あべこべ
とりあえず書いてみる!
【呪いの言葉】
「なんで…なんで私ばっかこんな事になっちゃうの!!」
知沙は洗面所の壁に立て掛けられた姿鏡に向って吠えた。
紺のビジネススーツは全身びしょ濡れで、ストッキングは膝が破け、赤い血が滲んでいる。
鏡に映る自分の顔はとても人に見せられないくらいヒドい顔をしていた。
ふと、さっきまで会社で顔を突き合わせていた上司の顔が脳裏をよぎり、同時にあの言葉が耳に響く。
「(自分の仕事だろ?最後までやるのが責.任.感。)」
「責任感?そんなものア・タ・シにだってあるのに!」
雨の雫に混じって涙が溢れた。
事の発端は今から3日前に遡る。
知沙が地元を離れて10数年、大学卒業後に都会にある会社に就職し、今まで一生懸命仕事に打ち込んできた。
正直恋愛もしたかったけど、チャンスに恵まれないというか、仕事に忙殺されてきた。
そんな最中、昼食の際に立ち寄った喫茶店で同郷の親友と半年ぶりに再会した。
嬉しかった。都会の堅苦しい話し方より慣れ親しんだ方言で話せたことがなんだか嬉しかった。
そんな親友から同窓会の企画があると告げられたのはその時だった。
「そうだ、知沙。今週の同窓会参加できる?ってかメールまわってる?」
「あ、えっ…いつ?」
「明後日…って、あれメール送って…なんだ、ちゃんと知沙にも送ってるじゃん!」
「(しまった、メール忙しくて読めてなかった。)ごめん絵里…あ、でも最近忙しいから…」
「知沙…あんたはそれで良いのかな??」
「え、どういう意味?」
「その同窓会にさ、知沙が好きだった勇人君来るよ。しかも事前情報によれば、独身。バツなし。子なし。」
「か…関係ないよ、勇人君は。」
「あーぁ。今頃、勇人君どんなイケメンになってるかねぇ。」
ニヤニヤしている絵里をみて、さすがに知沙も断れなかった。
「よ、よろしく…」
「え!知沙、よく聴こえない。難聴かなこりゃ。」
「絵里様!神様!えびす様!参加でおねがいします。」
「あぃ判った、そなたの願い叶えてしんぜよう。
だが…誰がえびす様だぁぁ!!」
その後、地元に残った友達の近況を聞いた。
ほとんどの友達が家庭や子供をもってた。
絵里もその内の一人だった。
知沙はその話を聴くにつれ焦りを感じていた。
その焦りは、絵里の話題が子育ての話になりピークを迎えた。
まだ3歳の男の子が甘えん坊で大変だとか、でも長男よりは楽だとか、色々話してくれたが、相槌しか打てなかったからだ。
さっきまで、共通の話題で話していただけに、急に親友が別の世界の人になってしまったような孤独を感じた。
「(このままではマズい!私もチャンスをモノにしなければ!)」
知沙はその日から特別ミッションが発動した。
同級生の勇人君とフォーリンラブ作戦である。
まず、その日、帰社すると上司に半休を申請した。
翌日には同窓会に着ていく服を仕事帰りにデパートで選んだりもした。
そして同窓会当日、知沙は思わぬカタチで足元をすくわれる。
「え、えっと…申請不可…ですか…」
知沙の顔から微かに笑顔が消えた。
「うん、有給休暇は一週間前までって言ってなかった?」
「でも、病気とかある場合はどうするんですかぁ!」
「それは、出勤出来てないから仕方ないでしょ。それに今、出勤してるし。何より、今の担当してる仕事どうするの?あれ、今日〆切だったでしょ」
「それならさっき提出しましたよ。」
「加賀美くん。書類提出がゴールじゃないんだよ。お客様に届くまでがゴールなんだよ。
なに大丈夫。まだ午前中だし、定時まではまだ時間がある。何より自分の仕事だろ?最後までやるのが責任感じゃないかな」上司のその言葉に苦笑いしか出なかった。
