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第10話 人形起動魔術 -ドール・セット-


 異世界転移してきてから、8ヶ月が過ぎていた。


「できた……できたぞおおおおお!!!」


 一時期、絶望しかけて経過日数の記録をサボっていた時期があるので、正確には8ヶ月以上経つのだろうが。ついに俺は、凛菜のボディを強化する魔術を完成させたのだ……。



 何ヶ月も行き詰まっていた俺はある日、ふとした違和感に気づく。そう、強化魔術のヒントはずっと目の前にあったのだ。魔術書である。いや、内容ではなく本そのものだ。今頃気づいたのだが、この本、どう見ても新しすぎる(・・・・・)のだ。200年以上空き家だったと聞くこのボロ小屋にあって、なぜにここまで保存状態が良好なのか。


 それからの俺はいくつもの魔術書を触り、嗅ぎ、破り、焼き、舐め、魔力を流してみた。その結果突き止めた事実は、強化魔術の基礎となるのは土魔術と錬金術のミックスだということだった。どっちも習得を後回しにしてたやつか。なお、強化魔術の修得方法を記した魔術書はここにはなかった。誰かが持ち去ったのか、あるいは意図的に残されなかったのか。ともあれ、ここからはまた手探りの再開である。……そして。



 遂に完成した(オレ)ジナル強化魔術。既存の魔術と違い、詠唱は短く済むのが独自開発魔術の長所だ。凛菜の額に手のひらをあて、魔力をこめつつ呟く。


人形起動魔術(ドール・セット)


 違う。違うんだ。発動キーワードを用いることで短時間詠唱を実現できる、しかもキーワードを自分で設定できるとなれば、つい格好いい言葉を選びたくなるものではないか!? ……だって、男の子だもん。


 凛菜の額が発光を始め、徐々にその光は全身へと広がっていく。余計なことを考えている場合ではない。失敗は許されないのだ。ちなみに作業の都合上、凛菜は全裸だ。……だから余計なこと考えるなって!!


 凛菜の発光が徐々に収まってゆく。きっと成功している。魔力の流れを確認すると、凛菜の全身が魔力で包まれて強化されているのがわかる。


「よしっ! よしよしよしっ! ……だがまだまだだ! これはあくまでも、これからの改良のための基本的な耐久性強化にすぎない。ようやくスタートラインに立ったところなんだ! 慢心するなよ、俺!!」


 ドールは紫外線にも弱いらしいので、その辺も強化されているといいのだが。まだ対策していなかったので、一度ムギちゃんの雑貨屋に連れていった以外には、これまで外出させていないのだ。




 早速ムギちゃんに報告する。「良かったですね! ノダさんならやり遂げると私、信じてましたよ!」 一時期ヤバかった頃、闇堕ちせずにすんだのはこのコの変わらぬ優しさがあったからに他ならない。感謝してもしきれない。子ども達への伝言も頼むと、快く引き受けてくれた。


「そうだムギちゃん。普段お世話になってるお礼がしたいから、ちょっとこの包丁借りてもいいかな? 強化魔術がどんなものか、その目で見てほしいんだ」


 雑貨屋の商品を手に取る。この包丁は非常に安価で強度があり長持ちするのがウリだが、切れ味は今ひとつだ。


 ムギちゃんは目を輝かせて俺の手元を凝視している。


人形起動魔術(ドール・セット)


「ほ、包丁が光ってる! 光ってますよノダさん!?」


 ムギちゃんの実況には返事をせず、これからの作業に集中する。強化の方向性を絞り込むのだ。ギュッと、ギュッと、込めた魔力を圧縮するイメージで。


「あ、なんだか光が小さくなって……こ、今度は刃に沿ってギューンッて伸び始めましたよ!?」


 身振り手振りを加えた実況ありがとう。口を開く余裕がないので、全身で感想を表現してくれるのは助かる。


「また光が小さくなってきた……あ、消えた。終わりですか? お疲れ様です、ノダさ……ノダさんっ!?」


 ムギちゃんが目を見開いてこっちを見ている。そりゃまあ、ものの数十秒で汗だくになり肩で息をするようになってたら、そんな反応するよな。


「だ、大丈夫だから。それより、試し切りしてみて。あ、ものすごく切れやすくなってるから、取り扱い注意で」


 もうちょっと安全な道具を選べばよかった。ムギちゃんに怪我でもさせたら、責任の取りようがない。


「あ、じゃあお昼ご飯の準備がまだだから、食パンもってきますね!」


 そう言って持ってきた食パンの塊に、ムギちゃんが包丁を載せると『ストン』


「「ぇ゛」」


 マジかこれ。ここまで切れ味よくなってるとは思わなかった。つーか切れやすすぎて使い物にならないレベルでは? 危険すぎる。


「すごい! すごいですよノダさん!! こんなによく切れる包丁、きっと王都にだって売ってませんよ!?」


 ムギちゃんはすごいすごいと喜んでくれているが、これではダメだ。「これは危険すぎるから」と強化包丁を受け取り、同じ包丁をプラス4本、合わせて5本購入して帰宅する。



 今回の失敗は、魔力を込めすぎたのが原因だろう。ムギちゃんにいいトコ見せようとして張り切りすぎてしまった。俺の強化魔術には『強化はできるが、元には戻せない』という欠点がある。危険な強化包丁は塩水を溜めたタライにつけ置いた。もったいないが、こうでもしないと処分すらできないのだ。つーか錆びるまでに何年かかるんだろうか?


 今後のための実験も兼ねて、1本の包丁に微量な魔力を流す強化、を何度も繰り返してみる。もちろん魔力は徐々に強めている。「このくらいかな?」適切と思われる魔力量を体に覚えさせる。なお、いきなり全力でやらなかったためか、肉体的な負担はかなり少なかった。続いて2本目の包丁を用意し、今度は最初から適切な量の魔力を流す。ふむ、なんとなくだが、繰り返し重ねがけした方が魔力の通りが良かった気がする。これは繊細な作業の時に役立つかな? そして残り2本の包丁も強化すると、一番出来がいい1本を持って再び雑貨屋に足を向けた。


「いらっしゃいま……あ、ノダさん!」


 俺に気付いたムギちゃんの笑顔が、より自然な表情になる。つられてこちらも微笑んでしまうほどに。


「切れ味をさっきのより控えめにして、使いやすくした包丁を持ってきたよ。どうぞ、受け取ってほしい」


 ムギちゃんは何度も「ホントにいいんですか?」と確認し、晩御飯で食べるからと何枚も食パンを切り出しては歓声をあげていた。


「すごいですよノダさん! こんなによく切れる包丁を売りに出されたら、ウチは商売上がったりですね!」


 冗談めかしてムギちゃんは言う。「その時は仕入れ先になってもらうから」と返すと「ノダさんは優しいですね」と微笑まれた。ちょっとだけ胸キュンしたのは内緒だ。しかしなるほど、売り物になるのか。ふむ……。



 翌日から、毎朝の挨拶周りの際に「切れ味の落ちた刃物があれば、新品以上の切れ味にしてみせますよ!」と一言添えるようにしてみた。


 が。


 ───張り切って声をかけてみたものの、刃物強化の注文は1件もなかった。




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