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侵略軍二線級部隊指揮官の嘆き

今朝島の北部から遥々やって来た中佐は苦渋な表情を隠せずにいた。


合成旅の新兵共が思うように動いてくれず、合成旅の物資の置き方もまともとは言えないが、夜通しで集積所を整理し、物資運搬をさせる訳にもいかない為、やむなく翌日に持ち越すことになった。

中佐にとっては散々な一日だったが、夜になると銃声が聞こえ、兵舎と集積所の方が騒ぎ出した。部下からの情報も混乱を極め、自らの足で外に出てみれば、将校寮の外の衛兵が既に撃ち殺されていた。


急ぎで運転兵を呼びつけ、軽戦術車両に乗って、騒ぎの中心となる集積所に向かったところで、機関砲の音が響き渡る。


「貴様ら!何をやっている!」


集積所に近付くと、中佐は車が止まるのも待たずに飛び降りて、怒鳴り出した。

指揮を執っていた営長は装甲車の隣から中佐の方に走って、状況を報告しようとしたが、報告する間もなく、罵声を浴びせられた。


「あれは旅全体の物資の集積所だぞ!誰だ!機関砲の発砲許可を出したのは!」

「はっ!旅長殿、敵兵が三名集積所に潜り込んだようで...」

「貴様が現場指揮官か?ネズミ三匹の為に物資ごとこの駐屯地を吹き飛ばす気か!砲弾もまだそこに置かれているんだぞ!」


旅長である中佐が次の言葉を発する前に、シューと空気が噴き出すような音が響く。

その音を耳にした中佐はすぐさま車両を盾にするように地面に伏せた。

その直後、装甲車は爆発音とともに燃え上がる。


破片が雨のように散りばめ、車両に、地面に、ヘルメットの上に落ちてくる。

中佐は頭を上げると、営長だった物と、弾片に頭を撃ち抜かれて、ハンドルに伏せている運転兵の姿だけだった。


中佐は営長が持っていた無線機を取り、指示を出そうとした時、燃え上っていた装甲車が徐々に爆竹のような音が鳴り出した。

中佐は素早く無線機を車両に放り込んで、運転兵を運転席から引きずり下ろすと、すぐにアクセルを踏み、装甲車から離れる。



弾薬が誘爆した装甲車から離れる中、中佐は思わず毒を吐く。

「クソ!撃ち合いで装甲車がレジスタンスごときに破壊されるなんざ冗談じゃね!レジスタンス鎮圧と占領地管理の為に徴兵された新兵を集めて新編された旅の兵士はゴミなのは知っていたが、営長までもがこれか!」


中佐は車両を近くの民宅の横に止めて、民宅の裏、ギリギリ集積所が見える場所で無線機を通して指揮を執り始める。


「こちら二六七合成旅旅長、これより指揮は私が直接行う。集積所周囲の全部隊は速やかに歩兵班を前進させ、集積所に侵入したレジスタンスを排除せよ。」

「こちら第二団第一営、敵を一人排除しましたが、敵が手榴弾を投げられ続けていて近づけられません、どうぞ。」


装甲車による劣悪な長距離移動、新編された二線級部隊への配属、配属先の下士官と兵士の質の低さ、連日の鬱憤に続き、意味不明な反論と来て、思わず怒りをぶちまけた。


「さっさと歩兵を進ませて、集積所に入っったネズミどもを始末せんかアホが!手榴弾何ぞ集積所に入れば気にする必要などどこにある?手榴弾のちんけな破片は集積箱をぶち抜くとでも言いたいのか!さっさと歩兵を集積所に送り込んでネズミどもを一掃しろ!」

「は、はい!」


中佐が命令を下してから数分、ようやく歩兵は前進し始め、集積所に近づく。

銃声はまばらで、時々手榴弾らしき爆発音も響き渡るが、中佐には戦況が不明なまま待つ他ない。


突如、オレンジ色の光が中佐の目に入った。

炎の光だ。


(炎?引火したのか?いや、そもそも小銃の撃ち合いで何が引火するって言うんだ?)


