第4話 バカが全裸で
俺の眼前にはまさに『THE・異世界!!』といった感じの、抜けるような青空と、だだっ広い草原が広がっていた。
えーと、さっきまで夜だったよね? ほっぺをつねってみる。痛い。凛菜の頬に手を当ててみる。気が落ち着く。
確認する。右手にはアルコールスプレー。左手にはスマートフォンと腕時計。顔には眼鏡で服はなし。あと凛菜も腕時計のみの全裸仕様。
召喚されたわけじゃない、のか?
巻き込まれ型の異世界転移か?
つーかそんなことはどうでもいいのだ。
───問題はそう、全裸の俺達にこれからどうしろと?
焦るな俺……まずは深呼吸するんだ……。
「スーハー、スーハー」
よし落ち着いた。プラシーボ効果万歳。
さてこれからどうするか。つーか、どうしたらいいのか?
昨夜読み終えた異世界召喚モノのライトノベルを思い出してみよう。
あの作品もいきなり魔法陣が出現したところから始まったし。
「……召喚士、いないな」
あの作品では転移直後、召喚士に迎えられ『ようこそ勇者様! あなたには大切な使命があります! さあこの武器をどうぞ! あとこんなスキルも使えるようにしておきました!』とかいう展開からトントン拍子に物語が進んでいって……。
キョロキョロと周りを見渡してみるが、凛菜以外は誰の姿もない。モンスターも見当たらないのは不幸中の幸いか、そもそもこの世界にはモンスターが存在しないのか。つーか『ようこそ勇者様!』とか歓迎されても困るしな。自覚してるよ、俺は主人公の器じゃない。それ以前に全裸だし。
じっとしていても始まらないので、近くに転がっていたアルコールスプレーとスマホを拾い、重い腰を上げる。せめて靴は履いていたかったが。
「よっこらせ、っと」
抱き上げやすいように凛菜の関節を動かし、お姫様抱っこでかかえる。凛菜は155cm、28kg。慣れてはいるが、やはり重い。
「頼むぜ、俺のお姫様」
軽くキスして、凛菜が見つめていた方向に向かって歩き出す。一か八かだが、人が住んでいるところに辿り着ける、ような気がする。
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「凛菜よ! あれが村の灯だ!」
昔見た映画のタイトルが頭に浮かびつつ、俺は思わず叫んでいた。あれはいい作品だった。
……すぐ現実逃避するのは悪い癖だな。とはいえ、休憩を挟みつつも半日くらい凛菜をお姫様抱っこして全裸で歩き続けたらそりゃもうボロボロになってるから、夕暮れ時に遭遇する初見さんからは『あ、不審者だな』と思われること間違いなし! ……等身大人形連れてるし。え? それ以前に全裸がヤバいって? そりゃそうだ。
こういう時、お約束では元の世界から持ち込んだ小道具が役に立つものだが。
「スマホ、腕時計にあとはアルコールスプレーか」
俺、転移早々に詰んだかも。
「ん? 見ない顔だな? ……ナニしてる時にゴブリンにでも襲われたのか?」
更に村に近付くと、たいまつに火を灯している村人と目が合った。暗くてもわかる。筋肉モリモリマッチョマンの男性だ。
「ほう、黒い髪とは珍しいな」
そういうあなたは金色の短髪ですね。
「……まさかとは思うが、あんた、イカイから来たのか?」
イカイ? 異界か? うーん、ここは誤魔化しといた方がいいのだろうか?
「あっハイ」
嘘が苦手なチキンハートは正直に白状しましたとさ。あっ、マッチョマンの表情が変わった。これはヤバいかも。
「う〜む……」
いや、なんか難しい顔して、まるで品定めするかのようにジロジロと眺めてくるぞ? つーか俺より凛菜を見る時間の方が長いのは気にしすぎか? いざとなったら体を張ってでも凛菜を死守せねば。臆病者にだって、譲れないものはあるのだ。
「いや、悪かった。あまりにもイメージとかけ離れていたから、つい、な」
突然村に現れた不審者から、自分が不審な表情を向けられていることに気付いたマッチョマンは、バツが悪そうにそう言い訳した。良かった、話が通じる相手のようだ。
「って、ええ? 日本語で喋ってる!?」
「ニホンゴ? なんだそりゃ?」
「あ、いや、なんでもないです」
どうやら言語周りの意思疎通は心配ないようだ。転移ボーナススキルってことか?
「ん、村に着いたばかりなのに悪いが、ちょっと来てくれ。村長に合わせたい」
『悪いが』『ちょっと』と言いつつ、その表情からは有無を言わせないモノを感じる。俺は黙って着いていくことにした。
「その人形、ゴーレムか? 重そうだが俺が運ぶか?」
ゴーレムが何を指すのかはよくわからないが、ここは丁重にお断りする。ドールオーナー100人に聞いたら、100人がこう答えるだろう。『余程のことがない限り、ウチのコを他人に触られたくない』
断られることを予想していたのか、マッチョマンは『だろうな』という表情を返しただけだった。
「着いたぞ。ちょっと待っててくれ」
全裸待機。
マッチョマンは他の建物と区別がつかない程度には地味な、恐らく村長の家と思われる建物に入っていくと、すぐに出てきて『入ってこい』と合図してきた。
家の中には白髪と髭を伸ばした、まるで賢者か仙人かといった風貌の老人が待ち構えていた。この人が村長なのだろう。
そして村長は俺と凛菜を見るやいなや、目を見開いてこう叫んだ。
「もしや、お主が勇者なのかっ!?」
───いや、まず格好にツッコメよ。