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3 暗殺者

 暗殺を終えて帰ろうとしたら、どうしてか姫様がいた。

 姫様の魂は、魔眼で見ると純白の綺麗な魂だ。だから近くにいれば魔法で姿を隠そうが、どこからでも見つけられる。


 きちんと盗聴で寝室にいることは確認したはずなのに、ここに居るのはやはり神託と言う能力のせいだろうか?


「どうして姫様がここにいるんですか?」


「……レイ、どういうつもり?」


 それはこちらの台詞だ。姫様の周りは危険が多い。

 特に第八席に就いてからは暗殺や誘拐監禁、陥れようと計画する輩が多くなった。

 その度に手段を問わず口を封じてきたが、今回は人物が人物なだけにかなり気を遣って暗殺した。


「困りますね。私が暗殺をしていることを教えてもらったんですか?」


「えっ、まじか。だとしたら今は暗殺帰りってこと? ……ワザップじゃん」


 あまりにも普段通りの姫様の姿に緊張が解けた。

 時々姫様はよくわからないことを言う。感情もそうだが、理解したくて毎日姫様の言葉を書き留めているのに未だ全ての用語が理解できていない。

 

 ナイフを仕舞おうと、燕尾服の裾をめくろうとして気付く。


「あ」


 姫様は振り返ると目を見開いて固まった。


「レイ……怪我してる? と言うかなんで女装してるの……?」

 

 伯爵に近付くためにメイド服を着ていたのを忘れていた。


「これは返り血です」


 ロングスカートをたくし上げて太腿のベルトにナイフを仕舞う。


「ちょっ!? 目の毒だよ……!」


 姫様は両目を手で隠しているように見えて、隙間からしっかりとこちらを見ている。

 

「お見苦しいところをお見せして申し訳ありません」


「そう言うわけじゃないんだけど……」


「ここでの立ち話はやめましょう。着いてきてください」


 大人しく後ろを着いてくる姫様はとてもかわいい。

 姫様が6歳の時に出会ってから、私は全てを姫様に捧げてきた。それがレガリウスの元暗殺者一族、クレバンス家の仕事に対する姿勢であり、奉仕精神はまず最初に叩き込まれる。

 

 実力至上主義のクレバンス家では、魔眼を持って産まれたにも関わらず、魔法が十全に使えない私のような出来損ないは虐げられる。

 

 私にただ一つ期待されているのは、姫様に害をなす人間を密かに殺める事。

 最初は人を殺すたびに、私の中の清らかな部分が犯されるのを感じていたが、姫様の完璧で美しい魂を綺麗なまま保つ事ができるのなら、その感覚ですら心地良いと思っていた。

 

 それなのに、姫様に暗殺を知られてしまった。

 失望しただろうか?

 

 他人の血で汚れきってしまったこの両手で奉仕することを、姫様は認めて下さるのだろうか……?





 私はレイと林に入っていき、静かに歩いていた。


(今までレイと2年間一緒に過ごしてきたけど、ずっとレイが隠してきた事をリスナーのせいで暴いた形になるのかな)


神1: ワザップで草

あいちゃん: なにもなくてよかったわぁ〜

親衛隊: メイド服似合ってますね! 憎い!


(と言うか、なんでリスナーは日本のネットスラング知ってるわけ?)


 リスナーの素性がわからない。

 全員が神様なのか、それとも……。



 月光が差し込む湖のそばで、突然ぴたりと足が止まった。

 

 レイは振り返って私を見つめる。


「……姫様は、私を解雇なさいますか?」


 感情を押し殺した低い声で尋ねてきた。月明かりを背に、レイの長い白銀の髪は青味をさらに増して、キラキラと光っているように見える。そして不釣り合いな血塗れのメイド服と相まって、幻想的ですらある。

 


(ああ、選択肢を間違えるとここで死ぬやつだ。だけど……)


 私はレイを真っ直ぐにとらえて、言った。

 

「正直に言うと、解雇したくなくなった。……けど暗殺は辞めてほしいな」


 レイの表情は俯いていて見えない。絞り出すようにレイが言葉を紡ぐ。


「それは……私の暗殺技術が未熟だからですか?」


「そうじゃなくって……」


 子犬のようにしおらしくなっているレイに、私は主人としてハッキリ言う。

 

「人を殺すのは駄目だよ。私の従者である限りは、勝手な行動は控えて。……どちらかと言うと、その……空いてる時間に私に暗殺技術を教えて欲しいんだけど……」


(私の背後を取った技とか気になるし……)

 

 暗殺を辞めてと言った手前、気まずいのでレイから目を逸らす。

 

 今の私には強さが必要だ。魔法だけじゃない、武力が。


うさぎ: なるほど、そうきたか

名無し: ふーん……

 

 レイが裏で暗殺していることを、今までリスナーは教えてくれなかった。わざわざ嘘をついてまで、私をここに来させた理由は……?


