第2部、第2章~以前とは感じが違う司会役
お見合いパーティーの当日、ぼくはいつもより早めに家を出ました。
今日こそは、カップルになりたいとは思っていましたが、飲み会の時に聞いた悪徳業者の事が心の奥底に引っ掛かっていました。
「カップルになったとしても、社会人クラブや展示会の女性だったらどうしよう…」
「いやいや、誠司君の忠告通り、卒なくやれば大丈夫な筈」
「でも、女性から言い寄られた経験がほとんどないから、そうなった時に冷静さを保てるだろうか?」
「まあ、そん時はそん時なんじゃないかな?」
「とにかく、男1人じゃないって事を地道にアピールするしかないな…」
電車での移動中は、そんな事を考えていました。
渋谷のハチ公前には、17時20分頃に到着しました。
それから、5分位はハチ公像の近くに佇んでしましたが、2人が来ている様子はありませんでした。
ぼくは、注意深く辺りを見回していました。
しかし、17時30分になっても誠司達を探し切れなかったので、手筈通り道玄坂にある映画館に向かう事にしました。
ゆっくりと道玄坂を上って行くと、難なく映画館のあるビルに辿り着きました。
そこで、どんな映画が上映しているのかと思って、デジタルサイネージモニターを見ていると、ふいに後ろから声を掛けられました。
誠司「よう!今着いたのかよ」
剛史「たった今ね」
実「俺は5分前にはここに着いたよ」
剛史「ハチ公前にいたけど会わなかったね」
実「ああ、あの場所はあまりにも混雑してたから、道玄坂に直行したよ」
誠司「俺はもっと早く来ていたけど、やる事がないから周辺を散策していたよ」
剛史「どれくらい前に着いたの?」
誠司「1時間半以上は前だったよ」
剛史「もしかして、お見合いパーティーに参加する人達を、この辺でチェックしていたとか?」
誠司「それだけじゃないぜ、向かいのビルから1回目のパーティーが終わった奴らも観察していたからな」
実「へ~、そんなのが役に立つのかよ?」
誠司「いやいや、実際は誰がお見合いパーティーに参加したかなんて分からなかったよ」
実「まあ、単純に映画に行った奴らかもしれないしな」
誠司「そうなんだよ、見るには見たけど途中で諦めたよ…」
剛史「ふ~ん、それにしても誠司君の気合いは凄いよね」
誠司「いつもは、こんな事しないけどな」
実「まあ、とにかく剛史が間に合って良かったよ」
誠司「そういや、久し振りに3人が揃ったな」
剛史「そうだね、誠司君の不退転の意思が僕らを導いたんだと思うよ」
実「まあ、どのみち帰りに反省会をやるんだろうな」
誠司「おいおい、今からそういう事を言うか~」
実「そうだな、悪い悪い…」
剛史「でも、来たからには、そろそろ初日を出したいよね」
誠司「俺なんて、1回目のパーティーでカップルになれると思っていたよ」
実「実は俺もな」
剛史「ぼくは、3回位出ればカップリングすると思っていたよ」
実「現実は厳しかったな…」
誠司「まあいいや、そろそろ会場に行くからな」
実「そうだな」
パーティー会場に入ると、誠司君が振り込み用紙を受付けの男性に渡しました。
「ありがとうございます、振り込み用紙は回収させて頂きます」
誠司「今日は、友達を連れてきたから3人分ね」
(受付けの方がぼくと実君に向かって)「ありがとうございます、今後も是非当社のパーティーを御贔屓に願います」
剛史「ど、どうも」
実「今日は頑張らせてもらうよ」
「はい、出来る限りのサポートをさせて頂きますので、ひとつよろしくお願いします」
誠司「今日は中止にならなくて良かったよ」
「私も本当にそう思いますよ」
「お話し中のところ失礼しますが、こちらのプロフィールシートを、お一人様1部ずつお持ち下さい」
ぼくは、何気なくプロフィールシートを受け取りましたが、一目見るなり唖然としました。
何故なら、女性参加者の基本データが所狭しと書かれていたからでした。
「あの、お客様!裏面もございますのでご注意願います」
何だろう?と思って裏面を見ると、そこには男性参加者の基本データもびっしりと書かれていたのです。
ぼくは、女性より男性のデータの方が気になりました。
その理由は、今迄は男性のデータを見る機会がなかったからでした。
誠司「じゃあ、座席の方に行くからね」
「行ってらっしゃいませ」
久々に3人で参加したパーティーは、開始前の段階では昔と変わりませんでした。
男性は右側、女性は左側の壁沿いで待機するよう案内されていました。
うちら3人は、壁沿いに並んでいる椅子に腰掛けました。
この日は2回開催で、1回目は14時~16時、2回目は18時~20時でした。
1回目の参加条件は、男性22~26歳の社会人で、女性は20~24歳で職業不問でした。
職業不問というのは、定職に就いていてもいなくてもOKなので、学生さんが来ている事が多々あります。
