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第7話 お迎え1周年記念日


 凛菜と共に異世界転移してきて約半月が経過した。


 我が家たるボロ小屋の大掃除も終わり、最近ようやく生活パターンができてきたような気がする。


 具体的には、朝起きたらまず隣で寝ている凛菜を椅子に移動させ、コーム(くし)を使って髪をとかす。続いて朝食を作り、いただきます。後片付けを済ませたら、村に『出勤』する。まず村長に挨拶、続いてダイアンさんに挨拶。この時、仕事の依頼が入っていれば優先的に受注する。仕事と言っても便利屋モドキだ。


 依頼がなければ、まずは各商店にお邪魔して挨拶。ほとんどの店で「またお前か」て顔をされる。胃が痛い。しかし裸一貫異世界転移、借金も目的もあるし、今はもうコミュ障だなんだと言っていられないのだ。もちろん仕事の依頼など全然ないが、まずは村に馴染むところから始めなきゃな。商店巡りが終わったら、続いては屋外に出ている人達に挨拶。こちらは店員さん達よりも態度が露骨だ。胃が、胃がぁー。


 そしてまた村長、ダイアンさんの順に顔を出す。この頃までに仕事の依頼がないと、どちらかが小遣い稼ぎ程度の雑用を任せてくれる。『これ以上村の中をウロウロするな不審者』と言いたげな表情に気付かないふりをして「ありがとうございます!」と元気よくお礼。仕事に取り掛かる。仕事の内容にもよるが、大体昼過ぎには終わるので報告して一旦帰宅、ランチタイム。凛菜に午前中にあったことを話し、一服したらまた村に戻る。午前中には会わなかった人達に挨拶をしつつ、依頼が来るのを待つ。そうこうしているうちに、家の手伝いや勉強から解放された子ども達が外に飛び出てくる。


「あ! ノダだー! 遊ぼうぜー!!」


「おう! 今日は何する!?」


「今日はなー」


 自分でも「大人としてこれでいいのか?」と思わないでもない。だが、ちょっと待ってほしい。四六時中、村に住むほとんど全ての人から『お前いつまでここにいるの?』的な視線を向けられる中、何の打算もなく無邪気に、そして対等に話しかけてくれることがどれほどありがたいか。そこに年齢の差などないのだ。あるのはただ「コラっ!あんた達っ!!」


「あの人と遊んじゃ駄目って言ったでしょ!」


「えーノダと遊ぶの面白いのにー」


「駄目! どこから来たのかもわからないような人と遊んで、そのまま連れていかれちゃったらどうするのっ!?」


「おばさん、ノダはそんなことしないと思いますよ。なぜなら「はぁ〜……」


「い〜い? あんた達みたいなのが一番狙われやすいんだからね? 知らない人には気をつける! いつも言ってるでしょ?」


「でもノダは「でももだってもないっ! ほら、あっちで遊ぶ! さっさといきなっ!」


「「「はぁ〜い……」」」


 子ども達は去っていったが、一番元気な『リク』が口パクで「ゴ・メ・ン・ナ」と伝えてきた。……ありがとう。それだけで充分だ。


 おばさんはキッと俺をひとにらみした後、特に何も言うことなく家の中に戻っていった。


「……そのうち、そのうち。まだ始まったばかりなんだから」



 子ども達と遊んだりしているうちに夕方がくるので、帰宅。少し早い晩御飯を食す。凛菜に昼からの出来事を語って一服した後、ランプに火を灯して小一時間ほど魔術書の山を漁る。今日読むのは昨日まで読んでいた本の続きなのだが、とにかく膨大な数の魔術書があるので毎晩ちょっとずつ、整理がてら目次に目を通しているのだ。そして本格的な読書……魔術の勉強タイムに入り、きりのいいところで終了、入浴し、凛菜に添い寝してもらいつつ就寝する。


 ベッドの中で考える。正確には違うのかもしれないが、どうやらこの世界も1年365日、1日24時間で回っているようだ。表示されている数字こそ違えど、腕時計の示す時間帯が毎日同じなのだ、多分。ということは多少の誤差はあるだろうが、そろそろ凛菜の『お迎え』から1年になる。記念に何か贈りたいな。明日、雑貨屋に行ってみよう。何かいい物があればいいな。




 ってことで翌日。


 村長から借りた生活費とは別に保管していた、今までに稼いできたわずかばかりの蓄えに手をつける。凛菜関係にお金を使う時は自分で稼いだ金で、と決めていたのだ。午前中はいつもの挨拶周りと雑用に精を出し、昼食後に雑貨屋へと足を向ける。運良く今日の店番は『ムギちゃん』だった。


「ごめんくださーい……」


「あ、ノダさん。こんにちは! 1日に2回も来るのは珍しいですね、というか初めてですか?」


 まんまるで大きい目をキョトンとさせつつ、焦げ茶色のポニーテールを揺らしている。村人の中では数少ない、俺に対して目から『出て行けビーム』を出さない子だ。歳の頃は17、18くらいかな? ……流石に一回りも違えば、異性というよりも歳の離れた妹を見る気持ちだ。


「あ〜……その、今日はっ!」


 やばい緊張する。お店でプレゼント買うのってこんなに高難度ミッションなのか。世のリア充達ってすげーな。ちなみにお揃いの腕時計は通販で買った。


「……」


「……」


 ん? なんでこの子、気まずそうにしてるんだ? ……あ。


「ち、違うっ!告白とかそういうアレじゃなくて、プレゼントを買いにきたんだっ!!」


「ぷ、ぷれぜんとっ!? ででででもっ! わたわたわたし達はまだ知り合ったばかりなのにそれはまだ早い気がするとゆーかいえでも嬉しいですよありがとうございますでもやっぱりそんなの受け取れませんごめんなさいっ!!」


 いや、お前は何を言ってるんだ?