 

(ステータスオープン)


――レイ・クレバンス好感度150%


 私は上がっている好感度に目を引かれて油断した。

……月光に照らされたレイの表情は恍惚としていて、血のついた顔の口元が大きく歪んでいたから。


「ひっ」


 一歩後退りすると、小石に躓いて尻餅をついた。そんな私の気も知らずに、レイは私に近付いてくる。


 普段通り、胸に手を当てて私にお辞儀したレイは、そのまま自然な動作でしゃがみ、私の靴を脱がして足の甲にキスをした。

 

「……ありがとうございます。これでまだ姫様に仕えることが出来そうです」


 首を傾げて穏やかに微笑んだレイは、先ほどの狂気にも似た笑顔が見間違いかと思うほど、優しかった。





「えっと……お風呂はさすがに一人で入れるからね?」


 アリアーデ宮に帰ってきた私とレイは、お風呂場の前で言い合っていた。


「いえいえ、ご遠慮なさらず」


「ビビを起こすのは嫌だけど、だからってレイに頼むわけないじゃん」


 好感度が上がったせいか、レイが更におかしくなった。


「……どうしてですか?」


「どうしてって……本気で言ってる?」


「はい!」


「はい!じゃないが? と言うか、レイもお風呂入って来なよ」


 一緒に帰ってきたはずなのにいつのまにか燕尾服に着替えていたレイだったが、頬についている血痕は指摘した方がいいのだろうか?


「……血に塗れた私の体では、姫様に触る事すら叶わないのですか……」


「重いから! ……暗殺の経緯も知りたいけど、今何時だと思ってるの?これは命令だからね! さっさとお風呂に入ってくること! シッシ!」


 しょんぼりとしたレイを見送った後、私は脱衣所に入る。


(疲れた……)


 着替える前にリスナーコメントを開く。


親衛隊: 変態です!

使用人: これが見れただけで私は満足です

あいちゃん: 愛を感じるわ!

神1: 僕たち何を見せられてるの?


「一旦お風呂に入るから、30分後にまた来てね」


 リスナーが0人になったのを確認して、一人でお風呂に入る。


 結局、今夜はレイの好感度が上がっただけだった。

 リスナー達の目的は、私がこのゲームから逃げないように監視する事と、好感度を上げるように仕向けることなのだろうか。


 考えれば考えるほどリスナー達が害なのでは、と思えてくる。

 リスナーコメントをどこまで利用するか真面目に検討しないと、いつかわたしはハメられてしまうかもしれない。

 ……嘘は嘘であると見抜ける人でないと難しい、ってね。


「あーもう、わけわかんないよ!」


 バシャバシャとお湯を叩いて一通り暴れると、お風呂から上がった。脱衣所から出ると、小綺麗になったレイが待機していた。


「どうぞ」


「……ありがと」


 私はレイから白湯を受け取って、近くのテラスに腰掛ける。

 

「ねぇ、私がレイを解雇するって言ったら、私を殺す気だったでしょ?」


「……どのみち、姫様は殺されていました」


 ぷいっと視線を逸らしたレイに、私は苛立った。


「誰に? 私だってそこらの雑魚にはやられないけど? 今の私でもレイと本気で殺りあえば互角には持っていけるよ」


 少し盛ってしまった。私より8歳年上のレイは魔眼持ち。多分戦えば死ぬのは私の方だと思う。今はね。


「ハンス様には誰も勝てません」


(……そう言うことか)


 腹立たしい気持ちも、その名前を聞いた途端萎んでいった。


 レイの言いたいことはよくわかる。ハンスは気に入った人間の教鞭を執ろうとする。そして例外なくその教え子たちは非業の死を遂げている。

 今日、私がハンスに目をつけられたことを、レイはその目で確認しているし、レイはハンスに目をつけられた者の末路を良く知っているからそう言うんだろうけど。


「勝手に諦めないでよ。まだ実力は私の方が劣るけど、絶っ対に負けるつもりはないから。……だから、レイの戦闘技術を全て私に教えて?」


 私はすっと立ち上がって、レイに手を伸ばした。


(ハンスには絶対勝つ。攻略対象者達に負けてなるものか。むしろ、利用してやるんだから!)


