007「スカウトをしよう」
道中は、平和そのものだった。
途中、昨日見たヴェロキィらしき影が遠くに見えたが、しばらくするとそれも見えなくなっていた。
そもそもヴェロキィの縄張りは森林で、この草原にいること自体が珍しいのだと、セツナは小鉄に説明した。
「森林はここから半日くらい歩いたあたりだからねー」
「なるほどね。でも、だったら昨日はなんであんなところまで?」
「わかんない。けど、たまぁにいるんだよねー。何をしてるかまではあたしは知らないんだけど」
「縄張りが森林ってことは、餌を求めてって感じでもなさそうだな」
「んー……あ、日向ぼっことか? ヴェロキィは夜活動してることが多いし、眠かったんじゃないかな?」
「日向ぼっこぉ?」
だとしたらなぜわざわざ、そんな時間に縄張りの外に出てるんだ、と小鉄は思ったが、恐らくセツナは答えを持っていないと判断し、それ以上の追求はしなかった。
多分、長の持つ記録のどこかには書いてあるだろうという考えもあった。だとしたら、これから迎え入れる山田が役に立つはずだ。
村を出ておよそ1時間強、距離にして大体5キロ程だろうか。
小鉄達の前に、彼がかつて働いていたビルが見えてきた。
「さて、どうやって入るかな」
「え、昨日みたいに行けばいいんじゃないの?」
「どうだろうなあ。俺はあの会社を辞めてるし」
「どゆこと?」
「あ、そうか。ええとな、あの建物にいる人間は、みんな同じ会社っていう組織の人間なんだ。で、俺はその会社を出て行けって言われたんだよ。それで、最後の日に会社から外に出たら、この草原が拡がってたんだ」
小鉄は、恐らく会社という概念自体を持たないだろうセツナに、簡単に説明した。それを聞いたセツナは、どうやらえらく憤慨したらしい。
「えー! そんなのひどいじゃん! 英雄を放り出すなんてー!」
「いや、元の世界では俺はただの社畜だから……」
「シャチク?」
「あー……いや、いいんだ、説明がややこしい」
「んー? あ、でもさ、昨日手伝ってくれた女の子は?」
「ああ、あいつは味方だ。昨夜長が話してくれた、この世界に来る時に力が解放されるってやつな。もしかしたら、あいつがすごい力を持ってるかもしれない」
「あ、てことは、あの子を迎えに来たって感じ?」
「そういう感じ」
そんなことを話しているうちに、2人はビルの前にたどり着いていた。ビルの入り口には、若手の社員が2人立っている。
「門番ってところだな。おーい、荒木、松永ー」
無造作に声をかける小鉄に、門番の2人は驚いた表情を見せた。
「えっ! か、刈谷さん!?」
「どうした、何を驚いてる?」
「い、いや、だって……」
「なぁ……」
彼らが話した内容は、小鉄を呆れさせた。
どうやらあのあと、小鉄は戦闘の傷が元で命を落としたと吹聴したものがいたらしい。実際の状況を見ていた山田や他数人は必死に否定したものの、多勢に無勢で飲み込まれてしまった。
「それ、言いふらしたの社長だろ」
「……はい」
「まぁあの野郎なら言いかねないな」
「あの、刈谷さんはどこに行ったんですか?」
「ああ。この子の住む村に誘われてな。とりあえず世話になることにした」
「英雄さんですから! あたしを助けてくれたし!」
「はぁ……」
「で、今日はちょっと、山田に用があってな。呼んでもらえないか」
「あ、はい、わかりました」
「社内では俺の名前は出すなよ。なんとか理由付けて連れてきてくれ」
「わかってます」
松永と呼ばれたやや大柄な青年が階段を駆け上がっていく。
程なくして、彼は敏恵を連れて戻ってきた。
彼女の目は赤く腫れていて、一晩泣きはらしたのが一目瞭然だった。
「せんぱい! 先輩、センパイセン、ぱい!」
「なんか後半切り方がおかしい気がする」
「しゅ、しゅびばしぇん〜! でもぉ、でもぉ〜!!」
「おう、わかったわかった。ちゃんと生きてるから、大丈夫だから」
「びえぇぇええ〜……」
「はいはい、よしよし」
「山田、誤解を解こうと頑張ってたんですよ。俺らも少し手伝いましたけど、どうしようもありませんでした」
「ああ、ありがとうな」
再開を喜ぶのも束の間。
階段近くにいた荒木が、声を上げた。
