第3話 異世界転移は突然に
「あー、どうにかして時間を止められるようにならねーかなー」
今日も今日とて職場でトラブル発生。なんとか対応できたものの時間は止まってはくれない。トラブルの分、通常業務に回せる時間がいつもより少なくなり……要するに残業だ。もちろんサービス残業な。
俺、今年で三十路に突入するのだが。このまま行けば魔法使いの資格を得る。いい歳して何馬鹿なことを考えてんだ? と思わなくもないが、時間停止魔法くらい使えるようになってもいいのではないか? ……無茶苦茶だな。今日は特に疲れているようだ。それに『魔法使いの資格を得る』と言っても、俺の場合はどうなるんだろう? 結構、微妙な立ち位置な気がする。
「ただいまー、っと」
ワンルームの自室に帰宅し、声をかける。もちろん返事などないが、それでも『誰もいない』という表現をするには少し語弊がある。
「ただいま、凛菜」
彼女の正面に立ち、そっと頭を撫でる。
凛菜は、いわゆるラブドールだ。黒髪ショートのボブカットに、ドングリを思わせるクリンとした焦茶色の瞳にやや高めの鼻筋、キスしすぎたためにすっかり口紅が取れてしまった口元。それらの特徴が重なってか、常にどことなく冷たい表情を浮かべている。そんな表情も映える色白の肌はいつ見ても美しい。視線を下げると目に飛び込む胸は釣り鐘型。公称Bカップだが、これ絶対Dカップはあるだろ! そして身長は155cmと小柄ながら、体重は28kgとなかなか重……ゲフン、立たせるには苦労する重量だ。
さて、頭を撫でたところで凛菜の表情は変わらないのだが。……いや、帰りが遅いからか、少しすねているか?
「遅くなってごめんな」
そっと、抱きしめる。
灰色のスポーツブラに、白いウインドブレーカーとハーフパンツ。俺が選んだ衣装ごしに伝わるその体温は冷たく、嗅覚の弱い俺でもわかる独特のにおいが鼻に届く。
「ああ、凛菜のにおいだ……」
クンカクンカ。うん、まあ、変態の自覚はある。それでも。
「俺にはお前が必要なのさー、っと」
凛菜と見つめ合う。ゴクリ。
「……ゴム、まだ残ってたよな?」
本能に従い、いそいそと準備を始める。明日も仕事だが知ったことか! 俺は凛菜とイチャコラするんだい!
ゴムとティッシュとビニール袋、ローションにアルコールスプレー。あとは事後用の掃除道具。ナニに必要なブツ一式を引っ張り出すと、凛菜に向かって正座し、頭を下げる。準備は万端、2人とも全裸だ。
「今夜もよろしくお願いします」
親しき仲にも礼儀あり、ってね。ちなみに凛菜はホール一体型なのでそっちの準備は不要だ。
さて、頭を上げると凛菜の顔に光が射している。おおすげー、さすが俺の凛菜! 今日もまぶしいぜ!! ……などと現実逃避している場合ではない。
「何これ!? ナニコレ!? なんで光ってんの!?」
あ、隣室から壁ドンされた。ごめんなさいそれどころじゃねぇっす。よく見れば光っているのは凛菜ではなく床だ。つーか俺の真下じゃん。
「ヒイイイイィッ!?」
立ち上がろうとし、尻もちを付いて後ずさりする。うう、影のように追ってきやがる。これって魔法陣? だよな? いやいや、怖すぎるから。何がなんだかわからんが、徐々に発光が強くなっている。ヤバい、このままだともうすぐ異世界に召喚される!! いや、昨日読み終えたライトノベルの冒頭がそんな感じだったから! いい歳して中二病とかじゃないから! 多分!!
とにかく何か道具を持っていくんだ! 『プシュッ』 ギュッと掴んだのはアルコールスプレーでしたー!! あはは、せめてハサミとかさ? ますます発光が強くなる。空いた方の手でとっさにスマートフォンを握りしめる。現代病の弊害がこんなところにも!
「……凛菜ッ!」
マズイ! 凛菜を置いてはいけない! 二重の意味で!! 慌てて四つん這いで凛菜に駆け寄り、抱きしめる。
発光が部屋いっぱいに広がった瞬間、俺は我慢できずに絶叫していた。
「あああああッ!!! こえええええーーーーー!!!!!」
隣室からの壁ドンは聞こえなかった。