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introduction


[んっん〜〜]


 『彼女』は掛け布団から色白の顔を突き出し、もぞもぞと動いている。悪夢でも見ているのか、うなされているようだが、突然パチリと目を開く。


[あれ? どんな夢見てたんだっけ……? んんん〜〜?]


 頭をひねる。どうやら彼女は夢から覚めても唸ることに変わりないようだ。


[あたし、いっつも夢の内容を覚えてないんだよね〜……って、ええ? もうこんな時間なのっ!?]


 大慌てで飛び上がると、あっという間に『仕事着』に着替える。


[へっへ〜ん! 寝坊しても準備は早いもんね〜♪]


 それがクセなのか、独り言の多い彼女であった。



 やや小柄な彼女は、18、19歳位に見える。整った顔立ちでドングリのような目をキョロキョロさせながらコーム(くし)を使い、この世界では珍しいとされる黒髪をショートボブに整える。出勤前だというのに、色白の肌に化粧などはしないようだ。


 そして『仕事中は外しておきな』と何度言われても決して外さず、遂には折れないことで有名な雇い主が根負けしたという、いわく付きのペンダントと腕時計を身につける。ペンダントは青みがかった石で、腕時計は動いてこそいるものの、この世界の数字ではない記号が描かれており、使いものになるのかは不明だ。


[これでよしっと♪]


 最後に眼鏡をかけると、彼女は光の速さで職場へ向かった。


 ……………


 ………


 …


 ぎゅむっ「おっと手がすべっちまったぁ〜!」


 いわゆるメイド服に身を包んだ彼女の尻を、左手で掴んだタチの悪い酔客は常連客ではない。


 ぎゅむぎゅむ「いやぁ〜悪いな、ねーちゃん。酔っ払って手首のコントロールがきかねぇんだわ〜」


 雇い主も、常連客も、誰一人としてこの男を止めようとはしない。……彼らは待っているのだ。運が良ければ半年に1、2回程度見られるショータイムを。


 なでなで、スススッ「うひひっ」


 彼女が抵抗せず、誰も止めないことで調子に乗った男は軽く尻を撫でると、その手を彼女の中心部にすべらしていき「ガギャガガガガァッ!?」


[あれ? どうしたんですかお客さま〜?]


「いでえ〜っ! はっ、離せっ! 今すぐ手を離しやがれぇ〜っ!!」


[えぇ〜? でもお客さま、手首のコントロールがきかないっておっしゃってましたからぁ〜]ギチギチギチ


「わ、悪かった! 調子に乗って触りまくったことは謝るから、頼むから手を離してくれぇ〜!!」


 パッと手が解放されると、男は信じられないモノを見る目で彼女を睨みつける。


「な、なんなんだよお前……そんな細腕でなんて馬鹿力なんだ……って、んんん? お前……ひょっとしてゴーレムか?」


[そうですよ?]


「へっ。いくら良くできてるって言ったところで、ゴーレムはゴーレムだろ。人間様に逆らおうなんざ、100年早えんだよ! おかしいと思ったんだ。黒髪が堂々と接客してるなんてよ。おい、店主を呼べ!」


「アタシが店主だけど、何?」


 ズイッと前に出たのは、丁寧にセットされた赤毛のウェーブを持つ年齢不詳の美女、通称『アネゴ』だ。本名は誰も知らない。


 その170cmを超える身長から繰り出される常にどこか冷めた視線は、睨みつけた者を一瞬で萎縮させるだけの威力を持つ。


 しかし怖いもの知らずの酔客は、そんな視線もなんのその、手前勝手な論理を振りまわし始める。


「法律にもあるよなぁ? 理由の如何(いかん)を問わず、ゴーレムが人間に害を為した時、持ち主は全責任を負う義務がある、ってな! 俺はこのゴーレムに怪我させられたんだ。骨が……まぁ、折れちゃいないが、ギリギリの所まで痛めつけられたんだ! この責任、どう取ってくれんだよっ!?」


 ここぞとばかりに酔客は凄む。『期待通りの展開になった』とアネゴと常連客達はほくそ笑む。


「てめぇ! 何ニヤついてやがるっ!?」


「知らないね。アタシはこのコの雇い主ではあるが、持ち主じゃない。責任云々の話は、本人とやっとくれ」


「は、はぁっ!? じゃ、じゃあこいつの持ち主を呼んでこいっ! 雇い主ってんなら、連絡先位知ってんだろうがっ!?」


[ちょっとちょっと〜]


「んだよゴーレムッ!? 今てめぇの持ち主と話を[あたしだよ?]


「……はっ?」


[だから、あたしの持ち主は、あたしなの]


「えーと、はっ? そんなことあるワケねーだろ! ゴーレムは魔力充填する持ち主なしじゃ2日と活動できねえし、大体、命令されてない行動を取れるワケがねぇっ! 酔っ払い対策で、骨が折れない程度に握りつぶす、そういう設定をした奴がどっかに隠れてるんだろっ!? 出てこいやっ!!」


 アネゴと常連客達は楽しそうにしているが、彼女はいい加減うんざりしていた。ただでさえ今日は遅刻ギリギリでアネゴに絞られているのだ。これ以上くだらないことに時間を取られたくはない。


 ───あたしには、やらなきゃいけないことがあるんだから。


[あれ? やらなきゃいけない……こと? あぁー! いっけなーいっ!! お料理運ぶの忘れてたぁーっ!!]


 ポカーンとした酔客を無視して、急ぎ仕事に戻ろうとする彼女。

 一瞬の静寂のあと、店内は爆笑の渦に包まれた。


「か、か、か、過去最高傑作だっっっ!! 流石リンナちゃん! 期待を超えてきやがぶひゃひゃひゃひゃっ!!」


「ひっ、ひぃーーー!! も、もうダメ、笑いすぎて食ったもん吐きそう!!」


「ア、アタシの店を、よ、汚したらブフォッ! だ、駄目だ今日のはすごすぎる……っ!!」


 酔客はこの状況が理解できないながらも、自分が玩具(おもちゃ)にされたことはわかった。それも、ゴーレム(おもちゃ)相手に。


「てんめえええええ!! 待てコラ『リンナ』ァァァァァッ!!」


 瞬間、彼の視界は暗転した。


 薄れゆく意識の中、最後に耳にしたのは[お前がその名を口にするな]という氷のように冷え切ったリンナの声だった。



 ───いつの間にか店内は、水を打ったように静まり返っていた。




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