第3部、第3章~返そうかどうか迷った物
パーティーの結果が結果だっただけに、僕ら3人はやりきれない気持ちで一杯でした。
会場を出てから少し歩いた所で、ぼくが沈黙を破りました。
剛史「ところでさ~、今日は何系の居酒屋に行く?」
実「そうだな~、前回が焼き鳥メインの肉系だったから、今度は魚系にするのはどうよ」
誠司「そうだな、だったらクーポンが使える居酒屋にしようぜ」
剛史「ぼくは何処でもいいけどクーポンがあるならそこにしようよ」
誠司「ちょっと待ってろよ、こういう時の為にクーポン付きのフリーペーパーを持ってきているからさ」
そこで、実君が何かに気付きました。
実「誠司君、胸のところに何か付いてるよ」
誠司「えっ、どこどこ?」
剛史「あ、本当だ」
誠司君の胸に付いていたのは、先程のお見合いパーティーで使用した25番の番号札でした。
誠司「あ、ヤベっ!ショックで付けたまま出て来ちゃった」
実「マジかよ、ここで剛史と待ってるからサッサと返してこいよ!」
誠司「別にいいだろ!こんなのその辺に捨てておけば」
実「いやいや、明日も使うかも知れないだろ」
誠司「うるせぇな、こんなの安物じゃねえかよ!」
実「戻ったって2分も掛かりゃしないって、いいから返してこいよ!」
歩道の真ん中にもかかわらず、誠司君と実君は番号札を返しに行くかどうかで揉め始めました。
ぼくは、一刻も早く反省会に行きたい一心で、仲裁役を買って出る事にしました。
剛史「それなら、ぼくがダッシュで返して来てあげるよ!」
実「いいのかよ…」
剛史「2人はこの辺で待ってて!」
誠司「悪いな、今はそんなメンタルじゃないからよろしくな…」
剛史「いいってことよ、途中でトイレがあったら寄ってから戻ってくるから」
そう言うと、再びお見合いパーティーの会場に向かいました。
「えっと、この先の建物だったかな?」
「おっ、ここか」
「そうそう、確かにここに来たんだったよな」
お見合いパーティーの案内板が出たままのビルに着き、番号札を握りしめて階段で3階まで上っていくと、パーティーはとっくに終わっているのに何やら楽しげな会話が聞こえてくるのです。
「よしよし、まだ誰か居るな」
「それならば、この番号札をとっとと返却しよう」
ぼくは、会場の中に誰がいるのかを気にも留めずにゆっくりと扉を開けました。
「すいませ~ん」
遠慮がちに言ったものの、誰も気付いてはくれませんでした。
恐らくは、ぼくが佇んでいた入り口付近が会場内から死角になっていたからでしょう。
ぼくはどうしようか迷いました。
「このまま、番号札を持ち帰っても仕方ないしなぁ…」
ふと、左側を見ると、受付け係用の長テーブルと椅子が置いてありました。
テーブルの上には、番号札回収箱が2個置いてあり、男性用と女性用に分けて納めてありました。
ぼくは、男性用の箱の中にそっと番号札を返そうとしました。
すると、そこで聞き覚えのある声がしました。
それは、さっきまで司会をしていた男性の声でした。
ぼくは吃驚して差し出した手を引っ込めてしまいました。
その直後、会場の奥から甲高い女性の声がしました。
「あっ、確かあの声は…」
それを聞いて、ぼくは何としてでも会場の奥を確認しようと思いました。
何故なら、あの時に会場から逃げ出したサクラと思われる女性と声色が似ていたからでした。
ぼくは、受付け係用の長テーブルの下から、息を潜めて会場の奥の方を覗き込みました。
すると、驚いたことにサクラと思われていた7人の女性が勢揃いしていました。
「クソっ!やっぱりあの女はサクラだったじゃないか!」
「まんまと逃げ出したくせに、頃合いを見計らって戻って来てやがる!」
「ふぬぬぬぬ~!」
一気に怒りが湧いてきましたが、ここは片手で口を押えて感情を殺しました。
それは、ここで下手気に奴らに見付かると、何をされるか分かったもんじゃないからでした。
「それにしても、楽しそうにお喋りをしているな…」
「んっ、サクラの反対側に居るのは受付けをしていた男性かな?」
「話し声からすると、あと何人かはこの会場に居るみたいだけど…」
「う~ん、ここからじゃ見えないや…」
「まあいいや、長居は無用だしな…」
「とにかく、ここから早く出ないと…」
とりあえずは、入り口付近に戻って逃げ道を確認しました。
「番号札を箱に戻すには、机の前に回り込まないとならないしな…」
