなお説教はつゆ知らず、サスケと言えば、土で汚れた肉球をペタペタと床に押しつけて、キャットタワーによじ登っている。


 いったい何が起きたのか、まずはそれを説明したい。


 陶芸小屋に場所を移したオレたちは、ろくろを前に配信を開始したのだった。そこまではよかったのだ。


『子猫がいる?』

『猫飼い始めたのか』

『ネコチャン可愛い』


 サスケに対する評判も上々……というか、間違いなくトランのコメントも混ざっているんだろうけれど。ほのぼのとした空気感の中、今日は陶芸に挑戦しますよと宣言したわけさ。


 次の瞬間、抱きかかえていたはずのサスケが逃げ出しまして……。ええ、もう、陶芸小屋の中を縦横無尽に大暴れ。


 ろくろの上の土を『やんのかステップ』で警戒しながら踏みつけていくわ、勢いそのままに壁へ備え付けていた棚を壊すわ、慌てて捕まえようとした俺に爪を立てるわでもう大変。


 極めつけは、ミアが抱えていた透明な球体。あれを格好の獲物だと思ったようで、ツインテールの妖精目掛けて突進と大ジャンプの繰り返し。


「ちょっと、ユウイチ! この子なんとかして!」

「わかってるって! サスケ、ほら、いい子だからこっちおいでー」

「言うこと聞くような状態じゃないわよ! 実力行使でなんとかしなさい!」

「いや、そうしたいのはやまやまなんだけど、動き回るから全然捕まえられないって言うか」

「きゃー! 羽! 私の羽を捕まえようとしてたわよ! ちょっとやだ! もう、配信なんてしている場合じゃないわよ!」


 逃げ回るミアにより、子猫が追いかける迫真の構図はカメラに収めたものの、肝心の陶芸はまったくできず。


 当然ながら、配信は途中で打ち切り。後に残されたのは、めちゃくちゃになった陶芸小屋の内部と、ボロボロのミア、ひっかき傷だらけのオレといった様相で……。


『カオス回だった』

『こうでなくちゃな』

『ネコチャンの足跡がついた土を買い取りたい』


 ……と、まあ、混乱しかなかった配信にもかかわらず、なぜかスーパーチャットと高評価がついてしまい、ストリーマーってなんだろうなと考えさせられる時間になってしまったのだった。


***


「あんなの取れ高でも何でもないわ!」


 怒りが収まらないといった具合に、三次元ディスプレイに映し出されたチャンネル登録数を見つめるミア。今日の配信で、十人ちょっと増えていることに納得がいっていないらしい。


「いいこと!? 次回から、きちんとした配信をやっていくんだからね!」


 わかったよと頷いたオレは、キャットタワーの頂上で眠るサスケに視線を移した。そうだよなあ、猫は遊ぶのと眠るのが仕事みたいなもんだからなあ。


 ともあれ。


 さすがにオレも反省したので、陶芸とか細かい作業をやる時はサスケを連れていかないよう心に誓ったね。


 それ以外?


 ……まあ、ミアに迷惑をかけないような感じでひとつ……。

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