8 衝突
手を引かれてやってきたのは、大きな時計塔の上だった。
「すごい、ここからならどこでも見渡せるね! それにしても、レイの眼を誤魔化せるなんて思わなかった」
レイは私を見つける事においては一流だった。正直、ここまで見つからないとは思ってもみなかった。
「久しぶりの旅行気分かもっ」
「それはよかったね。そのローブは認識阻害がついてるから、多分あの追手の人達もわからないよ」
(認識阻害のローブ!? めっちゃ有能じゃん!)
「こ、これはどこで手に入れたんですか!?」
お忍び旅行アイテムとして是非とも手に入れたいところだった。
「え? ああ……アークリガリットの商品だよ。運が良くて手に入れることができたんだ」
「……そう、でしたか」
こんなに良いアイテムを作ることができる人材を逃してしまったことが悔やまれる。
「どうしたの?」
少年に心配されて、さっきから迷惑をかけていることに気が付いてしまった。
(普通にローブを借りて、ここまで連れて来てもらって、申し訳ないな……)
「いえ、ここまで連れて来ていただいてありがとうございました。あの、お名前を聞いてもいいですか? またお礼に伺います」
よく見ると、深緑の瞳を持った童顔な少年は、ブロンドの髪が風になびいてまるで王子様みたいだった。
「……フッ。馬鹿だなぁ。まだ気が付かないんだ?」
突然雰囲気が豹変した少年……ドミニクはそう言うなり、12個の宝石がついた首飾りを私の肩にかけた。
「えっ? ドミニク……さん?」
「当たり前のこと聞かないでくれる?」
(あ、これは本当にドミニクだ)
さっきの王子様スマイルを返してくれと言いたくなったが、先ほどかけられた首飾りがぐるぐると勝手に首に巻きついてきて、苦しくなってきた。
「ちょ……これ、何?」
首飾りを外そうとしても、びくともしない。
薄暗い笑みを浮かべたドミニクに、助けを求めようと訴えかけるも、全く聞く耳を持っていない。
「大丈夫だよ。本来なら、何も起こらないはずなんだ。あれは、きっと間違いだったから……」
(リスナーコメント!!)
視聴者10/10
神1: ああ……やっぱりこうなっちゃったか
うさぎ: どうしてコメント見なかったんだよ!
使用人: 無限魔力がないと、解決できません……
名無し: そのまま死んじゃえ!
親衛隊: 死なないでください!
あいちゃん: どういうことなの?
るなしぃ: さぁ?
上様: ほぉ。面白くなってきた
トッキー: またあの男が我に泣きついて来そうだな
リア: 大丈夫だよ。自分を信じて
その後も流れ続けるコメントに、私は気が遠くなる。
「時間まで、僕と一緒にいてくれる?」
その言葉が、ドミニクの幻惑に入る前に私が聞いた最後の言葉だった。
♢
サンクタとレイは、いつまで経っても帰ってこないアリアーデを探して走り回っていた。ビビアニは帰ってきた時のために離宮で待機している。
「涙目のアリアちゃん、可愛かったわぁ……」
「盗聴器を仕掛ける前に出歩かれてしまいました……」
2人ともが別々な感想を浮かべながら、それぞれが違う方法でアリアーデを探している。
サンクタは、この街に放ってある諜報員から。
レイは魔眼で魔力の痕跡を探していた。
「ここで着替えていますね。成長の魔法も使っています」
「それじゃあ、情報の更新をするわ」
サンクタは、通信機で諜報員達に新しい情報を話した。
その間にもレイは、アリアーデの行動パターンから出店を一軒ずつ当たる。
そしてレイは、とある装飾店の前で止まった。
「ここで幻惑の魔法が使われています。かなり小規模ですね。これだけだと見間違いぐらいしか起こせないでしょう」
「幻惑? ふぅん……。こっちも情報が上がってきたわ」
そうして2人は、オースレス公爵家所有の時計塔の屋上にやってきた。
「はぁ。その魔眼本当にうざいよね。たしかにこのお姫様が対策したくなるのもわかるよ」
眠っているアリアーデが座っている後ろに、隠れるようにドミニクはいた。
「ドミニク様。どうしてこのようなことを?」
レイは銃を構えながら尋ねる。
「君、得意なのは遠距離狙撃でしょ。その片眼鏡だけじゃ視力、合わせられてないよね?」
「……話を逸らさないでください」
ドミニクの戦闘能力が高くないことは、身のこなしを見てわかっている。だからこそレイは、不得意な近距離銃でも大丈夫だと判断していた。
