9 精霊祭
会場である祭儀場にはたくさんの人が集まっていた。
サンクタは、私物の録画水晶を片手に貴賓席で待機していた。
「アリアちゃん、大丈夫かしら……」
「姫様は何かに気付いたようでした。私は姫様を信じます」
と言いつつも、サンクタから通信機を借りたレイは、貴賓席ではなく街中の時計塔の屋上にいた。
片眼鏡を外してスナイパーライフルを裸眼で構えている。
「アリア様……心配です」
ビビアニはサンクタの隣で神に祈りを捧げていて、今にも泣きそうだった。
静寂が辺りを包んだ時、どこからともなく歓声が上がりだす。
会場に巫女姿のアリアーデが現れた。
「あれは、聖女様? でもお年が……」
「聖女様が精霊祭のために特別に魔法で成長の魔法を使われたと、アーク様がおっしゃっていたわ」
「あのお年でそんな高等魔法をお使いになられるの!?」
観衆からアリアーデの容姿や、魔法技術に賛賞の声があがる。
アリアーデはそんな観衆にお辞儀をすると、小舟に乗ったドミニクが待つ海の上へと歩いて行った。
♢
夕日が落ちて、次第に夜の世界が始まる。
たくさんの魔力を含んだ海水が、月明かりに照らされて淡く、青く光り出した。
透明だったリガリットは、海の魔力を得て青く輝く。
まるで、海のしずくが空へ舞い上がっているように。
その側を私はゆっくり、ゆっくりと歩いていく。
私の首に巻きついている想いが、私に酷く重たさを感じさせた。
「大丈夫。私は死なない」
神1: ごめんね……
上様: お前の魔力量なら、全てを染められるはずだ
るなしぃ: その蝶の能力は、願いを叶える事で間違いないわよ
小舟にいるドミニクと目が合う。
私はドミニクに向かって頷くと、魔力を放出しながら舞を踊り始めた。
青かったリガリットが、私がくるくると舞う毎に白く染まる。
私の魔力の色は白色だった。今まで知らなかったし、考えてもいなかったことだった。
きっとレイは、毎日この色を見ていたのだろう。
混じりのない綺麗な純白の蝶は、自ら発光するかのように輝いていた。
(まだだ……まだ全部じゃない)
あの幻惑で見たリガリットは、ドミニクの母の魔力の色である赤色だった。そして、青色のままのリガリットも多かった。
この首飾りは、恐らく魔力に反応する。
自然に存在する魔力には干渉しないが、願いの瞬間、自分の魔力に染まらなかったリガリットが指向性の魔力を2人に向けた結果、暴走したのだと思う。
だからこそ、ここにいる全てのリガリットを私の魔力に染める必要がある。
「はぁ、はぁ……あともうちょっと」
全てのリガリットが、純白に染まった。
私の魔力はもうほとんどない。
最後の気力で、ドミニクに手を差し出す。
俯いていて表情がわからなかったが、ドミニクは私の手を取って、ゆっくりと海面に足を踏み出した。
そして、2人でリガリットに願いを捧げる場面。
私は異変に気付いた。
ドミニクのそばのリガリットが、深緑に染まり出したのだった。
「願いが違う……から?」
恐らく、ドミニクの魔力の色は緑。願いが違うと、リガリットはドミニクの魔力を吸い始めるのかもしれない。
(ここで首飾りが暴走したら、私はもう魔力がない……)
使用人: 大丈夫です
親衛隊: 彼はその時のためにいるのよ
時計塔の方向から、何かが一瞬で通り過ぎた。
それは、深緑のリガリットを次々と撃ち抜いていく。
「ああ……そう言う事か。こんな簡単な事にも気づかなかったなんて……。やっぱり君の執事は遠距離型だね。さっきとは違って魔弾でもない。正真正銘の実弾でこれをやってのけるなんてすごいね」
ドミニクは、憑き物が落ちたように前を見据えていた。
「え……?」
レイのメイン武器はナイフじゃないの?
もしかして、私に隠していた?
うさぎ: あの執事はかなりの秘密主義者だぞ
使用人: 違いますよ。聞かれていないだけです
いや、そんなことよりも。
「ドミニク、あなたの願いは何?」
「……僕の願いは、もうないんだ」
「そんなことないでしょ? だって、あの日……リガリットは同じ色をしてたから……」
ドミニクの緑色の魔力は、あの幻惑の中では見なかった。きっと母親と同じ願いだったんだろう。
「フッ……能天気なだけだと思ってたけど、案外よく見てるんだね? いいよ。教えてあげる」
そう言ってドミニクは、ペグロックを取り出して鉄筆を差し込んだ。
私がいる海面の下から神殿のような建物がせり上がってきて、空からは石柱が降ってきたが、水飛沫を浴びても冷たさを感じなかった。
(幻覚……?)
