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1 転生

 血の雨が降っている。

それは私の灰色の髪を鮮やかに染めて、真紅の瞳と同じになる。


 両手に持ったナイフには、好きだった人、あるいは愛していた人の温もりが残っていた。


「どうして……? どうして私を殺してくれなかったの?」


 返事はない。

 1人は笑って、1人は泣いて、1人は怒って、1人は穏やかに、そして最後の1人は愛おしそうな目をこちらに向けて死んでいった。


 私の首から魔具が外れる音がした。

 私の瞳から金色が消えた。

 うるさい声はもう聞こえない。

 彼との魂の繋がりはもう、感じられない。


「強さなんて、必要なかった」


 つぶやいた言葉さえも冷たい雨が洗い流していく。

 鉄の匂いも、色も、思い出も、感情も、全部、全部。


(願わくば、彼らの心が癒されんことを)


 私はいつの間にか、手に持ったナイフを首に突き立てていた。

 


――そうして私のアリアーデとしての人生は、ここで終わった。





「あ、莉愛ちゃん気がついた? 僕は転生を司る神だよ! いやぁ、君ってば色んな人に愛されてたんだねぇ」


 目の前にいる、およそ人間とは思えないほどの白い輪郭と消え入りそうな足元を見る限り、この人型の神は本物だろう。

 私の体を見てみると、少し透けている。


「私、死んだんだ……まだプロゲーマーになって1年も経ってないのに」


 私の名前は柳瀬莉愛[やなせりあ]。プロゲーマー兼ストリーマーだった私は、ゲームのプレイ中、火事に気付かず死んでしまった。

 

(配信中だったからきっと放送事故になってるだろうな……)

 

「まぁまぁ、そんなに悲しまないでよ。君には転生にあたってプレゼントを用意したんだよ? ……あ、ちょっと待って……あぁ、それいいね!」


 転生の神は誰かと話しているように、一人で頷いたり首を振ったりしている。


「ごめんね。プレゼントの内容は君に決めてもらおうと思ってたけど、君を愛する人から今さっき要望があってね? こっちで決めさせてもらったよ」


「え、その人誰ですか? ……怖いんですけど」


 両親は毒親だったし、弟は私の事を憎んでたから、愛されていたなんてありえない。

 ストリーマー時代でも粘着してくる人はいたけど、さすがに死んでからもその人達に愛されているとは考えたくもない。


「うーん、僕が目をつけられちゃうから教えられないや。今だってすごい視線を感じるし……。僕、一応神なんだけどなぁ」


 神々しかった転生の神もどことなく萎縮している。


「それなら別に転生しなくてもいいんですけど……」


 誰かの思惑に引っ掛かるくらいなら、転生しなくてもいい。


「えっ!? それは困る!! あ、あそこ見て!?」

 

 指を指された方を見ても、何もない白い空間が広がっていた。


「それじゃ、いってらっしゃーい!」


 なんて下手な意識の逸らし方だろう……。と思った瞬間にはもう私の意識は暗闇へと落ちていった。





 チチチチと鳥の鳴く声が聞こえる。

 ベランダから差し込む光が少し眩しい。


 私がこの世界にアリアーデとして転生して8年が経った。プロゲーマーとして活躍していた前世が遠い昔のように感じる。

 

「姫様、おはようございます」


「レイ、おはよう」


 ネグリジェを着た私は、ベッドサイドへ腰を掛けて、レイから暖かい濡れタオルを受け取り顔を拭く。

 爽やかな香りがするのは、きっと柑橘類でタオルを香り付けしているからだろう。


 この白銀の長髪を束ねた麗しい執事、レイ・クレバンスと言う男は、R18禁乙女ゲームに出てくる攻略対象者の一人だ。


(ステータスオープン)


ーーレイ・クレバンス好感度:50%


 好感度が200%になったら、私はこの男に殺されてしまう。

 「温室のハイドランジア」という乙女ゲームは、5人の攻略対象者全員がヤンデレの乙女ゲームだった。

 特徴的なのは、殺されるか既成事実を作られるバッドエンドと、メリバエンドしかないゲームだと言うこと。

 

 私はこのゲームを18歳の誕生日記念配信で配信する予定だったのに、その前に死んでしまったから、各キャラの姿絵と概要しか知らない。

 だが転生してしまった以上、私はこの数多の死亡フラグがあるゲームを攻略しないといけない。でないと、死んでしまうのだから。


「神様の神託を受けるから、外で待ってて」


「かしこまりました」


 顔を拭いたタオルをレイに返して、ドレッサーの前に移動する。

 レイが外に出るのを確認してから、心の中で「リスナーコメント」と呟くと、馴染みのあるコメント欄が現れた。


視聴者11/11

神様だよ!: アリアーデちゃんおはよ! 今日も可愛いね!

あいちゃん: やっぱり毎日現世が見れるのはいいわね〜。もっと人とお話ししてほしいわぁ。

神様だよ!: ちょっと、ここはそう言う感想を書く場じゃないからね? 僕たちはアリアーデちゃんの視聴者なんだから、応援とか、サポートをしなきゃ!


