【初編】第6部~雑居ビルに戻ると 第1章~忘れてきたカバン
ぼくと実君は、雑居ビル1階の出入口から少し離れた所で誠司君を待つことにしました。
何故なら、ビルの出入り口付近にいると通行人の邪魔になってしまうからでした。
実「まあ、この辺でも大丈夫だろう」
剛史「そうだね、時折出入り口付近をチェックしていれば問題無いよね」
僕らは、雑居ビルの向かいにある街路樹の脇に佇んでいました。
そこで、合コンのお誘いメールを一気に返信しました。
まかり間違って、送信先に手違いが生じてしまうと、合コンの話自体がが台無しになってしまうので、まずは友人関係を含めて2人でおさらいをしました。
それと、合コンの日が被らないように、ある程度目星を付けておいてから慎重に日程を決めていきました。
仮に、日程が被ってしまった場合は、返信時間の早い者順という事にしました。
メールをやり取りしていると、最短で来週末の合コンの打診が来たので、即座にOKして日程を組んでいきました。
合コンは、ぼくが主催のものと実君が主催のものとで、日程が被ってしまわないかと危惧していたものの、案外うまくばらけました。
ぼくは、合コンの日程が決まると、その都度手帳に書き込んでいきました。
改めて手帳を見返すと、来週末に典果さん達との合コン、その翌週に耀さん達と合コン、それから一週空いて実君主催の嘉月さん達との合コンが組まれていました。
どの合コンも、基本3対3の合コンという事で合意しました。
剛史(実君に手帳を見せながら)「見て見て!こんなにも合コンが組めたよ」
実「やったな!この日程だけは鉄壁の守りで頼むな!」
剛史「当たり前じゃん!」
実「あとさ、分かっているとは思うけど、合コンでは8人掛けの個室を取れよ」
剛史「そうだね、少し余裕があった方がいいからね」
実「それとさ、初回の合コンだけで俺も剛史も彼女が出来る可能性があるだろう?」
剛史「まあ、実質2対3だからね」
実「だけど、それ以降の合コンも組んだ以上は絶対に最後までやってもらうからな!」
剛史「そのつもりだけど何で?」
実「要は、先に組んだ剛史の合コンで俺らに彼女が出来ても、後から組んだ俺の合コンには必ず出てもらうって事だよ!」
剛史「それは任せといてよ!そんなの実君にも言える事だけどね」
実「参ったなぁ、お前にそんな返しをされるとはな…」
剛史「だって、合コンが楽しみなんだもん!」
実「何だ、そういう事か~」
剛史「でも、これで心配事が無くなったね」
実「いやいや、俺が心配なのはそこだけじゃないんだよ…」
剛史「えっ、どういう事?」
実「分からないかなぁ~」
剛史「う~ん、何だろう…」
実「要するに、誠司の奴がカップリングしたのをいい事に合コンをすっぽかすんじゃないかって事だよ!」
剛史「ヤバっ!そんな事になったら合コンなんて絵に描いた餅じゃないか!」
実「それを防ぐ為には、合コンの当日だけは前以て誠司君のデートを阻止しておかないとな」
剛史「うん、それしかないよね」
実「自分で言っといてなんだけど、その辺の調整は任せとけよ!俺が何としても合コン来させるからさ!」
剛史「うん、頼りにしているからね」
実「OK、来月にはうちら3人彼女持ちだな!」
剛史「そうなればベストだけど油断は大敵だよ!調子に乗って何人も彼女を作るとすぐにバレるらしいよ」
実「確かにな、女性同士の噂や情報はやたらと早いからな」
剛史「それもそうだけど、彼女達が次のお見合いパーティーでいい男を見付けてドタキャンするかも知れないからね」
実「彼女をつくるのはスピード勝負ってところだな」
剛史「そうそう、だから気を緩めてる場合じゃないから!」
実「まあ、それはそうだけどさ…、こういう時は素直に喜ばなくっちゃ!」
剛史「それもそうだね、こんなにも楽しみな1ヶ月はないからね」
実「あとはあれだよ…、3件の合コンは別々の居酒屋でやらないとな」
剛史「その心は?」
実「後で記憶がごっちゃになるからだよ」
剛史「成程ね」
実「それと、男は全額奢りだから居酒屋はこっちの都合で決めるからな」
剛史「だったら、2、3日以内には初回のお店を決めないとね」
実「誠司君には、引き立て役に徹してもらわないといけないけどな」
