第09話 小さな喧嘩と、はじめての仲直り【ティノ視点】
事件は、ほんの些細なことから起きた。
「ティノ、昨日お願いした薪、まだ割ってないじゃん!」
リゼルの声が、ちょっとだけ怒っていた。
俺は慌てて振り返る。
「えっ、でも今日やろうと思ってたし――」
「それ、昨日も言ってたよ」
「うっ……」
確かに。思い出してみれば、昨日も「明日やる」って言って、そのまま遊んじゃった。
しかも今日は朝からバッタを追いかけて、薪のことなんてすっかり忘れてた。
「……ちょっとさ、ちゃんと自分の役目、果たしてよ」
「わかってるよ!」
「言ってるだけじゃダメなの!」
「うるさいなっ!」
言い返してから、自分でもびっくりした。
リゼルが、目を見開いて、それから口をつぐんだ。
気まずい空気が流れる。
俺は、いたたまれなくなって、そのまま玄関を飛び出した。
▽
(……どこに、行こう)
どこへ行くあてもなかった。
でも、とにかく一人になりたかった。
道ばたに座って、石を蹴って、木の枝を拾って。
だけど、なんだか何をしても楽しくなかった。
胸が、ずーんと重かった。
「……俺、怒られたの、初めてかも」
お母さんは、あんまり怒らなかった。
リゼルはよく注意してくるけど、今日はいつもと違った。
『本気でがっかりした』みたいな顔をされた気がして、それがいちばん苦しかった。
「……いいじゃん、ちょっとくらい。俺、がんばってるのに」
自分でも、言い訳だってわかってた。
でも、止まらなかった。涙がこぼれそうだった。
▽
そのとき――低くて、静かな声がした。
「……ここにいたか」
振り返ると、カイおじちゃんがいた。
相変わらず表情は読めなくて、でもなんだか――本気で探してくれたんだってことだけは、すぐにわかった。
「……別に、逃げたわけじゃないよ」
「……知ってる」
「ただ、リゼルに……怒られて、なんか……ムカついて……でも……」
言葉に詰まって、思わず拳で膝を叩いた。
「……わかってるよ、俺が悪いって。でも、でもさ、俺、いなくても……」
「――いる」
カイの言葉が、重く、落ちた。
「お前は、ここに『いる』。いなくてもいいなんて、誰も言ってない」
「……でも、役に立ててない……!」
「……そうか?」
そう言って、おじちゃんはゆっくり膝をついて、俺と目線を合わせてくれた。
「朝の手伝い、よくしてる。ミィナの面倒も、見てる。……お前なりに、毎日、頑張ってるのは、見てる」
「……見てるの?」
「……俺は、見てるぞ」
言われた瞬間、涙が、勝手にぼろぼろこぼれてきた。
「……ほんとに? ほんとに、見てくれてるの……?」
「……ああ。だから、謝って、戻ればいい。それで終わりだ」
「……オレ、リゼルに……ちゃんと“ごめん”言う」
「……うん」
そのとき、はじめて“うん”って言ってくれたのが、なんだか嬉しかった。
おじちゃんが、ちょっとだけ、近くなった気がした。
* * *
夕暮れどき、私はリゼルの前で素直に謝った。
「……ごめん。やるって言ってやらなかったの、ほんとに悪かった」
「うん。……私も、ちょっと言い方キツかったね。ごめん」
「……仲直り?」
「仲直り」
俺は手を出して、リゼルがくすっと笑いながら握り返してくれた。
その後ろで、カイおじちゃんが、ほんの少しだけ、笑った気がした。
▽
その夜、カイおじちゃんが、薪を割るのを手伝ってくれた。
「これ、オレの仕事だよ?」
「……練習だ」
「ふふ、じゃあ先生って呼ぶね」
「……やめろ」
でも、おじちゃんの口元は、確かに笑っていた。
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