虹の彼方に降る雪は
私の大好きだったうさぎのユキは三か月前に死んでしまった。
「ユキが居た事を残しておきたい。」
ユキのケージを片付けようとしたママに、そう言って頼んだ。
誰も居なくなったケージは、寂しそうに子供部屋の片隅に今も置かれている。
そんなある日、学校から帰宅すると、リビングのテーブルにママからの手紙があった。
『春ちゃんへ
お帰りなさい。
冷蔵庫に、おやつのプリンがあるので、食べて下さい。
ママより』
私は手紙を読んだ後、ランドセルを置きに子供部屋へ行き、すぐにまたリビングに戻ってプリンを食べる事にした。
今日は宿題も無いので、のんびり過ごせる。
プリンを半分くらい食べた頃、一旦ローテーブルに置いて、ソファーに寝っ転がった。
視線を何となく、テレビの方に向けると、画面の左側に飾られた、うさぎのオルゴールが目に入った。
陶器のうさぎがエプロン付きワンピースを着ているデザインのオルゴールで、ひらひらしたエプロンの部分だけが布製だった。
足元の方に螺子があって、それを手で回すと、音楽に合わせて踊っているみたいに回るのだ。
デパートへ出かけた時に一目惚れをして、ママにねだった。
いつもは駄目と言われるけれど、誕生日が近かったのもあって買って貰えた。
小学一年生の時の事だ。
あれから、数年が経っているので、布製のエプロン部分がほんの少しだけ黄ばんでいる。
一度、そのオルゴールを落としてしまって、号泣したことがある。
ママが欠けた、陶器の部分を接着剤で付けて何とか直してくれた。
全部が元通りとはいかないけれど、綺麗に繋ぎ合わせてくれたおかげで、ぱっと見では割れた事が分からないくらいだ。
音色を奏でる部分が、壊れていなかったのも幸いだった。
今もきちんとオルゴールとして、音楽を奏でられる。
色んな思い出があるオルゴールという事もあって、よく目に付く場所に飾っていた。
何となく、久しぶりにそのオルゴールの音色を聴きたくなった。
『~♪~~♪』
テレビ台から持ってきて螺子を回すと、懐かしい曲が流れる。
ローテーブルの上に置いて、そのうさぎが回る様子をぼんやり眺めた。
「ユキはね、虹の橋を渡ったのよ。」
「虹の橋?」
「そう、動物は亡くなると、虹の橋を渡って…素敵な場所へ行くのだそうよ。」
ママが獣医さんから教えてもらったという、虹の橋のお話を思い出していた。
『~♪~♪』
オルゴールが奏でる、『虹の彼方に』のメロディーがユキが渡ったであろう虹の橋を連想させた。
目を閉じて、ユキを思い出すと、この手にはまだ、その温かくてふわふわな感触が残っているみたいだ。
雪みたいに白くてふわふわで、大好きだった。
私が「ユキ。」と呼ぶと耳をぴゅるぴゅる動かすのも好きだった。
「会いたい。」
自然に口から言葉が零れた。
「…え???」
叶わない願いと知りながら、呟いた言葉は、まるで魔法の合言葉の様に、私の視界を別世界へと変えた。
一秒もしないくらいの刹那に強い光を感じて、反射するみたいに目を閉じて開くと、私はどこか知らない場所に立っていた。
その場所は、風が心地よく吹いていて、辺り一面、花畑だった。
風によって舞い上げられた花びらが、ひらひらと雪の様に時折空を舞う。
「ここはどこなんだろう?」
きょろきょろと辺りを見回すと、遠くで白っぽい何かが見えた。
目を凝らしながら、恐る恐る近付いてみる。
距離が近くなってくると、白いそれは、ふわふわの毛皮だと分かった。
頭と見られる部分には、二つの耳も揺れている。
「う、さぎ?」
思わず疑問符が付いてしまったのは、普通のうさぎと違って大きかったのと、二足歩行でもそもそ動いていたからだ。
「…!」
「…!!」
不意にその大きなうさぎがこちらを振り返る。
そのうさぎの顔を見て、何故だかユキだと確信した。
「…っ。」
ユキらしき、うさぎは何かに耐える様に、ふるふる震えると、次の瞬間、ぴょーんと飛び跳ねるみたいにして、私に抱き着いて来た。
びっくりしながらも、その白い体を受け止めると、手に触れる感覚がまさに先程、思い描いていたユキを撫でる感覚と同じだった。
