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7 巫女役

「ねぇ、僕はどうしたらいいと思う?」


 首飾りが飾ってあるトルソーの前で、ドミニクは立ち尽くしていた。


「リガリットが僕の知らないうちにこの家に入ってきたんだ。あのお姫様の味方をして、僕の幻を消しちゃった」


 この屋敷にはリガリットが入れないように、幾重にも対策が施されていた。

 だが、結果的にはどこからか入り込んでいた。

 

 ドミニクの母は、リガリットが好きだった。ドミニクも、母が死ぬあの日まではリガリットが好きだった。

 だから、目の前の首飾りにも小さな蝶があしらってある。


「あの日、僕がこの首飾りを渡さなければ、母さんはまた精霊祭で踊れたのにね」


 ドミニクは首飾りを手に取って握りしめる。


 

 精霊祭の日、リガリットのせいで暴走した魔具が、ドミニクの母の魔力を全て奪い去った。

 魔力欠乏症に陥った母は、そのまま晴れの舞台で息を引き取った。


 ドミニクの目の前で。

 

 よりによって、願い事を伝える場面で……。



「もしかして、彼女なら大丈夫なのかな……?」


 リガリットを呼び寄せた彼女なら。

 解けないはずの幻惑を打ち破った彼女なら。

 母とは違う結末を迎えられるのかもしれない。

 

 そう思ったドミニクは、通信機の電源を入れて話しかける。

 

「アーク、あの能天気なお姫様に巫女役をお願いできる?」


「今からですか!? 厄介ごとばかり押し付けて! 屋敷の修理もあるんですからね!?」


 怒りながらも拒否はしないアークに、クスっと笑ったドミニクは、優しい声で言った。


「屋敷の修理は必要ないよ。僕はもうここへは帰ってこないから」


「は、はぁ!? いきなりすぎますよ! 本当にあなたドミニク様ですか!?」


 アークが騒ぐ中、ドミニクは通信を切って準備を始めた。


「ペグロック」


 呼ばれた正方形には、小さな手足と口がついていた。


「ご主人様、御用を伺います」


「髪を切ってくれないかな?」





 すでに8歳の姿に戻った私は、過保護なくらいの看病を受けていた。


「あのー、レイさん? ご飯くらい1人で食べれるんだけど……」


「何をおっしゃっているんですか? 右手に擦り傷があるじゃないですか」


(いや、擦り傷ぐらいでスプーンが持てなくなるとでも?)


 とても楽しそうなレイと違って、私はただ口を開けて餌を待つ雛鳥の気分だった。


「ビビもなんとか……ビビ?」


「悔しくなんてありません! 私は飲み物担当です!」


 ビビアニは飲み物担当らしいです。

 私の味方はどこへいった?


親衛隊: 羨ましい……

うさぎ: どんまい

あいちゃん: こう言う時くらいたくさん甘えなくちゃ!


「……それでアークさん、どうされましたか?」


「この状況の中で僕に振るんですか……? お食事を終えられてからでもいいんですが」


 こんな調子では食事なんていつ終わるかわからない。と言うより、助けてくれ。


「話してください」


「はぁ……。今回の精霊祭の巫女……つまり、海上でやる儀式の主役をしてほしいのですが……」


「構いませんよ」


 私は即答した。


「え!?」


「レイ、ご飯終了。準備して」


「かしこまりました。アーク様、支度をしますので客室でお待ちください」


 ようやく打ち合わせと言う用事が出来たので、ここから解放される。姉にはまだ私が回復していないと伝えてあるので、巫女役の練習も併せてさらに時間稼ぎができた。

 

 ありがとうアーク。なぜか驚いているけど。


「わ、わかりました……」



 それからは、ビビアニを通して姉へ連絡を入れて、私は客室に移動してアークと対面した。


「それで、アークさん。私は何をすればいいんですか?」


「知らずに引き受けたんですか……。こちらとしては助かりますが、ひとまず精霊祭のおさらいからしますね」


 そう言ってアークが語り出したのは、昔話だった。


――遥か遠い昔、アインバークが観光地になるもっと前の神話のお話。


 要約すると、国に追われた巫女が、漁村に住む青年と恋に落ちた。2人は追手から追いかけられて、この浜辺へと辿り着く。そこには無数の精霊が飛んでいた。ちょうど追手が追いついてきた時、巫女が青年を誘って水面に立ち、持っていた錫杖で結界を作り出した。

 すると、リガリットは色が変わり、2人をこことは違う遠いところへと運んだのだった。そして、遥か遠い地にて2人は結ばれた。


「本当は、精霊ではなくて魔物のリガリットだったんですが、観光地化する際に内容を変更したんです」


「なるほど。じゃあ、私がするのは水面に立って結界を作るところですね?」


 それなら簡単そうだった。魔法で水面に立つことは3歳の時にやったことがある。……だってかっこいいじゃん?


