013「英雄コテツは普通人?」
「嘘でしょ……なんで……」
数刻後。
セツナは、頭を抱え、天に向かって叫んだ。
「なんでコテツが普通なのぉぉぉぉ!!」
「ちょ、セツナちゃん落ち着いて!」
「だって、あんなモンスターみたいな力出しておいて! 何の調査でも引っかからないって!」
宥める敏恵をそっちのけに、セツナは絶賛大爆発中である。
そんな彼女の様子を横目に見つつ、荒木とユウは調査結果を眺めていた。
彼らがいるのは屋敷の中庭で、そこに調査に使う書物から道具を全て持ち出し、荒木、松永の詳細調査、それから小鉄の全調査を行っていた。
「まあ、セツナさんの気持ちは分かるけどね」
「仮に大したことない力だったとしても、転移して何も潜在能力が発現しないというのは、これまでの記録になかったことです」
「てことは、今までの調査項目以外に力が発現しているか、あるいは前代未聞の普通の人か、てことかな」
「そうなります。……が、力がないとはどうしても考えられないんですよね」
「と、いうと?」
「我々は、彼がヴェロキィを殴り飛ばしたところも、ヒィグと対決したところも見てはいません。見ていたのはセツナ嬢くらいだ。……ですが、彼女が嘘をついているとも思えないんです。昨日の怪我からの回復力は異常そのものですから」
「確かに。でも、治癒力系統の調査もしたよね」
「はい。少々手荒な調査でしたが、結果はご覧の通りです」
そう言ってユウが見た先には、二の腕に包帯を巻いた小鉄の姿があった。傷が痛むのか、時々顰めっ面をしている。
「コテツ氏の二の腕に傷を付け、回復速度を計測しました。……結果、彼を傷つけただけで終わってしまいました」
「つくづく規格から外れる人だなぁ……」
「元の世界でもそうだったんですか?」
「そうだね。良くも悪くも曲がらない人だからなぁ。目的があれば最短距離を、何の障害も無視して突き進んじゃうし。協調性がないなんてよく言われてたけど、あの人にはそんなの、ぶっちゃけ必要なかったんじゃないかな」
「つまり、一人で全て解決してしまうタイプ、ですか。集団生活には向いてないですね」
「お、分かってくれる?」
「分かります。セツナ嬢がまさにそういうタイプですから」
そう言ってユウは小さくため息をついた。小さい頃からの付き合いではあるが、彼女が誰かを頼る姿を見たことがない。それだけに、初めて小鉄と遭遇した時、素直に指示に従ったと聞いて、不思議でならなかった。
「根がいい人なだけに、心配になるんだよね」
「……分かります」
「ユウさんも大変なんだねえ」
「お互い様ですよ……」
二人同時に肩を落とし、小さく深くため息をつく。その傍らでは、松永と共に、蔵から出した文献の片付けをする村人の姿があった。
「キュウさん、これはどこに」
「ああ、その大きい方は奥に。小さい方は手前の棚にお願いします」
松永にキュウと呼ばれた村人は、身長こそ荒木と同程度だが、肩幅は広く四肢は太く、まるでプロレスラーのような体型をしていた。パワー系の能力を持つ松永には及ばないものの、常人とは思えない量の荷物を一気に運んでいる。
「タケフミさんが来てくれて助かりました。これまで力仕事といえばいっつも駆り出されてましたから」
「置いてもらってる以上、これくらいは。……刈谷さんもこっち系だと思ったんだけどな」
「カリヤ……ああ、コテツさんですか。すみません、こっちの世界では一人の人間に名前が2つあるってことがないもんで……」
「2つあるわけじゃないですよ。名字……ファミリーネームってやつです。家族単位での屋号みたいなもんですな」
「はぁ……」
「でも、そこはちょっと考えた方がいいかもしれないな。こっちに来た以上、こっちの文化に従うのが筋だし」
「正直に言えば、そうしてもらえると助かります。どうお呼びすればいいか、こちらも悩まずにすみますし」
「ですな」
会話をしつつ、荷物はどんどん運ばれていく。その様子を見ながら、荒木が
「まるでブルドーザーだなあの二人……」
と呟いた時、長が姿を現した。その表情は曇り切っている。彼は小鉄を一瞥し、腕を組んで仁王立ちになった。
