第06話 おつかいと、帰り道の冒険【ティノ視点】
その日、朝食のあと。
お姉ちゃん――リゼルが腕まくりして、買い物リストを握りしめた。
「今日はシチューにするから、買い出し行かないと。お肉と玉ねぎ、あと……にんじん」
そう言って振り向いたのは、俺じゃなくて――おじちゃんだった。
「……カイおじちゃん、行ける?」
「……ああ」
「ティノも連れてって。今日は私、掃除するから」
えっ、マジで!?
心の中で俺は思わずガッツポーズを決めた。
▽
カイおじちゃんとふたりで出かけるのは、初めてだった。
顔は相変わらず怖いし、あんまり喋らないけど――でも、ぜんぜんイヤじゃなかった。
俺のことを見てくれる人だって、わかってたから。
町の道を歩くとき、私はおじちゃんの横に並んで歩いた。
手をつなぎたい気持ちは、ちょっとだけあったけど、恥ずかしいから我慢した。
「おじちゃん、お肉屋さん、こっちだよ」
「……ついていく」
「うん、まかせて!」
えへんと胸を張ると、おじちゃんが一瞬だけ、目を細めた気がして……あれ、今、ちょっとだけ笑った?
▽
「いらっしゃい。……あら、カイさん! 今日はお連れさんと一緒?」
肉屋のおばちゃんが声をかけてきたとき、おじちゃんはいつものように無言だった。
「……牛肉を、少し」
「はーい!……えっと、あなたは?」
「ティノです!リゼルの弟でミィナの兄です!」
「あらまぁ!しっかりしてるわねぇ。はい、シチュー用ね!」
「ありがとうございます!」
おじちゃんは黙って財布からお金を出して、受け取ると、小さくうなずいてから袋を俺に持たせてくれた。
「……重くないか」
「へーき! これくらい、よゆーだよ!」
ちょっとだけ、嬉しかった。
おじちゃんに、なんか頼られてるみたいで。
そのあとも、八百屋でにんじんを買って、パン屋で少しだけ明日の朝ごはん用に食パンを買った。
それで、帰り道――俺はちょっと調子に乗って、細い小道をぴょんぴょん跳ねて歩いていた。
「ねえおじちゃん、こっちから帰ろうよ!近道だよ!」
「……待て、ティノ」
でも、聞こえなかった。
次の瞬間、足がもつれて、袋を落として、石につまづいて――
「わっ!」
ぐらりと視界が傾いた。
倒れる、と思った瞬間、背中に何かが触れた。
強い腕だった。
おじちゃんが、咄嗟に支えてくれたのだ。
「……あぶない」
「……おじちゃん……」
俺は顔を上げた。
おじちゃんの胸の中、ちょっと汗のにおいがして、でもあたたかかった。
「……ごめんなさい」
「……気をつけろ」
でも、怒ってなかった。声は低いけど、怒ってなかった。
それどころか、袋の中身を拾いながら、野菜が無事なことを確認してた。
「……大丈夫だ」
「……うん」
そのとき、不意に涙が出そうになった。
なんでかわからない。でも、泣きたくなった。
ちっちゃな頃、大好きなお母さんに抱きついたときと同じような気持ちだったから。
だから俺は、黙っておじちゃんの手を握った。
「……あったかいね」
おじちゃんは何も言わなかった。
でも、手を離さなかった。
▽
帰ってから、リゼルがシチューを作ってくれた。
おいしくて、あったかくて、家の中がぐつぐつといい匂いに包まれた。
「どうだった?おつかい」
「楽しかった!あとね、おじちゃん、ちゃんとカッコよかったよ!」
「ふーん? あんた、調子に乗って迷子になってないでしょうね?」
「ならなかったよ!ちょっとつまずいただけ!」
ミィナが、にこにこしながら言った。
「ティノ、ころんだ?」
「ばらさないでよー!」
みんなが笑った。
その時、カイおじちゃんが、ほんの少しだけ笑ってるのを見た。
リゼルは気づかなかったみたいだけど、ミィナは俺の袖を引っぱって、こそっと耳打ちしてきた。
「おじちゃん、いま、わらった」
「うん。……ね、また一緒におつかい、行きたいな」
「うん」
そして俺は、胸の中で小さく思った。
この人がいてくれて、よかったな――って。
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