状況を把握すべく、中佐は無線機を通して報告を促す。

「なぜ火の手が上がっている?状況を報告しろ。」

「わ、分かりません、ガソリンが何らかの理由で引火したかもしれません。」


(なっ!あの集積所にもガソリンも置かれていただと!?こいつら正気か!?)

「砲弾が置かれている場所にガソリン?お前らは集団自殺する気か!早く鎮火しろ!」


中佐は部下の報告を待たずに、車両に戻り、運転兵の血と脳漿まみれの無線機を取り、合成旅全員に向けて命令を下す。

「二六七合成旅全員に告ぐ、各部署は持ち場の人数を最小限に、全員消火用具を持って集積所に急行せよ!」


集積所からドゴーンと音が響き、最初に炎が上がったテント以外にも、何ヶ所が燃え上っている。

「どうなっている?状況を報告しろ!」

「そ、それが、何故かガソリンを保管していたテントの他に、別のテントも燃えて、爆発しました!」


(別のテントが爆発?もう弾薬を誘爆したのか!一体どれだけずさんなんだこいつら!)

中佐は無線機に向かって叫ぶ。

「総員退避!集積所から離れろ!」

爆発は連鎖的に起こり、火が他のテントに移り、瞬く間に集積所にあるテントの半数が燃え上がる。


「集積所周辺の車両を捨てろ!全員建物の裏に退避しろ!」

中佐は考え得る限りの命令を飛ばす。

だがその指示むなしく、集積所に入った兵士たちが逃げ切る前に大爆発が起こり、集積所が火の海と化した。


爆風が中佐がいる民宅にも届き、ガラスが割れ、飛ばされる物資と礫は壁に叩きつけられ、中佐は民宅を背にして何とか爆風を凌いだ。


中佐は無線機を取ろうと立ち上がったその瞬間に、頭上に物がぶつかる音がする。

中佐が音がする方を見上げると、黒い影が目の前の壁から近づき、視界の中で大きくなっていったところで、中佐の意識が途切れた。





「ぷはははははは!いや済まない中佐同志、飛ばされた集積箱の蓋に気絶させられた将校は流石に前代未聞でね、いい話のネタになりそうだ。」


頭が包帯に巻かれ、左腕が副木と三角巾で固定されている中佐の隣で爆笑している身なりの良い中年男性は、中佐と同じ、この新編された二線級部隊に配属された者だ。

違いがあるとすれば、その男は爆発の件の後に到着したことと、彼は将校ではなく、政治委員であることだ。


「お気の毒だが、配属初日とは言え、レジスタンス相手に少佐一人戦死、下士官兵112人死傷、装甲車1両が損失、弾薬を含む物資の約六割が損失。これらの損害は中佐同志の過失になる、これも上に立つ人間の責任だ、判ってくれるかね?」

