第7部、第3章~香水を使い切ってから見た夢
夢の始まりは、フワッとした感じでした。
以前の夢では、見通しの悪い風景から始まり、どこに向かうのかも分からない状態で彷徨い続けていました。
そんな事情からか、非現実的な要素が詰め込まれていました。
それに対して、今回の夢の始まりは、日頃から見慣れているぼくの部屋からだったのです。
ぼく自身は、既に眠っているにもかかわらず、夢の中ではなかなか寝付けないでいる自分がいました。(ここからは、夢の中にいる自分をぼくと表記します)
「あれ?さっきまであんなに眠かったのに、急に寝られなくなっちゃたよ…」
「参ったな~、明日も仕事だっていうのにさ…」
ぼくは、眉間に皺を寄せながら、ヤキモキしていました。
早く眠れるよう、お腹に手を当てながら深呼吸をしてみましたが、効果はいまいちでした…。
それどころか、深呼吸を止めた途端、今まで以上に緊張感が高まってしまったのです。
「何だよ、体は疲れているっていうのにさ…」
ぼくは、奥歯を噛みしめました。
「そうだ!体を動かして疲れさせれば、眠くなるんじゃないかな」
「だったら、腹筋運動が最適ではなかろうか」
「それなら、態々起き上がらなくてもいいからね」
ぼくは、両足を揃えると、低い高さをキープしました。
それから、両足の上げ下ろし運動を始めました。
「ん、思ったより辛くないや」
「これなら、あと30回位は出来そうだよ」
軽快なリズムで、両足の上げ下げをしていると、何だか心がスッキリしたような気持ちになりました。
「ふ~、今日はやけに体が軽いや」
「でも、後先考えないでやってると、確実に筋肉痛になるから、ほどほどにしないとね」
ぼくは、うっすらと汗をかいたタイミングで、ペースダウンしました。
「あと、10回やったら終わりにしよう」
「よし、こんなもんでいいだろう」
程なくして、腹筋運動を終えると、そそくさと寝る体制を整えました。
「これで、2~3時間位は眠れるだろう」
ぼくは、ずり落ちたズボンを引きずり上げました。
それから、数分が経ちましたが、何故か妙に頭が冴えていました。
何度か、大きな欠伸をしたものの、浅い眠りにすら到達出来ませんでした。
「う~ん、まだまだ眠れそうにないや…」
ぼくは、堪らず目を開けていましました。
眠れなかった要因として、呼吸が苦しかったというのがありました。
「やはり、眠るには呼吸を整える必要があるな」
「それに、足のダルさも解消しないと」
ぼくは、息が切れたまま、両足を壁に立て掛けました。
足を高くして寝るのはいいと聞きますが、ぼくの場合は、壁に対して垂直に両足を立てるのが定番でした。
こうする事により、寝付きが良くなる事があるのです。
そうこうしているうちに、段々眠くなってきました。
「しめた!このままの状態が続けば、いい感じで寝られそうだ」
ぼくは、ゆっくりと両足を下ろしました。
薄手の布団を引き寄せながら、今日の出来事を思い返してみました。
「今日は、いろいろな事があったけど、及第点は貰えるんじゃないかな
「やっぱ、面倒な事は早く片付けないとね」
「少なくとも、一番の課題だった香水の処分はやり遂げたんじゃないかな」
「うん、これで安心して眠れるだろう」
「でも、何かが引っ掛かるんだよな」
「何か抜かりはあったかな?」
「いや、考え過ぎだろう」
「とにかく今は一刻も早く寝よう」
ぼくは、悪夢を見なければいいなと思いながら、浅い眠りに入っていきました。
寝入り端、ぼくの身体が仰向けの状態で、宙に浮いたような感覚がしました。
ただ、浮くといっても、せいぜい30センチ程度でした。
「あっ、しまった!」
そう思ったのには、理由がありました。
悪夢を見る前は、高い確率でこのような感覚に見舞われるからです。
ただ、眠りに入ってしまった以上、引き返す事(起きる事)は出来ませんでした。
ぼくは、軽い目眩を感じながら、眠りの奥深くに入っていきました。
夢の中で、宙に浮いた身体は、徐々に下降していきます。
そして、ベッドの上にふんわりと着地するのです。
この感覚は、何物にも変えようがない程気持ちいいのですが、着地すると同時に周りの景色が真っ赤になるのです。
その状態に陥った時こそが、悪夢の始まりなのです。
ぼくは、呼吸を整えながら、
「今度は、どんな悪夢が待ち構えているのだろう」
と、思いを巡らせました。
その瞬間に、ハートの香水を空にして処分する迄の過程が、フラッシュバックしました。
「恐らく、これから見る夢は、ハートの香水に纏わる夢なんだろうな…」
そう思った瞬間、ぼくの目の前が急に明るくなりました。
「ああ、ここからが今回の夢か」
「どうか、穏やかに終わりますように」
ぼくは、心の中でそう祈りました。
それから先は、深い闇の中に落ちていくような感覚になりました。
果たして、どのくらいの時間が経ったのだろうか?
夢の出だしは、神々しい光に包まれた女神様から、突然こんな事を言われたのです。
「そなたは、この先にある公園に行って、2人の若い男を追うのです」
「但し、男達を探し当てても、決して声を掛けてはなりませんよ」
「その者達の真後ろに、気配を消して付いていくのです」
「もし、2人に気付かれそうになったら、目を逸らすのですよ」
「そうすれば、身の安全は保証しますので」
「さあ、恐れずに行くのです」
それだけ言うと、女神様は遥彼方に去って行きました。
ぼくは、言葉の意味が理解出来ずに呆然としていました。
ただ、女神様から伝えられた言葉は、不思議なことに全て頭に入っていました。
これから先は、何が待ち構えているのだろうか?
