【初編】第7部~夢から覚めた現実 第1章~大通りの信号待ち ~初編終了~
「ピピピピ、ピピピピ、ピピピピ…」
電子音の目覚まし時計が鳴り響きました。
「パシッ」(アラームを止める音)
「う、うっ…、う~ん?」
ぼくは、夢から覚めました。
夢だった事に安堵していたものの、いつも以上に涎を垂らしてしまいました。
なので、慌ててティッシュを抜き取り涎を拭き取りました。
「何だぁ…、夢か…」
「そうだよな…、夢だよな、こんなの…」
「いくら激しくキスをされたからって、あんな無様に死ぬ事なんてあり得ないからね…」
「それと、誠司君ならまだしも、ぼくがあんなにモテる訳ないじゃないか」
「いや~、それにしても何だったんだあの夢は…」
「でも、夢で良かった~」
ふと目覚まし時計を見ると、出勤する時刻が迫っていました。
勤務先迄はそれほど遠くなかったので、通勤時間は35~40分位でした。
ただ、遅刻をすると厳しいペナルティーがあったので、いつも余裕を持って1時間20分前には出社していました。
しかし、起きた時点で始業の50分前だったのです
「今日に限って、いつも出社している時刻より30分も過ぎてしまった…」
どうやら、昨日の勤務でかなり疲れていたので、目覚まし時計のセットを間違えてしまったようでした。
というのも、通常のシフトが早番早番、遅番遅番、公休公休の順なのですが、昨日と今日は遅番から早番という変則シフトだったので、疲れが抜け切れていませんでした。
ぼくは、一瞬で青ざめました…。
ただ、変な夢を見たお陰か、一気に目が冴えてきました。
それに、すぐに家を出れば始業の時間に間に合わなくもありませんでした。
「ヤバい!早く支度をしないと!」
ぼくは、慌てて着替えました。
奇妙な夢を見た所為か、思った以上に汗をかいてしまった為、時間が無いといえどシャツだけは替える事にしました。
じっとりとした白いTシャツを脱ぐと、思いも寄らず右側の鎖骨付近に赤紫色の手形が付いいたのです…。
もっと言えば、手の平は薄っすらとしか残っておらず、赤紫色の5本指の跡だけがくっきりと残っていていたのです…。
「痛っ!痛っつつつぅ…」
手形を視認するや否や、右側の鎖骨付近に電流が走ったような不快な痛みを覚えました。
糅てて加えて、背中の方からも痛みを感じたので、疾患部とやらを鏡に映し出すと、最低でも10本以上の指の跡が残っていました…。
「何なんだよ…、悪夢を見た後はまたこれかよ…」
いつもなら、この現象が起きると2時間位は鈍い痛みが残るので、湿布を貼ってから出掛けていました。
しかし、時間がなかった為に、お構い無しに着替えたのです。
この時ばかりは、朝食も取らずトイレにも行きませんでした。
悪夢をみた所為なのか、かなり喉が渇いていましたが、科せられた遅刻のペナルティーが厄介なので、水分補給さえしないで出社しました。
「別に、1食くらい飲み食いしなくても死にはしないさ」
ぼくは、最寄駅迄必死になって走りました。
駅の改札口を抜けると、丁度良いタイミングで進行方向の電車が来る旨のアナウンスをしていました。
ぼくは、なるべく人が少ない車両に乗り込み、吹き出した汗を拭っていました。
「ふ~、電車に乗っちゃえばこっちのもんだ」
このままのペースで行けば、始業の15分前には職場に着けそうでした。
いつもなら、職場近くのコンビニで昼食を買ってから事務所に行くのですが、それすらもすっ飛ばす事にしました。
その理由は、午前中の巡回点検の時に、こっそりと外に出てお弁当を調達しようと考えていたからです。
「職場近くに、午前11時を過ぎると自家製のおこわ弁当を出すお店があるんだよな~」
「あそこのお弁当はいつも気になっていたんだけど、ずっと買えないでいたから今日だけでも必ず行こう」
そんな、画策をしていました。
ただ、通勤の途中でも、あの夢の事でずっとモヤモヤしていました…。
「何であんな夢を見たんだろう…?」
「やっぱ、ぼくがあまりにもモテないから、潜在的な何かが作用したのだろうか?」