「......理解しております。」


戦果を挙げていれば未だしも、まともな戦果も無しに多大な損害を出してしまえば、誰かが責任を取らねばならない。

現場の指揮を執っていたのが中佐本人なら尚の事だ。


「それと、物資の補充なしに負傷中で悪いが、任務は続行してくれ。」

「お待ちください、二六七合成旅は今殆どの迫撃砲と対戦車兵器を失った状態で、装甲車もトラックも燃料不足で...」

「上の命令は変えられないのでね、諦めてくれ。」


政治委員に止められて、中佐の言葉は続けられなかった。

「まあ、やりにくいとは思うが、頑張ってくれたまえ。」


中佐は歯を噛み締め、政治委員が立ち去る前に、やっと口を開いた。

「政治委員殿、一つ、二六七合成旅の生活指導についてお願いしたいことがあります。」

「ふむ、何かね?」

「下士官兵たちの物品管理を締め上げていただきたい。ガソリンスタンドから略奪して来たガソリンがまた迫撃砲と工兵用の爆薬と同じところに置かれてはたまりませんので。」

「...ああ、善処しよう。」



一人だけになった部屋で、中佐は思わずため息を吐く。

「はぁ......先が思いやられるな......」




四日後、大隊規模の部隊が駐屯地から離れ、その中に三角巾で左腕を固定している中佐の姿もあった。

その中佐の隣に、若い将校が一人居た。

「旅長殿、歩兵営1個分の歩兵に装甲車一両、この編成で本当によろしいのですか?」


中佐が編成したこの部隊は二六七合成旅の各営から比較的まともな歩兵だけ引っこ抜いて集めた部隊。

普通は編制通りに運用する部隊だが、装甲車も迫撃砲もロケットランチャーも使えないと、編制通りに運用しても人員の無駄使いでしかなかった。


「良いも何も、こうするしかないだろう。」

中佐は深く溜め息をつく。

「軽油が8割焼失、機関砲と迫撃砲の砲弾は離れた場所に居た第一団第二営の分以外全滅、手榴弾と機関銃の弾も各営が営舎に持ち込んだ分以外すぐには使えない。

補給線の確保も考慮に入れると、これ以上の装甲車を持って来ても鉄の棺桶にしかならん。

そうだろ?中尉。」


二六七合成旅は無傷な装甲車をまだ十数両も保持しているのだが、燃料も砲弾もなければ運用は不可能だ。

現に、駐屯地に残された装甲車は数両だけ固定砲台として運用されていて、残りはお飾り状態。

機関砲の砲弾に至っては、駐屯地の至る所からかき集めた物の半分ぐらいは、中佐が引っ張ってきたこの装甲車に載せている。

弾薬の欠乏具合は尋常ではない。


そんな二六七合成旅が敵に襲われればひとたまりもないが、この島国の西側に組織的に動ける正規軍はほぼ皆無と言っていい。駐屯地に残された部隊がレジスタンスに襲われて負ける可能性は皆無と言っていいだろう。

……レジスタンスもどきの兵士崩れ三人相手に大損害を受けたのだが。


「ですが旅長殿、兵員は流石に少なすぎませんか。」

「思い出してくれたまえ、中尉。

我々の任務はレジスタンスの対処であって、正規部隊の撃滅ではない。

そも、ガソリン燃料を集積所に置くように指示した張本人がお前らの副旅長だったことを考えると、副司令官であるアイツを入れないと後で上に怒られそうな大人数編成で行動する気も失せるもんだ。」

「も、申し訳ございません。」

「何を謝っているんだ?あの馬鹿げた命令を出したのはお前ではないだろう?

中尉、此度のレジスタンス掃討はまだ貴官に頼ることが山ほどあるんだ、副官としてしっかり励めよ。」


中佐は中尉と会話しながら、目を進行方向に向けた。

そこにあるのは、大橋だった。




山中の村までの道は、山地と渓谷を通る険しい道だ。

山がちな地形の上に、橋やトンネルも多く、山地の道路も岩壁に沿って作られたものが多い。それはこの島の山地全体の特徴と言っていい。

そんな道路を通らずに移動するとなると、高低差30メートル以上の渓谷を降りてからまた登るか、植物が生い茂る熱帯の山地を文字通り切り開くしかない。


そんな状況下に、山地で活動するレジスタンスは侵略軍を大いに悩ませた。


西側の都市部を制圧し、軍による管理体制を敷いたものの、レジスタンスが各地で襲撃を掛けては山に撤退し、いざ鎮圧しようものなら、大人数での活動ができない山地で襲撃されたり、補給線が狙われたりで撤退を強いられることが多々あった。

当初上層部が考えていた、島西部の都市部を速やかに制圧し、戦争を短期終結する構想は破綻していた。


各地の部隊は各々でやりくりして数ヶ月、ようやく数日前に新たな作戦が発令された。

島の東部を制圧するための大規模作戦と、同時に行われる、レジスタンスの根っこを掘り起こす山地掃討作戦。


山地で活動しているレジスタンスの物資は都市部の内通者、各地の山中の町や村、島の東部から賄われていると上層部が考えている。

レジスタンスを追い、島全体を制圧するよりも、今ある拠点を固め、都市部と山地の連絡を断ち、レジスタンスが活動する下地を潰し、活動できないようにするとの方針転換だった。


都市部は駐屯中の部隊が外縁部の住宅を更地にして、都市と山地の連絡を断つ。

侵略軍が占領できなかった、管理下に置けなかった山中の村を何とかするのが、二六七合成旅のような新編された部隊の担当となった。




クソったれが!