それに、女神様からの指示がザックリ過ぎて、どう対処したらいいのか不安になりました。
すると、時を同じくして、ぼくの体が急降下しました。
ぼくは、必死になって両手をバタバタさせました。
そうする事によって、何かを掴めればと思ったからです。
しかし、ぼくの手はどこにも引っ掛かりませんでした。
それからは、ただ薄暗い空間を彷徨っていました。
しばらくすると、高層ビルの壁面が見えてきました。
下方を見ると、目視出来る程に地面が近付いていました。
ぼくは、あまりの恐怖に、落下している途中で気絶してしまいました…。
それから、どれだけの時間が過ぎたのか、知るよしもありませんでしたが、大型車のクラクションの音で強制的に起こされました。
気が付くと、見知らぬ大通り沿いを歩いていました。
「ここは一体…」
ぼくは、大きく息を吐きました。
「そうだ!女神様からのお言い付けを守らないと」
「とりあえず、この近くにある公園を探さなきゃ」
近くにあった案内板を見ると、徒歩圏内に公園がある事が分かりました。
「この先にある公園なら、あっさり行けそうだな」
真っ直ぐに伸びた歩道を直進すると、左側に大きな公園が見えてきました。
しばらくすると、道路を挟んで右側にも、細長い公園が見えてきました。
「何だよ、どっちの公園なんだよ」
ぼくは、苛立ちを隠せませんでした。
それでも、新緑の木々の近くに来ると、不思議と心が穏やかになりました。
「この辺は緑が多くていい場所だな」
「せっかくだから、公園のベンチで休んでいこう」
ぼくは、左側にある大きな公園に立ち寄る事にしました。
「とりあえずは、公園の入り口を探さないとね」
そんな事を思いながら、公園沿いを歩いていると、何とも言い難い違和感を覚えました。
ぼくは、その場に立ち尽くしました。
そして、辺り一帯を入念に見回したのです。
すると、程なくして違和感の正体が判明したのです。
それは、公園の入り口が見えた途端、周りの風景が安定して見えなくなったのです。
「これは一体どういう事なのか?」
ぼくは、道路を挟んで右側の公園にも目を向けてみました。
すると、遠くの方に立ち並んでいる木々が、真っ白い光に晒されて、チラついて見えたのです。
それらの木々は、太陽光と交じって白銀の輝きを放っていました。
木々を覆っている光が、どこから射し込んでいるのかは不明でしたが、妙に眩しかったのです。
「は~、あとちょっとで公園の入り口だっていうのにさ…」
「それに、何でこんなにも周りが見えにくいんだよ…」
ぼくは、もう一度右側にある公園に目をやりました
「うわっ!さっきとは、比べ物にならないほど眩しい…」
「これじゃ、まともに目が開けていられないや…」
ぼくは、思わず顔をしかめました。
「あの光は、じっと見てはいけない!」
「何か、精神に異常をきたすレベルで、ヤバい気がする…」
「ここは無難に、ほとぼりが覚めるまで目を閉じていよう」
ぼくは、近くにある自動販売機に手をつきながら、目蓋の向こうが暗くなる迄待ちました。
数分後、そっと目を開くと、さっきまでの視界が確保されていました。
どうやら、あの眩しい光は、短時間で輝きを失ったようでした。
ぼくは、ひとまずホッとしました。
「いざという時は、心を落ち着けて待ち続けていれば何とかなるもんだね」
「ただ、安心は出来ないけどね…」
「さっきの様な目眩ましを食らう前に、サッサと移動しないとね」
ぼくは、一刻も早く左側の公園に行きたかったのですが、短時間とはいえ強烈な光を浴びてしまったので、軽い頭痛がしてきました。
ただ、いつまでもこんな所に佇んでいる訳にはいきませんでした。
女神様からのお告げを胸に秘めながら、少しずつでも歩みを進める事にしました。
ぼくは、よろよろとしながらも、目の焦点が合う場所を探し続けました。
すると、足下の歩道だけは、鮮明に見える事が判明したのです。
しかし、それ以外の景色は、ぼんやりとした感じが続いていました。
それ故、平坦な歩道を歩いているだけでも、船酔いしたような感覚に陥りました。
「いざとなったら、足元の景色だけを便りに移動しよう」
「それにしても、他の景色はどうしてこんなにも不鮮明なんだろう」
いろいろと考えてみたところ、思い当たる節がありました。
「どう考えても、ハートの香水を処分したからに違いない」
「もしかしたら、ハートの香水は寝室に鎮座していないと、効力を発揮しないのかも知れないな…」
恐らく、あの香水には、誰かの思い入れが強く残っていたのでしょう。
それこそ、肌身離さず持ち歩いていたのかもしれません。
ただ、あの忌まわしい香水とも、明日の朝にゴミ置き場から回収されたら、完全に縁が切れる手筈でした。
とはいえ、ハートの香水があんなにもどぎつい匂いだとは思ってもみませんでした。
ぼくは、帰宅するなり何度も体を洗いました。
すると、気にならない程度までは、匂いを落とす事が出来ました。
ですが、手の付け根に付いた香水の匂いは、取り切れませんでした。
その匂いが、掛け布団にも移ってしまったので、どうにも気持ちが落ち着かず、なかなか寝付けませんでした。
ぼくは、この後きっと悪夢を見るに違いないと推測しました。
ですが、体に染み付いた香水の残り香だけでは、悪夢を具現化するのが難しかったのかも知れません。
そんな事情もあってか、周りの景色が見えにくい状態が続いていたのでしょう。
ぼくは、足元の視界だけを頼りに進んで行くと、左側の公園の入り口が見えてきました。
ここまでの道程に、随分と時間を掛けたものの、もう少しで一息つけそうでした。
ふと顔を上げると、周りの景色がくっきりと見える様になりました。
そして、ぼくの視界が一気に広がっていったのです。
ぼくは、迷わず左側にある大きな公園の中に入りました。
「ふぅ~、無理をしてでもここまで来た甲斐があったな」
ぼくは、一先ず安堵しました。
いつの間にやら、軽い頭痛も治まっていました。
「よし!この状態がキープ出来れば、何とかなりそうだ」