「放り込めない事もないけど、音がしたら気付かれるかもしれないからな…」
「仕方がない…、預かった番号札は箱に戻すのを諦めて、帰り際に出入口付近に放り投げておけばいっか」
ぼくは、奴らがいる向こう側を気にしながら扉の取っ手を握りました。
すると、会場の奥からこんな会話が聞こえてきたのです。
ぼくは、いち早く抜け出さなければならないとは思いつつも、聞こえてくる会話の内容が気になり、つい、耳を欹ててしまいました。
(以下、会場の奥から聞こえて来た会話)
「ちょっとさ~、あんたらどんだけ男を持ってきゃ気が済むのさ!」
「それは素材の差なんじゃない?私ら元モデルなんだしね」
「へ~、聞いてはいたけど本当だったのね」
「でも、今じゃただの事務員だし、お給料が安いからここでバイトをしているのよね…」
「まだ、モデルとしても全然イケるじゃん!」
「だけど、年齢制限で切られちゃったのよ…」
「それでも、私らとはキャリアが違う訳ね」
「まあ、一応モデルとしての基準はクリアしていたからね」
「結局、男は顔と体しか見てないから私らじゃ敵わないわ~」
「そんなことないわ!あなた達も人気だったじゃないの」
「それと、今日来ていた女の子達も悪くなかったわよね」
「でも、あの子達さ~、凄い顔して私達を睨んでなかった?」
「そうそう、何か怖かったよね~」
「でもさ~、私達を恨んでも仕方なくない?」
「だよね~、あの子達だって後ろの方に並んでる良さげな男に声を掛ければいいのにね」
「男に囲まれてモテモテになる気でいたから、そこまで頭が回らなかったんじゃない?」
「目の前にあれだけ男がいるのにね」
「何しに来たんだろうね~」
「ちょっとでも気になる男がいたら誘ってなんぼなのにね」
「だったらさ~、あんただったらどうやって誘うのよ」
「え~、私~?」
「そうよ、早く言いなさいよ!」
「じゃあ、あなたはあの時の男役をやってよね」
「いいわ、それじゃあ始めましょ」
「私だったらこんな感じかな」(一呼吸置く)
「ねえねえ、そこのお兄さん!お姉さんと一緒に向こうで話さない?」
「へ~、女の人から誘ってくれるんだ」
「だって~、あんなにもずらっと並んでいるから退屈なんですもの~」
「じゃあ、向こう側に行って話そうか」
「嬉しいわ~、お兄さんなら話が分かってくれると思ったわ~」
「そうかな~、俺ってそう見えるのかな?」
「ねえ、お兄さん、あなたいい体をしているわね~、私の好みよ!」
「それはどうも」
「あっちの方もお強いのかしら?」
「言うね~、お姉さんは俺の激しい攻めに耐えられるのかな?」
「それはご安心あぞばせ~、私の体は丈夫でございますので~」
「キャハハハハ~、何それ~、途中から言葉遣いが変わってんじゃん!」
「あんたがやれって言ったんでしょうがー!」
「ゴメンゴメン、でもあんな事を言われたらイチコロにされちゃうわ~」
「どう、厭らしかったでしょう?」
「うん、かなりね」
「それよりさぁ、あんたら5人を囲んでいた集団がやけに騒がしかったんだけど何を話してたの?」
「あ~、あれはね、ゲーセンで流行っていた野球拳の話をしてしたのよ」
「アーケードゲームの野球拳なんだけど、何故か店頭に置いてあったんだけど知ってる?」
「いいえ、知らないわ」
「機械が大きいから店頭にあっんだとは思うけど、一番人目に付く場所だったからプレイするには勇気が必要だったみたい」
「そんなに恥ずかしいゲームなの?」
「そりゃそうよ!あんな所で野球拳をやるのは、周りに人がいない時か何人かの友達が一緒にいる時だけだもの」
「何でそんなに恥ずかしい訳?」
「それはね、何人かのAV女優が出演している野球拳だからよ、そのリアルさがウケてシリーズ物になるほどの人気だったのよ」
「へえ~、そうなんだ」
「私らを囲んでいた男性達とは、“あれは勝てないよね~”とか“勝っても3回迄だよね~”という話をしてたのよ」
「他には、野球拳でAV女優が踊っている時の音声がやたらとデカいとか、勝ってもなかなか映像に切り替わらない時があるとか色々な意見が出たわ」
「あと、ジャンケンに5回勝つとAV女優の全裸映像が流れてから景品が出るのよね」
「えっ、全裸になるって事はモザイクがかかるの?」
「そうじゃないのよ、最後の1枚になったパンティーを脱ぐ時は後ろ向きになってゆっくりと下ろしていくのよ」