「いえ、結界を張る代わりに……海上でのダンスが売りなんですよ。振り付けもあるので覚えていただかないといけません」


「え……?」


(精霊祭まであと何日だっけ……)

 

 固まる私に、無常にもアークは宣告する。


「祭まであと2日です。頑張ってくださいね!」


名無し: 頑張ってくださいね!(笑

うさぎ: あーあ。

使用人: 応援しています!

親衛隊: え、生で見たかった……


「……早く振付師を呼んでください!!」


 こうなった以上やるしかない。全身全霊の舞を見せてやろうじゃない!



 2日後。


「姫様、起きて下さい。姉君がいらっしゃっています」


 徹夜で体に舞を叩き込んだせいで、眠くて起き上がれない。レイが私の体をゆさゆさと揺らしているが、精霊祭の演目は夕方からだ。まだ寝る時間はある。


「嫌だ……海水浴したくない……」


「アリアちゃぁーん! もう遠くから双眼鏡で眺めるのは嫌よぉ」


 バァン!と扉を開けて騒がしい姉が侵入してきた。何やら不審な物言いをしているが、問いただす気力もない。


「申し訳ございません。姫様は眠ってしまいました」


(ナイス、レイ! そのまま追い出して!)


 私は寝たふりを強行することにした。

 

「あらぁ……じゃあ、寝顔でも眺めようかしら?」


「申し訳ございません。それは私の特権であり、たとえ皇帝陛下であろうとも犯すことのできない不可侵領域です」


 ささっとレイが私を隠すように動く気配を感じる。


「少しくらい分けてくれてもいいんじゃないのぉ? この前アリアちゃんの1歳の時の写真をあげたじゃない?」


「その賄賂はもう消費期限が過ぎております」


(何言ってんの?)


「えぇ〜じゃあ、初めてのおねしょ写真はどお?」


 レイが動揺したのを私は見逃さなかった。


「異議あり!! レイも迷わない! 断って!」


 私は覚醒した。そりゃもうバッキバキに目が見開いている。これ以上ない目覚めだった。


(何!? おねしょ写真って。私あの時こっそり布団ごと焼却処分したよね!?)


「うふふ。嘘よ? 本当におねしょしたのね?」


 ハメられた事に気付いて、私の顔が赤くなる。いたたまれなくなって、私は2人を押し退けて走り出した。


「……探さないで!!」


(知らないよ! 私だって朝起きたらびっくりしたんだもん!)


 5歳の時の話なんて思い出すんじゃなかった。

 

 途中、ビビアニが私を追いかけて来たが、私は身体強化魔法をこれでもかと自分にかけて振り切った。


 

 森を抜け、水面を走り、たどり着いたのは水上都市だった。

 そういえばここに来てから1回も都市に立ち入ってないことに気付いて、せっかくなので16歳の私に変装して観光することにした。


 パチンと指を鳴らして服を着替える。

 この際だからリスナーコメントも見るのを封印しよう。

 こんな綺麗な観光地でうるさいリスナーコメントがあったら無粋すぎる。


「うわぁ、綺麗!」


 街にはたくさんの出店が並んでいて、精霊である蝶をモチーフにしたブローチなどが飾られていた。

 キラキラと輝く蝶の髪飾りを見ていたら、隣から手が伸びて、髪飾りを買われてしまった。


 

 仕方がないので次のお店を見ようかと足を進めた時、聞いたことのある声に引き留められた。


「お嬢さん。これ、あげるよ」


「え?……いいんですか?」


 フードを被ったミディアムボブの少年だったが、誰だったか思い出せない。


「うん。欲しそうに見てたから」


 そう言って、少年は私の髪に蝶の飾りをつけてくれた。


「ありがとう! 実はお金を持ってくるのを忘れてて……」


 何も持たずに走り出したせいで、ただの冷やかし客になっていた。


「あはは。どうして1人なの?」


「ちょっと喧嘩してて出てきたんだけど……あ、やばい」


 追って来たレイ達の姿がチラッと視界に映った。


「ああ、これを被って。見つからないところに案内してあげるよ」


 そう言って少年は、着ていたローブを私に被せてくれて、手を引いて走り出した。

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