「ただ、喉が渇いて仕方がないから、どこかで水を飲まないと」
しかし、近くに水分補給が出来そうな場所は、ありませんでした。
「まあいいや」
「そんな事より、女神様から仰せつかった男性を探さなきゃ」
ぼくは、辺り一帯を入念に調べました。
すると、何処からともなくこんな音が聞こえてきたのです。
「そなたの向かう所は、ここではありません」
「早くしないと、2人の男性を見失ってしまいますよ」
「さあ、今すぐにここから出るのです」
その姿は見えないものの、夢の冒頭に出てきた女神様の声である事だけは理解しました。
ぼくは、思わず息をのみました。
「という事は、向かい側にある公園が正解ってことか」
「よ~し、それなら早速向かうか」
ぼくは、足早に公園を出ました。
すると、程なくして異変が起きました。
何と!ぼくの目の前が、真っ暗になったのです…。
「何だよ…、閃光の次は暗がりかよ」
思わず、ぼやいてしまいましたが、いずれの場合にせよ、状況が改善する迄じっと待つしかありませんでした。
しばらくすると、
「ジジッ、ザザザザー 」
という、音が響き渡りました。
その音と共に、暗がりの中から映像が浮かび上がってきたのです。
それは、アナログテレビの砂嵐の映像そのものでした。
ぼくは、それを見ながらこんな事を思っていました。
「クソっ、何なんだよ」
「何かしようとする度に、邪魔が入るじゃないか…」
「これじゃ、何も出来ないよ…」
ぼくは、憤りを覚えました。
ただ、砂嵐の映像は、ものの数秒で解除されたのです。
後で分かった事ですが、砂嵐が起こるタイミングは、夢の場面が変わる度に起きていたのです。
砂嵐が始まると、最初こそは大音量なのですが、次第に小さくなっていくのです。
しばらくして、砂嵐の音が完全に止むと、今度は、目の前が真っ白になるのです。
その直後に、新たな映像が始まるのです。
今回の夢は、場面毎に砂嵐を挟みつつ、途切れ途切れの映像を見る事になったのです。
砂嵐の映像は、不定期で起こるものの、おさまってからの視界は至って良好でした。
ここからは、砂嵐後の目眩ましから覚めた自分が、辺りにいる人を探すところから始まります。
辺りを見回すと、そこは公園の手前にある歩道だということが分かりました。
「何だよ…、最初に居た場所に戻ってきちゃったじゃないかよ…」
「でも、まあ、仕方がないか…」
ぼくは、大きく息を吸い込みました。
「とりあえず、ここから動かないとね」
「それと、現在地を確認しておかないとね」
近くにあった案内板を見ると、この先に公園があるのは間違いなさそうでした。
ぼくは、女神様から指摘された通りに行動する事にしました。
しばらく直進していると、左側に大きな公園が見えてきました。
その公園には、爽やかな風が吹き込んでいたので、ちょっとだけ立ち寄ろうかと考えました。
しかし、ここで寄り道をしてしまったら、2人の男性を見失う可能性がありました。
その為、左側にある公園に行くのは諦めて、2人を追う事にしました。
すると、程無くして右側の公園の遊歩道で、2人の若い男性が散歩しているのを発見したのです。
右側の公園に行くには、片側2車線の車道をを挟んでいる為、大回りして横断歩道を渡って行くか、歩道橋を越えるしかありませんでした。
ぼくは、迷わず歩道橋に向かいました。
何故なら、高い位置から彼らを追った方が、見失う恐れが少ないと考えたからでした。
ぼくは、全速力で歩道橋を駆け上がると、右側の公園を見下ろしました。
すると、程なくして、公園の小道を横並びで散策している2人の若い男性を見付けました。
「確か、女神様は、彼らの真後ろを尾行しろって言ってたよな…」
「でも、行くのはいいけど、怪しまれないだろうか?」
ぼくは、そんな事を思いながら、彼らとの距離を縮めていきました。。
2人の若い男性との距離が、10メートル以内になったところで、ぼくは走るのを止めました。
そこからは、慎重に距離を縮める事にしました。
ぼくは、彼らの会話が聞こえる所まで近付きました
2人の若い男性は、ゆっくりと歩きながら、大きな声で会話をしていました。
会話の内容は、右側の男性に最近彼女が出来たというものでした。
左側の男性は、快く祝福していました。
それに対して、右側の男性は、
「そう言ってくれるのはお前だけだよ」
と、照れくさそうにしていました。
その会話の中で、左側の男性は右側の男性を、きょういち君と呼んでいました。(今後は、右側の男性を、恭一君と表記します)
恭一「これからも、交際が続くようだったら、近いうちに紹介するからさ」
恭一君は、終始満足気にしていました。
今までの会話の中で、恭一君は左側の男性を、れいじ君と呼んでいました。(今後は、左側の男性を澪次君とします)
恭一「さてと、まずは、次のデートプランを考えないとな」
澪次「それならさ、カラオケなんてどうかな?」
恭一「そうだな~、ボーリングしてからカラオケに行くコースが楽しそうだな」
澪次「お前は昔からモテるからいいよな~」
恭一「いやいや、そんなことはないぞ」
恭一「失敗だって、かなりの回数あったからな」
澪次 「俺なんか、合コンの人数合わせにしか呼ばれないよ」
澪次「それに、いつも多めに払わされるからな」
恭一「それは、人に期待するからだよ」
恭一「うまいことやりたきゃ、自分から動かなきゃダメだよ」
澪次「まあ、理屈では分かっているんだけどさ…」
恭一「そんなに心配すんなって」
恭一「俺の方が落ち着いたら、そっちにも出会いの場を提供するからさ」
澪次「それは、是非にお願いしたいよ」
恭一「よし、任せとけ」
恭一「俺とお前の長い付き合いだからな」
恭一「だけど、それがいつになるかは分からないけどな」
澪次「それでも全然構わないよ」
澪次「でも、他力本願だけじゃ男が廃るから、こっちでも独自に頑張ってみるよ」
恭一「そうだよ、そのいきだよ!」
恭一「突破口さえ開いてしまえば、こっちのもんよ」
澪次「俺の場合、警戒されまくって終わりなんだよな…」
恭一「そんなの、誰だってそうだよ」