「そして、床に落としたパンティーを拾いあげると、振り向き様にモニターに向かって投げ付けるのよ」
「画面にパンティーが近付いてきたのと同時に、“ゴトッ、ゴトン”っていう音がするの」
「全勝した余韻に浸っていると、取り出し口に向かってカプセルに入れられた景品が転がってくるのよ」
「私のお兄ちゃんは、ジャンケンに勝てる法則を編み出したとかで、次々と景品をゲットしていたのよね~」
「へ~、それで景品の中身は何なの?」
「それが、AV女優が撮影の時に穿くような官能的な女物の下着なの」
「それってどんな下着なの?」
「それが、あそこの毛の処理をしなきゃとてもじゃないけど穿く気にならない、シースルーのTバックなのよ」
「布の部分が小っちゃくてスッケスケのやつなんだけどね、お尻の部分はスケてないのよ」
「それと、Tバックの色は真っ黒か真っ赤しかないのよ」
「私のお兄ちゃんが、それを彼女にあげようとしたんだけど、“こんなの要らないわ”って拒否されたんだって」
「それで、処分に困って妹の私に押し付けようと思ったみたいなの」
「だから、景品をカプセルに収めたまま黒いバックに入れて保管していたんですって」
「そのバックを、お兄ちゃんが面白がって私の部屋に持ってきたのよ」
「バックの中を見た時に、思ったよりも凄い量だったから“何でこんなに沢山あるの?”って聞いたのね」
「そうしたらお兄ちゃんはこう言ったのよ」
「野球拳をやっている奴らは男ばっかだから、こんなに卑猥な女物の下着をもらってもどうにもならないだろってね」
「だから、大多数の男は景品を持ち帰らずに、カプセルごとゴミ箱に突っ込んでいくんだよ」
「俺は、景品を捨てちゃうのが常々勿体ないと思っていて、それを見かける度に持ち帰ってたんだよね」
「その単価が幾らするのか知らないけど、ゴミではないと思っていたからな」
「それと、3本爪のUFOキャッチャーでも同じ様な景品があったんだけど、これがやたらと取れるんだよね」
「こんなに取れるのは、多分早く在庫を処分したかったからだと思うよ」
「でも、男がこんな物を持って帰っても意味が無いから、結局はゴミ箱に捨てていっちゃうんだよね」
「偶に、カプセルから下着を取り出す男もいたけど、1回広げて見たら満足するのか、再びカプセルの中に戻してゴミ箱にポイなんだよな」
「どうだ、せっかく持って来たんだから、これを床に並べて記念写真を撮ろうと思うんだけど手伝ってくれないか?」
「写真に収めてしまえば、心置きなく捨てられるから」
「そう言われたんだけど、さすがに手に取る気にはならなかったのよ…」
「それで、私が絶句していたらお兄ちゃんがこう言ったのよ」
「そんなに引くなよな~、見るだけ見たら捨てていいから」
「ゴミ袋は持ってきてあるから、あとはうまく処理しといてくれよな」
「そう言うと、慌てて私の部屋から出て行ったのよ」
「私は、直ぐにでも捨てようと思ったわ」
「だけど、明後日私の部屋に女友達が来る事になっていたから、その時にネタとして披露しようかなって思い直したのよ」
「2日後に、高校の同級生2人に30枚以上はあるスケパンを見せたら、もの凄く興奮していたのよね」
「でも、こんなのを着ける事は無いと思ったから、カプセルとTバックに分けてゴミ袋に入れていたのよ」
「そうしたら、“これはお高いショーツだから捨てることないわ”って言われたのよ」
「だけど、こんなには要らないから皆で分けようって事になったのね」
「その時、友達のせつなちゃんが“どうせならブラも一緒に揃えようよ”って言ってきたのよね」
「そうしたら、私達は悶々としちゃって衝動が抑えきれなくなっちゃったのよ」
「その流れで、3人でランジェリーショップに行って、赤と黒のシースルーのブラを1枚ずつ買っちゃったんですよ」
「試しに着けてみたら、ゾクゾクしたのと同時に下着の中を弄りたくなってきちゃったのよ」
「これを機に、私達3人は女として厭らしい下着を身に纏う事に目覚めてしまったんです」
「初めのうちはお尻の食い込みが気になったけど、慣れればそうでもなかったわ」
「友達のもとかちゃんは、薄いネグリジェと合わせてノリノリだったわ」
「ここまでで終わりにしとけば良かったんだけど、もとかちゃんとせつなちゃんが“あのスケスケのTバックを穿きたいっていう友達がいるからもっと貰えないですかね~?”って聞いてきたのよ」
