1.異世界ストリーマー
仕事終わり、帰宅してからの癒やしの時間といえば、それは様々な配信者の動画を鑑賞することだった。
YouTubeをはじめとする動画サイトを巡っては、ゲーム実況やライブ配信を閲覧しつつ、夕食や晩酌を楽しむ。過重労働で疲れ果てていても、それが息抜きとなって、明日の糧に変わったのだ。
……で、そういうのを見る度に思うワケだ。ストリーマーをやる人たちのバイタリティの高さったら、異常だよねと。陰キャとして人生を歩んできたオレなんかには絶対真似できないな、と。
「ほら、ユウイチ。何をぼさっとしているの? こっちをご覧なさいな」
はつらつとした声が耳に届き、オレは想像の世界から意識を引き戻した。視線の先には、背中に生えた四本の羽をパタパタと動かして宙に浮かぶ、見目麗しい妖精が佇んでいて、手に持ったビー玉サイズの光球をこちらに向けながら、笑顔を作るように指示を出しているのだ。
オレはぎこちない笑顔をなんとか作りながら、相棒でもある妖精のミアに向かって語りかけた。
「どうも、こんにちは。ユウイチです。今日はこの湖に住むという、幻の魚を釣り上げたいと思います」
相変わらずの棒読み口調は愛嬌のうちだと思っていただきたい。自分だって、まさかストリーマーをやることになるなんて思ってもみなかったのだ。
――長谷川悠一、三十歳、独身男。謎の異世界で第二の人生を送りながら、神様向け動画配信サービス『ヴァルハラ』のストリーマーとして活動中。
どうか、皆様、高評価、チャンネル登録よろしくお願いします。
いや、冗談抜きで、登録できるんだったらチャンネル登録してもらいたい。オレが持っているチャンネルである『ユウイチチャンネル(……いま考えるとクソダサいネーミングだな、これ)』は、半年以上、ほぼ毎日活動しているのに、登録者数は百人にも満たないという現状なのだ。
……いや、元いた世界ではこのぐらい普通なのかもしれないな。
趣味でやる分にはそれでも構わないのかもしれない。ただ、『ヴァルハラ』においては、高評価とチャンネル登録者数、それといわゆる“スーパーチャット”の存在が日々の生活に直結してしまう現実が待っている。
すなわち、高評価やスーパーチャットがポイント化され、暮らしに役立つアイテムなどと交換できる仕組みになっているのだ。
いやはや、これを聞いた時に思ったね。なんて悪辣なシステムを考えるのだろうかと。
もちろん、『ヴァルハラ』でストリーマーをやっているのはオレだけではない。他にも異世界転生した人たちがいて、それぞれに個性を出しながら、日々、動画を配信していたりするわけだ。
そんな中、トーク力もなければ、これといった取れ高もない。ただただスローライフを送っているだけ、何の特徴も無いオッサンの動画配信を誰が好き好んで見ようと思うのだろうか?
「わかっているなら、結果を出しなさいな。結果を。のほほんと過ごしている姿をさらして、数少ない登録者の皆さんに申し訳ないと思わないの?」
ディレクターさながらに指示を出す妖精の声に耳を貸しながらも、オレは湖に垂らした釣り糸を、ただただぼーっと眺めているのだった。
いやあ、わかってはいるんだよ? もっとね、アクティブに、そして派手なリアクションとかあったほうが、受けがいいってことぐらいね?
