第9話 丘の上の秘密基地
なんだなんだと寝室に駆けて行くリク、ソラ。これはもうダメかもわからんね。
ラブドールは、性玩具というジャンルに属する。まさしく18歳未満は閲覧、購入禁止対象だ。この世界のゴーレムはどうか知らんが。しかし俺は、凛菜を改造して自分で考え、動くようにしたいと思っている。そうなったとして、凛菜が子ども達と接触せず、目に触れずに暮らすのは非常に難しいだろう。まぁ、その時は村を出る選択肢もあるが。そうでなくとも、動かない凛菜との外出も視野に入れているしな。
で。大前提として、ここは『異世界』だ。しかしながら、世界が変われども変わらない倫理はあると思う。あーもう、じゃあどうするんだ? どうしたいんだ? って話になってきて。子ども達はもうベッドに横になっている凛菜を見ているだろう。要は手遅れなのだ。いや服は着てるけどさ。転移以来シてないし。となると、あとはどう説明するかだけなのだが……これって性教育になるのか? しかし、わざわざ性行為について説明するのだけが性教育ではないはずだ。かと言って適当な言葉で誤魔化し、臭い物に蓋をするのは論外だと思う。うぁー! どうすればいいんだっ!?
「……」
「……」
「……」
「このおねーちゃん、おめめあけたままねてるの〜?」
沈黙を破ったのは、カイの素直な疑問だった。
「このおねえちゃんはね、お人形さんなんだ。だから、目も閉じないし、動かないんだよ」
「ノダ、さん……? こ、この人形って、もしかして……その……ゴ、ゴーレム?」
あ。ソラのこの言い淀み方は『知ってる』な。マセてんなー!
「あー……なんか、ごめんな? オレたちもそんなつもりじゃなかったというか……」
気まずそうなリク。こっちはまだ知らない感じだな。ふむ。説明の方向性が定まってきたな。
「いや、いいんだ。俺たちが勝手に住まわせてもらったんだし。それと、この人形はゴーレムじゃない。俺と一緒に異界からきた『凛菜』だ。人形だけど、大切な俺の恋人なんだ」
凛菜の頭をなでる。当然、彼女は名乗らない。名乗れない。己の意思で身を隠すこともできない。
「に、人形がコイビト……い、異界人ってのは、なんかすげーんだなー! ……ハハハッ!」
「リク、無理に気をつかうのは逆にノダに失礼だよ? 異質なものは異質だと認めた上で、その人そのものを見なきゃ」
あ、呼び捨てになった。つーか、この子ホントに10歳か? いや、10歳とは限らんが。
「さわってもい〜い……?」
おずおずとカイが言う。人形ということで、気になるのだろう。
「ごめんな、カイ。凛菜だけは駄目なんだ。俺の『大事』だからな」
「ん、わかった〜……」
ホッ。そうでなくとも、子どもにラブドールを触らせちゃ駄目だろうと思うし。
「言っておくが、俺は凛菜をこのまま人形で終わらせる気はないぞ。いつか自分で考え、自分で動けるようにしてやる! そのために魔術の勉強も始めたしな!」
「「おお〜!!」」
「そうなったら、カイの遊び相手になってくれるかもな?」
「いいの? カイ、リンナにさわってもいいの?」
「凛菜が自分で動くようになったらな。それまで待っててくれ」
「うん! カイ、まつ!」
おお、目をキラキラとさせて。かわいいなオイ!
「堂々と人形をコイビトって言えたり、魔術の勉強したり。ノダってすげーんだな!」
「僕たち子どもに対しても偉ぶらないし。こんな大人、会ったことないですよ。……あ、ジュンとムギは別ですけど」
「ま、そう言うことなら仕方ないか。そのベッド、ムギのお古の布団を運んできたオレのお気に入りだったんだけど、リンナに貸してやるよ! いいな? 貸すだけだからな!?」
「ああ。ありがとう、リク。凛菜も喜んでるよ」
だからボロ小屋なのにベッドはそこまで汚くなかったのか。リクには悪いが、ありがたく使わせてもらおう。……つーかムギちゃんのお古の布団ってそれ、いいのか? まぁ、ムギちゃんがくれたみたいだし、いいんだろうな。
「さて。挨拶も終わったところで、ノダに聞きたいことがあるのですが?」
「な、なんだ? ソラ? 答えられる範囲でなら答えるぞ?」
ソラがゴーレムについて詳しいのなら、こちらも色々と聞きたいことはある。しかしリクやカイがいる場でそういう話題はちょっと……。つーかソラも未成年だからな、自重しろよ俺。
「異界の子ども達の遊びを教えてください。僕たちの遊びとどう違うのか、非常に気になります」
「あっ! それはオレも知りたい! 教えてくれよノダ!」
「ノダノダ〜!」
ふっと肩の力が抜ける。
「わかった。だが、最初に言っておく。本気で遊べ、全力で遊べ。俺も自分が大人だからって手加減はしないからな?」
「おう! 望むところだぜ!」
「ということは、まずは鬼ごっこのような勝負事ですね? 子どもだからって甘く見ないでくださいよ?」
「わ〜い! ノダとあそべる〜!」
あ、この世界にも鬼ごっこあるんだ。じゃあ話は早い。簡単にルールの確認をすると、子ども達は一斉に寝室を飛び出していった。鬼は俺だ。
そして俺たちは、日が暮れるまで全力で遊び回った。
───掃除のことは、すっかり忘れていた。