中佐は配属命令と作戦指示を受け取った瞬間思わず書類を机にたたきつけた。


名義上は村の制圧と言っても、新兵訓練終えて間もないの新兵を、歴戦で地形を熟知しているレジスタンスにぶつけることに変わりはない。

上層部にとって、人は文字通り、人力資源以上の何物でもなかった。


上の連中は、この地獄と化した島の兵士よりも、来たるべき権力争いの為に、歴戦の精鋭部隊を駒として手元に残しておきたかったのだろう。

どうせ、兵がいくら血を流そうと、その責を権力の座から落ちた者に押し付けば済む話だ。


「手段は問わない」というのが上のお達しだ。オマケに作戦期間中に通信妨害をかけると来た。

言外の意は言わずとも分かるだろう。



上との繋がりが断たれ、二六七合成旅に飛ばされた中佐は思案した。

上に返り咲こうが、ここで腐ろうが、最良の策は任務を遂行し、できるだけ被害を減らすことだ。

着任初日から最悪のスタートだったのだが。


損害だけではない。動かせるトラックも無ければ、取れる手段も自ずと限られてくる。

レジスタンスが山に点在する村の支援を受けて活動しているのであれば、村の機能を喪失させれば目的は達せられる。


住民を移動させるにはトラックが必要だ。

事前の情報によれば、これから向う村の人口は約600人。

道の幅と地形を鑑みて、脱走者を出さずに、この人数の村人を二日歩かせて下山させ、都市部に移住させることはほぼ不可能だ。

脱走者を出せば、せっかく通信妨害がかけられているのに、情報がレジスタンスに流れる可能性があり、こっちの意図が察知される可能性が出てくる。

そうすればレジスタンスはこれまで以上にしつこく襲ってくる、そうなれば、このゴミみたいな二六七合成旅は許容できない損害を受けるだろう。



ならば、乗ってやろうじゃないか。


「進め!」先ほど出した斥候が橋の向こう側を確保したことを確認し、中佐は部隊を進ませる。


住民を移動させずに村としての機能を喪失させる。


「中尉、作戦目標を覚えているな?」


トラックも重火器も使わずに村を無人状態にする。


「はい、レジスタンスの根拠地らしき村を封鎖し、連絡を取らせることなく、レジスタンスを全滅させる。」


このゴミみたいな新兵共の洗礼にもなるだろう。


「全分隊長に伝えろ、死にたくなければ目に入った民間人を全てレジスタンスだと思え。」


地獄へようこそ、新兵共。

これが『偉大なる統一』の現実だ。


「はっ!」



走って命令を各部隊に伝える中尉を眺め、橋の上で足を進める中佐は、爆発音と共に、浮遊感を覚える。

人が、瓦礫が、すべてが自分と共に落ちて、数十メートルの段差があったはずの渓谷の底、そこに転がる石がはっきりと見えてくる。


クソ新兵共、斥候もまともに務まらんのか!?


ドスンという音と共に、中佐の思考が途切れた。


身を持って知ってしまいました、小説には賞味期限があることを。


実はこの小説の最終話は去年八月頃に既に思いついたのですが、その最終話の裏設定の前提が先月覆されましたので、一言どうしても言いたいことがあります。


ええ、半年以上も前に思いついたものですから、遅筆なのが悪いのは理解しています。

理解していますが、「予想していたトラブルの斜め上を行くものをホワイトハウスで上映してんじゃねぇよ(半ギレ」

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