「現状全ての結果が出た」
「ええ」
「まずはアラキ殿、タケフミ殿の結果だ。アラキ殿は精密行動、特に手と目の感覚が素晴らしい。初見の機械や武器などの構造理解も早いな」
「即戦力ですね。現在眠らせている防衛兵器との相性が良さそうです」
「うむ。……続いてタケフミ殿だが、こちらはシンプルだ。全ての身体能力が上がっており、中でも腕力に関しては、地面に埋まった巨大な岩石を、素手の力だけで一気に引き抜いた」
そう言って長が目を向けた先の地面には、直径3メートルほどの穴が開いていた。
「こちらも凄まじいですね」
「あんまり自覚はないんですけどね」
「さて、最後にコテツ殿だが……」
「はい」
応えた小鉄が長を見ると、彼の顔は先ほど以上に曇っている。
「結論から言えばコテツ殿。貴殿には何の潜在能力も発現していない」
「おじいちゃん!?」
「事実だ」
「そんな……」
「確かに一般的な人間としては、身体能力は高い。知力も高い方だ。だが、英雄として潜在能力が増大している、という程ではないのだ」
「も、もしかして、ヒィグにやられた怪我が原因で……」
「その可能性がないとは言えんな」
「コテツ……あれ、コテツは?」
今の今まで自分の横にいたはず、とセツナは辺りを見回した。すると、傍らの木に立てかけられた、身長ほどの巨大な斧に向かう小鉄が目に入った。
「ちょっとコテツ、何してるの!?」
「俺の能力が無くなったのか元から無かったのかは知らないけど、怪物は待っちゃくれないだろ? だから、何が出来るのかを確認しておかないとな」
「焦りなさるな、コテツ殿。じっくり腰を据えて調査していこうという話だ」
「……焦りますよ」
「何?」
言葉通り、小鉄は焦っていた。
自分が守るからと、敏恵たちをこの村に連れてくることを決めたのは自分だ。なのに、自分にだけはもしかしたら能力がないかもしれない。
何より嫌だったのは、“自分の潜在能力を、自分を治癒するために使い切ってしまったかもしれない”ことだった。
――自分が助かるために全力を使い切るなど、あっていいわけがない。
その思いが強いあまり、彼は焦っていたのだった。
恐らく数十瓩はあるだろう大斧の前で、小鉄はしばらく無言で立ち尽くした後、おもむろにその柄を右手でつかんだ。
「ぐっ……んううううっ」
「コテツ! 無茶しちゃダメだよ!」
全身の筋肉が硬直する。斧をつかむ右腕に至っては、今にも血管が切れそうなほど、パンパンに張りつめている。
そこまでしてようやく、大斧はじりじりと引きずられるように動き始めた。
「コテツ……」
「……くそ、この程度なのかよ」
小鉄が呪詛のように吐き捨てたその時だった。
村の外で見張り役をしていた村人が、慌てた様子で駆け込んできた。
「長!」
「どうした、何かあったか」
「ヴェロキィです! ヴェロキィの大群が!」
「何っ!」
「十体はいます! 真っ直ぐこっちに向かってきてます!」
「迎撃の準備を! アラキ殿、タケフミ殿!」
「分かりました、クロスボウ借ります!」
「門の前に岩を積みます。キュウさん」
「了解だ、いくぞ!」
「……待て、松永」
声の主は小鉄だ。さっきの焦り切ったそれとは違い、落ち着いた張りのある声だった。
それに反応して振り向いた松永の目には、とんでもない光景が飛び込んできていた。
「か、刈谷さん……」
「コテツ……!」
「おお……!」
つい今の今まで、持ち上げることすらおぼつかなかった大斧を、小鉄はひょい、と肩に担いでいた。
「バリケードは俺が出てからだ」
「あ、あたしも行く!」
既に愛用のクロスボウを担いだセツナが名乗り出る。
「……援護、頼めるか」
「うん!」
「……コテツ殿、これは一体」
「分かりません。ただ、知らせが来た時、俺の中で何か溶岩みたいなものが弾けた感じがしました。大丈夫、今なら殺れます」
「……分かった、頼む」
長に深く頷いた小鉄は、その巨大な斧を担いだまま、ずんずんと門へ歩いて行った。
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