「春ちゃんでしょ?」
まん丸お目目のユキがじっと見つめて聞いてくる。
「そうだよ、ユキ…だよね?」
「ユキだよ。春ちゃん、春ちゃん、会いたかったよ。」
「私も会いたかった。」
白い花畑の中で、前よりも大きくなったユキの体を抱きしめた。
「ユキ、ここはどこなの?」
「ここはね、うさぎの国だよ。」
「うさぎの国?」
ひとしきり再会を喜び合った後、この場所について尋ねてみると、ユキはそう答えた。
「僕も気付いたらここに居たんだけど…命を全うした後、うさぎはうさぎの、猫は猫の、犬は犬の国に行くんだよ。魂がのんびり過ごせる様に、神様が作ってくれた場所なんだって。」
「そうなんだ…でも、何で私はここに来られたんだろう?」
「う~ん、分からないけど、春ちゃんはここに来る為のカギを見つけられたんじゃないかな?」
「うさぎの国へのカギなんて…。」
ふと、脳裏にあのうさぎのオルゴールが浮かんだ。
「カギを見つける事が出来たら、いつでもここに来られるんだって。ずっと前に別の場所からうさぎの国へ来た人が居たみたい。」
「そうなんだ。」
「だから、春ちゃんもいつでも遊びに来てね!」
「うん、わかった。」
今のユキの姿や普通に会話が出来ている事、うさぎの国の事など、とても不思議で分からない事だらけだけど、もう会えないと思っていたユキに、これからも会えると思うと細かな事はどうでもよかった。
初めてのうさぎの国は、ユキのぽてぽてとした可愛い歩き方に悶えながら案内されていった。
「ここ、ここでご飯を食べるんだよ。」
大きな木が中心にある開けた場所に、形もサイズもバラバラの木製の机と椅子がいくつも置かれていた。
「皆、その日の気分で好きな所に座って食べるんだよ。」
「なんか楽しそうでいいね。」
「うん、春ちゃんも何か食べてみる?」
「え、食べられるのかな?」
「座って、座って!」
頭一つ分だけ小さな背のユキに手を引っ張られて、お花の形の椅子に座った。
ユキは楽しそうに、「春ちゃんはここで待っててね!」と言って、広場の左の方へぽてぽて走って行った。
ユキの行き先を座ったまま見ていると、黄色い屋根の建物にある受付台で何か話している様だった。
もしかすると、あそこで食べ物を注文するのかもしれない。
私が座っている席からはだいぶ離れているので、何を話しているのかは分からなかった。
ユキがわくわくしているのだけは何となく伝わってくるので、私も何だかわくわくしてきた。
同じ広場で、他の席に座ってご飯を食べているうさぎの様子を横目に見ながら待っていると、ユキがさっきの建物の方から両手にお皿を持って、慎重な足取りでぽてぽて歩いて戻って来た。
「じゃ~ん。」
「わぁ!」
椅子とお揃いのお花の机の上に、可愛いうさぎの形をしたプリンのが二つ並ぶ。
「可愛い、それにプリン!」
「うん、春ちゃんはプリンが大好物だったよね?」
「知ってたの?」
「もちろん!」
ユキは私がプリンを食べる時すごく嬉しそうだったと言った。
「ここに来て、プリンっていう食べ物を見つけた時、春ちゃんの大好物だ!って思って…僕も食べられるんだって思ったら嬉しくて。ここに来てから、僕の大好物になったんだ。」
「そっか、ユキもプリンが大好物になってくれて嬉しい!」
「うん、春ちゃんとお揃いなんだ~。」
ぷるぷる揺れるプリンをそれぞれ突きながら、お互いの日常の他愛もない事を話した。
一緒に暮らしていた頃、向かい合わせに座って、プリンを食べる日が来るなんて、想像もしていなかった。うさぎと人間とでは、基本的に食べる物も違うし、一緒に席について食事をすることもなかったので、今の状況が不思議で、でも楽しくて仕方なかった。
ふわふわのユキの手が上手にスプーンを握って、プリンを食べる様子はとても可愛かった。
「ユキさん?」
プリンを食べた後、さらにクリームソーダを追加注文して、一緒にお喋りしながら楽しんでいると、突然、小麦色のうさぎに声をかけられた。
「ユキさんがこんな時間に、ここにいるなんて珍しいですね。それに、そちらの方はどなたですか?」
