005「集団転移はレア現象?」
セツナと共に村に入った小鉄は、その様子に驚きを隠せないでいた。
「映画村かここは……」
「えいがむらってなに?」
「ん、ああ。俺がいた世界に、似たような場所があったんだ。村って言っても、人が住んでる訳じゃないんだけどな」
「ふうん……?」
小鉄は、村の建物に驚いていた。
白い漆喰の壁。
藁で葺いた屋根。
浅く弧を描いた橋の下には、用水路が通っている。その橋の先には大きな通りが、恐らく村の中心に向かって伸びていた。
「この道をまっすぐ行った突き当りが、長の家だよ!」
「これからそこに行くのか?」
「うん、英雄さんについては、長が一番よく知ってるからねっ」
そう言ってセツナはにしし、と笑う。
この邪気のない感じや体格、顔立ちは、元の世界の中学生くらいだろうか。いわゆるアラサーの俺とは、下手すれば親子くらいなんだなぁ、と、小鉄は妙に感慨深い気持ちになると同時に、一抹の不安を感じていた。
——こんな子供が狩りに出る世界なのか。
彼女のようにここで育ったのならば、それも可能なのだろう。また小鉄のように、戦う術を持つ者ならば、生き抜くことも出来るのかもしれない。
だが。
小鉄が心配しているのは、敏恵のことだった。
知りうる限り、彼女は頭の回転こそいいものの、身体能力は下の下、普通に歩いても躓くレベルの運動音痴だ。今はまだ、あのビルに立てこもっていられるからいいが、いずれ食料の備蓄も尽きる。そうなった時、彼らはどうするのか。
小鉄がこの村に同行することにしたのは、彼女たちを守るためでもあった。
————
「貴殿が此度の英雄殿……転移者か」
——威厳がすげぇな。
小鉄は長の屋敷に入り、セツナと共に相対していた。彼女が長にあれこれ経緯を説明している間、彼は通された部屋
部屋は、彼の知る和風の応接室そのもの。主である長が座る後ろには、ご丁寧に掛け軸まで掛けてある。それを見た時、彼が思ったのは、“達筆だから読めないのか、それともそもそもの字が違うのか”ということだった。
が、それについては、小鉄の中に、ある確信めいたものがあった。
「英雄かどうかはともかく、転移者ということになります。……私だけではないですが」
「というと?」
「ここから少し離れたところに、私のいた建物ごと転移したんです。その中にいる人間も全て」
「なんだと……」
絶句する長に、小鉄は訊いた。
「珍しいことなんですか?」
「ううむ……少なくとも、こういう例は儂は知らぬ」
「どういうこと、おじいちゃん?」
「英雄……転移者についての記録は古くからあるが」
長は何かを考え込みながら、孫娘の問いに答える。
「それによると、これまで転移してきた者は皆、ただ一人だけで来ているのだ。元居た建物ごと転移など、聞いたことがない……いや、待てよ」
「どうされました?」
何かに気付いたような長は、ふいに立ち上がった。
「英雄殿、セツナ。儂についてきてくれ。……見せたいものがある」
「見せたいもの?」
「うむ。蔵に、かつての長が遺した記録が全て保管してある。その数が膨大で、儂ですら全てを見たわけではないのだ。……もしかしたら、まだ見ぬ古の記録の中に、そういった事例があるやもしれぬ」
長とセツナが前に立ち、小鉄が続く。
「そんな大事なものを私が見ても良いのですか」
「勿論だ。貴殿は転移者なのだからな」
「……私が言うのもなんですが、いきなり信用するというのも」
「いや、間違いない。君は転移者で、そして英雄だ。なぜなら」
「なぜなら……?」
そこで長は、自分の後ろからついてくる小鉄を振り向き、にかっと笑った。
「ヴェロキィを殴り飛ばすなんざ、普通の人間には絶対に不可能だからだ」
「あれは偶然ですよ」
「えー、あれ絶対狙って返してたよー」
「偶然で出来るようなことじゃないな。……さて、ここが蔵だ」
長が蔵の戸に両手を掛ける。扉は大きく、重厚な音を立ててゆっくりと開いていった。
外気より冷たく、少しかび臭い空気が小鉄の鼻をつく。
「……懐かしいな、このにおい」
「あたし、このにおい苦手……」
「この蔵の中には、村が出来て以来の記録が全て置いてある。……そら、その奥の棚はまだ中身を見ていないところだ。もしかしたらあそこに何か残されているかもしれない」
そういって長はどんどん奥に入っていき、小鉄も慌ててその後をついていった。かび臭さが増し、空気は冷たく、暗くなっていく。
「セツナ、明かりを」
「はーい」
セツナは上着のポケットから、手のひらサイズの道具を取り出した。かち、と小さな音がすると同時に、彼女の手元からぽう、と光が伸びる。それを見た小鉄は、驚きを隠しきれなかった。
「……懐中電灯!?」
「その辺はあとで説明しよう。そら、英雄殿はそっちの棚を」
「あ、ああ、わかりました」
「あたしがついていくね」
見ると長の手にもいつの間にか、懐中電灯が握られている。
電池式のものではなく、中のダイナモを直接回す、災害時用などによく用意されるものだった。
——“こっちの技術”を利用してるのか……? だとしたら、やはり過去の転移者が持ち込んだのか……。
そんなことを考えながら、小鉄はセツナと共に、言われた棚から記録簿をひっぱり出した。
表紙にかぶった埃を手で払うと、そこには、
“異世界転移記録 —第二期、集団移転—”
と書かれていた。
「長!」
「おじいちゃん!」
小鉄とセツナが同時に長を呼ぶ。
やがてばたばたと足音がして、反対側の棚から長が顔を出した。
「おう、今行く!」
長が小鉄達の元に駆け寄った時、彼もまた一冊の記録簿を手にしていた。
「長、それは?」
「うむ、探し物とは直接関係はないのだが、これの前巻を読んだことがあってな。そこで明かされていなかった謎があって、気になっていたのだ。……で、そっちは」
「これを」
「どれ。……む、第二期だと」
「どうしたの? おじいちゃん」
「……前回の英雄が現れたのは、今から四十年前のことだ。その時、第五十二期だったと記憶している」
「てことは……」
「うむ。この村の創生にも関わるものかもしれん。英雄殿、詳しく調べよう」
長の言葉に、小鉄は大きく頷いた。
「長、この手の書物に強い者が、まだ向こうの建物にいます。連れてきて見せたいのですが、よろしいでしょうか」
「いいだろう。しかし今日は遅い。迎えに行くのは明日にするとして、今夜はこの地のことを英雄殿に話しておきたいと思う」
「分かりました。……ですが、その英雄ってのはやめていただけませんか。出来ればセツナのように、コテツとお呼びいただけると気が楽です」
「承知した。ではセツナ、戻って飯の準備を。もちろん、コテツ殿の分もな」
「りょーかい! ちょっと待っててね、あたしの料理は美味しいよっ!」
その言葉をきっかけに、三人は見つけた書物を手に、蔵を後にしたのだった。
これからも応援よろしくお願いしますヽ(´▽`)/