恭一「だから、最初のうちは個室には行かない事だよ」
澪次「そうだな、酒の席とかでも気を付けないといけないね」
恭一「あと、1人の女性には、常に何人かのライバルがいると思った方がいいぞ」
澪次「あ~、それ分かるわ~」
恭一「だから、女性と知り合ったら、基本毎日連絡をしないとな」
澪次「毎日なんて話す事あんの?」
恭一「そんなの何でもいいんだよ」
恭一「こっちの存在感を示すのが目的なんだからさ」
澪次「そこはマメにやらないとだね」
恭一「ライバルに先を越されたら、容赦なく切られる事も覚悟しないとな」
澪次「そん時は何て答えるの?」
恭一「へ~、彼氏出来たんだ、おめでとう!って言ってやるのさ」
澪次「そうなったら、残念会だね」
ここで、ぼくは2人から離れようとしました。
すると、思わぬ展開になりました。
澪次「おい!俺達は誰かに見られてるぞ」
(2人で辺り一帯を見回す)
恭一「何だよ~、誰もいないじゃないか」
澪次「おかしいな~、確かに気配は感じたんだけど…」
まさか、2人から遠ざかろうとしたタイミングで、怪しまれるとは思いませんでした…。
ここで、急に周りの景色が薄暗くなりました。
「ジジッ、ザザザザー」
ここで再び、眼前の映像が砂嵐に変わりました。
ぼくは、視界が改善する迄の間に、深呼吸をしながらじっと待ちました。
ここまでの会話を推察すると、2人の若い男性の関係性は、古くからの友達なのでしょう。
ぼくは、2人についていくのがやっとでした。
ただ、彼らは歩きながら会話をしていたにもかかわらず、不思議な事に全く息がきれていなかったのです
右側の男性が恭一君、左側の男性が澪次君で、2人共スポーツをしているのか、引き締まった体型をしていました。
ぼくが、2人の会話を聴き始めた時、恭一君は最近彼女が出来た事を、澪次君に自慢していました。
ただ、澪次君から祝福されてからは、恭一君に気持ちに変化がありました。
恭一君は、自分だけではなく、付き合いの長い澪次君にも彼女が出来て欲しいと思ったのです。
「シュゥゥゥー、キィィーーン」
(この音は、次の映像が始まる前に、聞こえてきたものになります)
ここで場面が変わり、ぼくはとある駅の階段を上っていました。
この駅では、高架の上に電車が走っていました。
ホームに着くと、東京寄りのホームに黄色いベンチが見えたのです。
ぼくは、ベンチに腰掛けようと思い、近付いて行きました。
すると、そのベンチに恭一君が座ってるのが見えました。
「あれ?さっきまでこのベンチは無人だったような…」
ぼくは、何だか気味が悪くなり、ベンチの脇に佇んでいました。
そこに、1人の若い女性がキョロキョロしながらやって来ました。
恭一は、照れながら立ち上がりました。
ぼくは、どんな感じの女性が来たのか気になりました。
なので、然り気無く恭一君の後ろ側に回り込みました。
そこで、女性の方に目をやった瞬間、ぼくの表情は凍り付きました。
何と!驚いた事に、その女性は絵美佳さんだったのです。
ぼくは、思わず視線を逸らしました…。
そして、透かさず、近くにあった自販機の裏側に身を隠しました。
しばらくして、ぼくは女神様からの言葉を思い出しました。
「そうだ、2人に気付かれそうになったら、目を逸らせばいいんだ」
そこで、2人に気付かれないようにして、観察する事にしました。
ここで重要な事は、絵美佳さんにこちらの存在を認識させない事だと思いました。
ただ、彼女の表情は生き生きとしていて、以前のぼくの夢に出てきた様な、オドロオドロしい感じは一切ありませんでした。
彼女は、真っ白なひらひらとしたワンピースを着ていました。
ワンピースの腰の辺りには、大きな結び目のリボンが付いていました。
絵美佳さんは、その服装に合わせるように、白いハンドバッグを肩に掛けていました。
恭一「今日は来てくれてありがとう」
絵美佳「こちらこそ、誘ってくれてありがとう」
恭一「とりあえず、ここに座りませんか?」
絵美佳「ええ、そうですね」
2人は、ベンチに座って楽しそうに話していました。
数分後、完全に2人の世界に入ったので、ぼくは恭一君と反対側のベンチに座りました。
すると、これから行く東京タワーについて語り合っていました。
恭一「俺が子供の時はタワー饅頭ってのがあったけど、まだあるのかな?」
絵美佳「さあ、最近だと聞いたことはないわ」
恭一「あれ、昔はマズいって噂だったんだけどね」
絵美佳「何それ~、おいしいんじゃないんだ」
恭一「ウケるだろ」
絵美佳「プッ、その知識必要あった?」
恭一「いや、まあ、つかみは大切だろう」
絵美佳「私は、うまく乗せられちゃったのね」
恭一「狙ったつもりじゃないんだけどね」
恭一「あっ、そうそう、行くからには展望台には行きたいよね」
絵美佳「そうね、展望台なんて何年ぶりかしら」
恭一「それじゃ、次の電車が来たら行こうか」
絵美佳「ええ、今日は遅くなっても大丈夫だから」
聞き取れた会話は、これだけでした。
2人のお喋りは、始めこそは周りにも聞こえる感じで話していました。
それが、時間が経つにつれ、2人の会話は段々と小さくなっていきました。
そして、遂には2人が何を言っているのか、全く聞こえなくなりました。
これ以上、2人の会話を盗み聞きするには、移動するしかありませんでした。
絵美佳さんと視線が合うリスクはあるにせよ、彼女の言動の背景を探るにはそうするしかありませんでした。
「とりあえず、2人の前側に行くしかないか」
「どんな会話をしているのか気になるからね」
「でも、深入りは禁物だよね」
「だから、2人の前を通り過ぎたら、改札に向かって走り去ろう」
ぼくは、まなじりを決して席を立つと、大回りをして2人の前側に出ました。
ここから先は、絵美佳さんと視線合わせないようにする為、地面が少し見える程度に薄目を開け、ゆっくりと歩みを進めていきました。
しかし、2人の前を通り過ぎたかな?と思った瞬間に、辺りの景色が薄暗くなりました。
ぼくは、慌てて引き返そうと思いました。