剛史「まあ、それは仕方ないよ!カップリングしちゃったんだから」
実「もしかしたら、合コンに彼女持ちを連れてくんな的な苦情があるかも知れないけどな…」
剛史「それは仕方ないよ!今更他の人を当たってる暇はないからね」
実「それもそうだな…」
剛史「それにしても誠司君は遅いよね、何をしてんだか…」
実「因みに、現時点で何分位待ってるん?」
剛史「もう、20分は過ぎているよ…」
実「クソっ!それだったら喫茶店に入っときゃ良かったな!」
剛史「だったら、今からでも入ろうよ…」
実「そうだな…、ここで待っていてもダルいから行こっか!」
ぼくは、正直パーティーに参加しただけでもクタクタでした。
それが、パーティーの後でも待たされる事になったので辟易としていました。
実「あ~、何だよ!ここの喫茶店は満席だってよ…」
剛史「仕方がないから、もう少し先の所に行こうよ」
実「ああ、そうだな」
僕らは、雑居ビルから少し離れてしまうものの、やっと空席のある喫茶店を探し当てました。
実「どうする?ここからだとあのビルの入り口が見えないけど…」
剛史「そんなの偶に様子を見に行けばいいでしょう?」
実「そうだな、散々待たせてるんだからそれでいいよな…」
剛史「それよりも、早くアイスレモンティーみたいなサッパリとした飲み物を飲もうよ~」
実「確かにな、俺も喉が渇いて仕方がないよ」
剛史「仮にはぐれたとしても、今日のところは解散でもいいんじゃない?」
実「それだと後々面倒臭くなるだろ!」
剛史「ゴメン…、今のはちょっと言い過ぎたよ…、合コンの前にいざこざは良くないよね」
実「いや待てよ!誠司君にここの喫茶店に来るようにメールしとけばいいじゃないか!」
剛史「それだったら、安心して休めるね」
実「だけど、ちょっとだけ待ってくれよ!建物の中だと電波が届かなくなる事があるからさ」
剛史「うん、分かった!なるべく早く頼むね」
実(1~2分でメールを打ち込む)「よしと、これで送信っと!」
剛史「終わった?」
実「ああ、大分待たせちゃったな」
剛史「それじゃあ、行きますか~」
これで、やっと喫茶店で座れると思った矢先でした。
実「そういえば、さっきのパーティー会場でカバンを忘れてきちゃったよ…」
と、実君が言ってきました。
剛史「あれ?カバンなんか預けてたっけ?」
実「ああ、受付けをした時にな」
剛史「だったら、早く取りに行かないと施錠されちゃうんじゃない?」
実「本当悪いな…、直ぐに取りに行ってくるからここで待っててくんない?」
剛史「いいけど、喫茶店に入っていてもいい?」
実「それはちょっと待ってくれよ!すぐ戻って来るからさ」
剛史「え~、それくらいいいじゃんか~」
実「5分だけ待って!ダッシュして5分位で戻るからさ」
剛史「分かったよ…、その間に誠司君が戻ってくるかも知れないしね」
実「悪いな…、それじゃ!」
そう言うと、実君は再び雑居ビルの中に入って行きました。
その時、ぼくはこんな事を考えていました。
「今回の会場は、以前の渋谷の時のように居残りのスタッフやサクラにばったり会う事なんか無いと思うけどな…」
「でも、何か不気味な感じがするんだよな…」
「何だろう、この気持ちは…」
「う~ん、さっきから変な胸騒ぎがするんだよな…」
「それにしても、この雑居ビルはどうも気色悪いんだよな…」
ぼくが、このビルから離れよう離れようと思っていても、何故かあの2人はあれこれと理由をつけては戻って行くんだよな…。
誠司君も実君も早く戻って来ないかな…。
だけど、今日くらい充実したパーティーは今までに無かったから、多少の事は良しとしないとね。
まあ、誠司君の初白星の祝杯は次回でもいいかぁ~。
今日は本当に疲れたから…。
それにしても、また喫茶店に入りそびれたよ…。
いくら良さげな喫茶店を見付けても、必ず邪魔が入るんだよな…。
まあ、いいや…、2人が戻って来たら早々に家に帰ろうっと。
ぼくは、そんな事を思いつつ、雑居ビルを見上げながら待っていました。
ビルの上の方を見ると、先程まで点いていた7階の照明がパパッと消えました。
パーティー会場は、ぼくが見上げていたタイミングで一斉に消灯しました。
実君は間に合ったのだろうか?
