素直な自分へ
【素直な自分へ】
カフェに入ると顔見知りの店員、柚葉から声を掛けられた。
「あ!知紗ちゃん」
その子とはここ数年の間に仲良くなった数少ない友達だ。
しかしその姿はやはり異常だった。
普段であればカフェの制服を着こんでいるはずが、ここでは場違いなマイクロビキニだった。
制服姿だったので気づかなかったが、出るところが出ていてすごい。羨ましい。
思い返せば「私、脱ぐとすごいんですよ!でも男よりなぜか女受けがよくって…もっと大胆なほうがいいのかな?」と言っていた気がする。
確かに今は大胆だ。それもとんでもなく大胆だ。
でもこう堂々とされると、同性ながら目のやり場に困る。
知紗は伏し目がちに注文する。
「え、あ、いつもの…コーひ…」
「はーい!店長!パフェ・デ・リラックス頂きました!!」
「(ちがーーーう!!!!)」
「(それともこちらの自分はこんな甘いものを食べてばかりいるのだろうか…確かに何度も食べたいと思いながら、注文する勇気がなかったが…)」
知紗はふと不安になり、自分のお腹を触る。
…大丈夫だ…多分。
数分後に届いたパフェは自分の顔のサイズと一緒だった。
「(これ…食べ切れるの???)」
さらに数分後…
「(…食べてしまった…食べ切ってしまった。)」
知紗は自分の犯した罪の重さと、幸せな気分と共にカフェを後にした。
自分のマンションに着くころには夜の7時を回っていた。
喧騒から離れ、静かな郊外に立つこの地域の雰囲気は変わっていない。
もちろん、全ては逆なのだが。
「(そうだ、こんなのんきに感傷に浸ってなんかいられない。)」
そう思った途端一気に不安になった。
泣きそうになった。
その時、エントランスに一人の人が立っていた。
オカマだ。
それは自分の右隣りに住んでいる佐藤次朗という男だ。
知紗は駆け寄ると、思わずオカマに抱き付いた。
「ええ!なによ!どうしたってのよ!!」
動揺を隠せないオカマ。
「怖かったよ~」と泣きじゃくる知紗。
知紗が抱き付いたのは気が狂ったからではなかった。
そのオカマがこの日見た中で、一番現実と同じだったからだ。
騒ぎを聞きつけて、スピリチュアルお婆さんが駆け付ける。
「なによ。騒々しいわね。ってあら知紗ちゃんじゃないの?どうしたの?」
あまりに取り乱した知紗を見て、佐藤次朗が言う。
「あんた、ここじゃなんだから、あたしンちに来な。」
エレベータに乗り、3階に上がると、左隣に住む住人とばったり出くわした。
「えっ…なに?どしたの?」
知紗はあまり話した事はなかったが、よく見るとイケメンだ。
その男の名前は知らないが、長い髪に切れ長の目、白い肌が印象的で、何より現実と同じ服装だった。
雰囲気に巻き込まれるカタチで、佐藤次朗の部屋にスピ婆さんと根暗イケメン、オカマが揃う。
知紗は三人にこれまでの経緯を話した。
「なるほどね。」オカマが納得したように首を縦に振る。
「何が判ったんだ?」と根暗イケメン。
「さっぱりだわ!」と返すオカマ。
するとスピ婆さんが知紗にこう言った。
「あんた。言霊の力を信じるかい?」
「言霊…ですか?」
「そう。言葉は不思議なものでね、馬鹿にできない力があるんだよ。
言葉を発するとね、現実を引き寄せるのさ」
スピ婆さんがニチャっと笑う。
そしてさらにこう言う。
「自分を写す鏡ってよく言うだろ?あれはね、自分の虚像なんだよ。
鏡は自分の“隠れた部分”を写すのさ。」
「隠れた部分…」
「そう!例えば右手を挙げてとき、鏡は右手を挙げているように見えるけど、実は左手だろ?不思議だろ?」
「…婆さんは何が言いたいの?」根暗イケメンが言う。
「本来、鏡と自分は表裏一体。知紗は言霊の力でその次元を捻じれされたんだ。
“死んでしまえ”という言葉の力で、鏡の向こうの自分だけが死んで、こっちの自分は生きてしまった。この違いで次元が狂っちまったのさ。」
すると知紗が震えながら聞く。「じゃあ今の私はなに?」
「世界はその次元を元に戻そうとしている…今の知紗はその世界の修復世界にいるという事だろうね」
するとオカマが言い放つ。
「よし!なら同じ時刻に同じ場所に同じ服装で同じことをすればその拗れが解消されるんだな!!」