 強くなるためには手段は選ばない。恐らくレイが攻略対象者の中で1番御しやすい性格で、協力もしてくれる。


 レイはじっと私の手を見つめて、そしてーー

 

「わかりました。死ぬ時は一緒ですよ?」


 悲しそうに眉を顰めたレイは、私と同じ目線になるために膝をついて手を握った。


「ちょっと! 死ぬ気はないからね!?」


「それはわかっています」


 小さな子供の愚行を見るような目で優しく見つめてくるレイに、私が怒ってその場を立ち去ろうとした時。私に聞こえないほどの小さな声で、レイが何かを呟いた。

 


「……ですがハンス様の魔力量は、もう人の領域を超えてしまっています」




 

 とある天界の神殿にて。


 長身のシルエットの男が円形のテーブルに座っていた。


「さて、みなさんにはこちらの資料をお渡ししておきます」


 ここには6人の色の違う魂と、5柱の神が一堂に会していた。6人の魂はそれぞれが人の形を取ろうとしていたが、長身の男を除いてはまだ魂の状態に慣れておらずに形を取れないでいた。


「同意はしたけどさ、何? このリスナーコメントって。こんなので本当にアリアの行動を変えられるわけ?」


「もちろんですよ。約束通り、時間の流れが同期した時に条件を満たせば、きちんとあなた方の魂は現世の魂と統合されます。その時点で彼女が誰を愛しているかはあなた方の頑張り次第ですから、精々努力してください」


 長身の男は足を組んだまま、深緑の魂に微笑みかける。それでも、深緑の魂の持ち主は疑問だった。


「アンタにメリットはないと思うけど?」

 

「私は証明したいのですよ。あなた達がどれほど足掻いても無意味だと言うことを。彼女は必ず私を選ぶ」


「ハッ。その余裕、いつまで保てるか見ものだな」


 手を形成し始めていた紺碧の魂が、笑い飛ばす。


「……異世界の用語集……ですか。なぜこんな物を用意できたんですか?」


 2番目に人型を形成出来た色混じりの魂は、入念に資料を読み込んでいる。


「それは秘密です」


 長身の男は、しーっと人差し指を口に添えた。

  

「面白い企画だよね! 天界でも退屈してたから、こう言うの歓迎だよ! やっぱ人間は考えることが違うね?」


 転生の神は立ち上がって大きく手を広げた。


「対価は貰った。我も参加させてもらう」

「うふふ、こういう愛がある話って素敵ね?」

「面倒だけど、付き合ってあげる」

 

 他の神々も資料に目を通して、それぞれ楽しそうに揺れている。

 

「あ、ルールはきちんと守ってもらうからね? もし守らなかったら、魂は天界に囚われたまま〜! 君達の現世での魂も奪っちゃうから、気をつけるんだよ〜!」


 転生の神はそう言って、時の神と一緒に過去に介入し始めた。


「あなたは……いつまでそうしているおつもりですか?」


 1人だけ、形を取らずに動かない紫紺の魂がいた。


「僕は、もう満足してたのに……! 何のつもりだよ。こんなやり直しに意味があると思ってんの?」


「彼女と心中出来た気でいたのなら、残念でしたね。嫌なら帰っても構いませんよ?」


 紫紺の魂は怒りで震えると、すぐに人型の形を作って宣言した。


「……ああそう? そこまで言うなら、僕がアリアをお前の目の前で壊してやる。無限魔力なんて馬鹿げた能力がない今回なら、もう僕を止めれる奴はいないよ?」


「ククク……出来るといいですねぇ。奇遇にも、私も同じ事を思っていたんですよ。彼女はどうしたら壊れるのでしょうか? 物理的な強さだけではない、あの美しく高潔な魂を最後まで曇らせなかった彼女を、どうしたら私の色に染める事ができるのか……」


「……は? お前何言って……?」


 愉快そうに笑って自分の世界に入った長身の男は、もう人の話は聞いていない。



「ああ……楽しみです。これが愛と言うものですか? リア……」


ここまでお読みいただきありがとうございます。

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