小麦色のうさぎが不思議そうな表情で、こちらを見ている。
ふと周囲をよく見てみると、別の席について食事をしているうさぎ達も、ちらちらとこちらを気にしている様だった。
考えてみれば、ここはうさぎの国だった。
人間なんて居ないのだ。
「ひまりさん、こんにちは。大切な人に再会したから今日は特別な日なんだ!」
「大切な人って、ここに来てからいつもお話されていた人ですか?」
「そうだよ!会えたんだ!」
「へぇ、カギを見つけられたんですね。」
ユキがひまりさんと呼んだ、うさぎの視線が私に向けられた。
「春ちゃん、こちら、ひまりさん。初めてここに来た時から親切にしてくれてるんだ。」
「は、初めまして、春です。」
「春さんですね。初めまして、ひまりです。」
ユキの紹介で私とひまりさんはお互いにぺこりと会釈をし合った。
「私もご一緒してもいいですか?」
「…え、えっと?」
「ユキさんがずっと春さんのお話をされていたので、私もお話してみたくて…。」
ひまりさんが小首をこくりと傾けた。
仕草があざといところが可愛くて、ときめいてしまった。
「は、春ちゃん。僕が一番可愛いんだからね!」
私がひまりさんにときめいた事に気付いたユキが必死に可愛い両手を振ってアピールしてくる。
「は、はふっふふ。」
あまりに可愛い慌てぶりに私は、思わす吹き出してしまった。
「ユキさん、必死過ぎですよ。」
「も~!」
話せる様になったユキは意外とやきもち焼きだった。
ひまりさんもおしゃべりに加わって暫くして、ユキがアイスを追加注文しに行ってくれた。
「ユキさん、いつも春さんに会いたいとお話されていましたよ。」
「そうなんですね。」
「だから、聞きたかったんです。」
「?」
「本当に、ずっと、会いに来てくれますか?」
「え?」
私が戸惑っていると、ひまりさんはかつて、うさぎの国に来た人間の話をしてくれた。
「…ずっと前に、夏美さんという女の子がここに来たんです。彼女も偶然カギを見つけた子でした。ここに、友人であるうさぎが居て、再会出来た事を喜んでいました。それからは暫くは遊びに来てくれて、うさぎも嬉しそうでした。でも、数年が過ぎていき、彼女が少しずつ大人になるにつれて、会いに来てくれる回数も減っていきました。うさぎは成長していく彼女を眩しく思っていました。ここは命を終えた者の居場所です。今を生きている彼女は眩しくて、うさぎは自分が置いて行かれる様な気持ちになってしまいました。」
ひまりさんの小麦色の両手がまんまるに握られている。長い耳も小刻みに震えて見えた。
「ある時、うさぎは言ってしまいます。もっと、会いに来て欲しいと。でも、彼女は何も答えてくれませんでした。そして、その日は突然訪れました。」
「…?」
「うさぎは別のうさぎから彼女に渡されたという手紙を受け取ったのです。それは彼女からの最初で最後の手紙でした。」
「え…。」
「手紙にはこう書いてありました…。」
『会うと…何も言えなくなってしますので、手紙に書きます。
昔と今では環境が変わり、私も成長して今までの様に会いに来る事は出来なくなりました。
それでも、会い続けたかった。
でも、もう無理なのかもしれません。
子供から大人になった私は、曖昧な世界を行き来し続ける事が怖くなってしまったのです。
私の居場所に戻れなくなったらと思うと、怖くて…。
ずっと好きだし会いたかったけれど、ごめんなさい。
幸せを祈っています。』
「うさぎは泣きました。こんな別れが来るのなら、一度のお別れで良かったのに。」
ひまりさんは目を伏せた。
私は何て言っていいのか分からなかった。
でも、ひまりさんの言いたい事は分かった気がした。
この話はまるで、ユキと私の未来みたいだ。
ユキと私は違う世界に住んでいて、私は生きて成長していく途中だ。
でも、ユキの命は終わり、その命の時は止まっている。
決定的に違う存在同士が、奇跡の様に縁が巡り交わり、終わりを迎えてもなお重なり続けて…。
「二度のお別れは、辛いものです。」
ひまりさんの声は少し震えていた。
私は顔を上げて、ひまりさんを見る。
目と目が合って、確信した。