ドミニクは、1人で神殿の壇上にあがり、大きな声を上げた。
「僕はアークリガリットだ! これをみんなにあげる!」
小さなペグロック達が、観衆に降り注ぐ。それは、私の元へも降り注いで、触ってみるとふわふわした。
正方形の真ん中を押してみると、じんわり暖かいカイロのような機能がついていた。
「僕が本物だって、わかってくれた!? 僕はこれからここにいるアリアーデ・クランツェフト第2皇女の専属魔具師になると決めた! これ以上アークリガリットの魔具は世に出回らないから、みんな大切に使ってね! 僕たちの願いは、この国が栄え続けること!」
大袈裟な演説のあと、ドミニクは私の方を見て小声で照れくさそうに言った。
「僕は母さんを守りたかった。だから、今度は君を守ってあげる。これは契約だ。この手を取ってくれたら、僕は君に魔具を作ってあげる」
(……なんだ。もう振り切れてたんだ)
私は身長を元に戻して、ドミニクの手を取った。
「みなさん! わたくしは、アークリガリットの力を借りて、この国を守ります! ここに、精霊祭の願いを届けます!」
リガリット達が私達の願いを聞き入れて、一斉に空へと舞い上がった。キラキラと鱗粉を振り撒いて四方へと飛び去る。
魔力を使い果たしたリガリットは、やがて透明になり消えていった。
歓声が上がると共に、海の輝きも失われていく。
(よかった……生き残れた)
神1: ……ありがとう。
使用人: 本当に世話が焼けますね
うさぎ: お前、正直になった方が人から好かれるぞ
あいちゃん: 愛されちゃったわね?
(ステータスオープン)
――ドミニク・オブロン好感度100%
「ねぇ、どこ見てるの? 早く契約しに行こうよ」
「え? 今から?」
「あ、その前に」
ドミニクは私の首飾りに手をかざして、束縛を解いてくれた。
そして、その首飾りをドミニクは海に放り投げてしまった。
「……よかったの?」
「今の僕はあれよりもっと良い魔具が作れる」
ふふっと王子様のようににっこり笑ったドミニクは、ペグロックを大きくして、私を乗せて飛び始める。
岬の花畑のベンチに私を下ろしたドミニクは、ペグロックに鉄筆を渡した。
「ペグロック、契約書を書いておいて」
「かしこまりました」
うにょっと手足が生えたペグロックは、羊皮紙にスラスラと文字を書いていく。
「しゃ、喋った!?」
(キモ……カワイイ?)
中性的な声のペグロックは、多機能らしい。他にも様々なペグロックが花畑を駆け回っていた。
夜も更けてきたと言うのに、ランタンを持ったペグロックのおかげでここは一際明るい。
ドミニクは、花畑で一際目立っていた白い花を摘み取ると、墓石の前に手向ける。
「僕、もう行くよ。やっと前に進めそうだから」
そう母に伝えたドミニクは、振り返って私を見た。
「アリアって呼んでいい?」
「別にいいけど……」
レイにその呼び名を聞かれたら、ドミニクが裏で折檻されたりしないだろうか?
「何? あぁ、あの執事は執念深そうだよね。何しろ……いや、なんでもない。彼も僕の魔具を受け取れば、文句は言わないよ」
言いかけた言葉が気になるが、ペグロックが契約書を持ってきてくれた。
「血判を押して?」
私は契約書を隅々まで読み込んで、不利な内容はないか確認した。特に問題は無さそうだったので、親指を噛んで血判を押した。
「作ってもらいたい魔具だけど……」
私が魔具の注文をしようとしたら、ドミニクが懐から金色の輪っかを取り出して、その輪っかに契約書が吸い込まれてしまった。
「もしかしてだけど、魔具の専属契約のやり方、知らないとか言わないよね?」
私の反応を見て、ドミニクはジト目になる。
「あー……し、知らないなぁ」
「ま、いいや。まずは大人の姿になって?」
ドミニクは謎の輪っかを手に近付いてくる。
「え、どうして?」
「あのさぁ。もしこの魔具がアリアの成長に合わせて大きくならなかったらどうなると思う?」
あの輪っかが私の腕に装備されて、もしそのまま魔法なんかで大きくなると……かなり鬱血しそう。
「あ、はい」
言われた通りに大人の姿に変身する。
「座ってていいよ」
ドミニクは、おもむろに私の左足を掴んで輪っかを通し始めた。
「ちょっ、ちょちょ!? 装着部位!?」
なぜかレイにキスされたところを思い出して、私は焦る。
「うるさいな。いい? 魔具を見えるところに装着したら、基本的にそこを狙われる。1番外れにくいポイントは、脚元。わかった?」
たしかに、手先足先だと切断された時に魔具が使えなくなる。かと言って首元だと、隠したい時に隠せない。
黙ったところを肯定ととられたのか、ドミニクはそのまま輪っかを脚元に上げ始めた。
「や、やっぱり自分で……」
と言いかけたが、パチンと言う音と共にもう魔具が装着されてしまった。
「はい、できた。ちなみに僕じゃないと外せないし、着けれないから」
何か、大切な物を失った気がする。
「へ、変態……」
せめてもの抵抗で悪態をついてみたが、ドミニクはさらに上手だった。
「僕がそんな貧相な体に欲情するとでも思った?」
(ひ、貧相……?)
私の頭の中にハンスの手紙の文面が思い起こされる。
――可憐にもか弱く貧相であらせられる愛しの殿下へ。
名無し: プッ
神1: どんまい
使用人: そこがまた良いところですよ!
リスナーの慰めはもはや煽りにしか聞こえない。
泣きそうになっていると、レイ達がやってきた。
「アリアちゃーん!! お祭り、行くわよぉ!」