スローライフの動画配信も『ヴァルハラ』の中では、人気コンテンツに分類されているのだ。やり方次第では、オレの生活はもっと快適なものになるだろうってことだって。
でもねえ? ほら、前世が慌ただしいと、第二の人生は穏やかに生きたくなるっていうかさ。
本当の本当に過重労働の日々を送っていたからさ。上司や取引先に頭を下げまくっていた頃と比べれば、いまの生活は夢のような日々に思えてしまうわけさ。
それに、欲を出したところでロクなことにならないのは想像に難くないというか。陰キャがいきなり陽キャを演じたところで、見る人にはわかっちゃうもんなんだよ。
そんなわけで。
天界ショッピングサイト『祝福商店』にて、なけなしのポイントをはたいて購入した“天使の釣り竿レベル1”を用いては、湖で釣りにいそしむという、これといった目新しさもない配信を実施中なのである。
ちなみに。
“天使の釣り竿”はレベルが上がれば上がるほど、それだけ大物の魚が釣れる確率が上がるらしい。ミアの話によれば、爆釣動画はなかなかの迫力なんだそうだ。
それがレベル1だとどうなるか。
「釣れるのは、せいぜい小魚ぐらいでしょうねえ」
カメラ代わりの光球を向けながら、ミアが呟いた。
「でもほら、可能性はゼロじゃないから! レベル1の“天使の釣り竿”で幻の魚を釣り上げたら神配信になるわよ、神配信」
神様たちが見ているのに神配信とは、どういうことだろう。若干の疑問を抱きつつ、あたりの気配すらない釣り糸を眺めながら、オレは相棒に尋ねた。
「……なあ」
「なに?」
「やっぱり、作物収穫とかをやったほうがよかったんじゃないか? 畑での作業はみんなも喜んでくれるし」
ピンクのツインテールを左右に揺らして、ミアは小さな身体に見合わないほどの、大きなため息をついた。
「わかっていないわね、ユウイチ。同じ内容ばかりだったら、皆さんも飽きちゃうでしょう?」
それに、と、付け加えて、妖精は続ける。
「こういう不可能なことに挑戦しようとする姿勢が美しいのよ。秘めたる情熱に訴えかける、みたいな」
「不可能な挑戦なんじゃないか」
「言葉のあやよ。湖畔の美しい風景を見せるだけでも評判はいいんだから。たき火の動画を見続けるのと一緒。なんとなく見続けちゃう、みたいな」
なるほど。確かに青々とした緑に囲まれた湖の景色は美しい。でもさあ、それならそもそもオレいらなくないか?
「…………」
「おい、何とか言えよ」
「あっ、竿が動いているわよ、ユウイチ! ヒットよ、ヒット」
ごまかすような声はひとまず置いておくとして、確かに釣り竿の先端がピクピクと動いているのがわかる。
ばらさないよう重に竿を合わせたオレは、ゆっくりとリールを巻続け、やがて水面に上がってくる魚影を視界に捕らえると、手元にあったタモを寄せるのだった。
抵抗するようにバシャバシャと全身を動かす魚をすくい上げ、それから釣り糸を持ち上げると、ミアの持つ光球に向けてそれをかざしてみせる。
「なんとか釣れました。……小さいですけれど」
十センチ程度の魚は、生息域が示すとおり、レイクフィッシュというそうだ。塩焼きが美味いらしい。これが巨大になると、数メートルサイズになるようで、それがいわゆる『幻の魚』なのだとミアが教えてくれた。
その時だった。
地面に備え付けていた、三次元ディスプレイ――ストリーマーをやる際に貸与された――に、コメントが付いたのである。
『おめでとう!』
『やったね』
『まあ、釣れてもそんなもんよ』
たった二、三程度かもしれないけれど、こんなオレのしょうもない配信にコメントを寄せてくれるのはありがたい限りだ。高評価も二ポイントついたし、感謝しかないね。
「さ、ユウイチ。魚も釣れたことだし、早速、調理してグルメレポートといきましょう!」
釣りは十分に取れ高が採れたと言いたげに、指示を出すリア。オレは小首をかしげながら、妖精に尋ねるのだった。
「幻の魚を釣るんじゃなかったのか?」
「その釣り竿で釣れるわけないじゃない。それよりも、グルメリポートをしたほうが皆さん喜ぶに決まっているわ!」
……やっぱり無理なんじゃないかと思いながらも、口には出さず。はいはいと釣り竿を片付けながら、オレは魚を捌くべく、帰路に着こうとしたのだった。
「ダメよ、ユウイチ」
「……?」
「自宅の台所で調理なんて、風情がないわ。せっかくなんだし、ここはたき火を起こすところからはじめて、外で調理しましょうよ」
数字に貪欲な妖精は、あくまで取れ高にこだわるらしい。オレはやれやれとかぶりを振りながら、枯れ草や小枝を集めるべく行動を開始した。
――ユウイチチャンネル、本日の登録者数は八十七人。
これはあくまでもスローライフを送りたいと願うオレと、やり手の妖精ミアをはじめとした、愉快な仲間たちによる、異世界での物語。
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タライ和治です
もう1つ新連載始めます!
楽しんでいただけたら幸いです!