きっと、このお話はひまりさんのお話なんだ。
ひまりさんは、ユキを心配しているんだ。
私がいつか会いに来なくなるんじゃないかって。
「でも、私はっ。」
「それでも、いいもん!」
私が声を発したと同時に、ユキの大きな声が私の声をかき消した。
「それでもいいんだもん。春ちゃんが、僕に会いたいと思ってくれただけでいいんだ!」
ユキの可愛い両手で持っている、丸い銀のお盆の上には、小さなガラスの器に入れられたアイスが三つ並んでいた。
必死に握りしめてお盆を持っている姿に胸が苦しくなった。
「ごめんなさい、お二人があまりにも仲が良くて楽しそうで…余計なお世話だってわかっていたんです。でも、聞いてしまいました。」
ひまりさんは、俯いてしまった。
「ひまりさん、未来の事は分からないけど、今の自分が変わっていったとしても、ユキを大好きな気持ちは変わらないし、私はきっとユキにずっと会いに来ます!」
まだ子供の自分の言葉なんて、信じてもらえないかもしれないけれど、いつか私が大人になった時、この言葉を本当に出来る様に、未来の自分へ決意を込めて言った。
ひまりさんは、また「ごめんなさい。」と小さな声で言ってその後は何も言わなかった。
溶けかけたアイスは、甘いだけではない苦さをどこか含んでいる様だった。
一緒にアイスを食べて、ひまりさんとは別れた。
何となく、気まずい空気を引きずっていて、ユキも私もずっと、無言のままだった。
うさぎの国を一緒にただ歩いた。
うさぎ達の丸っこい家がいくつも並んでいる場所や公園みたいに遊具が置いてあって他のうさぎ達が遊んでいる場所もあった。
歩きながら、その様子をぼんやり眺めた。
時々、他のうさぎ達とすれ違う。
首を傾げるうさぎもいれば、興味無さそうに、そそくさと足早に通り過ぎるうさぎもいて反応は様々だった。
人間が居ないうさぎの国では、私は異質な存在だと思う。
ユキだって元居た場所では、今のユキは異質だろう。
この奇跡の様な重なり続ける私達の縁は、これからどうなっていくのだろう?
ひまりさんが言うように変化していってしまうのか?
今の私達に答えは無い。
未来の事なんて、未来が今にならなければ、分からないのだから。
「春ちゃん。」
「…なぁに?」
少し前を歩いていたユキが振り返って、とっておきの秘密を教えるみたいな得意げな顔になった。
「ここに来てから、僕、一つだけ魔法が使えるようになったんだよ?」
「えっ、すごい!」
急な話に驚きながらも、ユキを見つめる事で話の続きを促した。
「こっちに来て、ここの花畑で春ちゃんに見せたかったんだ!」
私は戸惑いながらも、ユキに手を引かれて、花畑へと足を踏み入れていく。
一面の白い花畑は、最初にうさぎの国に来た場所と同じ様に、心地よい風が吹く場所にあった。
「春ちゃんが、僕の事…真っ白で雪みたいだから、ユキって名付けてくれて。」
「うん。」
「見た事もない雪を、ずっと見てみたいって憧れてたんだ。」
ユキは両手を合わせて目を瞑った。
暫く様子を見守っていると、ユキの白い体が淡く光り出した。
「…。」
「…。」
体から漏れた光がふわっと広がって、空に弾けた。
そして…。
「わぁ!」
遠い空から、ふわふわと綿のような柔らかな雪が降り始めた。
「すごいね、ユキ!」
「…えへへ。」
少し照れくさそうな顔で笑うユキが可愛い。
ふわふわと舞い降りてくる雪を、空に顔を向けて見つめていると、
「春ちゃん、春ちゃん、雪を手で触ってみて?」
とユキが言う。
私は両手を器の様にして、空から降る雪を掌に乗せてみた。
ほわほわ降って来た綿毛のような雪が、掌にふんわり乗って、すうっと溶けて消えて行った。
「冷たく、ない?」
「そう、魔法の雪だからね!」
ユキは得意げに胸を張って言った。
花畑の中で見る雪景色は、春と冬が同時に来たみたいで、とても不思議な光景だった。
冷たくない雪は、ほんのり温かい様な気もして、それはユキの魔法の温かさなのかもしれないと思った。
