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私小説② 猿害

作者: Mikic

母親を4年前に失って以降、年末年始やクリスマスといった行事物を辛く感じる。

父親と弟夫婦はどこで何をやっているのかわからない。

しかも、私の職場は割と「固い」職場でコロナが蔓延しているご時世での飲み会は自粛を強く求められていた。


しかし、今年は違う。「行動制限がない」のだ。

この言葉を待っていた。

まさに野に放たれた猿のごとく、飲み会に繰り出すことができる。


ただ、35歳を迎える私は、若者が集まる、いわゆる「せんべろ」での飲み会に行く訳にもいかず、いきなり合コンのような機会に恵まれるはずもない。


何か機会がないものか。

そんな中、最寄駅付近のビール専門バーのチラシに目をつけていた。

12月の初旬、ビールの飲み比べ会をすること、参加者の年齢は不問となっている。


「今年こそ年末年始は誰かと楽しく過ごす」そんな思いを胸にビールの飲み比べ会に参加した。


この飲み比べ会はコロナ禍で職場の飲み会はなかったため、私にとって2年ぶりの戦場となる。


飲み会で服装は必ずチェックされるだろう。35歳の私が着ていく服としてベストな選択は何か。

セットアップか。いやフォーマルすぎる。

ならばアウトドアスタイルにしたらどうか。

パタゴニアというメーカーはオシャレだと前に職場の庶務係たちが話していたことがある。

パタゴニアだ、間違いない。

パタゴニアにしよう。


こうしてまだ着慣れていないためにカチコチに固まった新品ゴリゴリのパタゴニアパーカーで、「今年の年末年始こそ」と固い決意を胸にビールの飲み比べ会に参加したのであった。


出席した際、まずはリーダー格の男性に声をかけられた。

年齢は32歳。私より年下だ。聞けば、本日の飲み比べ会の参加者は20〜30歳とのことでリーダー格が最も年齢が高い。

この時、32歳の男は私の目をじっと見つめ、「おいくつですか?」と聞いてきた。


猿が威嚇行動に移る前の準備行動かもしれないと身を固めた。

最近はジビエ料理にはまっており、外来生物の効率的な駆除の本を好んで読んでいる。

その本には「街中にいる猿は敵か味方か見極めるため、まず人間の目をじっと見る」と書いてあった。

この男はいわばボス猿、野猿の私に従順さがあるかを試しているのだ、きっと。

まだ着慣れないパタゴニアパーカーが動く度にシャカシャカと不安定な音を鳴らす。

シャカシャカ音がボス猿の敵対心を煽っていないか、不安がよぎる。


結局、私は「31歳です」と答えた。このボス猿に従順に、いや恭順することにしたのである。

どうせ、コロナが流行ってから自宅と職場を行き来する生活だったのだ。

テレビは未だにダウンタウンの一強だ。番組を見ずともわかる。

私や周囲の精神年齢に進歩がみられるはずがない。

むしろ猿並みに知能が下がっている可能性もある。

ボス猿に従う、いや恭しくしておけばきっとおこぼれはあるだろう。


飲み比べ会では、はっきりいってどのビールがどんな味なのかよくわからなかった。

ボス猿はグラスに鼻を当て、「芳醇なホップな香りが〜」と言っている。

それはワインの飲み方ではないのか。

そもそも私はホップは「ビールの上に乗っている泡」という認識でしかない。

芳醇な香りがするのか。そもそも芳醇とは?芳香とは違うのか?苦さ?多分苦いんだ、きっと。

難しい言葉は一回グーグルで検索する時間が欲しい。

あ、知能が低下している証拠だ。


飲み比べ会も終盤にさしかかると、最早ただの飲み会になってきた。

私自身、いつも好んで飲んでいる「金麦」との違いがわからなくなってきた。

いや正直に話す。「金麦」との違いは最初からわからなかった。所詮、全て「金麦」の派生系だ。

しかし、それはボス猿も同じ。所詮、我々は類人猿、猿の派生系だ。

ボス猿は酔いがまわりすぎてビールの見分けがつかなくなってしまっていた。

ボス猿よ、「芳醇な香り」はどこにいったのだ。貴様も知能が低下しているぞ。


私だって若い男女と話がしたい。ただ、このボス猿をどうにかせねば。

最初に従順、いや恭順の意思を示している。

裏切り行為になるのでは、と妙な正義感が働く。


救いの鐘が響く。ラストオーダーがきたのだ。助かったとばかりにウーロン茶を頼む。

最早、「金麦」の味しかしない飲み物を飲み比べても仕方ないからだ。


そこでボス猿はカシスウーロンを頼んでいた。


きっとそのカシスウーロンは芳醇な香りがするのだろう。自ら主催のビールの飲み比べ会で頼むくらいなのだから、さぞ芳醇なことでしょうよ。

うつろな目でカシスウーロンを飲むボス猿からは、敵対心を感じさせることはなく、従うべき上司を間違えた自分自身をただただ、こそばゆく思う12月初旬の飲み比べ会、いや単なる飲み会であった。

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