004「異世界を歩く」
キラキラした満面の笑みを浮かべるセツナに、小鉄はなんとなく居心地の悪さを感じていた。
「……あのさ」
「はいっ」
「新しい英雄って……どういうこと?」
セツナから言われた言葉に、分からない単語が2つあった。
もちろん“新しい”と“英雄”である。
英雄には全く心当たりがない。あるとしたら今の恐竜もどきを倒したことだが、英雄とまで呼ばれるようなことじゃない。それに、新しいってことは、過去にもいたってことになる。
――訳がわからねえ。
「あ、それについては……」
「先輩!」
セツナが口を開いた時、階段から敏恵が小鉄を呼んだ。
声のする方に目を向けると、敏恵がちょうど階段を下りてくるところだった。
「おう、山田。消火器ありがとうな、助かったわ」
「い、いえっ! ……倒せたんですか?」
「なんとかな。お前と、このセツナのおかげだ」
「とんでもない!」
小鉄が言いながらセツナを見ると、彼女は首を大きく、ぶんぶんと横に振っていた。
「英雄さんの機転と、あの凄まじい攻撃のおかげだよ! あたし一人だったら今頃どうなっていたことか……」
「えい、ゆう?」
「ああ、そうだ、それを聞きたかったんだ。俺が英雄ってどういうことだ?」
さっき中断した問いをもう一度投げかけてみる。すると、セツナは少し何かを考えている素振りを見せ、それからまた満面の笑みを浮かべて小鉄に言った。
「話せば長くなるから、良かったら私達の村に来ない? おじいちゃん……村の長から話を聞いて欲しいの!」
「村……」
どうやらここは、本格的に元の世界ではないらしい。大草原の時点で分かっていたことではあったが、村と聞いて小鉄は改めて認識した。
「あんなばけもののいる所に村があるのか?」
「うちの村のあたりには寄り付かないように、ヴェロキィの嫌う音を出してるんでだー。さ、行こ!」
どのみちこのビルにいられる立場でもない。騒ぎを聞きつけた社長が来るのも時間の問題だ。
小鉄はそう考え、セツナの提案にうなずいた。
「分かった、案内してくれ。山田、さっきは本当に助かった。……無事でいろよ」
「この建物の中なら大丈夫! こちらからも色々支援するからね!」
「え、でも、私は先輩と……」
「ここがどんな所かまだ分からない以上、むやみに外に出ない方がいい。食料も無駄に食わなければ数日はもつだろう。それまでに出来るだけの情報を持って戻ってくるから、待っててくれ」
「わ、分かりました。気を付けて、先輩」
「おう」
社長が下りてくると面倒くさい。そう考えた小鉄は、どうせ行くならさっさと行こうとばかりに、古巣のドアをくぐり、改めて新天地に足を踏み出したのだった。
————
「ところで、セツナはどうして追われてたんだ?」
「えっ」
「村に近寄らないんなら、村から出なければいい。自給自足出来るくらいの設備はあるんだろ?」
「あー、まぁそうなんだけどー」
セツナはちょっと困ったような顔で笑った。
「必要だから。ヴェロキィから採れる骨とか皮が。肉も食べられるしね」
「つまり猟師ってことか、なるほどな。しかし、ならば一人で出るのは得策じゃないだろ。数人のチームで動く方が効率がいい」
「他の人たちはそうしてるんだけど……あたしはちょっと苦手なんだー」
「苦手、か……」
小鉄にも心当たりがあった。会社も、それが原因で解雇されたようなものだ。
「ならまぁ、しょうがないか」
「うん、しょうがないの。……あ、ほら、見えてきたよ」
そう言ってセツナの指差した方には、確かに集落のような建築物が見えてきていた。
周囲に張り巡らされた強固そうな高い城壁は、ヴェロキィのような怪物を中に侵入させないためのものだろう。その向こう側には、少し高い塔のような建造物を中心に、建物の屋根が見え隠れしている。
「村っていうか要塞みたいだな」
「そうなの?」
「ああ、普通村や町なんてのは、なんとなく出来上がるもんだ。これじゃあまるで昔のヨーロッパの城塞都市だ」
「よーろ、ぱ?」
「いやすまん、気にするな」
小鉄は、あえてヨーロッパという言葉を出すことで、セツナがどんな反応を示すかを試してみた。彼女もまた、自分と同じ世界から来た人間ではないかと考えたからだった。
だが、その反応は。
——どうやらこの子は異世界育ちか。……ならなんで言葉が通じるんだ?
「コテツ、ちょっと先に門番さんにお話ししてくるね!」
「あ、ちょ」
言うなり走り出したセツナに追いつけるわけもなく、小鉄は一人、彼女の後を追って歩く。
「はええなぁ、あいつ……」
そう呟きながら、小鉄は自分もまた、規格外の力を出していたことに思いを巡らせた。
——この世界に足を踏み入れて、走ってくるあの子を見た時、脳の奥で何かが弾けた気がした。状況に驚いていただけだと思っていたが……。
「あの時からか? ……この力は」
軽自動車程もある恐竜が突進したとして、それを人間が一撃で跳ね返すことなど果たして可能なのか。
理想的なカウンターが入ったから?
それとも、火事場の馬鹿力ってやつか?
——いずれにしてもあの反撃は出来すぎだった。咄嗟に出た行動って意味じゃあ、いわゆる火事場の何とかだったんだろうが……。
それにしても、と思う小鉄であった。
そんなことを考えながら顔を上げると、村に入る門の前で、セツナがぶんぶんと大きく手を振っているのが見える。その脇には門番なのだろう、金属のプロテクターを付け、大ぶりな盾を持った男が二人、やはり小鉄の方を向いて立っていた。
「おーい! 英雄さーん、はーやーくー!」
「はいはい。……仮にも英雄ってのに、人遣い荒くねえか、あのお嬢ちゃん」
そう言って苦笑した小鉄は、彼女の元に駆け寄っていった。
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