第03話 昔の話をしない理由【リゼル視点】
お母さんが死んだ朝、私は泣かなかった。
だって、私が泣いたら、ティノとミィナも泣くから。
お母さんは、泣いてるときのミィナが一番手がつけられないって、いつも言ってた。
だから私は、泣かないって決めてた。
でも――こんな形で、家に“誰か”が増えるなんて思ってなかった。
▽
「おじちゃん、ほんとに無口だよね……」
洗濯物を干しながら、私はそっと呟いた。
誰も返事しない。そりゃそうだ。おじちゃん――カイは、すぐ横で洗濯籠を抱えながら、黙って空を見てるだけなんだから。
昨日の朝も、今日の朝も、食卓では一言か二言しか喋ってない。
ティノはそれが「かっこいい~!」って言うけど、私からすれば、ただの“何考えてるかわからない人”だ。
「……あのさ」
思いきって声をかけてみた。カイが、ゆっくりこちらを向く。
「おじちゃん、昔はA級冒険者だったって、本当?」
「……誰に聞いた」
「……お母さん」
するとカイは、それきり黙った。
返事、しない。
ううん、『できない』のかも。
「ねえ、どうして辞めたの? どうしてB級になったの?」
私は問いを重ねる。
ずっと気になってた。お母さんがあんなに信頼してた人。
なのに、私たちに何も言わず、黙っていなくなった人。
「……話すことは、ない」
短く、そう言って、彼はまた洗濯物を手に取って思う――ああ、やっぱりこの人、全然わかんない。
「……言いたくないだけ?」
私は少しだけ、声を強めた。
問い詰めたいわけじゃない。ただ、なんでこんなに距離があるんだろうって思った。
でもカイは、俯いたまま答えなかった。
「そういうとこ、お母さんとぜんっぜん違うよね」
つい、棘のある言葉が口を突いて出た。
「お母さんはね、ちゃんと話してくれたよ。怖いことも、辛いことも、子どもだからって黙ってたりしなかった……なのに、おじちゃんは何にも言わない」
言ってから、胸が痛くなった。
わかってる。おじちゃんが悪い人じゃないのも。
昨日、焦げたパンを出したくせに、黙って最後まで食べてたのも。
今朝、ミィナが転びそうになったとき、一番に手を伸ばしてくれたのも――見てた。
でも、それでも。
私たちは、お母さんを失って、突然『知らない大人』と暮らすことになった。
まだ心の整理もできてないのに、黙って背中ばかり見せる大人に、どうやって頼ればいいの。
「……話せば、いいってもんじゃない」
ぽつりと、低い声が落ちる。
「……じゃあ、何があれば信じていいの? 無言で隣にいるだけじゃ、何も伝わらないよ」
私の声が、思ったよりも大きくなった。
その瞬間――ティノが、ミィナを抱いて走ってきた。
「リゼル!ケンカしないで!」
「ちがっ、これはケンカじゃなくて……!」
「こわいよ……リゼル、こわい……」
ミィナが泣きそうな顔で私の手を握った。
ごめん、ごめんね、と心の中で何度も言いながら、私は唇を噛みしめた。
▽
その夜、私は布団の中で眠れずにいた。
みんな寝静まった後、隣で寝息を立てるミィナの髪を撫でながら、ふと思い出してしまう――お母さんが言ってた。
『カイは、ああ見えて、優しいんだよ。口で言えないだけで、ちゃんと見てる。』
信じてみたいと思った。
だけどそれには、少し時間がかかる。
私はまだ十二歳。
お母さんみたいに強くなんて、なれっこないんだから。
▽
夜が、深く静かに更けていく。
寝室には、三つ並んだ小さな布団と、少し離れた場所に敷かれたカイの布団。
その中の一つ――ティノの布団で、小さな声が交わされた。
「……ミィナ、寝てる?」
「ん……おきてる」
「ねえ、ミィナさ……カイおじちゃん、こわい?」
「こわく、ない」
「……そうだよね」
ティノは仰向けになったまま、天井の梁をぼんやりと見つめる。
小さな木の節が、おばけの顔に見えて、ちょっと怖い。でも言わない。ミィナを怖がらせたくないから。
「今日さ、リゼル、ちょっと怒ってたよね」
「リゼル、ないてた?」
「うーん、泣いてはないけど……でも、あの声、たぶん悲しかったときの声」
「おこってた?」
「たぶん、どっちも」
ティノはミィナの頭をそっと撫でながら、小さく笑った。
「……おじちゃん、たぶん、うまく喋れないだけなんだと思う」
「うん」
「パン、すごくこげてたけど……オレね、うれしかった」
「かたいけど、おいしかった」
「そうそう、かたくて、くろくて、でも……」
「『おなかすいてるかな』って、おもってくれた」
ティノは目を丸くした。
「ミィナ……すごいな。そう思ったの?」
「うん。おじちゃん、ミィナのて、にぎってねた。おかあさんみたいだった」
ミィナの声は眠たげで、だんだん小さくなっていく。
でも、そのひとことが、ティノの胸の奥に、じんと灯をともした。
「……ねえミィナ。オレさ、カイおじちゃんのこと、“パパ”って呼んでもいいかな?」
「うん。……リゼルは?」
「……リゼルは、まだかな。でもきっと、いつか、だいじょうぶになるよ」
「パパになるひと……おじちゃん」
「そう。今はまだ“おじちゃん”だけど、ほんとはもう、オレたちの“パパ”なんだよ、きっと」
ミィナはティノの手を握ったまま、静かに眠りに落ちていった。
ティノはその手をそっと握り返して、目を閉じた。
そして、夢の中で――小さな声でつぶやいた。
「……明日も、パン……作ってくれるかな」
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