第08話 リゼル、家計簿と向き合う【リゼル視点】
ふと思ったのは、食後にミィナが「またたまごやき、たべたい」と笑ったときだった。
(そういえば……うちって、今どのくらいお金あるんだろう?)
これまで、私はあんまりお金のことを考えたことがなかった。
お母さんがなんとかしてくれていたから。買ってくれるものは買ってくれて、無理なときは「ごめんね」と笑って済ませてくれた。
でも、もう私たちのお母さんはいない。
今、この家を守ってるのは――私と、カイおじちゃんだ。
▽
「ねえ、カイおじちゃん。ちょっと、聞きたいことがあるんだけど」
その日の午後、ミィナとティノが昼寝している静かな時間。
私は、おじちゃんが庭の薪を割っているのを見つけて、そばに立った。
「……ん」
「この家って、今月の出費、どのくらいあるか……わかる?」
カイの手が一瞬にして止まった。
そして、静かに、ゆっくりと私の方を振り向いた。
「……家計簿がある」
「……あるんだ。ちゃんと、つけてる?」
「……見てみるか」
▽
居間の引き出しから取り出されたのは、少しくたびれたノートだった。
表紙には『支出』と書かれているが、その中身はというと――
「……これ、なに?『肉、800』?『にんじん、だいぶ安かった』?『パン、うまかった』って……これ感想だよねおじちゃん!感想つけてどうするの!?」
「……忘れないように、かいてみた」
「それ、食レポじゃん……!」
私は思わず、声を張り上げていた。
カイおじちゃんはというと、少しも動じることなく
「……悪かった」
とだけ呟いた。
でも、なんだろう。
怒るつもりだったのに、肩がふっと抜けた。
たぶん、おじちゃんも、慣れてないんだ。
今まで、こんなふうに『家』のことをちゃんと見ようとしたこと、きっとなかったんだ。
でも――一緒にやろうとしてくれてる。
「……よし、じゃあ仕分けしよう。日付、品名、金額、メモ欄。これからはちゃんとつけるの。わかった?」
「……ああ」
「『だいぶ安かった』ってメモも……まあ、一応、許す」
「……必要な情報だからな」
「うん、そういうことにしておく」
▽
その日、ふたりで一時間近く家計簿を整理した。
数字を見ていくと、意外なほどいろんなことが見えてくる。
「……やっぱり、お肉は高いね。シチューばっかりはダメかも」
「……次は、魚にするか」
「魚も高いけど……うん、安い日を狙えば」
なんだか不思議な気持ちだ。
こうして一緒に家計の話をしてるのに、ぎこちなさはなかった。
カイおじちゃんは、少しずつ、私の言葉を受け止めてくれるようになっていた。
そして、最後のページ。
私は、そっとペンを取り出して――ノートの端にこう書いた。
『この家の家族:リゼル、ティノ、ミィナ、カイ』
「……書いた」
カイは、その文字を一瞥して、何も言わなかった。
けれど、すぐに新しい行を開いて、こう書き加えた。
『今月の目標:ミィナの好きな『たまごやき』、週3回成功』
「……そこは記録するんだ」
「……優先順位が高い」
私は、くすっと笑って――初めて心から
(この人となら、家を守れるかもしれない)
そのように考えてしまった。
▽
夜、寝る前にミィナが“おまもりの石”をなでながらこう言った。
「リゼル、きょう、なんかたのしそうだった」
「うん。家計簿つけてた」
「けいけいぼ?」
「そう、けいけいぼ。うちのお金のノートだよ」
「おじちゃんと?」
「うん。なんかね、ちょっと……『お父さん』みたいだった」
ミィナは少し考えて、ふふっと笑った。
「じゃあ、リゼルはおかあさん?」
「……ちょっと待って、それは重い」
「でも、そうだといいなぁ……って、ママ、いってたかも」
「……そっか」
私はミィナの髪をそっと撫でながら、天井の木目を見上げた。
あのときの静かな沈黙の中に、ちゃんと絆があったって、今ならわかる。
そして今の私は、それを守る側に立っている。
たぶん――それで、いいんだ。
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