でも正直、許せなかった。
確かに会社の規約では有給休暇の申請は一週間前までだった。けれども、イレギュラーな事なんていつだってあるはずだ。仕事だってちゃんと片付けた。実際、昼を過ぎても修正などはなく、結局、お客様にメールを送ったのは3時少し前だった。
知沙はそれでも諦めたわけではなかった。諦め切れなかった。
定時で上がって急げば途中参加というカタチで間に合うと判ったからだ。
知沙は定時と同時にタイムカードを切り、上着を着込む時間も惜しんで帰宅のとについた。
会社を出ると雨が振り始めていた。
傘をさし、いそいそと駅へと繋がる濡れた道を歩く。
途中で、知沙はスマホを取り出し絵里に電話する。
「ごめん!絵里。今仕事終わった。」
「あ、お疲れさまー。まだみんな揃ってないよ。何時くらいにこっち来れそう?」
「えっと、後一時間くらい…かな。ごめんね」
「んー…判ったじゃあ開始時間少し送らせとく!それでいい?」
「うん、そ…」
言いかけた時だった。
知沙は何かにつまずいて前のめりに倒れた。
スマホが道路をジャラララっと滑ってゆく。
「いっ!たぁ…」
倒れたままで足元を見ると、ハイヒールが脱げて立っている。
運悪くマンホールの蓋の穴にハイヒールのかかとがハマっていた。
「なんで…痛っ!」膝を見ると、転んだ衝撃でストッキングが破れ膝からは血が出ていた。
とりあえず身を起こし、マンホールの蓋に食いついたハイヒールを引き剥がす。
「これはもうダメね…(あ、私のスマホは?)」
辺りを見回すと数メートル離れた場所にスマホが転がっている。
おぼつかない足取りで近寄り、スマホを拾い上げる。
画面は割れ、真っ暗だった。
起動ボタンを押してみたが反応しない。
「うそ?何で!?」
それから帰宅するまでの間、知沙は一言も言葉を発しなかった。
帰宅直前に、マンションの住人の一人に声をかけられた気もするが、あまり覚えてない。何も返答する気さえしなかったからだ。
知沙は鏡に映る無惨な自分の姿を改めて眺める。
「(最低だ…)」「(こんな姿じゃもう間に合わない、スマホが使えないなら絵里に連絡すらとれない、せっかく絵里が利きを効かせてくれたのに…)」
「なんで…なんで私ばっかこんな事になっちゃうの!!」
「………」
「(考えてみれば私はいつもこうだ。肝心な時にドジを踏む。そうだ、それにあの時、上司にガツンと言いさえしたら…)」
ふと鏡に映った顔を観ると心做しか笑っていた。
「(なぜ私は笑っているんだろう。悲しいはずなのに…涙も出てるのに…何がそんなに可笑しいの?)」
「…嫌い。アンタなんか大嫌い!!」
「いつでも辛い時にそうやって薄ら笑い浮かべて!周りの視線ばっかり気にして!一つも本当のコト言えてないじゃない!」
知沙は鏡の向こうの自分に言い放つ。
「アンタなんか死んでしまえばいい!!」
その時だ、鏡の隅、廊下の奥に黒い人影が揺らいで視えた。
「え!?」知沙は振り返り、背後で開け放たれたドアの間から廊下を見る。しかしそこには誰もいない。
「(気のせい?目の錯覚?)」
知沙は恐る恐る視線を鏡に戻した。
すると目の前で黒いパーカーを着込んだ男が立っており、羽交い締めされ、首に包丁が刺さった自分の姿が目に飛び込んできた!
「ギャ!!」知沙は悲鳴を上げると同時に尻もちをつく。
鏡の向こうではパーカーの男が私をその場に寝かせ始めている。
「なに、これ…嘘、私…」
知沙はとっさに自分の首を触るが手に血は着いてない。
鏡を再び見るとパーカーの男がコチラに振り返り、一瞬だけ目が合った気がした。
しかし知沙はそのまま気を失ってしまった。
【次回 あべこべの世界】
続け!僕の忍耐力!