そんな事を思っていると、先程まで司会をしてした男性が階段を下りて来ました。
剛史「あの、さっき連れが忘れ物を取りに行ったんですけど、どこかで会いませんでしたか?」
「ああ、彼の事かぁ!さっき会ったよ!もうすぐカバンを持って下りて来ると思うけど」
剛史「ありがとうございます」
「鍵を掛ける前で良かったよ」
剛史「本当、助かりましたよ」
「そういや、今日は残念だったね…、もっといい企画を立てるからまた来てくれよな!」
剛史「え、ええ、そうですね」
司会をしていた男性と出入口付近で話していると、何人かのスタッフが階段から下りてきました。
「それじゃ、お疲れ様です!お連れの方もすぐに来ますよ」
スタッフの1人が、ぼくにそう言いました。
という事は、思ったよりも早く実君が戻ってくるのかな?
ぼくはそう思い、雑居ビルの出入り口を眺めていました。
そして、数分後に実君が戻って来ました。
「ドタ…、ドタ…、ドタ…、ドタ…」
その足音は、実君がビルに入った時と比べ、明らかに歩様が重い感じでした…。
ぼくは、ビルの出入り口に戻って来た実君に向かって小さく手を振ったのですが、彼は全くの無反応でした。
それどころか、何か実君の様子がおかしいのです…。
ぼくは、慌てて実君に近付いて行きました。
剛史「ねえ、実君!」
実「…あ、ああ…、お前か…」
剛史「どうかしたの?何か元気が無いけど…」
実「そ…、それがさぁ…、さっきまでごった返していた7階のパーティー会場がさぁ…」
剛史「入れたんだよね?」
実「まあ…、そうなんだけど…」
剛史「入れたんなら問題ないでしょう?それとも誰かに怒られたとか?」
実「そうじゃない!」
剛史「まさか、カバンが無かったとか?」
実「違うよ!人の話しは最後まで聞けよ!」
剛史「ゴ、ゴメン…」
実「カバンはここにあるだろ!」(後ろ手で持っていたカバンを差し出す)
剛史「本当だ…、それでどうしたの?」
実「それがな…、パーティー会場がきれいサッパリ無くなっていたんだよ…」
剛史「えっ?またまた~」
実「お、俺は何度もエレベーターホールの階数表示を確認したんだよ!」
剛史「そうだったんだ…」
実「俺が会場入口にある木の扉を開けると、そこにはもう何十年も使っていないような不気味な部屋になっていたんだよ…」
剛史「パーティー会場だった面影もなかったの?」
実「扉だけは同じだったけどな…」
剛史「それで、部屋の中はどうなっていたの?」
実「それが、意を決して中に入って行くと、そこらじゅう埃と蜘蛛の巣だらけの超絶汚いトイレになっていたんだよ…」
剛史「トイレ?部屋全体が?そんな筈はないでしょう?」
実「いいや、このカバンはトイレの1番奥にある個室の棚の上に置いてあったんだ…、一体全体どういう事なんだろう?」
剛史「えっ…、そっ、そんなまさか!」
実「それに、あるにはあったんだけど、俺のカバンが埃だらけになっていたんだよ!中身は無事だったけどな…」
剛史「あー、それでカバンを後ろに隠して持っていたんだ」
実「まあな…、ある程度埃は落としたんだけど、まだ白っぽく汚れているからさ」
剛史「そんな事ってあるんだね…」
実「あっ、そうだ!さっきの合コンメールも 瞞しだったりしないよな…」
ぼくと実君は、慌ててメールの着信履歴を見返しましたが、さっき迄のやり取りはしっかりと残っていました。
剛史「ふぅ~、メールは無事だった~」
実「それにしても、誠司君は遅いなぁ…」
剛史「じゃあ、もう1回あの建物に行ってくる?今度は2階だしね」