「あーいや、勘違いさせてごめん。ムギちゃんにじゃなくて、彼女に……ね?」


 あ、一瞬で顔がゆでダコみたいになった。なるほど、俺は常々『野田くんはすぐパニクるよね』と言われていたが、客観的に見るとこんな感じなのか。なるほどなるほど。そりゃ他人事なら、冷静かつ的確に『もうちょっと落ち着きを持って』とか平気な顔して言えるわけだ。……いかん、ちょっとひねくれてるな、俺。 ともあれ、そのまま黙ってムギちゃんが落ち着くのを待った。


「落ち着いた?」


「ごめんなさい……でも、ありがとうございます」


「いや、どういたしまして」


 ムギちゃんは「ノダさんってやっぱり大人なんですね」と微笑む。 ん? 今までなんだと思ってたんだ? 全力で子どもと遊んでる三十路のプータローとか?


「というか……ノダさんって、彼女、いたんですね……」


 おい、今までなんだと略。


「ああ、まあ人形なんだけどね」



 あっ、すげえ。今『ピキィッ』て、場の空気が凍る音が確かに聞こえた。


「……人形、ですか?」


「うん、人形なんだ」


 ムギちゃんは見事な営業スマイルを浮かべたまま思考停止しているようだ。そりゃそうだよな。



 カミングアウト───周囲の人間に、自分がラブドールオーナーであると明かすことだ。メリットは、受け入れられれば今後の『ドル活』が以前とは比べ物にならないほど(はかど)ること。あと隠し事をしている後ろめたさとか、罪悪感とか、ストレスが軽減される。……デメリットは、受け入れられなければ社会的地位の喪失、交友関係の消滅、家族関係の崩壊、などか。 普段から『俺は全てを受け入れられる』などと平然といえるような奴は、人間関係に対してよほどの覚悟を持って向かっているツワモノか、想像力が欠如しているかのどちらかだと思う。いかん、今日は久々にネガティブだな。


 で。ここは異世界だ。俺はここで凛菜と一緒に生きていくと決めた。考えたくはないが、元の世界に戻れる保証もないしな。ここでの生活の中で凛菜を隠すのは容易だ。家から出さなければいいだけなのだから。まぁ、子ども達は既に凛菜と会ってるし、村長とダイアンさんも知ってるから、バレるのは時間の問題な気もするが。


 ともかく。俺は凛菜を隠さないことに決めた。元の世界では狭い部屋から出されることなく。かと思えば、ある日突然異世界に連れて来られて。ここでもまた凛菜を日陰の存在にしてしまうのか? と思って。望まずとも異世界に来てしまった以上、この期に『変えたいけど変えられなかったもの』を変えていこうと思って。


 これでもし、ムギちゃんが受け入れられなくともそれは仕方ない。強要することじゃないからな。程度な距離を保った付き合いを続けつつ、凛菜と二人での外出時には、なるべく視界に入らないように工夫するだけだ。裏山の方に行くとかね。



「あ〜、何がいいかとかわからないけど、お店の中、見せてもらってもいいかな?」


「あっ……ハイ! どうぞ!」


 雑貨屋さんは文字通りの『雑貨屋』だった。前回、買い物した時は掃除道具とかが中心で、必要なものしか見てなかったからな。今回はゆっくりと品定めする。


「あの〜……」


「うん? ごめん、お邪魔だったら出直すよ?」


「いえ、いいんです! えと、お人形さんは、何歳くらいなんですか?」



 そのあと、ムギちゃんは「ああいうのはどうか」「それはない」等、採算度外視で親身に相談に乗ってくれた。めちゃくちゃいいコだな! 知ってたけどさ!


「プレゼント贈ったら、そのうち私にも会わせてくださいね」


「ああ。必ず」


「楽しみにしてますね!」


 ………


「ただいまー。凛菜、今日はプレゼントがあります!」


 派手すぎず、しかしこの村の品揃えとは思えないような、落ち着いていてお洒落な包装を凛菜に見せる。


「異世界転移したから正確じゃないけど、今日がお迎え1周年記念日だ。てことで、これどうぞ」


 呟きつつ、丁寧に包装紙をはずす。中から出てきた箱を見せ、開封。


「つ、付けるぞ」


 凛菜の首に手を回し、髪の毛(ウィッグ)をそっと持ち上げつつ、緊張しながらネックレスを装着する。


「……綺麗だ」


 青みがかった石をペンダントにしたものだ。俺が選んで『それならヨシ!』とムギちゃんのお墨付きを頂いたもの。凛菜の白い肌に映えて美しい。


「俺が巻き込んだ形とはいえ、異世界にまで着いてきてくれてありがとう。これからもよろしくな、凛菜」



 一瞬、凛菜が微笑んだような気がした。




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