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[ 185 ] 店長の苦難

「あれ? 店開いてないですね……」

「本当だ……どうしたんでしょうか、今日からOPENと言っていたような」


 この街で一番歴史ある店長の店は、ボスハルトスコルピオンの攻撃ではなくアルノマール市長の超火球により跡形もなく無くなった。市からは被害金としていくらか支払われ、店も速攻で立て直された。


「お店も新築して、家具や機材も廃業した店から譲ってもらって、店としてはOPENできるとグイーダさんから聞いてたけど……」

「完全に電気が消えてますわね」


 コンコン。微かに店の中から魔力を感じるから、ドアをノックしてみた。


「店長、ロイエです。大丈夫ですか?」


 ガタンと店の中から音が消えたと思ったら、カチャっとゆっくり扉が開いて、料理の良い匂いと共にゲッソリとした顔の店長が顔出した。


「ロイエ……か、すまねぇ。俺には出せる料理がない。帰ってくれ……」

「え? ど、どうしたんですか? 良い匂いがしてるじゃないですか。店も綺麗になってよかったですぶへっ!」


 ものすごい勢いで殴られた。


「バカか! ちっともよくねぇよ! ふざけんなよ!」

「?!?!」

「新築がなんだ! うちのウリだった伝統が完全に無くなっちまったんだぞ!」


 確かに……。新築になったことで、この街で最古の店というウリ文句は使えなくなってしまった。それについては、誰よりも店長が一番ショックを受けている部分だろう。


「でも、店長の腕があれば、ほらいい匂いじゃないですか」

「……じゃあ、ちょっと入れ」


 怒り心頭の店長に店の中へ案内された。厨房にはいい匂いが充満しており、先ほどまで料理を作っていた様子が伺える。


「これ食ってみろ」


 出されたのは、この店に最初に来た時に出されたデザントプレート。見た目も匂いも同じで、何も変わったところはないけど。


 ロゼと顔を見合わせて、出された料理を一口食べてみる。濃厚でいて少し甘いソースがかかったハンバーグはとてもおいしかった。


「うん! いつもと同じ味でおいしグヘっ!」


 右ストレートが飛んできた。


「同じ味だと? どこがだよ! クソォ……。オヤジの秘伝のソースがあれば……」


 どうやら話を聞くと、最初のピヨの避難勧告で秘伝のソースを持ち出したらしいのだが、その後のアルノマールの超爆発により吹き飛ばされて壺ごと割れたらしい。


「店長さん。前の味より少し甘くなりました?」

「ああ、さすがフリーレン商会のお嬢ちゃんだな。舌が肥えてる。そうなんだ、どうしても亡くなったオヤジのソースより、甘くなっちまうんだ……」


 確かに言われてみると、甘い気がする。でもどっかで食べたことのある味だな。

 この世界ではなく前世で……。


「このソースは俺のハンバーグには合わねぇみたいだ。店を守れなかったから嫌われちまったのさ。オヤジにな」


 何度もソースを口へ運んでたロゼが、思い出したかのように手を叩いた。


「あ! 思い出しましたわ。この味は、ナッシュのたこ焼き屋の味に凄く合う気がします」

「あー」


 どこか食べたことあると思ったら、これおたふくソースだ。ナッシュでは中濃ソースは出来たがうまいこと味を伝えられなくて、おたふくソースは作れなかった。


「たこ……なんだって?」

「たこやきです」

「ナッシュで人気の料理なんですけど、店長さんのソースがすごく合うと思うんです」

「ほぉ、そんなにか?」

「ええ、フリーレン商会で仕入れたいほどの味ですわ」

「ほほぉ……。そこまで言われちまったら、一度食ってみるか」


 店長のソースにある料理があると聞いて、俄然やる気が出たみたいだ。ドアを開けたときの生気のない顔が嘘だったように生き生きとしてきた。


「あれ? ロゼはたこ焼きをいつ食べたの?」

「ロイエさんがフォレストを出た後、私の担当していた業務を母へ引き継いでもらうために一度ナッシュへ戻ったんです。その時、私の魔石屋の近くに店が出ていたので」


 なるほど。店を出す前にナッシュを飛び出してしまったが、そんな早い段階でもう商売を始めていたのか。さすがナルリッチさんだ動きが速い。


「なぁ、そのたこ焼きとやらのレシピとか持ってるか?」

「いえ、ナッシュのナルリッチさんのやっているお店の料理なのでレシピは……」

「そうか……。お前ら明日にはここを立つって言ってたよな?」

「ええ、フォレスト経由でヘクセライへ向かおうかなと」

「途中まで俺も連れていってくれないか?」

「え……」


 ここからフォレストまで馬車で三日程度の距離だが、途中モンスターが出る可能性があって、荷物の輸送でも冒険者の雇用は推奨されている程度には、危険な道だ。


「一緒に……ですか?」

「ああ、正直この味で常連に飯を提供するのは、俺のプライドもそうだが。この店の歴代の店長達に合わす顔がねぇ。ナッシュで修行すれば何か掴めるかもしれねぇんだ。頼む!」

「わたくしは問題ありませんが……」


 僕に別に問題はないけど、店長は我が強い部分があるから四六時中一緒にいると疲れそうだなというのが、正直は気持ちだった。


「俺がいれば毎晩飯の支度はやるぞ!うまい飯が道中も食えるぞ!」

「お願いします!」


 ガシッと店長の手を取った。正直移動中の食糧の管理や調理などは、とてもめんどくさい。店長に丸投げできるならこれほど楽なことはない。ピヨの料理もついでに作ってもらおう。


「今日は俺のおごりだ! 好きなもん頼んでくれ!」


 店長と一緒にフォレストまで同行する約束をしてしまったが、彼がナッシュで活躍してたこ焼きがさらにおいしくなるなら僕も嬉しいし、店の立ち上げを見ないままナッシュを出てしまったナルリッチさんにもいい話が持っていけそうで、お互い利点がある。


 ナッシュの今後を思うと少し心が温かくなった気がして、料理がさらにおいしく感じた。

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