するとスピ婆さんが言う。
「そんな単純な話じゃないよ。下手すると知紗は永遠にこのループから抜け出せないからね」
すると根暗イケメンが知紗に聞く。「ねえ…アンタはどうしたいの?元の世界に戻りたい?」
その言葉に知紗は躊躇った。
この世界ではすべてが逆だ。見た目はもちろん、性格も逆。
それは本来誰もが持っている願望や抑圧された部分。
きっとこの世界ではクソみたいな上司にいびられずに済むし、何より自分に素直に生きられるだろう…
知紗は少し考えてから静かにこう言った。「私は戻りたい…」
すると根暗イケメンがつぶやく「そう…なら決まった」
その後、三人は作戦をたて、明日に備えるのだった。
作戦結構日、その日は雨で知紗は変態課長に連絡し休みを取って普段着ていたリクルートスーツに身を包んだ。
まだ3日しか経っていないのに、このスーツ姿が懐かしい。
同時にゴスロリ姿の自分を思い出して少し切ない気持ちになった。
知紗は雨の中、会社の玄関前で定時になるのを待った。
作戦開始!
知紗は定時と同時に傘をさし、いそいそと駅へと繋がる濡れた道を歩く。
途中で、知沙はスマホを取り出し絵里に電話する。
「ごめん!絵里。今仕事終わった。」
「あ、お疲れさまー。まだみんな揃ってないよ。何時くらいにこっち来れそう?」
「えっと、後一時間くらい…かな。ごめんね」
「んー…判ったじゃあ開始時間少し送らせとく!それでいい?」
「うん、そ…」
言いかけた時だった。
知沙は何かにつまずいて前のめりに倒れた。
スマホが道路をジャラララっと滑ってゆく。
「いっ!たぁ…」
倒れたままで足元を見ると、ハイヒールが脱げて立っている。
運悪くマンホールの蓋の穴にハイヒールのかかとがハマっていた。
「こんな事あったっけ…にしても痛っ!」膝を見ると、転んだ衝撃でストッキングが破れ膝からは血が出ていた。
身を起こし、マンホールの蓋に食いついたハイヒールを引き剥がす。
「…(あ、私のスマホ今度は生きてるかも!?)」
辺りを見回すと数メートル離れた場所にスマホが転がっている。
判ってはいても痛む足でスマホを拾い上げる。
案の定、画面は割れ、真っ暗だった。
起動ボタンを押してみたが反応しない。
「はいはい。そーですよね…」
それから帰宅するまでの間、知沙は緊張からか一言も言葉を発しなかった。
帰宅直前に、マンションの住人のオカマに「大丈夫見守っているわ!」と声をかけられ勇気づけられた。
知沙は鏡に映る無惨な自分の姿を改めて眺める。
「(最低だ…)」「(で…次はなんて言うんだっけ・・・・あっ)」
「なんで…なんで私ばっかこんな事になっちゃうの!!」
「………」
もとの世界に戻れるという喜びから少しだけ笑みがこぼれる。
「(で…なんて言ったかな)」
「…嫌い。アンタなんか大嫌い!!」
「いつでも辛い時にそうやって薄ら笑い浮かべて!周りの視線ばっかり気にして!一つも本当のコト言えてないじゃない!」
知沙は鏡の向こうの自分に最後の言葉を言い放つ。
「(アンタなんか死んでしまえばいい!!)」そう言おうと思った時、自分の素直な気持ちに気づいた。
そこで知紗は鏡に向かってこう言いだした。
「私は生きたい…私は素直じゃないし。ゴスロリの服だって着る勇気もないし、上司にも言い返せない!でも…だけど。それでも私は生きていたい!!」
すると後からフードを被った誰かの影が鏡に映った。
振り返るとそこには根暗イケメンが立っていた。
「あーあー違う違う。そこは“死んじゃえばいいのに”って言うところだよ」
手にはナイフが握られている。
根暗イケメンがゆっくり知紗に近づいてくる。
「僕はね、自分に正直な人間なんだ。」ニタリと笑う。
「人を殺すのが楽しくて仕方ない。特に君みたいな人生に絶望した自殺志願者の願いを叶えるのはさ・・・・最高に興奮するんだ。気持ちよく人を殺せるからね」
根暗イケメンの動きが急に素早くなり、知紗に向けてナイフが突き込まれる。
と、その時だった。そのナイフを素手で掴んだ。オカマだ。
「お前の悪事。全部見届けた!貴様はここで終わりよ!!」
オカマはそう言うと根暗イケメンの顔面目掛けて拳を振り下ろした!!