他には、家事手伝いやフリーターの方もいますが、彼女達に共通しているのは金銭的にあまり余裕がないという事です。
なので、女性側が職業不問の場合は、最低1食分以上気前よく奢る気であれば、アフターに連れ出す可能性が高くなります。(1回の会食で終わる事が多数ですが…)
我々が参加する2回目の条件は、男性24~28歳の社会人、女性22~26歳の社会人(アルバイト可)でした。
年齢に関しては目安であって、プラスマイナス1歳ならOKとの事でした。
予約に空きがあるようなら、プラスマイナス2歳まで可ですが、要相談と記載されていました。
パーティーは、何れの回も20対20でした。
受付けを済ませると、会場係の方から番号札を渡されました。
ぼくは、いつも通りに番号札を胸の辺りに付けました。
番号札は、誠司君が10番、実君が11番で、ぼくが12番でした。
誠司君は、つい最近までパーティーに出ていたので、余裕綽々でしたが、ぼくと実君は若干緊張気味でした。
ぼくは、待機時間にサクラを見分ける霊感を発動させる事にしました。
暫くの間、目を閉じたまま5回程深呼吸をしました。
「願わくば、我にサクラの存在を示したまえ」
ゆっくりと目を開き、辺りを見回しました。
しかしながら、何の変化もありませんでした。(言うまでもなく男性側もチェックしました)
「という事は、今回は仕込みのサクラは無しか」
「だったら、業者対策だけになるな」
「とりあえず、近付いてきた女性には気を付けないといけないな…」
「それと、後から来るサクラにも気を付けないと…」
とは思いましたが、この日はうちら3人が最後の入場者でした。
数分後、いよいよパーティーが始まりました。
男女比は、男性20対女性22でした。
誠司君から、最近は女性が多いと聞かされていましたが、ほぼ同数でした。
アップテンポの楽曲が小さめになっていくと、司会役の方がマイクを持って中央にやって来ました。
昔のパーティーでは大音量のBGMで、司会の方はDJっぽく早口で喋っていました。
それが、この日の司会者は、タキシード姿で髪型はオールバックでした。
過去に、ホテルの支配人でもやっていたかのような、落ち着きのある初老の紳士がゆっくりと話をしていました。
「皆様、本日は弊社のパーティーにご参加頂き、誠にありがとうございます」
「私は、司会進行を務めます鍋嶋一郎と申します」(以後、鍋嶋さんと表記します)
鍋嶋「1組でも多くカップルが誕生する事を心から願っております」
鍋嶋「カップルまでは…、と思われるようでしたら、ハードルを下げてみるのも一興ですよ」
鍋嶋「まずは、お友達になってお気軽に飲みに行かれてはいかがでしょうか?」
と、いった感じで、とても丁寧な口調で進行していきました。
鍋嶋「それでは皆様、お待ちかねのパーティーを開始致します」
鍋嶋「恐れ入りますが、この後に配置換えがございますので、それが整う迄の間、私共は控室で待機させて頂きます」
そう言うと、司会役の方は控室に入って行きました。
お見合い回転寿司をやる様子もないので、これからどうするんだろうと思っていると、3人の係員が会場の中央にマイクスタンドとお立ち台を持ってきました。
係員の方が、手際よくマイクスタンドの高さを調節すると、クリップにマイクを取り付け音量をチェックしました。
「あ、あ、あ、チェック、チェック、チェック」
「ちょっと下げて」
「あ、あ、チェック、チェック、どうですか?」
「この位で大丈夫で~す!」
その後、会場係の方がお立ち台に立つと、スポットライトの向きを調整しました。(スポットライトは常設の様でした)
「もうちょい左に向けて!」
「あっ、行き過ぎ!もうちょい右ね」
「これでどうですか?」
「は~い、OKです!」
会場係の方は、高々と手を挙げました。
「とりあえず、一旦消して~」
「了解でーす」
作業が終わると、設営の方々は引き上げて行きました。
すると、設営の様子をこっそりと窺っていた司会者が、間髪入れずに会場の中央にやってきました。
鍋嶋「それでは、1番の男性の方からこの台に上がって下さい」(1番の男性がお立ち台に上がる)
鍋嶋「業務連絡致します、照明さんは1番の方にスポットを当てて下さい」
「どうですか~?」
鍋嶋「OKでーす!この後は参加者の皆さんによって微調整願いま~す」
「了解でーす」
鍋嶋「はい、皆様大変お待たせしました」
鍋嶋「それでは、1番の男性は女性の方々をゆっくりと見回して下さい」
鍋嶋「女性の皆さんは下を見ないようにして下さい」
鍋嶋「終わりましたら、私に合図を送って下さい」
鍋嶋「次の方も、同様に進めて下さい」
鍋嶋「その後は、マイクに向かって自己紹介をお願い致します」
鍋嶋「内容はお名前から始まり、あとはご年齢、ご職業、ご趣味等、何でも構いません」