しかし、周りの景色が一気に暗くなったので、この場から逃げ出すことは出来ませんでした。
このまま闇に飲まれてしまうのか、場面が変わる前兆なのかは不明でしたが、2人を見失った事だけは確かでした。
ぼくは、暗闇の中でよたよたしてしまったので、何とかして体勢を立て直そうとしました。
それ故、体を支えられるような、壁や柱に触れようとしました。
すると、程なくして、頑丈な物を掴んだのです。
しかし、その形状は柱ではありませんでした。
「ん、これは?」
その何かをまさぐっていると、表面がツルツルしてしました。
「多分、これは背もたれじゃないかな?」
どうやら、この形状はホーム上にあるベンチのようでした。
「という事は、ついさっき通り過ぎたベンチに戻ってしまったのかな?」
「だとしたら、まだ場面は変わっていないのか?」
そんな事を思っていると、ぼくの右頬に砂混じりの強風が吹き付けました。
ぼくは、思わず顔を覆いました。
次第に、風の音が小さくなってきたので、不安を感じながらも、ゆっくりと目を開きました。
「やれやれ、やっと風がおさまったか」
「早く周りを確認しなくては…」
真っ先に、視界に飛び込んできたのは、駅のホームにあるベンチでした。
「確か、この座席には…」
ぼくは、一気に血の気が引きました。
何故なら、その座席はさっきまで絵美佳さんが座っていた場所だったからです。
ぼくは、その座席に片膝を付いたまま、しっかりと背もたれを掴んでしました。
「あれ、あれあれあれ?」
「これは、絵美佳さんが仕組んだ事なのか?」
ぼくは、頭が真っ白になり、急いでその場から離れました。
数分後、ぼくは深呼吸を繰り返し、落ち着きを取り戻しました。
辺りを見回しましたが、恭一君も絵美佳さんも消えていました。
それどころか、駅のホームには人っ子一人いませんでした。
「すいませーん」
「誰かいませんか~」
「‥‥‥‥‥‥‥」
「クソっ、また中途半端な展開かよ!」
ぼくは、イライラしながら言いました。
すると、ぼくの正面から生暖かい風が吹いてきたのです。
それから、ぼくの右耳の奥にこんな声が聞こえてきました。
「まだ、今の私を追っても無駄よ」
「見て欲しいのは、これからの私なのよ」
「早く追って来てね、フフフッ」
どうやら、この声の主は絵美佳さんのようでした。
この頃は、まだ幸福感が高めだったのか、明るい感じの物言いでした。
ここで、眼前の映像が砂嵐に変わりました。
「ジジッ、ザザザザー 」
この時ばかりは、場面が切り替わってホッとしました。
推察すると、恭一君が何かしらの形で知り合った絵美佳さんと、初デートの待ち合わせをしていたのでしょう。
恭一君の髪は、綺麗にセットされていましたが、服装はラフな感じでした。
それに対して、絵美佳さんの服装とおめかしは、かなり気合いが入っていました。
2人共、待ち合わせの時こそ緊張気味でしたが、お互いの顔を見合わせた途端、にっこりと微笑んでいました。
恭一君が、今日のデートコースを伝えると、絵美佳さんは俄然盛り上がりました。
絵美佳さんは、ふんわりとした髪を一つに束ねると、恭一君に熱い視線を送っていました。
その後、2人が何をヒソヒソと話していたかは不明ですが、それを聞こうとした瞬間に不思議な空間に引き摺り込まれて、次の映像に飛んでしまいました。
「シュゥゥゥー、キィィーーン」
ここで、また場面が変わりました。
辺りを見回すと、ここが何処かの駅前だという事だけは分かりました。
行き交う人々には、多くの若者がいました。
「とりあえず、この駅が何処なのかを確認しよう」
そう思い、駅の改札口へと向かいました。
「何となく改札口に来ちゃったけど、向かう先はこっちでよかったのかな?」
そう思ったのも束の間、ぼくの数メートル先には、恭一君と澪次君がいたのです。
ぼくは、急いで近くの売店で新聞を買いました。
そして、顔を半分隠しながら、彼らを尾行する事にしました。
「これは、ラッキーじゃないか」
「図らずも、こんな事があるなんて」
「おっと、もう少し距離を取らないと」
ぼくは、彼らを横目で見ながら、観察する事にしました。
恭一君と澪次君は、駅の改札口で誰かを待っていました。
すると、2人の前に絵美佳さんと連れの女性が来ました。
絵美佳「ごめーん、待たせちゃった?」
恭一「全然だよ、俺らさっき来たところだよな」
澪次「そうだね」
絵美佳「じゃあ、早速で悪いんだけど、お店に移動しましょうか」
恭一「OK!歩いて2分位だから、ゆっくり歩いて行くから」
それからは、4人は会話を交わす事も無く、近くにあるファミリーレストランに入って行きました。
会食の席は、恭一が予約していたのか、すんなりと案内されていました。
ぼくは、4人の会話が聞き取れる位置にある、2人掛けの席に座る事が出来ました。
店内は、それほど混んでいなかったので、ちょびちょび注文すれば長居しても問題なさそうでした。
(ここからは、食事中での4人の話しになります)
恭一「今日は、お互いの一番親しい友達を紹介しようって事で集まったんだ」
絵美佳「これからは、このメンバーで会う事も増えそうだからね」
恭一「とりあえず、一杯目はお酒でいいよね」
澪次「いいんじゃない、余ったらこっちで飲みますんで」
絵美佳「とりあえず、食事にしましょうよ」
恭一「そうだね、スープは温かいうちに飲まないとね」
絵美佳「そうね、冷めないうちにどうぞ」
食事中に、絵美佳さんは連れの女性を、やすこちゃんと呼んでいました。(今後は、絵美佳さんの連れの女性を、靖子さんと表記します)
恭一「まあ、今日はゆっくりとしていってよ」
澪次「悪いね~、僕はこういう場にはなかなか呼ばれないんですよ」
靖子「私も、こういう機会に巡り会うのは珍しいわ」
澪次「ところで、お2人は付き合ってどのくらいになるんですか?」
靖子「そうそう、私もそれ知りたかったわ」
絵美佳「そうね、もう半年以上にはなるわ」
澪次「そうなんだ」
靖子「じゃあ、今が一番楽しい時なんじゃない」
