006「英雄の正体」
「めっしあっがれー!」
「おお、異世界メシ」
小鉄の前に、大皿小皿、様々な料理が並んでいる。
それぞれの前には、ご飯と箸、汁物と取り皿。
そのどれもが、普通に見たことのあるような、それでいて食べたことのないような、不思議なものばかりだった。
「よし、揃ったな。じゃあ食おう。……いただきます」
「いただきます」
「いっただきまーす」
郷に入っては郷に従え、という言葉通り、小鉄は彼らのマナーに従ってみることにした。
ひとまず見様見真似で……と思ったのだが。
――普通の日本の食卓だなこれ。しかもあれだ、フォーマルじゃない、家庭料理のそれだ。
箸、飯、汁と用意されている時点で予想はしていたが、その使い方や作法に余りにも違和感がなく、正直な所、小鉄は拍子抜けしていた。
「ん、どうした、食わんのか?」
「あ、ごめん、苦手なものとかあった?」
「ああ、すみません、大丈夫です。苦手かどうかはまだいただいてないのでわかりませんが」
「……ああ」
小鉄の向かいで、長が汁物の椀を持ちながらニヤリと笑う。
「元の世界と同じで、逆に拍子抜けしたか?」
「どうしてそれを」
「いいだろう、食いながらその辺りの話をしよう。集団転移については、明日コテツの言う専門家を迎えてからとするが」
「ええ」
「恐らくもう気付いていると思うが……」
長はそう言ってから手に持った椀をぐいっとあおり、テーブルに置いた。
「過去、この村に現れた異世界人は、全てお主の元いた世界、元いた国、ニッポンの人間だ」
「やはりそうですか」
「え、そうなの?」
「うむ。だから、この村に伝わっている文化や技術などは、時代の前後はあるとしても、ことごとく馴染みの深いものであろうよ」
「おっしゃる通りです。この料理にしても、食材はともかく、みんな馴染みのあるものばかりだ」
「そうなんだ……あたし、お料理は死んだお母さんから教わったんだよねー。今までそういうものってしか考えてなかったけど、元々はコテツの世界の料理だったってことなのかな?」
「うむ。全部が全部ではないだろうがな。……何しろこの世界には、異世界人が来るまで、煮る、焼くくらいしか調理法がなかったらしい。味付けも塩や味の強い食材そのままだったようだ。それは料理だけではない。衣食住全てに置いて、異世界人によって急速に発展したのだと、儂が読んだ記録には書いてあった」
「そこなんですけどね」
小鉄は、この村に来てから、ずっと考えていたことを投げかけてみた。
「この世界に転移した人間はどうやら結構な数いそうですが、彼らは今、どうしているんですか? ……というか」
「うん?」
「あなた方は、どっちなんですか?」
「いい質問だ」
そう言った長は、小鉄を正面から見据える。
「この世界に、英雄……純粋な異世界人は既に存在しなかった。コテツ殿らが来るまではな。そしてここは、その昔、先住民と英雄が子をなし発展して出来た村。名を“ココノ村”という」
「ココノ村……」
「英雄はことごとく、先住民に勝る特性を持っていた。力の強いもの、足の速いもの、頭の良いもの。英雄それぞれでその特性は異なり、それは元の世界からこちらに来る際に、各人の潜在能力が限界を超えて引き出された結果ではないかと、記録には残されている」
「潜在能力……。つまり、俺が昼間のヴェロキィ? を殴り飛ばせたのは」
「うむ。コテツ殿の潜在能力が引き出された結果、という可能性が高い」
「で、あなた方はそういう超人じみた力を持つ、異世界人の血が入った末裔、ということになるわけですか」
「そういうことになる。……ただし、我々にその能力は引き継がれていない」
「どういうことです?」
「わからん。だが、その発現した能力は、本人以外に引き継がれることはないようだ。……と、言われていた」
「と、いうと?」
「セツナだ」
そう答えた長は、小鉄の隣で箸を動かしていたセツナを見つめる。急に振られたセツナは、つまんでいたおかずをぽろりと椀の上に落とした。
「あたし?」
「うむ。お前には以前に言っていただろう。コテツ殿、セツナの速さを見ただろう」
「ええ。正直、見たことのない加速でした」
「うむ。……この子は恐らく、先祖返りしているのだろう」
「なんかね、あたしのご先祖さまが、元々すんごく足が速かったんだって。それで、その能力があたしに継がれたんじゃないかーって」
「なるほど……」
「おっと、そろそろいい時間になってきたな。客室にコテツ殿の寝床を作ってある。今夜はそこで休まれるといい」
「ありがとうございます」
「それから、明日はしっかり装備を整えてから行くといい。武器庫にあるもの、何を使っても構わん」
「あたしも行くからね!」
「うむ、しっかり案内するのだぞ」
「はーい!」
食事が終わり、それぞれの寝床につく。
明日はまた、元いたビルに戻ることになる。布団に寝転がりながら、小鉄は置いてきた後輩のことを考えていた。
――さっきの潜在能力の話。あれが俺以外にも適用されてるんだとしたら、山田の頭脳はもしかしたら、とんでもない力を発揮してるかもしれない。
「そうでなくても、あいつだけは何とかしてやらねえとな……」
昼間の疲れのせいか、いつの間にか小鉄は寝息を立て始めていた。
――――
「うむ、これでいいだろう」
「いいじゃんいいじゃん、かっこいいよコテツ!」
「お、おう」
翌日。
長とセツナは、小鉄を武器庫に案内していた。
そこで小鉄は、漆黒の鎖帷子に紺の革鎧を着けた。
「武器は……その片手剣をそのまま使っても良いがどうする」
「では、もう一つ。小ぶりな盾があればそれを」
「ふむ。……少し待っておれ」
「じゃ、あたしも準備してくるね!」
バックラーという、腕に装着して使う盾がある。相手の攻撃をガードしたり、鈍器として相手に殴りつけたり出来る、片手で振り回せるくらいの盾だ。
昨日、ヴェロキィを拳で弾き飛ばした経験から、小鉄はこの盾が役に立つと考えていた。
だが、しばらくして長が持ってきたものは、それを凌駕したものだった。
「これは……腕甲?」
「うむ。ケンドーという剣術で使う、コテという防具を元に作ったものだ。盾の代わりに使えるよう、外側は鋼鉄で補強されている。過去の英雄にはこういったものを作るのが得意な者もいてな。その製法などを遺してくれたおかげで、様々な道具にその技術を応用している。……が、これまでこいつの使い手がいなくてな」
そう言って長が小鉄に腕甲を手渡した。ずっしりとした鉄の重みが伝わる。
「こりゃ使いでがあるなあ」
「使いこなせるか?」
「やってみせますよ。ありがとうございます」
「コテツー、準備できたー?」
セツナが昨日と同じ装備で現れた。
「ああ、大丈夫だ」
「あっ、そのコテ! 重すぎてみんな使い切れなかったんだよねー」
「そうなのか? 確かに重いっちゃ重いが」
「潜在能力ゆえだろうな。……よし、では頼む」
「はい、行ってきます」
「いってきまーす!」
そう答えた小鉄とセツナは村を出て、再びコスモス広告のビルへと歩き出したのだった。
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