「それにしても、いつまでも右側の鎖骨付近がチクチクと痛むよ…」
「これはもう、午前中は仕事どころではないかな…」
「でも、理由は関係無しに、月に2回以上遅刻をすると問答無用で減給なんだよな…」
「クソっ!職場に誰かいるのならタイムカードを押してもらうんだけど、ぼくが一番乗りで行かないといけないからな…」
電車を降りると、冴えない気分で勤務先に向かいました。
最寄駅から勤務先の途中には、片側2車線の国道が交差する見通しの良い交差点がありました。
いつもだと、その交差点の手前には大勢の人が信号待ちをしていました。
4ヵ所ある横断歩道は距離も待ち時間も長めなので、信号が変わる迄の間にはどうしても人集りが出来てしまいます。
それが、今日に限って信号待ちをしていたのは、1人の若い女性がいるだけでした。
その人は、白いフワフワとしたワンピースを着ていました。
ワンピースの柄は茶色い水玉模様で、背中の部分はV字に空いていました。
後ろ髪の合間に見える女性の背中は、透き通るような白い肌でした。
その瞬間、どういう訳か不吉な予感がしました…。
その為、ぼくは女性のすぐ近くには行かずに、1メートル以上後方に立っていました。
それは、どうもぼくの動物的勘がそうさせているようでした。
「とりあえず、これ以上近寄らなければ何事もなく時は過ぎ去るだろう、と…」
ぼくは、ごくりと唾を飲み込みました。
「それにしても、今日はなかなか信号が変わらないな…」
ぼくは、早く横断歩道を渡りたくて、じりじりとしました。
そのうち、きょろきょろと周りを見回しました。
「あれ?前にあんな所にパン屋なんかあったっけ?」
「いやいや、そんな事よりもちゃんと信号を見ていないと…」
ぼくは、歩行者用信号機に向き直りました。
そんな時、ぼくは正面にいる女性に目を遣りながらこんな事を思っていました。
「何か、この女性は凄~く綺麗な白い肌をしているなぁ」
「普段から余っ程日焼けに気を付けているのかな?」
「この人は、正面から見るとどんな顔をしているのだろうか?」
「う~ん、どうも気になるな…」
「そうか!だったら、横断歩道で彼女を追い越して、途中でさりげなく振り返るってのはどうだろうか?」
「それも、足を止めずにだったら怪しまれる事もないんじゃないか?」
「よし!それならば2メートル以上は回り込まないとならないから急いで渡ろう」
「ん…、でも、待てよ…?この人どっかで見たような…?」
「それも、つい最近…」
そう思いながら信号待ちをしていると、その女性がひょいっと右斜め後ろを向きました。
「えっ!………」
ぼくは、それ以上の言葉は出ませんでした…。
その場に立ち尽くし、表情は凍りつきました…。
心拍数が早くなり、手汗をかき出しました。
それもその筈…。
何と!そこにいたのは、誠司君が夢の中でカップリングした絵美佳さんと全く同じ顔をした人だったからです…。
暫くしてから、その女性がゆっくりと口を開きました。
「あら~、どこかでお会いしましたっけ?」
剛史「あっ、え~と…」
「そうそう、新宿の雑居ビルの7階でお会いしましたわよね!フフフッ」
そう言われて、ぼくは驚き過ぎて心臓が破裂しそうになりました…。
絵美佳さんと同じ顔というだけでも、鳥肌が立つ程緊張が走っていたのに、語尾のフフフッまで一緒だとは…。
「そういえば、ア・ナ・タ・も・ご一緒だったかしら~、フフフッ」
剛史「あっ、い…、いや…、どこかで会いましたっけ?」
「嫌ぁね~、惚けなくてもいいのよ」
剛史「いや…、別に、そんなつもりは…」
「ねえ、あの時にいた彼はどこなの?今どこにいるの?早く教えて下さらない?」
剛史「そ、それは…」
その女性は、目を輝かせながらぼくの答えを待っていました。
「クッ…、時間が無いのにこんな所で足止めを食ってしまうとは…」
そこで、敢えて誠司君の名前を伏せて様子を見る事にしました。
剛史「え~、もしかして、その彼って南雲実君の事を言ってるんでしょうか?」