実「俺は嫌だよ!何か気色悪いからさ…」
剛史「じゃあ、今度はぼくが行ってくるよ!」
ぼくが、咄嗟にそんな事を言ったのは、待ってばかりに辟易していたのと、いち早く誠司君を呼び戻したいと思ったからでした。
実「悪い…、頼んだよ…」
剛史「それと、実君が言ってた事が本当かどうか確かめてみるよ!」
実「それはいいけどさ、多分鍵が掛かっていると思うけどな…」
剛史「とりあえず、とりあえずだから!あと、誠司君の様子も気になるしね…」
そう言って、ぼくは1人で雑居ビルの7階に向かいました。
エレベーターは相変わらずガタガタするものの、他に異常はありませんでした。
そして、ぼくが7階に到着すると、パーティー会場の入り口が視界に入ってきました。
「何だ…、そんな事ある訳ないじゃん」
「でも、せっかく来たんだから一応ドアノブに手を掛けてみよう…」
「ギ、ギィ、ギギギギーーー」
「何だ…?扉が開くじゃないか…」
「スタッフが鍵を掛け忘れたのかな?」
(扉を少しだけ開けて)「あの、すいません…、誰かいますか~」
「……………」
「いないんですか~、じゃあ、ちょっとだけお邪魔しますね~」
部屋の中に入ると、そこは実君が言った通り、床一面が埃だらけのトイレになっていました。
「…こっ、これは一体…」
ぼくは、あまりの変貌ぶりに驚きを隠せませんでした。
実君から聞いた話だと、さっきまでのパーティー会場が全てトイレみたいな言い方をしていましたが、実際には違っていました。
正確に言うと、部屋の手前側が居抜きになっていて、奥側が何十年も使われていないようなトイレだったのです。
恐る恐るトイレの中に入って行くと、思ったより奥行きが広い事に気付きました。
そして、一番奥にある個室に行くと、上部にある棚の付近だけ埃が落とされていました。
「きっと、実君のカバンはここに置いてあったんだろう…」
そう思ったところで、2階にいる誠司君の事が気になってきました。
まさか、2階でも何かあるんじゃないか…、と思いつつ、急いで階段を下りて行きました。
2階は何世帯かの住居になっていて、左右の壁沿いに4枚ずつポスト付き扉がありました。
「という事は、このフロアーには最大で8世帯が暮らせるんだな」
「誠司君は、どこの部屋にいるんだろうか?」
「はて、どこに行ったのかな?」
そう思っていると、廊下の突き当りにある非常口誘導灯が突然点灯しました。
「ジッ、ジジジー、ジッ、ジ…」
「な、何だ…、」
強張った表情で誘導灯を凝視していると、やにわに強い光が見えたような気がしました。
「何だぁ、この眩しい光は…」
ぼくは、思わず仰け反りました。
その時です。
右側の壁沿いにある、奥から2番目の扉が開きました。
「ギッ、ギイイイ--、ガッチャ-」
その部屋から誠司君が出て来ました。
「あっ、誠司君迎えに来たよ!」
ぼくは、元気にそう言いましたが、不思議と誠司君は下を向いたままなのです。
それに、非常口から2番目の部屋を出てからずっと無言なのです。
「おーい、こっちこっち!」
と、ぼくは大きく手招きをしましたが、誠司君はそこから動こうとしないのです…。
「何か、さっきとは違って明らかに誠司君の様子がおかしい…」
「でも、とにかく早く帰らなきゃ!」
ぼくは、誠司君の左腕をグイッと引き寄せました。
そこで、やっと彼はヨタヨタと歩き始めました。
そして、ぼくは誠司君の真横に並ぶと、急いで1階の出口に向かう事にしました。