 思わず半目になった私はそっとリスナーコメントを閉じる。

 すると、視界の端でアイコンが光って、新着コメントがあることを知らせてくれた。


(自治厨の神がいるコメント欄とか嫌なんだけど……)



 私の視界がリスナーに共有されているせいで、私のプライベートはなくなっている。

 いくら配信好きな私でもお風呂では目のやり場に困るし、もしこの能力を私に渡したヤツに出会えたら、1発殴ってやりたい。


「ねぇ、この能力を消す方法ってないの?」


神様だよ!: そんなぁ! 僕達のありがたい助言が出来なくなっちゃうよ!?

るなしぃ: せっかく付与したのに気に入らないの?

神1: ほら言ったじゃん、アリアはこんな能力喜ばないって


「助言……ね」


 たしかに、私はクランツェフト帝国の第二皇女であり、この前リスナー達が干ばつの予兆を教えてくれたおかげで、まだ8歳にもかかわらず皇帝からこの国の上位8名しか参加できない晩餐会に招待された。


「別に私は王位を狙っているわけじゃないし、聖女だのなんだの持ち上げられるより冒険者になりたいんだけど?」


 天災で民衆が苦しむのは放っておけないから今回は口出ししただけであって、この世界が魔法の使える世界なら私が最強になって俺tueeeしたいに決まってる。

 恋愛にも興味がないから、さっさと攻略対象者達の好感度を下げて自由になりたい。

 


神様だよ!: じゃ、僕はだ〜れだ? 分かるはずないよね! 結構自信あるもん!


「……神様だよ!さんは転生の神様でしょ? わかりやすすぎてクイズにもならないよ」


神様だよ!: エッ!? 僕ってわかりやす【アカウントが永久凍結されました】

名無し: あははは!神って意外と馬鹿だよね!

あいちゃん: 彼は私が慰めておいてあげるわ

神1: 草


 自治厨が一人消えた。

 視聴者数も、10/10に変わっている。


「えっ、垢BAN機能あるんだ……」


(と言うことは、全員を特定していけばこの能力から解放されるってこと?)


名無し: 気に入らない奴がいたら排除できるから、どんどんその調子で消していこうよ!

使用人: 消さないでくださいね?

うさぎ: うわ、これって名前変えれないんだよな?

神1: 変えれるわけないじゃん


「ふーん? ひとまず私のお風呂を覗いてる人から積極的に消してくから、覚悟してね」


あいちゃん: 女神もだめなのかしら?

親衛隊: 女性なら良いと思っていました……

神1: わかってないなぁ、プライベートは重要だよ?

使用人: あなた、見てたでしょう?

神1: はぁ?


「私からだと見てる人数しかわからないから。性別も偽ってる可能性があるし、ダメなものはダメ」


 言いたいことも言い終わったので、そばに置いてあるベルを鳴らしてレイを呼ぶ。


「ビビは宮中晩餐会の準備で忙しいの?」


「はい。朝から駆り出されております」


 レイは手慣れた様子で私の髪を梳かしていく。

 

 私は鏡に映るレイの片眼鏡の奥にある、金色の魔眼を眺めた。

 彼は代々優秀な執事を輩出するクレバンス伯爵家の息子であり、その中でも唯一片眼だけ、レガリウスの魔眼を受け継いでいる。


「魔眼の攻略法か……」


「片目を閉じましょうか?」


 レイはウインクするように片目を閉じて作業をし始めた。


「そうじゃないんだよねぇ……」


 彼が持つ魔眼は、普通の人間には不可視な魔力や魔法構築式を見ることができる。

 なので主戦力が魔法の私は、この魔眼に対して不利を強いられる。


 リスナーコメントの助言を流し見ながら対処法を考えていると、ヘアアレンジが済んだ。

 私はパチンと指を鳴らして魔法で普段着に着替える。

 

 レイが寝室の扉を開けて、私は執務室のいつもの椅子に座った。

 

「レイ、今日の晩餐会の参加者リスト」


「どうぞ」


 まるで私がリストを欲しがるとわかっていたかのように、既に用意されている。

 私はさらっとリストに目を通してレイに返した。


「……今日の新聞」


「どうぞ」


「……今日の私の体温は?」


「36.7℃でございます」


 ふぅ、と呼吸を整える。

 この執事は異常だ。前世での彼のあだ名は体調管理アプリ。本当にその名の通りで、何でも私の事を知っている。アプリと言うよりは、もうスマホ本体なのでは?とすら思えてくる。

 


「レイって私のパンツ持ってたりする?」


「……何を仰っているのですか?」


(だよねー! よかった、持ってなくて!)


 ニコっと笑った私は、胸を撫で下ろして新聞に目を通す。

 大きな見出しのコラムが私の目に飛び込んできた。


 

"聖女爆誕! 天才美少女アリアちゃん!"

 


 せっかく取り繕った笑顔もまた半開きの目に戻る。

 

(見出しが最悪。このコラム書いた人誰?)


 下の方にペンネームs.kと書かれた文字を見て、ため息が出た。

 サンクタ・クランツェフト。私の姉だ。


「頭が痛い」


「どうぞ」


 間を空けずにレイが渡してきたのは鎮痛剤と水。

 なぜか少しイラッとして、私はレイを無視して新聞を読み進めた。

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