恭一「そうだね、今のところ順調だよね」
絵美佳「それでね、今度はお互いの友達を一緒にしちゃおうって訳なの」
澪次「ふ~ん、もう2人の将来は決まったようなもんだね」
絵美佳「いえいえ、そんなことはないわ」
恭一「でも、いい機会だとは思ったんでね」
澪次「成程ね、それで僕にも紹介してくれたんだね」
靖子「私、そんな事聞いていないわ」
恭一「まあまあ、そんなに警戒しなくても」
澪次「ごめん、ちょっと口が滑っちゃったかな…」
絵美佳「でも、見た感じ2人はとってもお似合いよ」
恭一「実は、俺もそう思っていたよ」
澪次「いや~、そう言われると恥ずかしいですよ」
靖子「そうかなぁ、傍から見るとそんな感じなのかな」
恭一「それに、澪次みたいにいい奴はなかなかいないから」
澪次「何か、うまく乗せられてるな~」
絵美佳「やすこちゃんって恋人募集中なのよね」
靖子「それはそうなんだけど…」
恭一「澪次は、昔バンドでベースをやってたんだぜ」
靖子「そうなんですか」
澪次「ライブハウスに出演した事もあるけど、今となってはいい思い出だよ」
絵美佳「やすこちゃんは、昔ピアノを習っていたのよね」
恭一「俺は音楽の事は分からないけど、2人だったら話せるんじゃないかな」
靖子「そうね、いい機会だからいろいろとお話しましょう」
澪次「そもそも、楽器を始めたきっかけは、向かいの家のあんちゃんがギターを弾いていたからなんだ」
澪次「だけど、スタジオ代が高くてね、もう引退してしまったよ」
靖子「私は、幼稚園から音楽教室に通っていたけど、小学生で辞めちゃったのよね」
澪次「そうなんだ、音楽ってそうそう続けられないからね」
靖子「そうね、私達ってその辺が似ているのかもね」
ここで、ぼくは猛烈にトイレに行きたくなってしまいました。
ただ、トイレに行くには、絵美佳さんの近くを通って行かなければなりませんでした。
「ええい、ここで漏らす訳にはいかないじゃないか!」
ぼくは、慌てて席を立つと、その拍子に手が滑って新聞を落としてしまいました。
「し、しまった…」
急いで、新聞を拾い上げようとした時、一瞬だけ絵美佳さんと目が合ったような気がしました。
「今、鋭い眼光で睨まれたような…」
「い、いや…、あんな一瞬でぼくの存在を感付かれる訳ないじゃないか」
ぼくは、新聞を置き去りにして、トイレに向かって走って行きました。
しかし、さっきまで見えていた、トイレの案内看板が無くなっていました…。
「おいおい、いくらなんでもそれはないじゃないか…」
そう思った時、左前方にトイレの入り口扉が見えたのです。
「よし、このままトイレに逃げ込もう」
ぼくは、無意識のうちに早足になりました。
絵美佳「あの、新聞を落とされましたよ」
後ろから、絵美佳さんと思われる声がしました。
その声は、とても明るい感じでした。
傍から見れば親切な行為なのですが、ぼくは背筋が凍る感覚になりました。
絵美佳「さっき、落としていたのを見ていたので、間違いないと思いますよ」
絵美佳さんは、優しく語りかけてくれました。
しかしながら、ぼくは振り向く事は出来ませんでした。
絵美佳「どうぞ」
しわくちゃな新聞が、ぼくの左側にぬうっと出ました。
ぼくは、差し出された新聞を受け取りましたが、彼女の顔を見る事は出来ませんでした。
「あ、ありがとうございます」
絵美佳「いいえ、じゃあ私はこれで」
「ふう~~」
「何だよ、焦らせんなよ…」
新聞で顔を隠して立ち去ろうとしたところで、絵美佳さんがぼくの前に回り込んで来ました。
ぼくは、咄嗟に視線を下に逸らしました。
絵美佳「あの、さっきから私達の事をずっと見てましたよね?」
「いや…、そんな事はしていないですよ」
絵美佳「隠したってダメですよ!」
絵美佳「私達の誰を見張っていたんですか?」
「もしかしたら、無意識に見とれていたかも知れませんが、他意はないですよ」
絵美佳「隠さなくてもいいですよ、私は誰にも言いませんから」
絵美佳「ほら~、早く~」
「いやいや、誤解ですって!」
絵美佳「ふ~ん、そんな言い訳が通用すると思うの?」
絵美佳「それとも、ここに全員連れて来てもいいんですよ」
「そ、それは…」
ぼくは、ポケットに入れていた千円札を握りしめて、レジに向かって走りました。
「これで会計して下さい!」
店員さんに向かって、折畳んだ千円札を投げつけると、急いで出入口に向かいました。
荒っぽく扉を開け、かろうじてお店の外には出たものの、そこから先はラズベリー色の空間しか存在していませんでした。
「クソっ、ここから先の空間は、想像していなかったって事か…」
ただ、ぼくには戻るという選択肢は、考えられませんでした。
前方を見ると、白っぽい縁石で区切られた一本道だけが確認出来たので、そこに向かって飛び出して行きました。
すると、絶妙なタイミングで眼前の映像が再び砂嵐に変わりました。
「ジ、ジジーッ、ザザザザー 」
レストランで、絵美佳さんに因縁を付けられていた時、ぼくの心臓は破裂しそうでした。
「いくら、顔を隠していても、ぼくが観察している時は顔の半分が見えているんだろうな」
「じゃないと、こんな事にはならないんじゃないか?」
「いや待てよ、尾行の時から気付かれていたとか?」
「いやいや、ぼくは恭一君の事をマークしていたのに、彼からは疑いの目は向けられていないじゃないか」
「う~ん、いつまでもこの問題について考えていても堂々巡りだな」
とりあえずは、目先の危機を脱した事だけは確定的でした。
推察すると、恭一君と絵美佳さんがお互いの友達を紹介していたようでした。
この会食で、澪次君と靖子さんをくっつけようという思惑がありましたが、初対面だったのもあって、最終的にはそれほど盛り上がりませんでした。
というのも、靖子さんは絵美佳さんとばかり話をしていたので、澪次君は完全に取り残されてしまったのです。
それでも、最後の最後には恭一君が仕切ってくれたので、皆で携帯番号を交換する事になりました。
絵美佳さんが、“また4人で会いたいね”と言った時には、嫌な顔をする人はいませんでした。
