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第12話 語られなかった戦い

 ――夜。


 風が止み、虫の音さえ聞こえない。

 眠る子どもたちの寝息を背に、カイはひとり、囲炉裏のそばに座っていた。

 薪の残り火が赤く、静かに揺れている。

 そこに手をかざすと、掌がじわりと温もりを帯びた。

 昼間のゼルドの言葉が、ずっと耳に残っている。


『お前が『過去』にしたつもりでも、終わったとは限らねぇ』


 ――ああ、終わってなどいなかった。

 自分の中では、ただ『封じていた』だけ。

 焼けつくような記憶が、脳裏をよぎる。

 

   ▽

 

 あれは、十年前。

 まだ『剣鬼』と呼ばれていた頃――ライナの兄・ディランが率いるパーティで、カイはその剣として最前線に立っていた。

 ディランは、明るく、熱く、そして仲間思いの男だった。

 剣術ではカイに敵わなかったが、判断力と統率力に優れていた。


「背中は預けたぞ、カイ」


 任務中、そう言って笑う彼の声は、今でも耳に残っている。

 だが――あの日の任務は、想定以上に危険だった。


 山岳地帯に現れた魔獣は、群れを成して移動し、知性を持っていた。

 偵察隊の報告と、実際の状況が違っていたのだ。


「ここは……おかしい。魔物の数が多すぎる」


 撤退すべきだった。

 それでも、あのときカイは、踏みとどまることを選ぶ――ライナが、村の民を逃がすために時間を稼ぐと言って前線に出ていたから。

 その判断が、ディランの死を招いた。

 魔獣の一体が、ライナの後方に回り込もうとしたとき、ディランはそれを庇って剣を振るい、代わりに致命傷を負い――最後の瞬間、ディランは笑っていた。


「……お前なら、あいつを……ライナを頼める」


 そう言って、カイの腕の中で息を引き取った。

 

   ▽

 

 あの日以降、カイは一度も『剣』を振るっていない。

 ライナはその後、何も言わずに去った。

 誰も責める事はなかったのだが、それでもカイは、自分自身を許せなかった。

 沈黙は、罰だ。

 声を失ったわけではない。ただ、語る資格がないと思っただけだ。

 

   ▽

 

 ぱち、と薪がはぜた。

 カイは目を閉じる。

 家の奥から、微かな寝息が聞こえる。


 ティノの寝言。

 リゼルの寝返りの音。

 ミィナの、静かな夢の中の笑い声。


 その音を、どれだけ自分は望んでいたか。

 それでも、まだ躊躇が残る。


(俺に、あの子たちを任される資格があるのか……?)


 答えは出なかった。

 ただ、ひとつだけ思った。


 ――償いではなく、選びたい。


 過去に縛られて彼らのそばにいるのではなく、彼らと生きる『これから』のために、ここにいたい。

 それが、贖罪とは別の、生き方だと――ようやく思えた。

 

 ふと、背後で小さな気配がした。

 振り返ると、薄暗い廊下の先に、リゼルの影が立っていた。


「……起こしたか」

「……ううん、ちょっとお水を飲みたくて」


 彼女はそれ以上、なにも聞いてこなかった。

 けれど、廊下を戻る直前、ふと立ち止まってこう言った。


「……カイおじちゃん」

「……ああ」

「……もし、なにか、辛いこととか、話したいことがあったら……言ってくれていいから」

「……」

「……私、子どもだけど、家族だよ」


 そう言って、小さく微笑み、静かに部屋へ戻っていった。

 

 その背中を見つめながら、カイは心の中で、確かに何かがほどけていくのを感じた。

 赦される必要はない。

 けれど、信じてくれる誰かがいる――その事実だけで、胸の奥が、あたたかく満たされていた。


読んでいただきまして、本当にありがとうございます。

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