それと同時に、更にもう一人、壮年の男の姿が階段を降りてきた。
「社長!」
「なんの騒ぎだ。……刈谷」
「……どーも、死人です」
皮肉を込めて小鉄がそう答えると、株式会社コスモス広告社長、小泉隆司苦々しい表情を見せた。
「……生きていたのか」
「まあ、なんとか」
「何をしにきた」
「スカウトをしに」
「……なんだと?」
「スカウトって、何のですか? 先輩」
「それは後で説明するが。……山田、俺達と一緒に来てくれねえか。お前の力が必要だ」
「行きます!」
「はやっ! 判断はやっ!」
敏恵の決断の早さに、松永が思わずツッコミを入れる。荒木もその思い切りの良さに目を丸くしている様子だ。
「そんなこと、儂が許さん!」
「なら今すぐ辞めます! 一身上の都合により本日ただ今を持って、制作部所属山田敏恵、退職させていただきます!」
「っていうかもはや、会社なんて無意味もいいとこだけどな」
「確かに……。刈谷さん、俺も連れて行ってくれませんか」
「荒木?」
「部署が違うんであんまり絡みはなかったですが、山田さんから色々聞いて、密かに尊敬してました。役に立てるかわかりませんが、お願いします!」
「いいか、セツナ」
「うん、全然いいよー! よろしくね、アラーキさん!」
元気に手を上げるセツナ。
そんな様子に、小泉は苛立ちを隠せなかった。
「……勝手にしろ! おい、松永」
「……なんです?」
「お前はどうするんだ、出ていくのか!」
「俺は別に何も言ってませんが、お望みなら」
「おう、松永も来るのか」
「ええ、なんかそうみたいですね」
「……どいつもこいつも! ええい、好きにしろっ! だが、これ以上は許さんからな!」
「だからもう会社もクソもないんだって……」
「あ、そだ。ねーねーシャチョさん」
ごちゃごちゃしてる中、セツナが小泉に話しかける。小泉は怪訝そうな顔を彼女に向けた。
「なんだ小娘」
「このへんの草、煮れば普通に食べられるからね! あと、小動物なんかも。ちゃんと焼かないとお腹壊すから、それだけ要注意ね」
「大きなお世話だ! さっさと出て行けっ!」
「ねーコテツ、他の人はいいの?」
「ん、まあいいだろ。こんだけ騒いでもツラ見せねえんだ、少なくとも今はここにいるつもりなんだろうさ」
「そうですね。あ、荷物持ってきます、ちょっとだけ待っててくださいね!」
「いいよ、ゆっくりで。……あ、そうだ山田」
「はい?」
「辞書持ってるか?」
「もちろんです! 国語辞書から英和、和英、和仏、和独、幻獣辞典からおもしろグッズ辞典まで取り揃えてます!」
えっへん、とばかりに胸を張る敏恵に、小鉄はつい苦笑を浮かべる。
「荒木、すまんが手伝ってやってくれ」
「わかりました!」
「松永は一応、武器になりそうなものを持っていけ。大丈夫だとは思うが、念のためだ」
「了解です」
「さて、社長」
一通りの指示を終え、小鉄は小泉に向き直る。その顔は真面目そのもので、自分を解雇した相手に対する恨みの感情などは一切見えなかった。
「なんだ、これ以上なんかあるのか」
「いえ。ですが今後、この世界で何が起こるかわかりません。そういう時、へんな意地張らずに頼るなりなんなりしてください」
「……何?」
「そういう時のために、これを置いていきます」
そう言って小鉄は、直径15センチほどの金属製の筒を小泉に手渡した。
「何だこれは」
「信号弾だよー! 下の紐に火をつけて、5つ数えればドーン! でも、こんなのよく持ってきてたね、コテツ」
「ああ、長から出がけにな。社長、俺達のいる村――ココノ村は、ここから5キロほど東にありますから。どうしようも無くなったら駆け込んでください」
「……」
「せんぱーい、用意できましたー!」
「ちょ、山田さん待って、これすげぇ重い……」
「松永、手伝ってやってくれ」
「了解です」
「じゃ、社長。俺達はこれで」
「……」
「お世話になりましたっ!」
「お元気で」
「……失礼します」
敏恵達が大荷物を抱えて戻ってきた。全員揃ったところで各々挨拶をし、ビルの外に出ていく。
その後ろ姿を見ながら、小泉が歯を食いしばっていることに、小鉄達は気づくこともなかった。
「……くそっ」
これからも応援よろしくお願いしますヽ(´▽`)/