「私は、あの下着を貰うのを嫌がった手前、そんな事をお兄ちゃんには頼めないって断ったのね」
「そうしたら、友達2人が“私達がお兄様に頼むから大丈夫よ”って言ってくれたのよ」
「週末の夜、私の部屋に2人が遊びに来た時にお兄ちゃんを部屋に呼んで景品のおねだりをしたのね」
「あの~、お兄様、前にゲーセンで取ってきた景品なんですけどね」
「景品?」
「そう、あの下着の」
「あ~、あれね、君らも見たの?」
「ええ、妹さんからネタとして見せてもらったんですよ」
「ははは、あんなのAV女優しか穿かないよな」
「うふふふっ、ですよね~」
「それで、え~、あの下着ってもっと取ってこれたりはしませんか?」
「えっ、う~ん、そうだなあ…、取る気になれば2週間で30個以上は余裕だけど」
「凄~い!」
「あっ、でも半分位は処分に困って捨ててあるやつだけどな」
「それでも構いませんよ」
「じゃあ、掛かった費用はお支払いしますので取ってきてもらえませんか?」
「それはいいけどさぁ、そんなの何に使うの?」
「-----」
「ひょっとして身に着けたりはしないよね?」
「嫌ですわ~、お兄様~、観賞用ですよ、観賞用!」
「あれって同じ様に見えて微妙にデザインが違うんですよ~」
「欲しがっているのは、友達のみなみちゃん達なの~」
「あれを着て彼氏を誘惑したいんだって」
「今日のデートはこんなのを着けて待っていたんですよ、ってね」
「分かったよ、景品を取ったら妹に預けておくから2週間位したらまた来なよ」
「さっすがお兄様~!話が分かる~」
「へへっ、それだけじゃないぜ、あの景品は非売品だし現役AV女優の監修らしいぞ!」
「へ~、凄~い」
「でも、こんなのを身に着けるようになっちゃったら、大人のおもちゃを使い始めるのも時間の問題だけどな」
「お兄様は買った事があるんですか?」
「それ聞いちゃう?」
「一応、参考までにね」
「彼女にせがまれたから、千円以下のローターは買ったけどね」
「あの~、お兄様、それもお支払いしますので買ってきて下さらない?」
「そうよね、お友達もきっと欲しがると思うから」
「いいけど、お友達って何人いるの?」
「うん、3人かな…」
「それだったら、色違いのローターを3つ買ってきてあげるよ」
「本当!じゃあ、それも2週間後に」
「女の人ってそういうの好きだよね」
「何でそう思うの?」
「だって、俺と付き合った女の人は別れ際に大人のおもちゃをご所望するからさ」
「やだ~、お兄様ったら~」
「でも、そんなの自分で買えばいいのにね」
「やっぱり、女の子だけだとそういうお店に入りにくいんだろ」
「だけど、悪い事だけじゃないんだよ」
「通販価格だとけっこう高いから、その値段を見せて半値以下で買ってきて請求するからな」
「-----」
「あっ、君らには購入価格で流すからは安心して」
「ありがとうございます」
「いいって事よ、これからも妹と仲良くしてくれよな」
「お兄様ともお知り合いになれて良かったですわ」
「俺も景品が無駄にならなくて良かったよ」
「その辺はお任せ下さい!」
「あはははは~」
「あっ、最後に大事な事を言うのを忘れてた」
「それは何ですの?」
「ローターは人肌くらいに温めてから使うといいらしいぞ」
「ふ~ん、そうなんですね」
「それと、ローターを使用している時は電話が掛かってきても出ない方がいいぞ、思った以上に激しい息遣いをしているから」
「ええ、心得ましたわ、お兄様!」
「それって、お兄様の彼女の事を言っているのかしら?」
「さ、さあ、どうだかね…」
「あ~、もしかして図星でしたか~」
「あはははは~」
「ちょっと~、私の部屋で涎を垂らさないでよ~」
「うわっ、エロい事ばっか考えてたんでしょう!」
「お兄ちゃん、ティッシュ、ティッシュ!」
「お兄様、ごめんなさ~い」
「まだまだ続くんだけど、こんな感じの話をしてたらメチャメチャ盛り上ったのよね~」
すると、ここで男性のスタッフが、イライラしながらこんな事を言ってきました。
「何でもいいけど、お前らはパーティーの途中で逃げやがったよな!」
「あれで、せっかく集計したカップリングカードが台無しになったじゃねえかよ!」
「そのせいでカップルも0組だったし、うちらタコ殴りにされるかと思って超ビビったじゃねえかよ!」