「僕は今日の精霊祭で、君の主人に魔具を作るか決めるつもりだから、邪魔しないでよ」
「でしたら、姫様を返してください。精霊祭には参加致しますので」
「嫌だよ。それまでに勝手な行動を取られるとデータが取れないでしょ?」
「失礼いたします」
話しても無駄だと思ったレイは、一歩前に出てドミニクの足に発砲した。
この銃の弾は、レイの少ない魔力で作った魔弾だった。この弾を使うと命中率が上がるので、レイはここぞと言う時に使うようにしている。
「あーあ。そうくるんだ?」
しかし、弾はドミニクに当たらなかった。
なぜなら、アリアーデの首飾りから魔法陣がいくつも展開されて、弾を防いでいたからだった。
「それは……!?」
「アルテミスの首飾り。自動迎撃機能付き護身具……魔力消費量が多いから、長引くと君の姫様が死んじゃうよ?」
ドミニクがそう言うと、首飾りは標的をレイに向けて一斉にビームを放った。
レイは当然避けたが、時計塔の外壁に当たり瓦礫が辺りに飛び散った。
「執事くん! 私は環境保護に回るから、彼の相手をよろしくね!?」
サンクタは、瓦礫が下の一般市民に当たらないように結界を張り始める。彼女の魔法スキルは防御一辺倒で、攻撃魔法は使えなかった。
「申し訳ありませんが、ご自身の身はご自身でお守りください」
12個の魔法陣から放たれるビームは、レイを持ってしても余裕がなかった。サンクタにそう伝えると、アリアーデを奪還するために、レイはナイフに持ち替える。
「あはは! ねぇ、君はどれぐらい耐えれるのかな? まだ死なないでね?」
ドミニクは、アリアーデの首に纏わりついている首飾りを優しく撫でた後に静かに囁き、さらなる機能を発動させる。
「ナイトモード」
12個ある宝石のひとつ、ダイアモンドの魔法陣からドミニクは剣を取り出して、ビームを掻い潜ってきたレイと斬り合い始めた。
すると、突然アリアーデの制止の声が聞こえてきた。
2人は固まって、アリアーデを見る。
「この私に練炭自殺させやがって……ごほん。2人とも止めて! 特にレイ。私はこのままドミニクと精霊祭で踊るから」
「姫様! ……かしこまりました」
ナイフを逆手に持ってドミニクに斬りかかっていたレイは、アリアーデの声で即座に跪いた。
♢
またドミニクの幻惑に囚われてしまった。
時間までと言うのは、精霊祭の開始までの事だろうか。
「て言うかここ、どこ……?」
私が立っているのは、洋館のある岬の先端。
花が咲き乱れていた。
ふと、後ろから少年の笑い声が聞こえてくる。
「母さま見てください! 僕が作りました! これで母さまを守ります!」
「あら! すごいわね、ドミニク」
そう言って、ドミニクの母は少年の頭を撫でた。
少年は気持ち良さそうな顔をして、母に首飾りを渡す。
「あれって……」
先ほど見たばかりの首飾りなので、忘れるわけがない。
場面が変わり夕方になった。
岬から海を見ると、たくさんのリガリットが飛んでいた。
「精霊祭……」
祭儀場の真ん中、海上で踊っている巫女が見える。
海水の魔力を吸って青くなったリガリットが、さらに巫女の魔力に触れて赤くなる。
そして、それを近くの小舟で少年が見つめている。
祭も佳境になり、巫女が少年の手を取って海の上を歩いていく。
2人が祈りを捧げる時、赤いリガリットが2人の周りを取り囲んで、それは始まった。
突如巫女が苦しみ始め、光が青いリガリットを貫く。
驚いた大量のリガリットが、空へと逃げていく。
倒れた巫女が、海上に立つ魔力すら失って、少年と共に海に沈んでいった。
私が海に飛び込んで助けに行こうとした時、後ろから声が聞こえてきた。
「ねぇ、どうして? リガリットは敵じゃないのに」
いつのまにか花畑には墓が出来ていて、少年が立ち尽くしていた。
「ドミニク……」
私の声は少年には聞こえていないようだった。
「僕は、僕は……1人はやだよ……」
リガリットは魔物だ。どんなに綺麗で無害でも、その性質は変わらない。
ドミニクは、私にあの首飾りをつけて踊ってほしいの?
同じ結末にしかならないのに。
ただ……岬の上から見ていてわかった事がある。
試す価値はある。
それが、きっと答えになるのかもしれない。
(問題は、私がここからでる方法だけど……)
幻惑の破り方は古今東西変わらない。
死ねば戻る。
(自殺するのやだな……)
そうして私がこの幻惑から逃れるのに2時間ほどかかったのだった。