鍋嶋「お1人様1分を予定しておりますが、早く終わるようでしたら私の方から質問を致します」
鍋嶋「それでは、1番の男性からよろしくどうぞ!」
そこで、ようやく1番の男性が話し始めました。
「え~、えっと、わ、私の名前は小柳佐紀夫と申します」(以後、1番の男性は小柳さんと表記します)
小柳「年齢は25歳で、しょ、職業はサービス業です」
小柳「しゅ、趣味は野球観戦と飲み歩きです」
小柳「ど、どうぞよろしく」
鍋嶋「はい、ありがとうございました」
鍋嶋「予定より早く終わってしまったので、私から1つ質問ですが、サービス業とはどんな事をなさっているのですか?」
小柳「あっ、はい、コ、コピー機の営業をしています」
鍋嶋「はい、ありがとうございます」
鍋嶋「男性1番の小柳さんでした~」
鍋嶋「皆様、拍手~」
「パチパチパチパチ…」(一同)
鍋嶋「皆様は、舞台等で行うカーテンコールをご存じでしょうか?」
鍋嶋「演者さんがお客様に向かって左右中央に一礼するのがありますね」
鍋嶋「それを、皆様にも自己紹介が終了した時に、おやりになって頂きたいのです」
鍋嶋「それでは、1番の男性は女性の皆さんに向かって、カーテンコールの要領で一礼して頂けませんか」(1番の男性はそれぞれの方向で一礼する)
鍋嶋「女性の皆様、記憶に留めたでしょうか?」
鍋嶋「それでは、2番の男性と交代して下さい」
まさか、お見合いパーティーがこんな形式になっているとは思いませんでした。
誠司君は、何回かお立ち台を経験していたので、上手に話していましたが、ぼくと実君は緊張してしまい噛みまくりました。
お立ち台方式だと、上手に話せるようになるのに経験が必要でしたが、お見合い回転寿司では知り得ない同性の情報が入るのが利点でした。
男性側の順番が全て終わると、1番の女性がお立ち台に立ちました。
すると、司会者がセンターマイクを男性側に移動しました。
ピンスポットの位置も調整され、いよいよ準備が整ったようでした。
鍋嶋「皆様、大変お待たせ致しました」
鍋嶋「それでは、1番の女性の方は男性の方々をゆっくりと見回して下さい」
鍋嶋「目があった男性で、いいと思った方にはウインクするのもいいと思います」
鍋嶋「男性の方々も、気に入った女性には何かアピールするのもいいでしょう」
鍋嶋「例えば、投げキッスなんかいかがでしょうか?」
男性側とは違う案内に、参加者の皆さんは戸惑っていましたが、司会の男性にクレームをつける人はいませんでした。
鍋嶋「それでは、1番の女性から自己紹介をお願いします」
「はい、えっと、私の名前は住谷彩季と申します」(以後、1番の女性は彩季さんと表記します)
彩季「え~、年齢は24歳です」
彩季「職業は事務員で、旅行が趣味です」
彩季「プロフィールシートを見てもらって、私と家が近そうな方は気軽に話し掛けて下さいね」
彩季「どうぞよろしくお願いします」
鍋嶋「はい、ありがとうございます」
鍋嶋「少しばかり時間があるので、私から質問を致します」
鍋嶋「おすすめの旅行先ってどこですかね?」
彩季「ええ、パリに行った時は良かったですよ」
鍋嶋「ほうほう、では、新婚旅行で行きたい所はありますか?」
彩季「それは、オーストラリアです!そこだけは行かずに取ってあるんです」
鍋嶋「きっと行けますよ、頑張って下さいね」
彩季「ありがとうございます!」
鍋嶋「はい、皆様、拍手~」
「パチパチパチパチ~」
鍋嶋「それでは、2番の女性と交代になります」
女性への質問は、若干長めに感じましたが、それはそれで良かったと思いました。
やはり、インタビュー形式になると、何となく本音が出てしまうようでした。
それからは、流暢に話す人や、ガチガチに緊張しながら話す人もいましたが、お立ち台形式の自己紹介は順調に進んでいきました。
ただ、女性へのアピールで“ヒューヒュー”言っていた6番の男性は、司会者から注意されていました。
やはり、自己紹介時の厳かな雰囲気を壊されたくなかったのでしょう。
男性からのアピールに関しては、投げキッスまたは手を振るかのどちらかになりました。
その後、18番の女性がお立ち台に上がった時に、誠司君は憤慨し始ました。
そして、ぼくと実君に近くに来るよう手招きしました。
実「何だよ、邪魔をするなよ!」
剛史「そうだよ、いいところなんだからさ!」
誠司「なあ、彼奴の顔をよ~く覚えとけよ」
実「だから、何なんだよ!」
誠司「剛史も、よ~く見ておけよ」
剛史「うん、でもどうしたの?」
誠司「今は自己紹介中だから後で言うよ」
剛史「分かったよ…」
誠司君のこの一言で、ぼくと実君の浮かれた気持ちが一変しました。
ぼくは、前に向き直ってからもう一度誠司君を見ると、お立ち台にいる女性に対し怒りを込めて睨み付けていました。




