第11話 俺がここにいることで
「なぜだ。なぜ注文が来ない?」
今現在、村には鍛冶屋がおらず、古びた刃物の研ぎ直しなどは定期便馬車に預けるしかない。それだって街への往復に時間がかかるので、刃物が手元に戻るまで最短で3日、標準で1週間程度は必要だとか。しかも諸々込み込みで結構高くつくらしい。そのため、村人達は切れ味が落ちていても手に馴染んだ包丁を使い続けるか、研ぎ直し中の代替品として雑貨屋で安価な包丁を購入しているようだ。それなのに。
……やっぱアレか? 俺だからか? この村で8ヶ月以上暮らしてるのに、いまだに『人形を連れた得体の知れない不審者』扱いなのか? そうなんだろうな。一度、子ども達がこっそり『秘密基地』に訪ねてきてくれた日の夜、ウチにまで響く大声で叱られてたもんな。それ以来、こちらから距離を取るようにしている。あの子達には何の非もないのだ。どうか、歪まずに真っ直ぐ成長してほしい。
村長にダイアンさん、食料品店のおばちゃんとかの商店主さん達は、わりと普通に接してくれるようにも見えるが、その表情からは『仕方なく』というのが読み取れる。あとは農家の息子のジュンくんか。ムギちゃんの幼馴染みで金髪、色白の18歳。趣味は読書で気弱、かなりヒョロい。最初の頃は挨拶や雑談に返事してくれる程度には関係良好だったのだが、いつからだろうか? なんか避けられるようになった。時折、寂しそうな目で遠目に見られていることがある。他の人達に何か言われてるのかもしれない。まぁ、仕方ないか。俺は村の厄介者だし。俺よりも村の人達を選ぶのが自然だ。ムギちゃんや子ども達が特殊すぎるんだよ。どうか、どうか、その優しさゆえに彼ら自身が傷つきませんように。
そう考えていて、ふと気付いた。俺の存在そのものが、彼らを傷つける可能性になっているのでは? 子ども達は大声で叱られていた。ムギちゃんだって『お客さんだから』の域を越えて親しくしてくれているが、それを家族にどう思われているのか、何を言われているのか、俺は知らない。考えたこともなかった。俺は彼らの優しさに甘えすぎていたのでは? ……荷物をまとめて、近々村を出よう。定期便馬車に凛菜を乗せてもらって、とりあえず街に出てみるか。村長への借金はまだ残っているが、月1ペースで送金しよう。借金を残したまま村を去ることよりも、俺がいなくなることの方がメリットが大きいから納得してくれるだろう。
……てなことを翌朝ムギちゃんに話したら、思い切りキレられた。
ここにいてください! 出て行くなんて言わないでください! ここまで頑張ってきたのにどうして諦めるんですか!? 「頑張って頑張ってここまで頑張ってきて、もう疲れたんだ」 私も協力しますから! 最後にもう一回だけ、一緒に頑張ってください!! ノダさんが村に来てから、変わったものはたくさんあるんですよ!? どんなに相手にされなくても、毎朝村中に挨拶して回って、子ども達と遊んでくれて! 長いこと会ってないみたいですけど、あの子たち今でもノダさんのことを慕ってるんですよ!? 『早くまたノダと遊べるよーにならねーかなー』って! あれだけ叱られてもですよ!? 私だって!! 毎日毎日、同じ人達の顔ばかり見てつまんないなーって、ずっと思ってたんです! そんな変わり映えのしない生活が、ノダさんがきてから変わったんですよ!? 人形にプレゼントを贈りたいって言い出したり、人目を気にせずにお店に人形をつれてきたり! 大人なのに、子どもみたいな顔をして子ども達と一緒に遊んでたり! 私、ノダさんを見ていて、話していて、接していて飽きないんです! 家族がなんと言おうとも、私は今までもこれからも、変わらずノダさんと仲良くしていたいのに! 出て行くなんて言わないでください!!
一気に喋りすぎて疲れたのか、ムギちゃんは肩で息をしている。こんなムギちゃん初めて見た。
「……村の人達はみんな、悪い人じゃないんですよ? ただ、滅多に外の人との接点がないから、つい警戒しちゃうんです。ノダさんのことも、そんな調子でずっとヨソモノ扱いしてたから、今更引っ込みがつかないだけだと思うんです。だから、ここで強化魔術のすごさを見せつけてやれば、きっとみんな手のひらを返しますよ! ……それでも駄目ならそんな村、私も見限ります。一緒に街につれてってください」
お前は何を言ってるんだ。ムギちゃんはこれまた、今まで見たことのない冷たい目をしている。コワイ。
「……それが嫌なら、全力でもうひと頑張りしてみてください」
「まいったな……ムギちゃんがこんなに押しが強いとは思わなかった。負けたよ。手が空いてる時だけでいいから、手伝ってくれるかな?」
「もちろんです!」
「……ありがとう、ムギちゃん」
こうして、俺とムギちゃんの『強化魔術で汚名返上大作戦』は始まった。