第05話 お母さんの残した日記【リゼル視点】
朝の食器を片づけたあと、私は、ふと屋根裏をのぞいてみようと思った。
この家は古くて、収納が少ない代わりに、母がよく“しまい込む”癖があった。
私も知っていた。あの人は、大切なものをわざと隠す。誰にも見られないように、心の中みたいにしまい込んでしまう。
だから、ふと思ったのだ。
あの人が本当に伝えたかったこと――言葉にしきれなかった何かが、ここに残ってるんじゃないかって。
▽
埃っぽい屋根裏の隅、古い木箱の中に、それはあった。
赤い布で包まれた、小さなノートがある。
背表紙に小さな金の刺繍で『L』とだけ書かれていた。
私は、胸がきゅっとなるのを感じながら、その布をそっとほどいた。
ページを開く。字は見慣れた母の字だった。
最初のページには、簡単な日記のように、子どもたちの日々のことが綴られていた。
ティノが今日、転んで泣いた。でもすぐに笑った。ミィナが手を握ってた。
リゼルは少し怒ったけど、そのあと、背中をぽんぽんしていた。
ああ、この子たちは、きっとどんな世界でも生きていける。
でも、できることなら、誰かがそばにいてくれますように。
……涙が出そうになった。
そんな日常を綴っていたページの先に、ふいに、少し違う調子の文章が現れた。
――カイのことを、子どもたちは知らない。
私があの人について語らなかったのは、語れなかったからだ。
怖かった。
あの人の沈黙が。
背中が。眼差しが。
でも、どこかでずっと、頼りにしていた。
本当は、あの人なら、託しても大丈夫だって、心の底で思っていた。
彼は、自分のことを何も言わない。
でも――あの人が一度、『守る』と決めたものは、決して手放さない。
私は、それを知っている。
だから、どうか。
お願い。
私の代わりに、この子たちの隣にいて。
言葉がなくても、声が届かなくても、
その手で、その眼差しで、この子たちのことを見ていてくれるなら。
私は――きっと、安心できる。
ページの最後、日付の欄は書かれていなかった。
たぶん、病気の進行が早くなっていた頃だったんだろう。
私は、そのノートを胸に抱きしめた。
涙は出なかった。
でも、心の奥で、何かがほどけていくのがわかった。
▽
その日の夕方、私は台所でカイに言った。
「……ねえ、カイおじちゃん」
「……ああ」
「明日、少しだけ時間ある?」
「……ある。なにかあるか?」
「うん。少しだけ、お母さんの話、しようと思って」
「……そうか」
そのときの、カイの声はほんの少しだけ――かすれていた。
言葉にしなくても、きっと、あの人には伝わる。
沈黙があっても、私たちは、もう『他人』じゃない。
▽
夜。ミィナが眠る前、私の膝にすり寄ってこう言った。
「きょう、リゼル……なんか、うれしそう」
「え? ……そうかな」
「うん。『ほっ』って、してた」
「ふふ、よく見てるなあ、ミィナは」
「だって、リゼル、ママににてる」
「……ママ、か」
「でも……おじちゃんも、すこし、パパににてきた」
「うん、たぶん、そうかもね」
私は、ミィナの髪を撫でながら、小さく頷いた。
あの人は、言葉にするのが下手くそで、笑うのも不器用で。
でも、私たちの隣に立とうとしてくれている。
だから――私は、窓の外に目を向ける。
「うん。……それでいいよね」
お母さん、見てる?
私、少しだけ強くなったよ。
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