「シュゥゥゥー、キィィーーン」
ここで、また場面が変わりました、
「ここは、どこだろう?」
「前に来たレストランよりは高級な感じだけど…」
ぼくは、慌てて財布の中をチェックしました。
「まあ、クレジットカードがあるから何とかなるだろう」
「それよりも、この付近を入念にチェックしないと」
ぼくは、そっと立ち上がり、店の入り口付近を凝視しました。
すると、恭一君と絵美佳さんが、颯爽と入店してくるではありませんか。
「マズい…、とにかく隠れないと」
ぼくは、テーブルに置いてあったメニューで顔を隠しました。
程なくして、細身でオールバックでのウエイターが、ぼくの近くに来ました。
ウエイターは、落ち着いた感じで接してきました。
「お客様、ご注文はお決まりでしょうか?」
「あ、ああ」
「そうだな、このセットにしようかな」
「かしこまりました」
「お客様、メニューをお下げしましょうか?」
「いえ、まだ見たいので後から渡すから」
「かしこまりました」
人によっては、何が何でもメニューを下げようとするウエイターもいますが、この方はぼくの申し出を快く受け入れてくれました。
「ふぅ~、これが無くっちゃバレバレだっつーの」
ここで、もう一人のウエイターがお客様を案内してきました。
「お客様、こちらがご予約席でございます」
恭一君と絵美佳さんは、アクリルの間仕切りを挟んでぼくの反対側の席に着きました。
アクリルの間仕切りは、曇り加工されていたので、立ち上がりさえしなければバレる恐れはなさそうでした。
「な、何だよ…、けっこう近いじゃないか」
間仕切り越しではありましたが、恭一君と絵美佳さんが幸せそうに食事をしている様子が見て取れました。
雰囲気的には、2人は何度もデートを重ねて親密な関係になったようです。
恭一「俺は、このレストランに前から来たいと思ってたんだよ、」
絵美佳「落ち着いた感じでいいお店ね」
恭一「知る人ぞ知るレストランだからね」
絵美佳「けっこう無理したんじゃない?」
恭一「なあに、俺だってたまには見栄を張りたい時だってあるさ」
絵美佳「そうね、今日は厳かなシチュエーションを楽しみましょうね」
「お客様、前菜でございます」
「ごゆっくりお過ごし下さいませ」
恭一「さあ、遠慮せずにどうぞ」
絵美佳「ありがとう、とっても嬉しいわ」
恭一「なあに、俺も前々からこういったレストランに来たかっただけなのさ」
絵美佳「何か緊張するわね」
恭一「実は、平静を装っているけど俺もなんだよ」
絵美佳「こんなにいいお店なら、ほとんどの女の子は喜ぶと思うわ」
恭一「まあ、俺にはこんな事しか出来ないからさ」
「お客様、こちらが本日のスープでございます」
「温かいうちにお召し上がりくださいませ」
恭一「さあ、これからはドンドン来るから食べるのに集中だな」
絵美佳「そうね、心して頂きましょう」
お2人が、ほとんど周りも見ずにお食事に夢中になっていたので、ぼくも警戒を解く事にしました。
しばらくして、ぼくのテーブルにもセットメニューが届くと、ゆっくりと食事を楽しみました。
食事の後に、恭一君が絵美佳さんにプレゼントを渡しました。
絵美佳さんが嬉しそうに開けたプレゼントは、ハート型の香水だったのです。
その様子は、間仕切り越しにも伝わってきました。
この場面こそが、ハート型の香水のルーツが分かった瞬間でした。
推察すると、絵美佳さんの誕生日か記念日に恭一君がプレゼントを贈ったのでしょう。
それこそが、昨日ぼくが躍起になって処分した香水という事なのでしょう。
絵美佳「今度は私からプレゼントさせてね」
恭一「だったら、プロ野球のチケットがいいな」
絵美佳「それって私も一緒に?」
恭一「当たり前だろう、他に誰と行くんだよ」
絵美佳「フフフッ」
恭一「今度はラフな格好で行けそうだな」
絵美佳「そうね」
恭一「あのさ、話は変わるけど、さっきから誰かに見られているような気がしない?」
それを聞いて、ぼくはドキッとしました。
絵美佳「そんな事はどうでもいいわ」
絵美佳「もし、そんな人が隣にいたとしても、今の私には関係ないわ」
恭一「でも、俺には気になって仕方がないんだよ」
絵美佳「そう、どうしてもって言うんなら、向こう側にいる人を偵察してあげようか?」
恭一「だったら、同時に立ち上がろうぜ」
ぼくは、今度ばかりは逃げられないと覚悟しました。
その時、ウエイターがぼくの近くを通り掛かったので、必死になって声を掛けたのです。
しかし、そのウエイターは、ぼくの事を無視して通り過ぎて行ってしましました…。
その直後、ぼくの背後から冷たい視線を感じたのです。
ぼくは、可及的速やかに席を離れました。
そして、伝票を持って会計に向かったのです。
後方から、誰かが付いて来る気配はなかったものの、レジには誰もいませんでした。
「すいませーん」
「会計お願いしまーす」
右手を上げながら周りを見回すも、梨の礫でした。
ぼくは、無意識的にレジカウンターの上に置いてあった電卓を見ていると、
「お客様」
不意にそう呼ばれたのです。
振り向くと、そこには誰もいませんでした。
それどころか、さっきまで居たレストランでもなかったのです。
どういう訳か、そこは薄暗い事務所の中でした。
ぼくは、訳が分からなくなり、その場にへたり込んでしまいました…。
「ジジッ、ザザザザー 」
ここで、再び映像が途切れました。
窮地から救われた感はあったものの、ぼくの心音は高止まりしていました。
この場面を推察すると、恭一君と絵美佳さんの交際は順調なのでしょう。
恐らくは、ぼくの存在も察知していたんだと思います。
しかし、2人は深追いしてきませんでした。
それだけ、今日という日が特別だったに違いありません。
「シュゥゥゥー、キィィーーン」
ここで、また場面が変わりました。
今度は、夜景が一望出来るお洒落なレストランでした。
周りを見るとカップルばかりでした。
この場面では、ぼくは既にカウンター席に座っていました。
ぼくの前には、何品かの食事と白ワインが並んでいました。