その勢いに吹っ飛ぶ根暗イケメン。
そのはずみで知紗も床に倒れた。
すると突然視界が暗くなり。何も見えなくなる。
「(えっ!なに!?)」
「…い。大丈夫か?おーい…」
知紗を呼ぶ声に目を開けると、根暗イケメンの顔が見えた。
「あ、生きてた…大丈夫?」
根暗イケメンが知紗を抱きかかえて声をかけている。
「うわ!」知紗が根暗イケメンの腕をほどいて立ち上がる。
すると根暗イケメンが言う「君が突然倒れたから心配になってさ」
「ここはどこ?」
「どこ?ってあんたの部屋だよ」
周囲を見回すと確かに自分の部屋だ。
全ての位置が元に戻っている。
「(良かった!成功した!!)」
しかしそれと同時に知紗は気づいて後ずさる。
「あなた!なんでここに居るの!!」
「なんで?さあ…何ででしょう?」根暗イケメンがおどけた様子で頭をかく。
その手にはナイフが握られていた。
「きゃあああ!!!」知紗は悲鳴を上げると、根暗イケメンから逃げようとする。
「逃げなくていいよ~大丈夫俺上手いんだ!直ぐに終わるからさ!」
知紗は歩いて追いかけてくる根暗イケメンの掴もうとする腕を払いながら必死に逃げる。
気づけば、根暗イケメンの背中側に玄関がある。
逃げるルートはベランダしかない。
知紗は迷わずベランダに飛び出した。
夜の冷たい空気に微かに煙草の匂いが漂っている。オカマだ!
知紗はオカマのいるベランダの非常用通路を力一杯体当たりした。
ドン!!という音と共に知紗の体が、オカマのベランダ側に転がり込む。
「ひゃい!いやあん!!」
突然の知紗の登場にびっくりするオカマ。
「た…助けて…」知紗のその声の向こうに根暗イケメンがゆらりと立つ。
それを見たオカマが野太い声で叫んだ「なにやってんじゃ貴様ああああ!!!!」
オカマは言うが早いか一歩で根暗イケメンとの間合いを詰めると、空手の前蹴りを放った。
スッパン!!!という音と共に根暗イケメンの股間付近に前蹴りがヒットする。
衝撃が根暗イケメンの股から脳天まで突き抜けた。
「お…あっあああああ…」根暗イケメンが膝から崩れ落ちる。
オカマは素早く馬乗りになると、根暗イケメンの腕を掴んで背中側にねじ伏せる。
「知紗ちゃん手錠!」
「えっ!」
「なにやってんの、私のキッチンテーブルに手錠があるから取ってきて!」
「あ、はい!」知紗は部屋に入り、手錠を取るとオカマに渡す。
「時刻20:15 お前を住居不法侵入と殺人未遂の現行犯で逮捕する。」
意識を失った根暗イケメンの両腕に手錠が嵌められる。
するとオカマが知紗に言う。
「あ、これ趣味じゃないから安心して。
私こう見えて警察官なのよ」
「えええええええ!!!!!」
オカマは以前から連続殺人犯の犯人として根暗イケメンをマークしていたらしい。
その後、根暗イケメンは警察に連行され、オカマ、いや佐藤次朗は表彰された。
知紗はと言えば…
「(色々恐い思いもしたけど…も少し自分に素直になってもいいかも…)」
誰でもどこか心の中で、自分なのに自分じゃない、抑圧された部分がある。
知紗は大きく息を吸うと明日の仕事の準備をしだす。
「(あ、せっかくだし、少し可愛い恰好してみよう…)」
知紗の次の作戦は“憎い上司をいかにして変態化させるか”…だそうだ。
END




