003「英雄ってどゆこと?」
同じ頃。
コスモス広告株式会社代表取締役社長小泉隆司は、社長室の窓から外を呆然と眺めていた。
「なんだぁこりゃあ……」
窓の外は見渡す限りの大草原。地平線際には、鬱蒼とした雰囲気の森林が広がっているようだった。
そうしてしばらく放心したように景色を眺めていると、部屋の扉が勢いよく開いた。
「社長ッ!」
「……」
「社長ッ! 呆けている場合ではございませんッ! なにやら恐竜のような怪物が!」
その言葉に、小泉はやっと我に返った。
声の主の方に振り返ると、そこには営業部長が息を切らせて立っていた。
「かいぶつ……?」
「はい! 社屋の入り口で交戦中です!」
「交戦中!? 誰が!?」
「……刈谷です」
「かりやぁぁああ!?」
小鉄の名前を聞くと、社長は完全に意識を戻した。
「なんであいつがまだいるんだ! 出ていったはずだろうが!」
「わかりません! しかし、今はそんなこと言ってる場合じゃありません! 社長も早く! 陣頭指揮をお願いします!」
「な、なに!? そんなこと儂に出来るわけが」
「言ってる場合じゃないんですって! 一体は倒しましたが、まだ他にもいるんです!」
「ぐぬぬ……」
小泉はすっかり震えている手で、引き出しから煙草を取り出した。が、そのままポロリと落としてしまう。
「一体、なにがどうしてこんなことに……っ!」
————
エントランスでは、小鉄とセツナがヴェロキィの進撃をギリギリ食い止めていた。二体目の恐竜もどきは最初の個体より一回り大きく、額から前に、ナイフのような形状の角が一本生えている。
「まさかっ、リーダーがいたなんて……!」
「角付きは小隊長かよ、どっかで聞いたことあるなあっ!」
体当たりで強引に中に入ろうとするヴェロキィリーダーの足をクロスボウの牽制射撃で止め、その隙に小鉄が鉈を振るう。既に何度か、同じような攻防を繰り返していた。
「くそっ、角が邪魔で脳天に入れられねえ」
「リーダーの皮膚には矢も刺さらないし……」
——どうする。
このままではジリ貧、突破されれば敏恵達は一瞬で肉塊と化すだろう。彼らは既に上の階へと逃げてはいるが、突破されてしまえばどこに逃げようと無駄だろう。
他の個体がいないのがせめてもの救いであった。
「ほかに弱点は!? 多少強引にでもぶちこまねえと、もうこっちがもたねえぞ!」
「喉と腹よ! でもこの状態からじゃ……」
ヴェロキィリーダーは最初の子分のように頭からではなく、横向きになって肩からぶつかってきていた。この態勢では弱点だという喉や腹は、小鉄達からは見ることすら出来ない。
「……仕方ねえか」
「え?」
「ここは俺が止める。セツナ、あんたはその間になんとか回り込んで、コイツの弱点にクロスボウをぶち込んでやれ!」
「無茶よ! 一人でアイツを止めるっていうの!?」
「他にねえだろ!」
「先輩!」
小鉄とセツナのやり取りに、上に逃げたはずの敏恵の声が重なった。一瞬振り返った小鉄の眼に、階段を下りて来た敏恵の姿が入ってくる。
「山田!? 逃げろって言ったろ!」
「先輩、これ! 消火器持ってきました! これ使えないですか!?」
「! セツナ、ヴェロキィの眼はどうだ、目つぶしは使えるか!?」
「足止めにはなるわ!」
「上等だ! 山田、ピン抜いてこっちに転がせ!」
「は、はいっ!」
敏恵が消火器のピンを抜くのを横目にしながら、小鉄は目の前にいるドロリと濁った怪物の眼を睨み付けた。
「セツナ、消火剤……粉で目つぶしする。同時に走れ」
「でも……!」
「頼む。あんたも俺も、ここで喰われる訳にはいかんだろ?」
「……わかったわ」
「行きます!」
敏恵が勢いよく消火器を転がす。それは小鉄の踵にゴイン、と低い音を立ててぶつかった。
「いてっ」
「あ、すみません!」
「いや助かった! あとは下がってろ!」
「はいっ! 先輩も気を付けて!」
それは、ほんの一瞬だった。
それまで小鉄を凝視していたヴェロキィリーダーの目線が外れ、階段を上る敏恵に向いた。
「今だっ!!」
消火器を拾いホースを向ける。ピンを抜いたレバーを思い切り握ると、ホースの先から炭酸ガスとリン酸アンモニウムの消火剤が、ヴェロキィリーダーの顔面目掛けて勢いよく噴き出した。
「ギャァッ! ォギョアァア!」
たまらず顔を背けた怪物の動きが止まる。
セツナは、その隙を見逃さなかった。
「ふっ!」
不釣り合いな程大きなクロスボウを抱え、床を滑るように怪物の腹の下に潜り込む。そのまま銃身を立て、たわんだ喉に、ほぼゼロ距離で引鉄を引いた。
バシュッ!
「ゴッ……オギョッ……!」
転がりのたうち回るヴェロキィリーダー。小鉄はその首を踏みつけ、最初のヴェロキィと同じ、脳天に鉈を突き立てる。
びくん、と大きく痙攣した後、動かなくなったヴェロキィリーダーを確認した小鉄は、大きく肩で息をするセツナに声を掛けた。
「セツナ、残りの連中はどうだ」
「大丈夫、リーダーがやられればあいつらは逃げ出すわ。……それにしても」
セツナが小鉄を見上げる。上目遣いの恰好になったセツナは、さっきまでいかついクロスボウで怪物と戦っていたと思えない程幼く見えた。
「強いのね、あなた」
「必死だっただけだよ。自分でも不思議なくらい力が出て、身体が動いた」
「助かったわ、ありがとう。……ところで、この建物はなんなの? あと、あなたは何者?」
「それは俺も聞きたい。ここはどこで、あんたは何者だ?」
質問返しは少し不躾だったかと思ったが、そうも言っていられない、と思い直す。何しろ、会社を辞めて社屋から出たら、見たことのないような大草原が広がっていたのだ。それに驚く間もなく、更に恐竜のような怪物に追いかけられる少女。しかも、普通に言葉が通じている。
「ここは、異世界なのか?」
「異世界って……あ」
小鉄の質問に、最初は訝し気なセツナだったが、ふいに何かに気付いたように顔を上げ、小鉄の胸倉を掴み、グイっと自分に引き寄せた。
急に引っ張られた小鉄はたたらを踏んで前へつんのめる格好になる。
おい急に何を、と呟きながら前を向くと、そこには今にもくっつかんばかりの距離に、セツナの少し幼げな可愛らしい顔があった。
「あなた、もしかして!」
「な、なんだ!?」
セツナの勢いに気圧された小鉄に、更に彼女の信じられない一言が降りかかる。
「新しい英雄さん!?」
「……は?」
それは、これから彼に降りかかる出来事の、始まりの知らせだった。
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