「何だよ…、いきなり場面が飛んだな」
「でも、まあ、こんな所にはカップルでもないと来ないしな」
「とりあえず、ワインでも一杯」
「いやいや、そんな事より早く周りを確認しなきゃ」
そんな事を思っていると、ぼくの真後ろから聞き覚えのある声がしました。
その声は、紛れもなく恭一君と絵美佳さんでした。
眼下に見える、夜景が眺望出来る窓際の席には、恭一君と絵美佳さんがフォーマルな服装で着席していたのです。
ぼくは、慌てて顔を背けました。
しかし、この時の2人は、全くもってぼくに関心を向けませんでした。
これは、ぼくにとって好都合でした。
今度ばかりは、ゆっくりと観察出来そうでした。
ぼくの目の前には、料理が並んでいましたが、手を付ける気にはなりませんでした。
何故なら、この場面での会話が重要な要素だという事が、犇々と伝わってきたからです。
ただ、自然な感じを演出する為に、白ワインのグラスを持ったまま2人の会話を聞いてみる事にしました。
見たところ、恭一君と絵美佳さんは、大事な話をしている最中でした。
恭一君は、ゆったりと腰掛けていましたが、絵美佳さんは前のめりになって話していました。
絵美佳「ねえ、最近どうしたの?」
絵美佳「なかなか連絡がとれないじゃないの」
恭一「ああ、仕事が忙しいんだよ」
恭一「それに、資格試験が3ヶ月後に迫っているんだよ」
恭一「前回は落ちたんで、何としても取りたいんだよね」
絵美佳「それはそうとして、最近冷たいんじゃない?」
恭一「でも、こうやって会っているじゃないか」
絵美佳「それはそうだけど…」
恭一「そうだよ、考え過ぎだよ」
絵美佳「そうかなぁ」
恭一「あと、もう一山仕事が片付いたら前みたいに会えると思うぜ」
恭一「それに、資格試験に合格すれば、給料も上がるし将来は安泰なんだよ」
絵美佳「だったら、そのタイミングで一緒になるべきじゃない?」
恭一「俺だって考えてはいるさ」
絵美佳「じゃあ、今ここで言葉にしてよ」
恭一「そうは言ってもな、こういうのは周りに認められてからだろ」
恭一「今は、少しでも箔をつけとかなきゃいけない時期なんだよ」
絵美佳「事情は分かったけど、落ち着いたら私の両親に会って欲しいわ」
恭一「その前に俺の両親からでもいいか?」
絵美佳「ええ、勿論それでも構わないわ」
恭一「じゃあ、3ヶ月位先に予定しといてよ」
恭一「その頃には、仕事も落ち着くだろうからさ」
絵美佳「ええ、心待ちにしているわ」
絵美佳「あ、それからね、恭君の事は携帯番号しか知らないから、住所とかご実家の連絡先も教えて欲しいな」
恭一「あー、今は疲れているから勘弁してくれよ」
絵美佳「でも、携帯だけじゃ不安なの」
恭一「分かったよ、次に会った時には一番で渡すからさ」
絵美佳「約束よ、私には恭君しかいないんだから」
恭一「あのな、実際にご両親に会うのは、4、5ヵ月先になると思うけど待てるか?」
絵美佳「バカにしないでよ、それくらい何の事はないわ」
恭一「ハハハ、そうだよな」
(ここで、絵美佳さんの頭をゆっくりと撫でる)
絵美佳「それに、私の我が儘で恭君に嫌われでもしちゃったらお終いだわ」
絵美佳「今はお仕事を優先しないとね」
恭一「分かってくれて嬉しいよ」
絵美佳「私だって、こんな事で破談にしたくはないわ」
恭一「次の連絡は、仕事の関係で1週間位先になるけど、必ずこっちからするから」
絵美佳「でも、あんまり無理はしないでね」
(ここで、絵美佳さんが恭一君のネクタイを軽く引っ張る)
恭一「前よりも会えないけど、ここが踏ん張りどころだよ」
恭一「あと、両親とのご挨拶は、プロ野球観戦が終わってからでもいいか?」
絵美佳「そうね、そんなに急ぐ事はないわよね」
恭一「自分へのご褒美も大切だからね」
ここまで聞けば、ぼくにとっては充分でした。
この場面では、お2人がぼくの事を気に掛けている時間さえない事もよく分かりました。
「この辺で、早々に立ち去るとするかな」
音を立てないようにして会計に向かうと、他のカップルがドカドカとぼくの前に入ってきました。
「あ~、もうっ!」
ぼくは、いつにも増してイライラしていていました。
どの場面でも、ぼくが立ち去ろうとするタイミングで、必ず邪魔が入るからです。
「それにしても、あのコース料理のお値段はお幾らなんだろう?」
「まあ、とにもかくにも、カードを切るしかないけどね」
伝票ホルダーを開いて金額を見ようとした瞬間に、目の前が霞んで見えたのです。
そして、眼前の映像が再び砂嵐に変わりました。
「ジジッ、ザザザザー 」
絵美佳さんは婚約するのを望んでいるのに、恭一君は携帯番号以外の情報は教えていないようでした。
それならばと、絵美佳さんは恭一君を実家に招こうとしましたが、仕事を理由にして行こうとはしませんでした。
推察すると、交際を発展させたい絵美佳さんに対し、恭一君はそうはさせまいとのらりくらりと躱している様子でした。
「シュゥゥゥー、キィィーーン」
ここでまた場面が変わり、自宅の電話機で何度も何度も焦って電話を掛けている絵美佳さんがいました。
どうやら、相手先の携帯電話が解約されたのか、連絡が取れずに失意に陥っていました。
そこで絵美佳さんは、先日携帯番号を交換した澪次君に電話を掛けました。
すると、澪次君も恭一君と連絡がつかなくて困っていました。
推察すると、絵美佳さんは恭一君と急に連絡が取れなくなり、澪次君に彼の連絡先を尋ねたのでしょう。
ただ、澪次君も恭一君と連絡がつかない事を考えると、携帯電話の故障か何かで、新規契約したらまた電話してきてくれるんだろうと絵美佳さんは思っていました。
しかし、1週間経っても連絡がありませんでした。
絵美佳さんは、憂いに満ちていました。
澪次君も、このままでは交友関係が消滅してしまうと思い、恭一君の実家に連絡してみましたが、電話口に出た恭一君のお母さんも携帯番号を知りませんでした。
夢にはまだ続きがありますが、途切れ途切れに見える場面を理解するのはとても大変でした。