「うさぎの国に来て、季節を教えてもらったんだ。…春ちゃんの春とユキの雪は、季節が違うから一緒にはいられないんだって思って、悲しくなった。でもこの場所で魔法の雪を降らせたら、春の花畑と雪が一緒になって…まるで春ちゃんと僕が一緒に居るみたいだって思ったんだ。」
春と冬の景色の中で、ユキは私を丸い瞳で見つめている。
「例え、もうずっと、会えなくても…この景色の中でなら一緒に居られる気がしたんだ。」
もう二度と会えないはずだった、ユキと私。
不思議な奇跡の縁で、また会えた。
「春ちゃんが、もしこの先僕に会いに来るのが辛くなったとしても、また会えて僕は嬉しかったよ。」
「ユキ…。」
ユキとの思い出が私の中で、溢れる様に思い出されていく。
初めて会った日。
白くて丸くて、ふわふわで温かかった。
生まれて初めて命に触れた気がした。
大好きで、学校から帰るといつも一緒に遊んだ。
ユキの最後の瞬間まで、変わらず大好きなままだった。
だから、悲しくて仕方がなかった。
もう会えないと分かっていても、もう一度会いたかった。
今この瞬間は、雪が溶けて無くなるみたいに、儚い奇跡なんだと思う。
頼りなくて、不安になってしまう様な、弱々しい、でも大切な時間。
「ユキ、覚えてる?」
「?」
私の声にユキは耳を揺らして首を傾げる。
「ユキの遊んでた人参のおもちゃ、クリーム色のケージもお気に入りの毛布も他にも全部、ユキが居た頃のままだよ。ユキが傍に居るって、思っていたかったから。」
「春ちゃん。」
ユキの丸い目にはとっぷりと涙の粒が溜まって今にも零れ落ちそうだった。
「私とユキだけの時間があの部屋には詰まっているよね。楽しい日もあれば、学校で悲しい事があってユキの前で泣いた日もあったね。いつも一緒にいてくれて、それだけで心が救われたんだ。ユキが居なくなってから、まるで自分の一部が欠けたみたいで、寂しくてたまらなかった。…だからね、会いたかったのは、私の方だったんだよ。」
ユキのもこもこした両手をとって、見つめ合う。
「ユキと私で半分ずつだから、一緒じゃないとダメなんだよ?」
ユキが鼻を啜って、頷く。
「うぅ、うん。うん、そうだね。春ちゃんと僕で半分ずつだね。」
「だから、これからも一緒じゃないと!」
「ダメなんだね?」
「うん。」
ユキも私も泣き笑いの顔になる。
春と冬の景色の中は私達だけの世界だった。
ユキが降らせた魔法の雪が止んできた頃、唐突に私の体が光り始めた。
「えっ、何で?」
「もう帰る時間なのかも!」
「あぁ、そっか…忘れてた。」
ユキに言われるまで、私は時間の感覚をすっかり忘れていた。
もっと、ユキと一緒に居たいと思ったけれど、それは駄目だと分かっている。
ママが仕事から帰って来るし、明日も学校がある。
私は私の毎日を生きながら、ユキと会うという約束を守り続けていきたい。
「またきっと、会いに来るね!」
「うん、またきっとね!」
光始めた体がだんだん、存在が薄くなるみたいに、透き通っていく。
ユキの体をはぐして、またねの為のさよならの挨拶をした。
「またね!」
「またね!」
光が一瞬強くなったと思ったら、気付いたら私はリビングのソファーに座っていた。
さっきまでの出来事がまるで夢みたいに思えて、不安になった。
でも、無意識に握っていた左手を開いた時、掌から白い花びらが一枚ひらりと座っていた膝の上に落ちて、今までの出来事は夢ではなかったのだとほっとした。
それからの私は、忙しい毎日になった。
自分の日常を過ごしながら、時々うさぎの国へユキに会いに行った。
私にとって、ユキとの約束は支えになって、今までよりも毎日を頑張る事が出来る様になった気がする。
ママにも「最近、頑張ってるね。」と褒められた。
私の部屋には今もユキのケージが置かれたままになっているけれど、以前の寂しそうな様子は無く、あのうさぎの国に咲く花に似た花飾りで飾り付けられて、むしろ華やかになっている。
私はこの世界と、うさぎの国をこれからも行き来し続ける。
ほら、今日も…。
「来たよ!」
「春ちゃん、会いたかったよ!」
白い雪玉みたいに、私にぶつかる勢いで飛びついてくる、可愛いユキを私はぎゅっと抱きしめた。