「はぁ~?それは、あんたと一緒にいた男だろうがよ!」
剛史「そう言われても誰の事やら…」
「私は、誠司さんの居場所を聞いてるってのに、ふざけてんじゃないわよ!」
それを聞いて、ぼくはショックで涙が流れてきました…。
まさか、誠司君の名前が出てくるとは思いもしなかったからでした。
…もう、そこには恐怖しかありませんでした…。
…ここで、どうしたらいいのかも分かりませんでした…。
…ぼくは、目の前にある恐怖から逃れる為に、ギュッと目を瞑って勢いよく左側に顔を背けました…。
「あ~ら、いじらしいわね、教えて下さらないの?」
剛史(目を瞑ったままで)「そんな人は知りません、人違いじゃないですか?」
「そう…、今日の今日じゃ難しいか~、フフフッ」
そこで、目の前にいた女性の気配が消えました。
ぼくは、とりあえず助かったと思い、ホッとしました。
あとは、その女性が遠くに立ち去ってくれている事を願うばかりでした。
すると、ぼくの右耳を掠めるようにして、生暖かい風がヒューっと吹いたのです…。
そして、風に乗ってこんな声が聞こえたのです。
「貴方の事はよ~く覚えておくわ、フフフッ」
耳元で囁かれたその感触が、どうにも気持ち悪くって意識が飛びそうになりました…。
その間、時間にしたら数秒しか経っていなかったんだと思います。
しかし、異常な程長く感じました。
ここから、再び地下鉄の入口に戻って、逃げ出したいという気持ちもありました。
しかし、せっかくここまで来た以上は、何としてでも遅刻をする訳にはいきませんでした。
ぼくは、職場に向かう為に、思い切って目を見開きました。
そして、意を決して前方を見ました。
すると、絵美佳さんと全く同じ顔をした人はどこにもいませんでした…。
…まさか…、あの人は本当に消えたのだろうか…。
…ほんの数秒間、目を閉じていただけだったのに…。
見通しの良い大通りの交差点だから、そんなには遠くには行っていない筈…。
そう思い、急いで遠くの方まで見回しましたのですが、その人はどこにもいませんでした…。
「何だ…、ぼくは悪い夢でも見てたんじゃないのか?」
「昨日、眠りが浅かったからなのかな…」
「こんなの、全て疲れが原因に決まっているじゃないか!」
腕時計を見ると、始業まで10分以上ありました。
「よし!この信号さえ渡れば3分で職場に着くぞ!」
そう、思った矢先でした。
再び、ぼくの右耳を掠めるようにして、生暖かい風がヒューっと吹いたのです…。
「どこを探しているのかしら?フフフッ…」
剛史「ど、どこだ!どこにいやがる!」
ぼくは、慌てて周囲を見回しました。
しかし、絵美佳さんと思しき人物は何処にもいませんでした。
今度ばかりは、全く風が吹いていないにも拘わらず、こんな声が聞こえてきました。
「フフフッ、私はそんなに上の方にはいないわ!」
それを聞いて、ぼくは慌てて下の方を見ました。
「違う、違うわ!私はそんな所にはいないわ、フフフッ」
もしかして!と思って、真後ろを振り返りました。
ですが、それでも見付けられませんでした…。
「まあ、いいわ!またいつかお会いしましょうね、フフフッ」
どうやら、その女性はぼくの脳内に直接話し掛けてきたようでした。
その言葉を最後に、その女性からの声はしなくなりました。
「やっと、やり過ごせたかな…?」
そう思ったと同時に、辺りが突然パ-っと明るくなり、多くの人が信号待ちをしている交差点の光景に戻りました。
「ブ-ン、ブ-ン、ブ--ン」
「パー、パッパー」
忙しなく車が通り過ぎる音が響き渡りました。
「ふ~、やっと普通の世界に戻れた~」
「おっと、いけない!さっさと渡らないとな…」
ぼくは、ようやく横断歩道の向こう側に行けたのでした。
「よし!ここからなら5分は掛からないからセーフだね」
ぼくは、目先の問題が解決してホッとした反面、この一連の不思議な出来事については遺恨を残さずにはいられませんでした…。
~初編、完~
(初編、2021年5月25日~30日投稿、2023年2月27日~11月17日改訂)




