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コワくて不思議なファンタジー空想科学に泣けるいろいろ短編集

コワい話 手を振るおじさん

作者: 大盛こもり
掲載日:2025/09/01

1700文字のショートホラー


 外海から打ち寄せる波がテトラポットで砕け、その波音が俺の耳に届いている。


「今夜は少し波立ってるけど、いい感じだな、釣れる気がする」


 堤防の先端に向かう俺の頭上には満月が輝いて、足下に影を揺らしている。釣りに満月は悪条件だが、適度の波は海の酸素濃度を上げ、魚を活性化させる。


「しかも今夜は俺ひとり、ポイントを独り占めだぞ」


 ここはチヌや型の良いメバルがよく釣れる人気の堤防だ。こんなことは珍しい。


 俺は自然と緩む頬を引き締めつつ、浮かれた足取りで歩を進めた。


 そのときだ。



 ”おい”



 誰かの声が聞こえた気がして、俺は足を止めた。


「・・・なんだ?・・おいって、聞こえた?」


 前方にはもちろん誰もいない。念のためヘッドライトを向けたが同じ事だ。すぐに振り返ってヘッドライトを向けた。だが後続する釣り客はいない。


 辺りには波音だけが響いている。


「テトラに打ち付ける波音があんな風に聞こえたか?」


 俺は軽く頭を振って気を取り直し、堤防の先端を目指して歩き出した。



 「よぉし、やっぱり先客はひとりもいない。釣~るぞ~!」


 この堤防はそれほど大きくない。干潮の今、海面までの高さは2mほど。


-外海側のテトラポットでも釣りたいけど、どうせ独り占めだからな、今日は先端に陣取って贅沢に釣ってみるか。


 大潮の今夜、朝4時頃には潮が満ちて堤防の縁近くまで海面が上がってくる。


-そこが勝負だ。


 はやる気持ちを抑え道具を広げる俺を、満月が煌々と照らしていた。



 満月の大潮は海中が月光に照らされて魚が警戒する。だが程よい波のおかげか、今夜は頻繁にアタリがあった。クーラーにはすでに10匹近い獲物が収まっている。


 狙いどおりにチヌとメバルが釣れたが、良い型のカサゴが5、6匹も釣れた。堤防の先端の外海側にもテトラポットが入っているからカサゴも釣れるのだが、これほど型と数が揃うのは珍しい。


 夢中で釣っていた俺は、ふいに何かがテトラを叩くような、そんな音に気が付いた。


 いつから聞こえていたのか、打ち付ける波のリズムと合っているような、合っていないような。



 ”カン・・カンカン・・・・・カンカンカン・・・・・・・カン”



 だがその音は時間と共に間隔が開き、そして聞こえなくなった。



 朝7時、太陽が昇ってきた。


 早朝の最満潮を過ぎ、今は干潮に向かって潮が下がってきている。先ほどまでひっきりなしにアタリがあったが、今は少し落ち着いた。


-もう十分に釣れた。後は明るくなったことだし、テトラポットの上からちょっと穴釣りでもやってみるか。で、帰ろう。


 すでにカサゴはたくさん釣ったが、浮き釣りで釣るのと穴釣りで釣るのは面白みが違う。それにソイやキジハタが釣れれば嬉しい。


 俺はそんな色気を出して、穴釣り用の竿を持ってテトラポットの上に立った。



 いくつかのテトラポットを渡り、めぼしい穴を狙ってみたが、どういう訳かまったくアタリがない。


-おかしいな、穴釣りなら本命以外にも何かしら釣れてくるし、アタリもしょっちゅうあるんだが・・


 そう思いながら最も外海側のテトラポッドに立ったとき、俺は眼下に信じられないものを見た。



 おじさんが手を振っている。



 両手を上げて、右手にはしっかりと竿を握りしめているが、その竿はリールのすぐ上で折れていた。穴釣り用の竿だ。


 潮が引いて、水面から出た竿とリールが波に合わせてテトラを叩いた。


 

 カン・・カン・・カンカン・・・カン・・



 打ち付ける波に合わせ、水中にあるおじさんの頭が左右に揺れる。


 とろりと蕩けた目をしたおじさんの体は、テトラポットの隙間に挟まっていた。


 俺はおじさんから目を離せない。


 呆然と、手を振り続けるおじさんを見つめていた。



 潮が引いてきた。


 テトラを洗う引き波で、おじさんの顔が水面から出た。



 おじさんの口が動いた。




 ”おい、釣れたのかよ、カサゴはよ”




 俺の腰は砕け、足が滑った。


 ずり落ちた俺の体は、テトラポッドの狭い穴に嵌まった。


 もがけばもがくほどテトラポッドの牡蠣殻が服を裂き、腹に食い込んだ。


 打ち付ける波が俺の顔を洗った。



 おじさんは、満面に笑みを浮かべた。



 ”これでおまえも”


 ”てをふるおじさん、だな”




コワい話 手を振るおじさん 了

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