014「コテツ、無双する」
「まだ遠いな」
門を出た小鉄達が見たのは、草原の彼方、地平線からボコボコと身体を飛び出させているヴェロキィの群れだった。
「さて、どこでやるか……」
「コテツ。今回はヴェロキィの数が多いよ。一人で倒して回るより、村の設備も利用して、みんなで倒した方がいいと思うの」
「引き付けるってことか。悪い手じゃないが、そうすると突破された場合にどうしようもなくなるぞ」
「う、確かに……」
「こうしよう」
小鉄は斧を担いだまま、少し早足で歩き出した。
「先鋒として俺が前に出る。そこで多少派手な暴れ方をすれば、向こうは逃げ戻るか俺を無視して特攻してくるだろう。そういう時のルートは分かりやすい。最短ルートだ。それを射撃で仕留めてやれば、安全性は一番高い」
「でも、そうするとコテツが」
「俺は大丈夫だ」
「そんなの、言い切れないじゃん!」
セツナは必死に小鉄に食い付いた。昨日の怪我の影響がどこかにあるかもしれない。そうでなくても、潜在能力がないとまで言われてしまっているのだ。セツナとしては気が気ではない。
だが、小鉄はそんな心配もどこ吹く風とばかりに上機嫌だった。
「いや、なんかよ。大丈夫って気がするんだよ。それにどうやら」
肩に担いだ大斧を片手で振り下ろし、腰のあたりでピタリと止める。
「今は能力ってのが出てるらしい」
「……分かった。でもお願い、危なくなったら戻って」
「おう」
「あとあたしも行く」
「は?」
「絶対行く。止めても無駄だから」
「……しょうがねえな。じゃあ行く前に長に作戦伝えて来てくれ。撃ち漏らしが出たら面倒なことになるからな」
「分かった! ……ちゃんと待っててよね」
「はいはい」
セツナが村に走り戻るのを見ると、小鉄は再び斧を肩に担ぎ、ヴェロキィに向かって走った。
――悪りぃなセツナ。
気がはやる。少しでも早く暴れたい。胸の奥にあるドロリとした溶岩の様なものが、小鉄の足を急がせる。
もっと言えば、出来るだけ一人で倒したい。
「よぉし、気付いたな」
まだ距離はあるが、ヴェロキィの群れは明らかにそれまでと進路を変えた。
全頭が、小鉄ただ一人を狙って集中的に走りこんできている。
「先頭は角付きか」
ヴェロキィのリーダー格には、頭に一本の角が生えている。これは、角の生えている個体がリーダーになるのではなく、リーダーになった個体に角が生えてくるのだと、小鉄は長から聞いていた。
「……にしても、2~3日で生えるもんなのか?」
転移してきた初日、小鉄はヴェロキィのリーダーを仕留めている。それから生えたとしたら、そのスピードは尋常の成長度合いではなかった。
「……まあいいか」
だが、今の小鉄にとって、それはどうでもいいことだった。
獲物を狩る。
今の彼の頭にあるのは、ただその一つだけである。
ふと、小鉄はあることに気が付いた。
それまでリーダーを先頭に、鏃のような陣形で迫ってきていた群れが、今はリーダーの両翼が前に出てきているのだ。
「お?」
小鉄は、ヴェロキィの意外なほどの知性と統率力に驚いた。
見た目は大型の爬虫類のように見えて、群れでの狩りを理解している。
「8、9……全部で11か」
間もなく衝突するというところで、小鉄はニタリ、と凄惨な笑いを浮かべた。
「……狩りつくす」
小鉄は走ったまま斧を右手に持ち、身体の左に大きく引き絞った。
「……まずは2匹!」
先頭を走る2頭と交差する瞬間、小鉄が斧を思い切り横に薙ぐ。
ゴシャアッ!
「ギィエァアア!!」
「オゴォォオオ!!」
彼の一撃で、2体の大型爬虫類の身体が、血しぶきを上げながら吹き飛んだ。
「ギォッ!」
「ギャ!ギャ!」
リーダーが細かい声を上げる。恐らく下っ端に支持を出しているのだろう、と小鉄は考えた。
9頭となったヴェロキィの内、5体が前に出た。小鉄を中心に距離を取りながら、周りをぐるぐると回り始めている。そして、回りながらその輪を段々と小さくしているのに彼は気付いた。
「結構賢いこと考えるじゃねえかリーダー」
足を止め、再び左に大きく引き絞る。
地面をしっかり踏み込み、膝を少し低く落とす。
それは、居合いの構えに似たものだった。
——早く来い。
構えながら、小鉄は力を溜めている。輪の向こう、小鉄の目の前には、角をそびえ立たせたヴェロキィリーダーが、お手並み拝見とばかりに彼を見下ろしていた。
——えっらそうに見下ろしやがって。待ってろよ、すぐにその角も命もへし折ってやる。
腰を捻り、膝に力を溜める。足元の地面がずんと沈み込む。
ヴェロキィの小鉄包囲網がさらに狭まり、5体の頭と尾が重なりあった時だった。
「ギァアッ!!」
リーダーが鋭い雄たけびを上げる。と同時に、5体が同時に、小鉄に向かって牙をむき突っ込んできた。
「っしゃあ!! くらえぇっ!!」
ヴォォォン!!
居合いのような構えから、小鉄の斧が抜き放たれる。
それは凄まじい勢いで回転し、肉や骨の抵抗などないものかのように、小鉄を中心に一周した。
一瞬。
ほんの一瞬静寂が訪れた後、彼を囲んだヴェロキィ5体全ての顎から上が消し飛んでいた。
「はぁ、はぁ……あと4つ!!」
夥しい返り血を浴びた小鉄は、息を荒げながらリーダーを睨んでにぃ、と笑う。
その感情を察したのでもないだろうが、ヴェロキィリーダーは姿勢を低くし、脚に力を溜め始めた。
「ギァアア……」
「ゴッギャォ!」
リーダーの前に出ていた3体のうち、真ん中の1体が飛び込んでくる。残っている3体は、普通のヴェロキィよりも一回り身体が大きい。
「邪魔だっ!」
だらりと下げた斧を、飛び込むヴェロキィに向かって無造作に振り上げる。雑に振ったそれは、ヴェロキィの肩に当たり、その身体を大きく跳ね飛ばした。
「ちぃっ!」
飛んだ身体は小鉄の背後にどさりと落ちる。次の瞬間、そのヴェロキィは跳ね起き、躊躇なく村の方へと走り出した。
「しまったっ」
「おりゃあっ!」
ヴェロキィの向こうからセツナの叫びが聞こえ、次の瞬間、怪物の身体はもんどり打って倒れ、転がった。
その向こうから顔を覗かせたセツナは、のたうち回るヴェロキィの脳天に、とどめの一撃を撃ち込む。
彼女はそのまま振り向きもせず、真っ直ぐ小鉄に向かって走ってきた。
「……すまん」
「後で怒る! 今はこいつら!!」
「だな」
セツナに短い言葉で応えると、小鉄は改めてヴェロキィ達に向き直った。
——残り、3頭。
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