第16話 お前の夢はオレ達の夢
不穏な話を聞いた。
街への移動時間などの参考情報を得るために、定期便馬車の御者をつかまえてアレコレと聞く。『俺も忙しいんだけどな〜……』と言いつつ、楽しそうに喋る御者。まあ、いつも同じ面子とばかり顔を合わせてれば、目新しい情報以外の話をする機会なんて滅多にないか。
『それでね、ノダ。街で聞いた話なんだけど、街から更に山をいくつも超えたような僻地の方で、最近ものすごい大爆発があったらしいんだ。……いや、街は無事だよ。住民は爆発のことすら知らなかったし。その瞬間を、通りがかりの旅人がたまたま目撃したそうなんだ。半月くらい前らしいんだけどな?』
ここで御者は声を小さくする。
『……不思議なことに、王都新聞にそんな記事載ってないんだよ。ん? ああ、王都新聞ってのは王都で毎日刷ってる新聞だ。この村で購読してるのは村長とダイアンさん、ソラだけだな。王国中の最新情報を毎日かき集めてるから、事件や事故は1、2日以内には記事になるんだよ。でね?
最初はその旅人が嘘ついたんだろうと思ったんだけどさ、この話をしてくれた居酒屋の親父が、最後に『そいつは連れて行かれた。お前さんにこれを話したのは警告のためだ。何か妙なものを見かけても、あまり街で言いふらすなよ』って……ゾッとしたね。最近、ノダのことを街で話したばかりだからさ。え? いや、お前さんの話は受けがよくてね。夜の店でモテるんだわ。悪いね!』
悪いね! じゃねーよ。『馬車で街まで往復3日』はそれが理由か。いや、大変な仕事だから羽根を伸ばすのはいいことだと思うけど。頑張ればチャリで往復1日も不可能ではないかもしれんな。あと、王都新聞。情報源として購読も考えたが、最短でも3日に1回、ドサッと新聞の束を届けられるところを想像してゲンナリした。明確な目的を持って魔術書のページをめくるのとは、やはり違うだろう。お金も大事だし。
それにしても謎の爆発か。連れて行かれたってことは王宮の口封じか? 流石に命までは取られてないだろうが。道中、気をつけるべきは魔物だけじゃない、か……?
計画の開始から約2ヶ月。試行錯誤の果てに、遂に『チャリ』は完成した。
「みんな、本当にありがとう……」
「ノダ……リク……カイ……ムギ……本当に、ありがとう……」
「何泣いてんだよノダ!……っ、もらい泣きしちゃったじゃねーかっ! ソ、ソラもなんだっ! らしくねーぞっ!?」
「ふぇええ〜〜〜ん!! 良か゛っだでずよぉ゛〜〜〜!!」
「なんでさんにんともないてるの〜? どこかいたいの〜?」
「カイ……嬉しくても、人は泣くんだよ……?」
「そっか〜! カイもうれしい〜!」
……1人多いって? リクとカイから話を聞き出した般若が『私だけ仲間はずれなんですかっ!?』って……察してくれ。
『チャリ』は、正式名称を『被牽引車付き自転車風魔導式戦車』とした。被牽引車を引く姿がチャリオットぽいから『戦車』ね。戦闘能力は皆無だが。共通しているのはライト、荷台、牽引用フック、ベル、ブレーキ、防犯用ロックの基本装備に、こぐ力をタイヤに伝えるベルト、それを補助する魔導式補助機能だ。要するに『電動アシスト自転車』である。思いついたのはソラだけど。
あとは『緊急時用加速装置』。これはスイッチを入れると、まずベルトとタイヤの接続がはずれる。そして瞬間的に大量の魔力を流すことで、タイヤがとんでもない高速回転をし、現場から離脱することが可能となっている。接続がはずれているので、ペダルの空回りによる怪我の心配はない。霧吹き型アルコールスプレーの原理を応用しつつ作ったものだが、とにかく大量の魔力が必要なのが欠点だ。
その他、個別の性能はこうだ。
【チャリオット01】
・ノダ機。大人用なので大きめに作られている。
・被牽引車は01型。人力車を模した凛菜専用車。ムギのセンスで落ち着きつつもお洒落なデザインであり、日差し対策の天蓋付き。耐衝撃用に、念入りに設計されたサスペンションが取り付けられている。その他、魔物対策として5本の強化包丁を備えている。
・被牽引車の重量の都合上、常に大量の体力、または魔力を必要とする。
【チャリオット02】
・ムギ機。ムギ用なのでやや大きめに作られている。
・被牽引車は02型。リヤカーを模した車両に食料と寝袋を積んでいる。
【チャリオット03】
・ソラ機。子ども用なのでやや小さめに作られている。
・被牽引車は02型。リヤカーを模した車両に食料と寝袋を積んでいる。
【チャリオット04】
・リク機。子ども用なのでやや小さめに作られている。
・被牽引車は02型改。リヤカーを模した車両を、弟のカイが安全に搭乗できるように改造したもの。簡易サスペンション付き。
なお、食料は食料品店のおばちゃんから、寝袋は雑貨屋ムギパパからの借り物だ。どちらも使った分だけ後払いにしてくれている。……そう、俺達の計画は完成前の時点で既に村中の知るところとなっていたのだ。今回ダイアンさんは同行しないことになったが、子ども達の遠出には村長の許可がおりた。なんだか疲れ切った顔でため息をつきつつ、いわく『ノダが付いてるなら、何かあっても大丈夫だろう』俺を信用しているがゆえのセリフだろうに、なぜだろう? まったく信用されてない気がする。
「しかし。いくら異界人とはいえ、こんなものまで発明してしまうとは。やはりノダは只者ではないですね」
「発明って。いやいや、最初にも言ったがこれは俺の発明じゃない。ライト兄弟も自転車作ってたらしいしな」
「らいときょうだいってだれ〜?」
「ああ、世界で初めて飛行機で空を飛んだ人達だ。ただ、設計自体は日本の二宮忠八が先だけどな」
「人間が空を飛ぶ……!? そ、そんなことが本当に可能なのですかっ!?」
「何驚いてんだよ、ソラ。ノダとソラなら、そのうち空飛ぶチャリも作れるんじゃねーの?」
「そうですよね! 2人が設計して、私達みんなで作れば、必ず!」
「カイもそらとびた〜い!」
「はははっ。空を飛ぶのはその内な。今はみんなで、チャリこいで街を目指すぞ!」
「「「「おーーーっ!!」」」」
翌日の早朝、村人総出で見送ってくれる中。
麦わら帽子を被った俺達は、一斉にチャリをこぎだした。