「それによー、司会のオヤジだけさっさと逃げやがってスタッフルームに鍵をかけてやんの!」
「ゴメンゴメン!例の暴力事件の時もやられたのは司会者だけだったからさぁ…」
「あんたら男でしょ!そのデカい体は何の為にあるのよ!」
「そうよ!サクラを入れてるんだから、あんたらにも責任はあるんでしょう!」
「あー、分かったよ!それで何でお前ら逃げたのか理由を言えよ!」
「言わせてもらうけど、最初はそんな気持ちはこれっぽっちもなかったの」
「だけどね、私達5人を囲んでいた男性がこんな事を言ってきたのよ」
「お前らの話は面白いけど、猥談ばっかで俺らの事を全く聞いてこねえじゃんかよ!」
「お見合い回転寿司の時も名前しか言わねえし、お前ら全員サクラなんじゃねえの?」
「そうだそうだ!」
「違うって言うんなら、何か証拠を見せてみろよ!」
「それを聞いてマジで焦ったわ…」
「サクラバレしたらバイト代が出ないじゃん!」
「それに、男10人からぶん殴られたら死ぬかも…、って思ったの」
「それで、姑息な手段だけど逃げるしかないと思ったのよ」
「でも、あんたら2人まで逃げるとは思わなかったわ」
「よく言うわ!」
「“私達サクラバレしたから照明が落ちた瞬間にダッシュで帰るね!”何て言うんだもん!」
「こっちだってビビるに決まってんでしょ!」
「分かった!分かったからもういいよ…」
「確かにサクラバレしたらヤバいよな…」
「でも、次からはちゃんと演技しろよな!」
「は~い!」
「もういいから、飲もう飲もう!」
(以上、会場の奥から聞こえた会話)
ぼくは、会話を聞くのに没頭してしまい、入り口付近で10分位は立ち聞きをしてしまいました。
「クソっ!逃げたのはそういう事か…」
「だったら、最後に一矢報いたいよな…」
「そうだ!デカい声を出してこの番号札を返そう!」
ぼくはそう思い深呼吸をしました。
「すいませーーん!番号札を返し忘れたので持って来ましたー!」
そう叫んで、机の手前側に番号札を置くと、皆さんは驚きのあまり奇声を発しました。
「おっ、おーーー!」
「ヒャーーーー!」
「キャーーーー!」
そこには、唖然とした表情の会場係の方々と7人のサクラが、ぎょっとしたままこちら側を見ていました。
ぼくは、返り討ちにあう事を恐れて、扉から出ると一目散に階段を駆け下りました。
先程のビルから30メートルは離れた所で振り返りましたが、誰も追っては来ませんでした。
「ふ~、何とか逃げ切ったか…」
「やっぱり、当初から思った通りにあの7人はサクラか!」
「まさか、こんな偶然で疑惑が確信になるとは…」
「でも、2人には待たせてしまったな…」
「後で、言い訳をしないと…」
その数分後、ぼくは2人と合流をしました。
剛史「悪い悪い、遅くなっちゃった」
実「何だよ、随分と遅かったな」
誠司「トイレだろ、いいから行こうぜ」
剛史「そ、そうだね」
ぼくは、いろいろと思うところがありましたが、さっさまで事は秘密にしました。
何故なら、早くお酒が飲みたかったからです。
というか、飲まずにはいられなかったからです。
もし、“あの会場の中には逃げ果せたサクラがいた!”何て言ってしまったら只事では済まなかったと思います。
逃走後、どこかに隠れていたサクラの皆さんは、お見合いパーティーが終わったと連絡を受けて、再びこのビルに戻って会場係の人達と打ち上げをしていたのでしょう。
それならば、入口に鍵を掛けておかないのは不用心でしょう。
お見合いパーティーでカップルになれなかった時は、意気消沈しているので心の余裕など微塵もありません。
例え、番号札を付けたまま会場から出てしまったとしても、途中で気付いたところでその辺に捨てていくのが多数派だと思います。
そういえば、お見合いパーティーの帰り道に、ハートマークの番号札が植え込みに捨ててあった事を思い出しました。
今回のパーティーでは、これといった収穫が無かったものの、新たに発見した事がありました。
それは、お見合いパーティーでサクラを見分ける霊感があった事です。(麗子さんと彩歌さんの時は確実に見分けた訳ではありませんが…)
サクラと一般参加の女性との見極めを、霊感を使っていち早く察知する事が出来れば、よりうまく立ち回れるでしょう。
しかし、今回が偶々だったのかもしれないので、あまり期待しないようにしました。